藤姫恋変化(ふじひめこいへんげ) |
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時は戦国の初め。 世は乱れ、各地で戦が起こり、群雄割拠、百花乱舞、下克上が世の習いとなりつつある時代でございます。 山間のとある国の国境に、長井景弘(ながいかげひろ)様とおっしゃるお殿様の治める山城がございました。 「藤姫(ふじひめ)樣」 がっしりとした木の格子に向かって、戦装束の若侍が話しかけます。 「何です? 松之助(まつのすけ)様」 格子の中から、姫様がそれに応えました。 歳は今年でまだ十三。御髪(おぐし)こそ齢(よわい)百を超えた老婆のように真っ白ではございましたが、笑顔のあどけない、それはそれは可愛らしい姫様でございました。 「幼き頃、一緒に双六遊びに興じたことを覚えておいででしょうか」 一方、姫様に話しかける若侍も、若侍と呼ぶのが憚かるぐらいその顔に幼さを残す男の子(おのこ)でありました。 それもそのはず、三日前に急いで元服を済ましたばかりの若侍は、藤姫様とひとつ違いの十四歳。名を西村松之助(にしむらまつのすけ)とおっしゃいました。 「ええ、覚えております」 藤姫様があどけない笑顔でお応えになります。 「小さい頃、松之助様ときたら、藤の顔を見るなりいつも双六をしようとおっしゃってお誘いになるものだから、その度にお相手するのが大変でしたわ」 すると、松之助様もまた凛々しさに幼さを残すお顔でお応えになりました。 「確かに、お誘いするのはこの松之助からだったかも知れませぬが、負けると、もう一度、もう一度と、勝つまで続けさせたのは姫様ではありませぬか」 「藤はそんな勝ち気な女子(おなご)ではありませぬ」 「いえいえ、勝ち気でしたとも。続けて九度負けたときなど、泣きべそをかいていたではありませんか」 「泣きべそなんて、かいておりませぬ」 「いいえ、かいておりました」 「おりませぬ」 「おりました」 「ぜったいぜったい、おりませぬ!」 そう言って藤姫様はほっぺたを膨らませて、格子の向こう側でぷいっとそっぽをお向きになられたのでございます。 可愛らしく拗ねた姫様の横顔を格子越しに見つつ、松之助様が溜息をひとつお吐きになりました。 城内の奥の間にしつらえられた座敷牢。 読み書きも出来ぬ童(わらべ)の頃に、この座敷牢に閉じ込められている藤姫様と遊ぶものといったら、双六ぐらいしかございません。幼き頃より姫様の遊び役を務める松之助様は、姫様が読み書きを覚えて物語に夢中になるまでの間、毎日双六のお相手をしたのでございました。 城の存亡を賭けたこの大事なとき、昔話でもして少しでも姫様のお心を静めようとしたというのに、逆に怒らせてしまい、松之助様はほとほと困ってしまいました。 そのときでございます。 城外から高らかに鳴る法螺(ほら)の音と、続いて大勢の叫び声が聞こえたのでございます。 もう時がありません。 三日前に突如攻め入ってきた敵軍との最後の戦は、始まってしまったのです。 「姫様。お館様は、城を枕に討ち死にする覚悟でおいでです」 「援軍は間に合わないのですか?」 「約定を結んでおりました隣国に書状を送ったものの、無しのつぶてと聞いております」 「そう」 攻めてきた敵軍の数は五百。対してお味方は、倍の千。 よもや遅れをとるとは誰も思っておりませんでした。 しかし―― 城外から聞こえる怒号と剣を交える音、それに混じって時折、異様な音が聞こえてまいりました。 パーン、パーン! その音が轟いた数だけ、お味方が倒れるのです。 侍大将も足軽も関係なく。 パーン、パーン! その音が響く度に士気が下がり、お味方が散り散りに逃げて行くのです。 武者も雑兵も関係なく。 「あの恐ろしい音の正体はわかったのですか?」 「何でも南蛮より渡来した『鉄砲』なる飛び道具だとか」 「正体がわかったのならば、防ぐ手だてがありましょうに」 「それが、鉄砲は弓よりも遠くへ届き、鎧も貫ぬく威力で防ぐ術はないとのこと」 「そんな……」 「かような飛び道具を戦に用いるとは卑怯千万、武士の風上にも置けないと申す者もおりますが、なじったとて城を落とされてしまえば負け犬の遠吠えでございます」 苦虫を潰したような松之助様の顔に、藤姫様もお言葉を無くされました。 「お館様は、この松之助にお命じになられました。今こそ氏神様のお力を借りるときだと。お札を剥がして、白蛇様を降ろすときだと」 「わかっています」 格子の向こうで、藤姫様が頷かれます。 姫様がいらっしゃる座敷牢の入り口には、一枚のお札が貼られておりました。 蛇の紋様の描かれたお札は、氏神様である白蛇神社から賜った、有難いお札でございました。 「藤が生まれたとき、父上は蛇神様の巫女として赤子だったこの身を捧げたのです。御家の大事に御力を賜るため、此の世に蛇神様を顕現するための依り代として、藤をここまで育ててくれたのです。藤は御役目を務めねばなりませぬ。それは委細承知しております。でも――」 姫様はキュッと唇を噛まれ、座敷牢の中からじっと松之助様を見つめると、それからもう一度口を開いて言葉を続けたのでございます。 「松之助様。初めてここでお会いしたときのこと、覚えておいでです?」 「もちろんです」 姫様に向かい、松之助様は大きく頷かれました。 