ロリコンであるために〜規制の向こう側〜 |
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昨今、ロリコンには辛い世の中である。 例えば街で幼女を見かけたとき、頭をナデナデしたり頬をペロペロしたくなるのは、俺にとってごく自然な衝動なのだが、それを実行したら即ポリスメン事案になってしまう。また、有名漫画家が児ポ法違反でしょっぴかれたことがニュースになって大炎上するなど、ロリコンの肩身の狭さを象徴する出来事は枚挙にいとまがないのでござる(流浪人風)。 どうすれば、合法的に、秘密裏に、幼女を愛でることができるのか。 考えに考え、何度も知恵熱に倒れながらも俺は一つの答えにたどり着いた。 「キュリキュリボッキーンッ!」 その決めゼリフに、会場は歓声に包まれ、子どもたちの笑顔が咲き誇る。中には男児も含まれるが、もちろん俺の瞳に映るは幼女のみ。 ここは、とある大型商業施設のイベントスペースだ。簡易なステージが設置され、異形の者たちが登壇している。 現在開催されているのは『ゆるキャラまつり』と銘打たれたイベントである。人気のゆるキャラと触れ合える、とてもゆるい感じのイベントだ。 俺はステージの中央で、そのイベントに参加している。 つまりそういうこと。 俺はゆるキャラの中の人なのである。 キュウリのゆるキャラ、その名も『キュリーン』。まんまキュウリの本体から、白タイツに包まれた四肢が生えた雑なデザイン性と、「キュリキュリボッキーンッ!」と叫びながら、体を天に向けて屹立させるギャグで人気を博している。 そして、このキュリーンこそ、幼女愛を貫くための最良の選択だったのだ。 生身の俺では幼女に近づくことすら簡単ではない。しかし、キュリーンの着ぐるみを着るだけで状況は劇的に変化する。 幼女の方から喜んで俺に駆け寄り、抱きついてくることすらある。屹立したキュリーンに抱きつく幼女――もうキュウリ汁ブッシャーです。 邪だと言う輩もいるかもしれない。 しかし、幼女が喜び、俺が悦ぶ。ギブアンドテイクとも、ウィンウィンとも表現できるこの発想を誰が咎められようか。 俺はゆるキャラの中という不可侵の密室から、幼女愛を叫ぶ純粋なる獣なのだ。 司会のおねぇさんの合図で、ステージ上のゆるキャラたちが移動を始める。お待ちかねの触れ合いタイムだ。 じゅるりと唾を飲み込む。 今行くよマイスウィート幼女。 俺は心の昂りを制御しながら、幼女目がけて歩き出した。 ○ 衝 撃 走 る。 イベントでの触れ合いタイム中、その出会いは唐突に訪れた。 「天使だ……」 ゆるキャラの中、俺は誰にも聞こえない声で呟いた。 人混みから少し離れたベンチ。 そこに一人の幼女が、黒いワンピースに身を包んで座っている。その佇まいはアンティークの人形を思わせた。 横顔だけでも精緻と表現すべき顔のつくりが手に取るように分かる。美しさのなかに幼女然としたあどけなさが、奇跡的なバランス感で同居している。頬は新雪のように白く、儚く細い髪は新月の闇のように暗黒い。どこか恐れすら抱かせる雰囲気。 キュリーンの中の俺のキュリーンが大きく脈動する。 もっと近くへ行きたい。 その原始的な本能に突き動かされ、そばの子供たちをかき分けるように幼女のもとに向かう。 しかし、近付くにつれ、首すじあたりにヒリヒリとした気配を感じ始めた。幼女との距離を詰めるほどにその気配は強度を増す。 この感覚はーー。 ついに幼女の正面に立つ。彼女は俯いていて、表情を窺い知ることはできない。 「こんにちわ! キュリーンだよ! キュリキュリボッキーンッ!」 