とある異世界スポーツの記録――少女たちは聖布を追う―― |
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スポーツ。 ただ体をルールに沿って動かすことに、人はどうして喜びを感じるのか。その疑問に明確な答を描写出来たものが、未だかつていただろうか。 そもそもそれは言語で答えられるものではなく、ただ体感することしか出来ないものなのかもしれない。 とにかく、人々はスポーツを愛する。 そしてそれは、異世界においても同様であった。 試合が繰り広げられる白線で仕切られただけの囲いの中、そこにいる三人の少女達は満身創痍だった。汗にまみれ、息は絶え絶え、そして体のそこかしこには擦り傷と浅い切り傷が無数に刻まれている。 長時間に及ぶ試合によるものだった。途中、僅かな休憩の他は、耐えず競技を続けてきたことによって、少女達の体はこれほどまでに痛めつけられていた。 しかし、彼女達の目に浮かぶ闘志は試合開始直後となんら変わっていなかった。気を抜けば倒れそうになる体に力をしっかり込め、少女達は囲いの外にいる敵選手をじっと見つめ続けていた。 敵チームの一人が腕を振るう。それに伴い頭上を一枚の布が飛び交い始める。彼女達はその軌道をじっと目で追い、それに応じて布陣を変え、いつその布がコートの中に投げ込まれても良いように備えていた。 彼女達の闘志とは裏腹に、その動きは長い試合の影響か恐ろしく鈍い。 やめろ。 コートから少し離れた指導者席で試合の様子を見ながら、イジー・コーギーは思った。 彼女達ははるかに格上の相手に対して、十二分に戦い、そして十分すぎる結果を果たした。 これ以上、無理はするな、とイジーはコートの中の少女――その中の一人を見ながら思った。 コートの中にいる三人の中心で、その少女は他のメンバーにしきりに声をかけながら頭上を飛び交う布を見ていた。 肩くらいで切りそろえた短めの髪。その下で鮮烈な光を放つ瞳は大きく、丸い。美しい、というよりは愛らしい、という表現がしっくりとくるその顔には、ひたむきな意思と情熱が光っていた。 リラ・マルカ。 チームリーダーであり、類まれな素質を秘めた彼女は、その真っ直ぐすぎる表情の下に、恐ろしく危険な意図を持って、コートに立っていた。 それはやめろ、とイジーはもう一度、リラへ向かって一人呟いた。 その間にも、敵チームのパス回しは苛烈さを増していく。 この競技で使用される布は、大体男の掌くらいの大きさをしている。 通常はひらひらと宙を舞うその布はしかし、鍛え抜かれた選手達の筋力とテクニックによって、恐ろしいまでのスピードになって飛ぶ。 イジーのいるコーチ席にまで風切り音が聞こえてくるほどに加速された布は、その風圧や、僅かにかするだけでも少女達を容赦なく傷つける。 布が通り過ぎる度に、少女たちの体には一つ、また一つと傷が追加されていく。 そんな中でも、リラをはじめ、シス、ポリーといった選手達は、闘志を絶やすことなく、布を追い続ける。 そんな決死のプレーの中、三人の少女たちの陣形が崩れる。 それを見逃す敵ではなく、認めてすぐに、それまでのパス以上のスピードで、コートに向かってシュートを放ってきた。 その瞬間、恐れていたことが起こった。 リラ・マルカは何やら決意したような表情を浮かべると、コートへ落ちようとするその布へ向かって飛んだのだった。 そこからの数秒間が、イジーにはコマ送りの映画のように、ゆっくりと克明に見えた。 打ち込まれた布に向かって飛ぶリラ。 無情にもコートへ向かう、その布――清らかな白色をした三角形の布、その中央に小さくあしらわれたピンク色のリボン、その全てが、イジー・コーギーの目にはしっかりと見えてしまった。 おパンツ・バレー。 この世界の言葉で〝聖布の饗宴〟と名付けられた人気スポーツ、そのプロリーグ三部優勝者〝おパンツ・ガールズ〟と一部優勝者〝ブラック・ランジェリーズ〟との交流試合は、その終焉を迎えようとしていた。 * おパンツ・バレーは祭事として始まった。 この世界には出自、使用目的、その他もろもろがまったく不明の物体が突然現れるという不思議な現象が古来より認められていた。 唐突に現れるそれらの物質は漂流物、と呼ばれた。 この世界に存在しえないそれら漂流物は、おそらく時空のとばりを隔てた異世界より来るものと、学術的には考えられている。 この世界のものよりも遥かに進んだ技術で作られた漂流物の到着は、この世界に発展と繁栄をもたらすことが多く、慶事として捉えられた。 おパンツ(この世界の言葉で聖布、という意味)もそんな漂流物の一つである。 目的不明、出所不明の漂流物の中でも、おパンツは別格に不思議なものだった。 小さく、三箇所も穴のあいた形状は物を入れるのにも、体に身につけるにも不向きで、何のための物なのかは現代に至ってもなお、大きな謎として残っている。 ただ、実用性に乏しい形状と、神聖な形と色とされている三角と白をしていることから、この世界では、漂流物の到着を祝う祭事に使用されることとなった(中にはこれは下着ではないか、という突飛な説が立てられたこともあったが、こんなキツキツなものを下着として使うはずがない、と現在では否定されている)。 当初、人々はおパンツが漂着すると、神殿や、大仰な祭壇を設けてそれを祀った。 そういう風にして人々がおパンツを崇め奉っていたある日のこと。 おパンツの祀られた祭壇に、どこからともなく一陣の風が吹いたのだ。 風を受けたおパンツは、自分を崇める人々の頭上を、その無知を嗤うかのようにひらひらとしばらくの間舞い、その後ゆっくりと地上に降りてきたという。 人々はその様を見て思った。 