「あれは姫様が六つ、この松之助が七つのときでございました」 「あの頃の藤はちょうど物心ついた頃で、気がつくとひとりも遊び相手がおりませんでした。皆、この白い髪と、手の甲にある鱗とを気味悪がって、身のまわりの世話をする以外に誰も寄りつこうとしませんでした」 ぎゅっと握った藤姫様の白い小さな手。その甲には、びっしりと蛇の鱗が生えておりました。 「だのに、初めてお会いしたとき、松之助様は格子越しに私の手にひと房の藤の花を握らせて、今度、一緒に山藤を見に行きましょう、姫様のお名前の花を一緒に見に行きましょうと言ってくださいました。それが藤にはことのほか嬉しゅうございました」 「姫様――」 「座敷牢から出るときは、この身に蛇神様を降ろすとき。すなわち、人としての藤が死ぬとき。叶わぬ望みと知りつつも、一度でいいから松之助様と一緒に山藤を見に行きたかった。それだけが藤の心残りでございます」 ぽろぽろと大粒の涙が、藤姫様の白いほほを濡らしました。その涙を格子越しに松之助様の指が拭います。 そして 「藤姫様」 戦装束の若侍も、姫様に負けないぐらい目にいっぱい涙を溜め 「この松之助も姫様と山藤を見に行きとうございました」 「松之助様!」 出来るならひしと抱き合って互いの想いを確かめたいというのに、無情にも座敷牢の格子がお二人の間を隔てておりました。 そのときでした。 敵が城内に入ったのか、戦音が更に大きくなったのでございます。 パーン、パーン! 恐ろしい鉄砲の音も一段と大きく轟いたのでございました。 「松之助様、時がございません。お札を剥がしてくださいまし!」 藤姫様に促され、あいわかったと返して座敷牢に貼られたお札に手をかけるも、しかし、松之助様の手はそこでピタリと止まったのでございます。 「いかがなされたのです。速く! 速くお札を!」 もう一度促すも、松之助様の手は微動だにせず、そこに止まったままでございました。 パーン、パーン! 鉄砲の音が、また大きく響きます。 「時がございません! 松之助様! 速く!」 すると 「藤姫様」 松之助様が重い口を開きました。 「この札を剥がした後、姫様はどうなりましょう」 「藤は――」 その問いに、姫様がお応えになります。 「藤は人でなくなります。この身に蛇神様を降ろし、大蛇へと変化(へんげ)するのです」 「では、その先は?」 また、松之助様が問いました。 「大蛇へと変化したその先はどうするおつもりです?」 「決まっています! 大蛇となって敵を蹴散らし、この城を守るのです!」 「鉄砲を相手に?」 「それは――」 口ごもる姫様に、松之助様が畳みかけます。 「南蛮より渡来した、鎧をも通す飛び道具ですぞ。如何な蛇神様の化身とて、敵うはずがありましょうか」 「でも――」 また目にいっぱいの涙を溜めて、姫様が応えます。 「でも、これが藤のお役目なのです。そのために藤は生かされていたのです!」 「ならば、そのお役目、この松之助も共に務めましょう!」 「それでは、松之助様も死んでしまう!」 「城が落ちれば同じこと。同じ死ぬなら姫様と共に死にとうございます!」 「いやです! 藤は、松之助様を死なせとうありませぬ!」 「姫様! 共に戦うと約束してくださいませ! でなければこの札、剥がしませぬ!」 松之助様の決意に、藤姫様は折れるしかございませんでした。 涙ながらに姫様が頷くのを見届けると、松之助様は一気にお札を引き剥がしたのでございます。 すると、お札を剥がしたのと同時に藤姫様の身体が眩い光に包まれ、首が伸び、手足が縮んで一匹の白い大蛇の姿へと変化したのでございます。 大蛇となった藤姫様は、物心ついてから初めて座敷牢の外へと飛び出し、約束通りその背に松之助様を乗せて、共に敵陣へと飛び込んだのでした。 この戦の勝敗がどうなったのか 藤姫様と松之助様の行く末がどうなったのか 後の世に語り継ぐ者もおらず、書き留めた文献もございません。 ただ、山奥に古くからある白い蛇を祀った神社に、『藤松塚』と呼ばれる塚がひっそりとあるということだけ、ここに記しておくことといたします。 了 |
へろりん 2018年01月02日 23時44分35秒 公開 ■この作品の著作権は へろりん さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2018年02月04日 18時17分46秒 | |||
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Re: | 2018年02月04日 15時25分17秒 | |||
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Re: | 2018年02月04日 14時56分31秒 | |||
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Re: | 2018年02月04日 14時41分54秒 | |||
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Re: | 2018年02月04日 14時40分11秒 | |||
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