「……」 いつものように甲高い裏声で挨拶すると得体の知れないプレッシャーを放ちながら、幼女はゆっくりと顔を上げた。 やはり彼女は天使と見まごう幼女だった。 まるで射殺すように俺を睨みつける表情を除けば。 「卑怯者め」 見た目に似合わない落ち着いた語り口。 「そんな隠れ蓑に身を隠したところで、貴様の歪んだ性癖を誤魔化すことなどできない」 幼女は俺に対し、すっと人差し指を突きつけた。 がくりと、視界がブレた。 「あ……?」 ゆっくり照明が落ちるように辺りが暗くなっていく。いや、これは俺が。 「愚かなるロリコンよ。己の罪深さを知れ」 その言葉に全身が脱力する。 遠ざかる意識のなか、幼女の瞳が妖艶に赤く光っていた。 ◯ 「大丈夫ですかー!」 その大きな声で目を覚ます。お腹のあたりに圧力を感じる。 「おーい! 大丈夫ですかー!」 声が一際大きくなり、腹部にばふんばふんと衝撃。 徐々に意識がハッキリし始める。俺は未だキュリーンの中にいて、どうやらそのまま仰向けに倒れているようだ。 キュリーンは口の部分がメッシュ素材になっていて視界を確保している。そこから外界の様子を確認した。 衝 撃 走 る(本日二回目)。 目を見張るような愛らしい幼女が、俺の上に馬乗りになっていた。彼女は上下に体を揺らしている。先ほどから続く腹部への衝撃は、至高の幼女ヒップアタックだったらしい。まるで騎◯位。あ、まずい、俺のキュリーンがマジで勃、ゲフンゲフン何でもない。 先ほどの幼女とはまた趣きが異なる。しかし、最高レベル級の幼女であることは確かだった。 大きく丸い瞳は天真爛漫に輝き、弾けるように笑う口元にはエネルギーが満ち満ちている。自ら光を放つような金髪が印象的。まるで太陽のような幼女だった。 幼女に目が釘付けになっていたが、ハッとすると、幼女以外にもたくさんの人が心配そうに見下ろしているのが分かった。 慌てて上体を起こす。幼女が退いてくれたのでそのまま立ち上がった。 「大丈夫だよ! キュリキュリボッキーンッ!」 俺がピーンと身体を屹立させると、周囲の緊張感が和らいだ。先端をプラプラと揺すって無事をアピールする。 「あれ……?」 気付くと先ほどの金髪幼女の姿が見えない。先の黒髪幼女も。会場はそこそこの人混み。見失なってしまったようだ。 細部まで舐めるように鑑賞したかったが仕方ない。とりあえずキュリーンとしての役割を果たすため方々に愛想を振りまいた。 ◯ その異変に気付いたのはイベント終了後、控え室に戻ったときである。 「脱げねぇ……」 キュリーンの着ぐるみが脱げない。背中部分に巧妙にカモフラージュされたファスナーがあるのだが 、生地が引っかかっているのかビクともしない。 「何だよコレ……」 十分ほどカチャカチャとファスナーと格闘し、途方にくれていたところ。 「困ってるみたいだねー」 背後から声。振り返ると。 「何か手伝おうか? おにいちゃん」 そこにいたのはイベント会場で俺に馬乗りになっていた金髪幼女だった。なぜ自分の控え室にこの子がいるのかという疑問が頭を支配するなか、幼女は続ける。 「それ、そのまま頑張っても絶対脱げないから。『規制』に縛られちゃってる」 「規制……?」 「そう」 幼女は小首を傾げる。 「違う価値観は認めない、臭いものには蓋をする――人が人を縛る規制。世界はどんどん規制が増えてもうがんじがらめだよ」 少しだけ寂しげだ 。 「おにいちゃんのロリコンという性癖だってそう」 「べべべべべべつに俺、ロリ、ロロロロリコンじゃねぇから!」 我ながら焦りすぎである。キュリーンのキャラは崩壊し、完全に素で反論してしまった。幼女は見透かしたようにクスリと笑う。 「隠すことないよ。