これは空を飛ぶものなのだ、と。 俗に〝フライングおパンツ〟(この世界の言葉で、聖布の飛翔の意)と呼ばれる奇跡だった。 それ以降、おパンツをめぐる祭事は、それを本来の居場所である空へ返すものへと変化した。 おパンツを巡る儀式はその後も様々な変遷をたどったが、現在では人気スポーツの一つとして発展していた。 全世界の半数がそのファンであり、プロ選手が日々切磋琢磨を続けるそれが、おパンツバレーなのである。 * 試合会場に入った時、イジー・コーギーは軽いめまいを覚えた。 普段彼と、彼の指導するチームが試合をしているおパンツバレープロ三部リーグの老朽化の進んだ煤けた会場と異なり、そこは洗練されたデザインと、最新の設備を備えた一部リーグのそれだったからだ。 かつては自分もここでプレーをしていたとはいえ、それは遥か昔のこと。思わず二の足を踏んでしまいそうになる自分を鼓舞しつつ、イジーは会場へ一歩足を踏み入れた。 そのまま数歩、会場の中を進む。会場は数時間後に迫った試合に向けて、会場スタッフが準備を進めていて、喧騒と多忙がそこを支配していた。 思わず胸がドキドキするのを感じながら進んでいたイジーは、ふと気がついて後ろを振り向いた。 後ろから続いているはずの三人の選手達が、会場の入口で立ち止まったままだった。 彼の率いる〝おパンツガールズ〟(この世界の言葉で、聖布を放つ淑女達、の意)の三人の選手達の顔には、緊張と興奮、それらがないまぜになったものが浮かんでいた。 リーダーのリラ・マルカはこぶりな可愛らしい顔に、いつもの愛嬌のある笑みを浮かべている。しかし、よく見れば口の端っこは引きつっており、全身が強ばっているのが一目で分かるほどだ。 天才的なテクニシャン、シス・レイは整った細面に、いつもよりも更に厳しい表情を浮かべ、じっと会場の天井を見ている。 変幻自在の投布術を持ち、性格はそれに輪をかけて変幻自在な不思議娘、ポリー・アクラネはいつもの天真爛漫な様子はどこへ行ったのか、まるで貰われて来たばかりの猫のように忙しなく回りを見渡している。 そんならしくない彼女達の様子を見ていたイジーは、何か背中を押されるような気分を感じた。 自分よりも遥かに年下の彼女達が怯えているのだから、お前がしっかりしなくてどうするんだ――そんな気持ちが自然に浮かんできたのだ。 会場の半ばから入口へ戻った彼は、リラ、シス、ポリーの三人娘に声をかけた。 「大丈夫か?」 「いやあ、なんだか私達がここにいて良いのかな、って気分になっちゃって」 三人を代表するように、真ん中に立ったリラはえへへ、と笑いながらイジーに答えた。 「大丈夫だ。お前達はここに立っても恥ずかしくない成績を残してきたんだ。今日もきっと、いい結果になるさ」 「本当に、そうなりますかねぇ」 ぽわっとした口調にどこか毒を含ませた口調で、ポリーがそう言う。イジーはポリーににやりと笑いながら答えてやる。 「なるさ。俺が保障してやる」 「ふん、イジーの言葉じゃ安心できないね」 「言ったなシス。なら、もっと安心出来るものに聞いてみようじゃないか」 そうシスに言ってから、イジーは懐から三枚の布を取り出した。 競技用おパンツだった。それを差だすと、少女達は黙ってそれを取り、おもむろに頭から被った。 そのまま静かにすーはーすーはー息を吐き、自分の顔面を覆うおパンツの感触に少女達は感覚を研ぎ澄ませる。 古代宗教に伝えられる瞑想法からヒントを得た、精神的な練習法の一つだ。その名もマインド・おパンツ。 あるがままのおパンツを感じることで、精神の安定と、集中力向上を図るもので、おパンツガールズがプロ三部リーグを優勝した原動力の一つになったものだ。 真っ白なおパンツを被り、瞑目したまま、しばらく佇んでいた少女達は、不意に目を開けると、どこかスッキリした顔でイジーの方を見てきた。 「どんな結果になるにせよ、おパンツは一緒だ、って言ってるような気がしました」 「なせばなる、なさねばならない、って感じがしたわ」 「とりあえず、おパンツ気持ち良いです」 三者三様の言葉に頷いたイジーは、自分もおパンツを被ると、あらためて会場を振り向いた。 「よし、行くか」 そうしておパンツを被ったまま、おパンツガールズの四人は、今日の戦場へと向かったのだった。 * この世界で最も文明の発達した国の一つである、ヤマート。 おパンツガールズはその国のおパンツバレー女子プロ三部リーグの中でも最弱の部類に入るチームだった。 おパンツバレーのプロリーグは一部から三部まであり、その三部の最弱となれば、プロリーグからの降格の恐れもあるようなチームである。 その立て直しを託されたのが、元男子一部リーグで名選手であった、イジー・コーギーだった。 競技中のケガがもとで一線から退いていたイジーは、当初、指導者就任を頑なに拒んでいた。 自分の青春と人生をかけて取り組んでいたおパンツバレーは、彼にとって既に失われたものだった。 それに再び近づくことで傷つくのが恐かったイジーだったが、おパンツガールズのメンバーの必死の懇願に負け、指導者として今季の彼女達を率いることになった。 指導者となってから、彼女達とは様々なことがあった。 時に喧嘩し、時に泣き、時に励まし、時に笑い、時におパンツにまみれ、彼と彼女達は長く苦しい三部リーグの一シーズンを戦い抜き、奇跡的、とすら言われたリーグ優勝の偉業を成し遂げたのだった。 その結果に喝采を上げていたその時、思いがけない知らせが彼らのもとに届いた。 おパンツガールズのスポンサー企業、パンチラ製薬からスポンサーを下りる、と伝えられたのだ。 三部リーグとそれよりも上のリーグでは、人気に雲泥の違いがある。