こだわりの一つや二つ誰だって持ってるもん。おにいちゃんにとってはロリコンがそうだったってだけ。でもね」 そこで一旦言葉を切る。表情に真剣味が帯びる。 「おにいちゃんはロリコン嗜好が強過ぎたの。だから規制の標的にされてしまった。その結果がそれだよ」 「それって……」 「キュリーンという密室に閉じ込められてしまったんだよ。つまり、このままじゃおにいちゃんはずっとキュリーンの中で過ごすことになる」 「は?」 さすがに飛躍し過ぎだ。金髪幼女が俺のロリコン属性を把握していることには超常的な何かを感じるが、だからといって全てを鵜呑みにはできない。 「はははっ、そんなはずないでしょ? まったくおにいさんのことからかって……メッ」 俺はおどけつつ、着ぐるみを脱ごうとする。多少強引でも、破けてもやむなしとあがく。 「うおおおおおおおおおおおっ!」 十分後。 「助けてくださいませ」 俺は金髪幼女に対し、見事な土下座をキメていた。結局、着ぐるみは脱げなかった。 「だから言ったじゃないですか」 腰に手を当てご立腹の様子。齢十九の俺が年端もいかない幼女に叱責されていると思うとすごく……エクスタスィーです……。 「でも、 ごめんなさい。すぐにおにいちゃんを助けてあげることはできないの」 「え?」 無駄な土下座だった。いや、無駄ではない。だってこんなにエクスタスィー☆。 待て待て。 いい加減しゃんとしよう。 「とりあえずこの着ぐるみが脱げないってのはどうやら本当みたいなんだけどさ……でも、君の話……規制? それはちょっとよく分からない」 「だよねー」 カクッと肩が落ちるようなリアクション。 「説明不足だよね。もう少し詳しく話すよ。あ、その前に」 金髪幼女は気が付いたように手を打つと。 「自己紹介がまだだったね。私は陽(はる)っていうんだよ。おにいちゃんはキュリーンこと山田一郎(やまだいちろう)さんだよね?」 いかにも俺は山田一郎だった。キュリ ーンがなければ、こんな平々凡々の極致みたいな名前の無個性ロリコンである。なぜ陽と名乗る金髪幼女が俺の本名まで知っているのかは、ロリコン属性同様やはり不明だ。 お互いの、というか俺は何も言っていないが、自己紹介が済んだところで、陽が喋りだす。 「さて……普通、着ぐるみから出られないなんてオカルト的な現象は起こらない。でも、それが起きている……となれば、原因は一つしかない」 俺はゴクリと唾を飲む。 「規制概念集合体――」 何やら漢字がいっぱいだ。 「人は色々なものを規制している。それはもちろん必要なものではあるの。けれど、それも行き過ぎれば歪みが生じてしまう」 確かに規制は必要だと思うが、神経質になり過ぎなのではと疑問を感じるシ ーンも少なくない。それを歪みと呼ぶならばそうなのかもしれない。 「歪みから漏れ出た、規制をしなければならないという過剰な思念は行きどころを失くす。そして、それらはいつしか混ざり合い凝り固まって規制概念集合体という思念の塊と化すの。それは基本的に人の目に見えるものじゃないけど確かに存在する。おにいちゃんはそれと接触しているはず。何か心当たりがある?」 「……ある」 間違いない。 あの黒髪幼女がそうだ。あの幼女こそ、規制概念集合体とやらが人の姿をして現れたものなのではないか。 俺は黒髪幼女と邂逅したことを手短に説明する。 「なるほど……幼女の姿で。おにいちゃん、本当に幼女が好きなんだね……」 「へへっ、それほどでも」 「いや、褒めてない」 バッサリだった。 「行き過ぎた規制ってほとんどいちゃもんだからね。暴走してるようなもの。だから、そんな皮肉みたいな感じだったんだろうね。