たまたま三部リーグを優勝したとしても、今後も三部リーグにとどまるであろうチームのスポンサーを続けるうま味はない――そんな冷徹な判断のもとになされた通達だった。 イジーと選手達は、思いとどまるよう必死に交渉した。 後援がなくなればチームの存続は難しくなってしまって、今まで絆を育み、切磋琢磨してきた仲間と離れ離れになってしまうからだった。 長い交渉の結果、今すぐスポンサーを切られることは無くなったものの、継続のために、パンチラ製薬からはある厳しい条件を突きつけられたのだった。 一部リーグ優勝者、ブラックランジェリーズ(この世界の言葉で、強き戦乙女、の意)、その予備選手との交流試合でいい勝負をしろ、それで実力を証明すれば後援を続ける、というのだ。 言うまでもなく、かなりの難題であった。 実力を蓄えてきたとはいえ、おパンツガールズに、一部リーグの選手との対戦は明らかに荷が重い。 終わりを先延ばしにされただけかもしれなかったが、イジー達は諦めなかった。 皆でおパンツを追い続けるため、試合に勝つために、さらに過酷な練習を自分達に課したのだった。 そして、今日、イジー達はその交流試合を迎えることになったのだ。 ※ なお、今更の注釈であるが、本作はその試合の記録である。試合の繰り広げられる世界の言語を、日本語に訳しているが、チーム名などの固有名詞(【おパンツ】や【おパンツガールズ】、【ブラックランジェリーズ】といったもの)は発音時の響きをそのまま記載している。特にやらしい意図はないのであしからず。 三部リーグの優勝者と、一部リーグの優勝者の試合は、にわかに世間の耳目を集めていた。 おパンツガールズの存続が賭けられていることは公表されていなかったが、三部リーグ降格から優勝を果たし、さらに一部リーグの覇者へ挑むという彼女達の姿は人々の好奇心を掻き立てたようで、こうした試合では珍しく、試合の様子は実況付きで生中継されることになったのだった。 その解説と実況を行う者も、こうした試合では異例とも言える豪華なものだった。 「さあ、世紀の一戦が始まろうとしています。おパンツバレー一部リーグ覇者、ブラックランジェリーズと三部リーグ覇者、おパンツガールズとの試合、その開始五分前となりました。実況は私、ジャン・カピバラ。解説はケリス・ケプラーさんでお送りします。ケリスさん、よろしくお願いします」 「よろしくお願いしますジャンさん」 声質がかなりダンディーな二人は、おパンツバレーの名解説と名実況として名が知られている。 「この試合、三部リーグと一部リーグの交流試合としては異例の注目を集めているようですが、その理由は何なんでしょうか?」 「やはりおパンツガールズの劇的な三部優勝というのが大きいでしょう。昨年までプロ降格の危機にあったチームの優勝ですからね。そのチームが予備選手とはいえ、一部優勝チームとどんな勝負を繰り広げるのか、おパンツバレーファンとしては気になるところでしょう」 「おパンツガールズの優勝ですが、やはり今年度からチームを率いているコーチのイジー・コーギー氏の力が大きいんでしょうか?」 「間違いないでしょうね。彼はケガで引退したとはいえ、現役時代は〝おパンツするために生まれた男〟と称される名選手でした。彼の豊富な経験と実績に裏打ちされたコーチングと指揮で躍進したのは間違いないと思います」 「今回の試合もイジー氏の采配に注目、といったところでしょうか――さあここで選手が入場して来ました。まずは赤と白のユニフォームのおパンツガールズの面々ですが――全員おパンツを被っています」 「古来から伝わるおパンツを使った集中法ですね。メンタルトレーニングとしてはかなり有効とされています」 「おパンツガールズを真似て導入するチームも多いと聞きます。さあ、対するブラックランジェリーズも入場してまいりました。こちらは黒を基調としたユニフォーム。一部リーグではその色と戦いぶりから〝黒い悪魔〟と恐れられています」 「今回試合をするのは主力メンバーのローテーションのために出場する予備選手の三人ですが、いずれも一部リーグで十分通用する実力を持っています」 「彼女達の表情が皆、固いように見えますが、どうしてでしょうか?」 「優勝しているとはいえ、三部リーグのチームと試合させられることに不満を感じているかもしれません。それに万が一、敗れることがあればチームから追放されるリスクもありますからね」 「なるほどーブラックランジェリーズの選手にとってはあまりやりたくない試合、というところでしょうか。さあ両チームがコートを挟んで並びました。試合開始が近付いてきました――」 円形のコートを挟んで、おパンツガールズとブラックランジェリーズが並び立つ。 自分の目の前に背を向けて立つおパンツガールズの三人を見ながら、イジーはぎゅっと拳を握り締めた。 こんなところで終わってたまるか。 三人の背中には、そんな気持ちがみなぎっているように見えた。 豊かな才能を持ちながら、怪我や、コミュニケーションの不器用さから、なかなか芽が出ずにプロリーグの底辺で彼女達はくすぶってきた。 そんな中で、ようやく見えてきたプロリーグでの躍進という夢を、彼女達が諦めるはずがなかった。 そして、それはイジーも同じだった。 おパンツするために生まれてきた男、とまで言われながら、競技中の怪我から引退を余儀なくされた自分に、彼女達はコーチとして、活躍の機会を与えてくれたのだ。 はたして、救われたのは彼女達であったのだろうか。むしろ、失意で腐りかけていた自分ではなかったのだろうか。 そんな彼女達のためにも、イジーはなんとしてでも、この試合に勝ちたかった。 そのための努力は、彼女達と共に積み上げてきたつもりだ。 大丈夫、大丈夫だ。 闘志と一緒に緊張と不安を感じている彼女達と、自分自身に向けて、イジーは内心で呟いた。 イジーから見て、円形のコートの右側に立っていた審判の一人が笛を鳴らす。 それを期に、両チームがお互いに礼をする。 運命の試合が始まろうとしていた。 イジーは被ったおパンツを、無意識の内に撫でていた。 「ケリスさん、笛が鳴ってもイジーコーチはおパンツを被ったままですねー」 「コートにいなくても、自分もチームメイトと共にある、ということを示しているんでしょう」 「おパンツガールズのメンバーとコーチは強い絆で結ばれているようですねー――さあ、いよいよ試合が始まります。さて、まず第一ピリオドの攻撃はブラックランジェリーズですが……おおっとこれはー!?」 「この布陣は――」 実況席だけでなく、試合開始と共に会場全体がどよめいていた。 「――舐めやがって」 おパンツを被ったイジーは思わずそう、憎々しげにつぶやいていた。 おパンツバレーは円形のコートで攻撃・守備に分かれて試合を行う。 直径十ネグリジェ(メートル法換算で十メートル)のコートは中にもう一つ、八ネグリジェの円が描かれており、守備側は内側の円、攻撃側はその周りの円の中に入る。攻撃側は中のコートにおパンツを落とすことが出来れば得点となり、守備側はなんとかそれを防ぐ、というのがおパンツバレーのルールだ(我々の世界で言えば、ドッチボールの中当てに近いかもしれない)。 空気抵抗の大きいおパンツを敵のコートの中に入れるのは簡単なことではなく、普通なら攻撃側の三人は守備側を取り囲むように布陣し、おパンツをその頭上で投げ回し、守備の崩れを狙う。 しかし、ブラックランジェリーズの布陣は、普通のそれではなかった。 ブラックランジェリーズの三人はコートの一角に固まり、おパンツガールズの方を向いていた。 三人の中心にいる一人――今回のチームのエースである、サツッキ・ワサジフが余裕ぶった笑みを浮かべながら、おパンツを片手で弄んでいた。 おパンツガールズ相手ならば、周りを囲むまでもなく、ただ投げるだけで得点出来る――そう言っているような布陣なのだ。 あからさまに舐められた形のおパンツガールズの三人は、コーチ席から見ても戸惑っているようだった。 むしろ、チームの中で一番けんかっ早いシス・レイに至っては今すぐにでも場外大乱闘でも始めそうな様子である。 「シス、落ち着け! むしろチャンスだ! 行けそうだったらスチールしちまえ!」 コーチ席からそう叫ぶ一方で、不吉なものをイジーは感じていた。 一部リーグ優勝チームのメンバーが、何の勝算もないのにあんな布陣を取るのか。 気をつけろ――そう指示を飛ばそうとした瞬間、サツッキがおパンツを投げた。 おパンツは空中で大きな弧を描いた。 明らかにミス。おパンツはリラ、シス、ポリーの頭を越え、コートの外まで飛んで行くように見えた。 おパンツがコートの中に入れば一点、中心付近は二点、中心は三点の得点となるが、コート外に落ちた場合は守備側に一点が入ることになる。 さっそくおパンツガールズの得点か――と、会場全体が思った次の瞬間、ゆるく飛んでいたおパンツがその軌道を急激に変えた。 まるで空飛ぶ鳥が、獲物をしとめるために急降下へ移ったようだった。 ティーバッグ(この世界にいる猛禽類の一種の名)と呼ばれる、変化おパンツ投法の一つだ。 言うまでもなく、かなりの技量を要する投法で、三部リーグでお目にかかることはまずない。 会場がどよめく間もないまま、おパンツは急速にコートの中へ突き刺さるように見えた。 この急激な変化おパンツに、三部リーグのチームが反応出来るはずはない――実況席のジャンやケリス、そして敵手のブラックランジェリーズは思った。 しかし、ティーバッグの軌道を経たおパンツはコートへ落ちることはなかった。 「サツッキの放ったパンツが急激な軌道の変化! これは変化おパンツか、そのままブラックランジェリーズの得点か!? いや、おおっと! おおっとーー!? おパンツガールズのリラ・マルカ選手がこれをブロックしたァッーー! しかもこれは――」 「口でおパンツをキャッチしてます。これは〝ヘンタイ〟ですね」 「食ってるー! おパンツ食ってるー! ということは高度おパンツキャッチとなりますので、逆におパンツガールズの得点となります! いやーなんという試合でしょうか! 序盤から大技に次ぐ大技の連発! 一部と三部の交流試合とは思えません!」 「そうですねー、変化おパンツの〝ティーバッグ〟それに高度キャッチの〝ヘンタイ〟と、一部リーグでもなかなか拝めない大技ばかりですね」 「この第一ピリオドのブラックランジェリーズの攻撃は、油断による失点なのでしょうかケリスさん?」 「いえ、そうとも言い切れませんね。ティーバッグは無理な姿勢から放つにはなかなか難しい技ですから、ブラックランジェリーズは相手の油断とティーバッグを確実に放つこと、両方を狙ってあの布陣をしたのかもしれません」 「いずれにせよ、テクニック、駆け引き共にハイレベルな試合となっています! 目が離せません!」 「よくやったリラ!」 コーチ席からそうイジーが叫ぶと、コートの中のリラ・マルカはおパンツをくわえたままにんまり、と笑ってみせた。 リラが先程したように、口や、頭や顔、お尻など、おパンツを取り辛い部位でおパンツを取った場合、守備側が得点出来る。リラのした、ヘンタイ、というキャッチの場合、得られる点数は一点だが、序盤に、しかも守備時に得点出来た意味はかなり大きい。 おパンツガールズの面々は思わずコートの中で手を叩き合っているが、反対にその外側のブラックランジェリーズの表情は厳しい。 