ロリコンが幼女に規制されるなんて」 「え? いや幼女にやられるなら全然悪くはないけど?」 「おにいちゃんもなかなか極まってるね……いや、窮まってるの方かな。まぁ、それはいいけど」 陽はパンと手を叩く。 「このままの状態じゃさすがにおにいちゃんも困るでしょ?」 「まぁ幼女観測はできるからなぁ、これはこれで」 「一生、生身で幼女に触れられないんだよ?」 「嫌だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 俺は慟哭した。 「じゃあ決まりだね 」 陽は両手を握った。 「き、決まりって……?」 不敵にほほ笑む陽に、俺はただただ不安を募らせた。 ○ 「マジでやるの……?」 煮え切らない俺の質問に、陽は迷いなく首肯した。 「まずは規制概念集合体をおびき寄せるないと。そのためには仕方ないよ」 「ブ、フヒィン……陽ちゃんキビシス」 これから行うことを考えると変なテンションになってしまう。もう半ばヤケだ。 『さーて、次のお友達は! キュウリの妖精、キュリーンでーす!』 コールされてしまった俺は慌てて袖からステージに飛び出す。 先ほどまで出演していたゆるキャラまつり午後の部である。午後の部では人気のゆるキャラへの質問コーナーが設けられており、今まさに俺の順番が回っ てきた訳だ。 「ボッキーンッ! ボッキーンッ!」 背筋をピンピンさせながらステージ中央にたどり着き、お客に手を振る。なかなかの人出。背筋がゾクリとした。 司会のおねぇさんが適当にキュリーンの説明をしたあと、早速質問タイムへ移行する。事前に会場内で質問を募集し、おねえさんがゆるキャラとやり取りするスタイル。 クエスチョンワン。 「キュリーンの好きなものは何ですか?」 アンサーワン。 「幼女です」 会場の笑い声が半減した。 クエスチョンツー。 「キュリーンのお休みの日の過ごし方は?」 アンサーツー。 「公園で幼女を観察しています。午前九時から午後五時まで。その間は時間がもったいないので食事にもトイレにもいきません」 会場の笑い声が消えた。 クエスチョンスリー。 「キュリーンの将来の夢は何ですか?」 アンサースリー。 「幼女と結婚することです!」 会場のところどころで悲鳴が上がる。客がじりじりとステージから離れていく。 しかし、一人だけステージに近づいてくる者がいた。 「来たよ……!」 いつの間にやら、俺の横に立っていた陽が言う。 黒髪幼女。 規制概念集合体が人の形をとったもの。 その表情は憤怒であふれていた。 「この愚か者が!」 黒髪幼女は大声で怒鳴る。 「貴様の歪んだ性癖を規制するために、その入れ物に封じ込めてやったのに何たる愚か! これは更にキツイ規制が必要なようだな!」 マジ切れしてるぅ……コワイィ……。 しかし、小便ちびりそうなほどビビっている俺とは対照的に、陽は勇敢そのものだ。 「何でもかんでも規制規制って! おにいちゃんが何をしたっていうの? 何かを好きな気持ちを妨げることなんて誰にもできないんだよ!」 「はっ! 許されない価値観を持つということが既に悪なのだ! こいつが将来取り返しのつかないことをしでかしたらどうする? 誘拐! 性犯罪! そうなってしまったら遅いのだ! 悪の芽は早々に焼き払わねば!」 「そんなの間違ってるよ!」 「それはどうかな? 耳を澄ませてみろ!」 耳に意識を集中させる。すると本来聞こえるはずのないモノが耳に流れ込んできた。 『あの子の言うとおりじゃない?』 それは会場にいる人々の、いくつもの心の声だった。 『あの着ぐるみのなかでイヤラシイこと考えてたと思うと気持ち悪い』 『うちの子に何かあったら大変だわ』 『もうロリコンなんて完全に規制しちまえばいい』 強烈な頭痛。 俺は片膝をついた。 「これが……世間の声……俺は……気持ちの悪い人間……」 「おにいちゃん!」 陽が俺の腕を取る。しかし立ち上がる気力がない。 「ふはははははっ! ようやく理解したようだな!」 黒髪幼女は高笑いすると、ふわりと宙に浮かんだ。 「私の、いや、皆が望む規制を大人しく受け入れるのだな!」 「させないっ!」 陽は両手を広げて俺の前に立った。 「おにいちゃんの純粋な気持ち……私はそれを守る!」 「無駄なことを。『自由』の反逆分子――貴様らの勢力などもはや風前の灯。この世界にもはや自由の存在する余地などない! その愚か者もろとも吹き飛ばしてくれる!」 やはり陽も普通の存在ではなかったのか。 黒髪幼女が規制の象徴であるならば、陽は自由の象徴。規制に縛られた俺を助けに来てくれたのだ。 でも、もはやどうにもならない。 「はぁああああああああああああああああッ!」 黒髪幼女が手のひらの上向けて気合を入れると、黒い靄の球体が出現した。赤い稲妻がバチバチとほとばしっている。 「この規制暗黒弾を食らえば、貴様のロリコン属性は永久に規制される! 二度と幼女に欲情することなどなくなる!」 それでいいのかもしれない。 だってみんながそれを望んでいるから。 「……」 みんなが? 本当に? 「させないっ……!」 たった一人だけ。 俺の性癖を知っても、何の衒いもなく、肯定してくれた存在がたった一人だけいる。 「おにいちゃんゴメン……わたしの計算違い……こんな圧倒的だなんて……でも、おにいちゃんのことはわたしが守るからっ!」 小さな背中。 俺を守ろうとするこの小さな背中は、ふるふると震えていた。 「食らえ! 規制暗黒弾!」 黒髪幼女は禍々しい球体を放った。それは猛スピードで俺と陽をめがけて飛んでくる。 「えっ――」 俺は陽を押し飛ばした。驚いた陽の表情。 「おにいちゃああああああああああああああんっ!」 黒球は俺の胸の中心に命中した。 全身をつんざく痛みに、俺の意識は途切れた。 ○ 目を覚ましたのは異様な空間だった。 床も天井も壁も全てが黒い直方体の部屋。窓も扉もなく、どうやら出口はない。 俺は規制に閉じ込められてしまったようだ。 「その通り」 低くおどろおどろしい声。声のした方向を見ると、壁がぐにゃりと歪み、暗く落ちくぼんだ目と口が現れた。 「ここは規制の檻。完全な密室だ。精々自分の性癖を悔い改めるがいい」 「……そうだな」 俺は壁の顔に語りかける。 「規制は必要だ。それは色々な悲劇を抑止するために。でも」 拳をぎゅっと握る。 「俺は幼女が大好きだ。その気持ちを偽ることはできないし、変えるつもりもない」 「何だと……!」 壁の顔は明らかに怒った表情をみせた。 「こんな場所に閉じ込められてまだ分からないのか! この檻は誰かが勝手に作ったものじゃない! 規制しなければならないという意思が集まって形成されている! つまりこれは世界の決定なのだ!」 「それがどうしたっ!」 俺も負けずに叫ぶ。 目頭が熱い。 「だってあいつは守ってくれた……」 ロリコンで皆から引かれるような俺を、あの恐ろしい黒髪幼女の前に立ちはだかり、命を賭して守ろうとした。 俺の想いを守ろうとしてくれた。 「あんな幼気な子の想いを無にするなんてロリコンである前に漢でもねぇ! まして――」 大きく拳を振りかぶって。 「まともな人間でもねぇんだよっ!」 全身全霊で壁の顔をぶん殴った。 「ぐわぁあああああああああああああああああああっ!」 顔の中心にわずかに亀裂が入る。それはみるみる広がっていき、部屋全体が亀裂だらけになった。 