これから難しくなる、とイジーは敵チームの方を見ながら思った。 先ほどのブラックランジェリーズのプレーは戦術だけでなく、おパンツガールズへの油断もあったはずだ。 今のリラのキャッチを見て、敵がおパンツガールズが油断ならない相手であると見なしたのは間違いなく、これから相手のミスで得点する、というのは難しくなった。 これからは純粋に、こちらの技量と相手の技量のせめぎ合いになる。 事実、ブラックランジェリーズのコーチは、何やら手信号でしきりにメンバーに指示を飛ばし、メンバーの方もしきりに頷きながらそれを見ていた。 それに続くおパンツガールズの攻撃では、リラ達はブラックランジェリーズの周囲を取り囲み、おパンツをその頭上で回すという正攻法で攻めはじめた。 それに対し、ブラックランジェリーズはその軌道をしっかり目で追い、いつでも飛びかかれるよう適宜陣形を変えるという、模範的な守備で応じた。その動きはさすが一部リーグ優勝チームらしく、素早く、的確なものだった。 「早い! おパンツガールズのおパンツ回しが早い早い早い!」 「それにブラックランジェリーズもしっかりついて行っていますね」 「さすがは一部リーグ優勝チーム! おパンツガールズの素早いおパンツ回しにも布陣を崩さずついて行っています! この布陣に付け入るスキをおパンツガールズは見いだせるのかー!? と思っていたらおおっとー!? これはー!?」 「シス・レイ選手がフェイント・おパンツ回しを放ちましたね」 「顔の向きとは別方向にパスを回す高度おパンツ回し! 正面のリラ・マルカ選手ではなくポリー・アクラネ選手へおパンツが回り、そのままポリー選手シュートオオオオオオ! ブラックランジェリーズついて行けない! ゴオオオオオル!」 「いやー素晴らしい!」 「おパンツガールズ! 第一ピリオドの表に続き一点を奪取しました! これは素晴らしい! 早くも二点目!」 「シス選手のパスも素晴らしかったですが、それに素早く反応し、速攻を放ったポリー選手も見事でした」 「連携プレーによる見事な得点でした! そしておおっとー!? 得点したポリー選手、コートへ落ちたおパンツを被り、そのままダンスしております!」 「いやーブラックランジェリーズ、これは悔しいでしょうねー」 「ポリー選手、婦女子にあるまじきポーズでブラックランジェリーズを挑発! ブラックランジェリーズの選手の顔真っ赤! さすがに審判の注意が入ります」 「ポリー選手、その不思議な言動とプレーの上手さでカルト的な人気があるそうですねー」 「しかもおっぱいがデカいというのもポイントが高ーい! それはそうと、試合開始前、このような展開を誰が予想していたでしょうか! 一部リーグ優勝チームを、三部リーグのチームが序盤とはいえ圧倒しています!」 「おパンツガールズのポテンシャルの高さは知っていたつもりでしたが、いやあ今日の動きは予想以上のものですね」 「普段の実力以上を引き出す、何か事情があるんでしょうか?」 「一部リーグの覇者と戦える、ということで気合いが入ったのかもしれませんね。おパンツ選手というのはそういうものですから」 「なるほど、おパンツにかける情熱が実力以上のものを選手に出させることがある、ということでしょうか! さあ、そうこう話している間にも試合は続いて行きます! 第二ピリオド、ブラックランジェリーズの攻撃! 今度は第一ピリオドとは打って変わっておパンツガールズの周囲を取り囲む正攻法の布陣を取っています!」 第一ピリオドでおパンツガールズが二点もリードする、という波乱の展開で開始された試合だったが、序盤の衝撃から立ち直り、油断を捨てたブラックランジェリーズの力はすさまじいものだった。 第二ピリオド、第三ピリオドの攻撃でそれぞれ一点ずつを奪取し、おパンツガールズとの点差を無くすと、第四ピリオドの攻撃で、ミナチ・ダシヨ選手の放った、空中で二度急降下する変化おパンツ〝ダブル・ティーバッグ〟でコートの中心付近におパンツを打ち込むと、一気に二点の差を付けてしまった。 その間の守備は完全におパンツガールズの攻撃を封じてしまっていた。 おパンツガールズの攻撃が悪かったわけではない。 シスの豪速おパンツや、ポリーの変化おパンツ〝ハイレグ〟など、一部リーグでも十二分に通用する技を連発していた。しかしそれらの絶技もブラックランジェリーズのメンバーは着実にブロックしていった。 その後も、ブラックランジェリーズは着実に得点を重ね、それをおパンツガールズはなんとか追いかける、という展開となった。 第六ピリオドから攻守の順番が変わった関係で、おパンツガールズの守備となる、最終第十ピリオドの裏の時点で、その点差は四点にも開いていた。 おパンツバレーでは、一試合の間に三回まで、試合を中断し、コーチや選手間で協議をすることが認められている。 最終の第十ピリオドの裏を迎えるに当たっておパンツガールズは協議をすることにした。 近づいてきたメンバーは、端的に言って酷い状態だった。 一流選手の手にかかれば、柔らかなおパンツは容易に狂気を孕んだ凶器と化す。 それは傍を通過しただけでも皮膚を裂くほどで、ブラックランジェリーズのおパンツにさらされたメンバーは全身に擦り傷と切り傷が刻まれていた。 サポートスタッフが慌てて駆け寄り、傷の治療をする中、イジーは彼女達の傷を意識の外へ無理矢理追い出し、試合の方針へ意識を集中した。 「皆、よくやった。あのブラックランジェリーズ相手に四点まで詰めたのは上出来だった。後はこれ以上失点しないようにすれば、スポンサーも考えなおすはずだ。今の時点でも、俺達が一部リーグの優勝チーム相手に良い勝負を出来ることは証明したんだからな。だから――」 もう無茶はするな。思わずストレートに出てきそうになる本音を飲み込み、イジーは三人の少女たちの目を順々に見た。 「無理なプレーでスチールを狙う、なんてことはするなよ。怪我をして次の試合に触ったらことだ。リラとシスが前面に出て守備をする、2-1フォーメーションで手堅く守って――」 「コーチ」 それまでイジーの話を黙って聞いていたリラ・マルカが、遮るように声を出した。 その眼を見たイジーは、そこに燃えるような闘志と自分への憤りを見出した気がした。 「最後まで全力を尽くすのが、私達のおパンツですよね?」 「だが、ここで無理をする必要は――」 「コーチが今まで教えてくれたおパンツは、そうじゃなかったですよね!?」 リラの叫びに、イジーは唇を噛まずにはいられなかった。 いつでも全身全霊でおパンツに向かえ。彼女達のコーチになってから、イジーが繰り返し彼女達へ伝えてきたことだった。 チームの存続という目的を前に、おパンツガールズの大原則だったはずのそれをないがしろにしてしまったのは、責められてもしょうがないのかもしれない。 チームの存続という、大切な目的があったとしても、今までの自分達を支えてきた考え方を曲げられるのが、若いリラには許せなかったのかもしれない。 「たとえ、勝てなくても、私、一点でも多く得点したいです――いえ、勝ちたいです」 イジーははっとして、リラの顔を見た。 「リラ、お前――」 「〝あれ〟をやります、コーチ」 「馬鹿野郎!」 イジーの思わぬ大きな叫びに、コートにいた多くの人が思わず顔をそちらの方に向けた。 しかしイジーは注目されていることに構わず、リラの肩を掴み、 「確かに、お前を見込んで〝あれ〟を教えたが――あれは下手すりゃお前の選手生命を断つかもしれないんだぞ! あれはダメだ! 教えちまった俺が悪かったが、あれは絶対にするな!」 「ごめんなさい、コーチ。でも――」 イジーの言葉に一瞬顔を俯けたリラだったが、すぐに顔を上げると、少しいたずらっぽく笑った。 汗と傷にまみれた彼女の顔は、どうしてか、とても魅力的にイジーの目には映った。 「あの子達に、どうしても勝ちたいんです」 「しかし――」 「イジー、リラ。二人で盛り上がってるようで悪いんだけど」 長い髪をポニーテールに結わえたシス・レイが、口をとがらせる。 「チームの方針なんだからあたしらの話も聞いてくれない?」 「ごめん、シス――」 「良いのよリラ――で、あたしの意見としては、やった方が良いと思う」 「おいシス。お前まで何を言うんだ!?」 「こんな機会、もう無いかも知れないよ」 そう言ってシスは、眩しそうに会場を見回した。 一万人が収まる会場は全て満席だった。ここにいる人々全員が、今もイジー達の一挙手一投足を見守っていた。 「あたしみたいな、実力も性格もダメダメな奴がこんなところに立てるのは最後かもしれない。このチームでこんなところでやれるのも最後かもしれない。なら、やれることは全部やって終わりたい。あたしはそう思ってる。そしてリラが全力を尽くしたい、っていうなら、それをあたしは止めたくない」 「シス――」 「んで、ポリー。あんたはどうなのよ」 三人の話に混ざらず、スポーツドリンクをごくごく飲んでいたポリーは、シスが声をかけるとぷはあ、と息をついた。 「んんー。なんか第一ピリオド以降、あの女供に挑発出来てないんで、出来れば最後も舐めた顔して終わりたいですねー」 「なら、決まりね」 「皆……」 イジーはそれ以上、何も言うことが出来なかった。 「んん――大丈夫でしょうか、おパンツガールズ? 協議に入ったと思ったら、何やらコーチとメンバーの間で揉めているようですが?」 「何か試合方針で食い違いがあったのかもしれませんね。ただこの最終盤、おパンツガールズが取るとしたら極力守備を固めて失点をしないようにする、もしくはスチールして点差を詰めるくらいなので方針が対立することは考えづらいんですが……いや――」 「どうしました、ケリスさん?」 「もしかしたら、いやまさかそんなはずは――」 「んん? 何か引っかかるんですか?」 「……今、ブラックランジェリーズとの点差は四点ですよね?」 「はい、十一対七の四点差ですね」 「……実は一つだけ、この点差をひっくり返しておパンツガールズが勝利する方法が一つだけあるんです」 「ええ!? それも守備側で、ですか?」 「ええ。しかもそれは、その技は、コーチのイジー・コーギーさんが現役時代得意としていた技なんです」 「なんてこったー! まさかここでおパンツガールズが大逆転する方法があったとは!」 「ただ、それは恐ろしく危険な技です。年間MVPを何度も獲得したイジー氏が引退に追い込まれたのも、その技の失敗によるものだったんですから。もしかしたら、その技をする、しないで方針の違いがあったのかもしれません」 「ちなみに選手とコーチ、どちらがする、と主張したと予想しますか?」 「その技で引退に追い込まれたイジー氏が選手にそれをするよう指示するのは考えづらいです。おそらく選手側が強く要望し、それをイジー氏がなんとか思いとどめようとしたんじゃないでしょうか」 「勝利への熱い執念! 美しくも無謀な炎が、コーチ席で燃えているのでしょう! さあ、おパンツガールズの協議が終わったようで、選手達がコートへ戻って行きます! ケリスさんの言った技をするのか! しないのか! 最後まで目が離せません!」 おパンツバレーの真髄は守備にある、と言っても過言ではない。 おパンツのキャッチの仕方で得点出来る方法が広範に認められており、プロリーグの試合でも、守備側のプレーで勝敗が左右されることが数多くあった。 守備側の得点の多くは一点、せいぜい二点だが、その中で唯一、一挙五点を取れる大技が存在する。 その名も、ヘンタイ・カーメン。 通常、おパンツを顔でキャッチするカーメンという技をさらに難しくしたもので、おパンツを顔の半ばまで突っ込むという超絶高難度の技である。 投げ込まれたおパンツと、守備側の鍛え抜かれた肉体が奇跡的な確率で合致した場合に初めて決められる技――というよりは現象で、おパンツバレー百年の歴史の中でも決められたことは数えるほどしかなかった。 それを意図的に狙える技、として磨き上げたのがイジーだった。 長年に及ぶおパンツの軌道の研究をもとに、地面すれすれを飛び、おパンツへ向かう、というヘンタイ・カーメンを決める方法を確立したのだ。 ただ方法を確立してもなお、ヘンタイ・カーメンを決めるためには実行者の才覚によるところが大きかった。 体幹・下肢・頚部の筋の柔軟性、瞬発力、そして動体視力、といったものを生まれながらに備えた者でしか、ヘンタイ・カーメンを行うことは出来なかった。 イジーが見てきた選手の中で、自分を除けば、ヘンタイ・カーメンを扱えるような才覚を持つものは一人しか存在しなかった。 その一人が、リラ・マルカだった。 他のメンバー――類まれなる運動センスを持ったシス・レイや、どんな姿勢からも高度な変化おパンツを投げられるポリー・アクラネに比べて、リラはぱっとしない選手だった。 どんなことも小器用にこなせる一方、飛び抜けたものはなく、ただその明るく律儀なキャラクターと、そこそこのテクニックからチームには欠かせない存在――程度にしか、イジーの前にコーチをしていた者達には見えなかった。 しかしイジーだけは、彼女の肉体の持つ恐ろしい柔軟性と、バランス能力を見抜いていた。 それを持ちながらもチーム内でぱっとしなかったのは、彼女が周囲の調和のためにあえてそれらを押さえているからだった。 その才覚に惑わされるように、イジーは彼女にだけ、特別に、ヘンタイ・カーメンの方法を教えた。 地面すれすれの低空を飛び、おパンツへむしゃぶりつくように飛ぶという練習を彼女へしてしまってから、イジーは自分の浅はかさに気付いた。 地面すれすれを高速で飛ぶヘンタイ・カーメンは一歩間違えれば頚部に多大なダメージを負う、ハイリスクな技だ。 現に試合中、それを失敗し、首に重いダメージを負ったイジーは、現役引退に追い込まれた。なんとか日常生活を送ることは出来るが、下手をすれば全身不随になってもおかしくない大怪我だった。そんな技を将来有望な選手に教えてしまったのは、イジーのあさはかさ以外の何ものでもなかった。 コートへ向かうリラの背中を見ながら、イジーは自分の首が鈍く痛むのを感じた。 自分の浅はかさに苦いものを感じながら、しかし、リラの背中を見て感じるのは、彼女の鮮烈な意思への憧れに似た、何かだった。 自分がどうなっても構わない。ただ、勝ちたい。 いつか、おパンツバレーに自分の全てを賭けていた頃に、同じように思っていたものを、今のリラは持っていた。自分がどこかに置いてきたものを胸に燃やし続ける彼女が、苛立たしくもあり、羨ましかった。 失敗したとき、彼女が後悔するであろうことが予想出来ても、イジーには彼女が、眩しくてしょうがなかった。 「さあ運命の第十ピリオドの裏が始まります! ブラックランジェリーズ、おパンツ回しでおパンツガールズを翻弄! 試合終盤というのにそのスピードはまさに電光! それをおパンツガールズはなんとか追いかけています!」 「動きはかなり遅い、疲れがかなり見えてますね」 「大健闘を続けたおパンツガールズですが、その命脈もここまでか! おおっとここで、ポリー選手が転倒――! 足がもつれたかー!?」 「ああ、ブラックランジェリーズそれを見逃さない!」 「容赦のないミナチ・ダシヨ選手のシュートが飛ぶ! ここまでか――――!? いや、リラ選手が飛ぶ! これはかなりの低空飛行だが、これは――――――!?」 「ああ、まさか! まさか! まさか――――――!?」 その人の姿は、子供の頃の目に焼き付いていた。 背が高くてハンサムで、おパンツ片手ににっこり笑うその人は、子供の頃の私にとってヒーローだった。 その人の試合がある日は学校から真っ直ぐに家に帰って投影機にかじりついたし、実際に生の試合にも行った。 試合後のあの人にサインを貰うことがあった。 無地のおパンツにあの人のサインを求める子供はたくさんいて、あの人は私のことなんて覚えていないだろうけど、私はその時、あの人にかけられた言葉をはっきりと思い出せる。 『頑張れば、結果はついてくる。だから君も頑張るんだよ』 あの人のようになりたかった。 あの人が怪我で引退しなければならない、と聞いた時、私があの人の代わりに頑張るんだ、なんてことを考えた。 今になって考えると、なんてお馬鹿なことを考えたんだろう。 でも、その時の私は真剣にそう考えていた。 頑張って練習して、プロのおパンツバレー選手になれたものの、なかなか上手くいかないことが続いた。 辛くて、もう辞めたいと思ったことは何度もある。 そんな時は、あの人の言葉を思い出して頑張った。 そんなあの人が、私達のコーチをやってくれることになった。 あの人は最初乗り気じゃなかったようだけれど、チームメイトと一緒に頑張って説得したのだ。 嬉しかった。 憧れの人に教えてもらえることが、一緒に戦えることが、ただ嬉しかった。 投影機で見たのと同じで、実際に話したあの人も、すごく素敵な人だった。私達と一緒に悩み、苦しみ、そしてひたむきにおパンツを追ってくれた。 そんなあの人に認められて、技を教えてもらえたのが嬉しかった。 他のメンバーじゃなくて、私だけに教えてくれたのが、とても嬉しかった。 あの人と一緒にいることで、おパンツバレーがとても楽しくなった。 そんな風にしてくれたあの人が、無理しなくていい、なんて言ったことがどうしても許せなかった。 いつでも全力を尽くすというのが、あの人が私に教えてくれたことなのに。 憤りとか、言葉に出来ない感情がないまぜになりながら、私は気付けば飛んでいた。 コートに落ちようとするおパンツ目がけて、体は無意識の内に飛翔していた。 色々なことを私に教えてくれたあの人に。 あの人の技を繰り出すことで、何か返したかった。 それは怒りなのか、憤りなのか、恋なのか。 よく分からない。 ただそれは、言葉には出来ない何かなのだろう。 ただ体を追い込み、限界ぎりぎりのところでしか放つことの出来ない、何かなのだろう。 それだけは分かった。 おパンツへ向かって突っ込んだリラの体は、コートの中に留まらず、そのまま何度も回転しながら場外へと飛んで行った。 恐ろしいスピードで飛び出したリラの体は、コートの外に置かれた広告塔へ突っ込んだところで、ようやく止まった。 「リラ!」 イジーは叫びながら、そちらへ向かおうとした。 しかしそれは会場のスタッフに止められる。試合中の選手に触ることは反則行為に当たるからだ。 離せ、離さないの押し問答を繰り返すイジーの目に、ぐしゃぐしゃになった広告塔から立ち上がるリラの姿が見えた。 広告の一部が刺さり、血だらけになった彼女の体。 その顔は、純白のおパンツでしっかりと包まれていた。 ヘンタイ・カーメン。 守備側が五点をスチール出来る奇跡の大技。それの成就である。 「おおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああ!!!!?」 「やったあああああああああああああああああああああああああああああ!」 「これは、この試合は何だー!? これが交流試合と言って良いのかー!? おパンツガールズ! 劇的な大逆転でブラックランジェリーズを下しましたーーーー!」 「いや、歴史的な試合ですよこれは! 一部リーグ優勝チームを三部リーグのチームが下し、その上女子では初めて、ヘンタイ・カーメンが出たんですから!」 「本当に、本当にその通りです! なんだ、なんだ、涙が出てきますよ! 場内も大歓声に包まれています! そして今、審判が試合終了の笛を鳴らし、おパンツガールズの勝利が高らかに宣言されました!!」 「こんな、世紀の瞬間に立ち会えるなんて、ジャンさん、私達、物凄く幸運ですよ!」 「ええ、全くです、全くですケリスさん! そして、おパンツガールズ、ブラックランジェリーズの選手が互いに礼をします! 試合中はラフなプレーもあった両チームですが、今は笑顔で互いの健闘を讃えています! おおと、ここでポリー選手が何やらもぞもぞしています!」 「逆転された敵をあざけりたくてしょうがないのかもしれませんねー」 「ああ、なんか変な顔をしています!」 「ぷるぷるしてるけど、会場の雰囲気はそんな感じじゃないから――」 「ああ、我慢! 我慢しました! ポリー選手、変なダンスで挑発するのを我慢! 大人です!」 「彼女もこの試合で成長したようですね」 「それにしても、負けたブラックランジェリーズのなんと爽やかな笑顔! 一部リーグの決勝でもこんな選手の顔は見たことありません!」 「彼女たちの選手人生で、これ以降こんな試合は無いかもしれません……」 「いえ、ケリスさん。試合にここまで死力を尽くせる選手なら、この先も同じような――いえ、それ以上の試合を繰り広げると私は思います! さあ、中継はこれで終了です。ブラックランジェリーズ、おパンツガールズのメンバー本当にありがとう! 実況は私、ジャン・カピバラと!」 「解説はケリス・ケプラーでした!」 「それでは皆さん、またお会いしましょう!!」 汗と血で滅茶苦茶になった彼女達と、思いっきり抱き合った。 普段は済ました顔を崩さないシスも泣いていたし、敵チームを馬鹿に出来なかったポリーはいつも以上にはしゃぎ回っていた。 リラも泣きながら抱き合っていたけれど、さすがに限界だったようですぐに倒れ、担架で運ばれていった。 「見てくれました?」 担架に乗せられたリラは、そう言った。 「ありがとう」 視界が涙でいっぱいになりながら、イジーはそう言うのがやっとだった。 リラは満足そうに笑うと、ちょいちょい、とイジーを手まねきした。耳を貸すよう言っているように見えたイジーが顔を近づけると、リラは担架から体を急に起こし、その顔をがっしり掴んだ。 「お礼、頂きます」 そして顔をくっつけあった二人に、周囲の人間がどよめく。 この試合はその後も、色々な意味で長く語り継がれることになった。 その後、三部から二部、一部と昇格を続けたおパンツガールズがブラックランジェリーズと再戦したり、時空を隔てた異世界――おパンツの生まれた世界との交流が始まり、その世界でもおパンツバレーが大流行し、異世界交流試合が繰り広げられることになったりと、おパンツバレーでは様々な名試合が繰り広げられた。 何を使い、何をしようとも、スポーツは素晴らしい。 スポーツでしか表現できないことがある。 彼女達の健闘は、そんなことを伝えてくれるような気がする。 |
赤城 2018年04月29日 15時55分52秒 公開 ■この作品の著作権は 赤城 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2018年05月13日 10時50分09秒 | |||
合計 | 13人 | 170点 |
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