「そんな……そんなぁあああああああああっ!」 「出ていかせてもらうぜ!」 俺はもう一発、渾身のパンチを食らわせた。 部屋は弾けるように崩壊し、あたりは眩い光に包まれた。 ○ 「なに……!」 ステージ上、よろよろと立ち上がった俺に、黒髪幼女は驚愕した様子だった。 「お、おにいちゃん……」 俺のそばには陽がいた。その頬は涙で濡れている。 「きかねぇぜ……そんなへなちょこな攻撃なんて」 「ぐぐぐ……小癪なっ!」 黒髪幼女は両手を広げると、無数の規制暗黒弾が出現した。 「食らえぃ!」 強襲する黒球をまったく避けられない。被弾する度に吹き飛ばされ、身体中をしたたかに打ち付けた。 甚大なダメージ。 でも。 「……ッ!」 俺は立ち上がった。 たとえ何度倒されたって立ち上がり続けてやる。 「陽は……陽だけは俺が守る……」 それを聞いた黒髪幼女の顔から表情が失せた。 そして、顔色が赤紫に変色し、髪の毛は天を衝くように逆立った。顔面のつくりも醜悪に歪む。 「規制規制規制規制規制ィ! なぜ分からない! ダメなんだ何もかも! 自由なんていらない! 世界を規制の檻で管理することこそ真の平和なのだ!」 ある意味ではそれも正しいのかもしれない。 でも今の俺には規制も自由もどうだっていい。 陽を守りたい。 ただそれだけのことだから。 「がぁああああああああああああああああああああああああああああ!」 黒髪幼女の頭上に先ほどまでとは比べ物にならない大きさの規制暗黒弾が現れる。直径にして十メートルをゆうに超えている。あれを食らえばさすがにひとたまりもないだろう。 陽が俺に駆け寄り、ぎゅっと手を握った。俺も握り返す。 「くそっ……!」 ここまでか――半ば諦めていると。 「なんだ……?」 黒髪幼女は怪訝そうな声を出す。 それは会場に広がりだしたさざめきのせいだった。 『やり過ぎじゃない?』 それは人々の心の声。 『まぁ、ロリコンっつってもあの人がイケないことした訳じゃないし』 『俺もおっさんだけどJK好きだ』 『イェーイ! 俺もロリコンだぜ!』 一つ一つはわずかな力。 それでも、それらが束になれば、規制に対抗する自由のパワーとなる。 「おにいちゃんっ!」 陽の呼びかけに、俺は迷いなく頷いた。 右手を前に突き出す。もはや大きなうねりとなった自由のさざめきが俺の拳に宿る。 「あれも規制! これも規制! 全部規制! 超絶規制暗黒弾ンンンンンンンンッ!」 絶望を孕んだ巨大な黒のかたまりが俺たちに襲いかかる。 陽の手を離し、俺は跳んだ。 自由を宿した右拳を大きく振りかぶる。 「いっけぇええええええええええええっ!」 心に響くその声援には、陽だけでなく自由を求めるたくさんの人たちの声が含まれていた。 「おらぁあああああああああああああっ!」 超絶規制暗黒弾に自由の鉄拳を叩き込む。 霧散。 規制の思念は脆く散り散りになった。 俺の拳はそこで止まらず、今や見る影もない黒髪幼女に向かう。 「馬鹿なぁああああああああああああっ!」 腹の中心に拳がめり込んだ。 黒髪幼女の四肢が砕け、身体も崩壊していく。苦痛に歪んでいた黒髪幼女の顔が、ふと嘲笑的な笑顔に変わる。 「調子に乗るなよ……」 顔面も崩れていく。 「今回はたまたまうまくいったようだがな……規制概念集合体は規制しなければならないという意思があれば、いつでもどこにでも現れる……覚悟しているんだな……フハハハハ――」 かすれた笑い声を残し、黒髪幼女――規制概念集合体は消滅した。 ◯ あの現実離れしたどんぱちをどうやって収拾するのか不安だったが。 「わたしに任せて!」 陽は一言そう言うと、不思議な力で会場にいた人たちの記憶を消し、めちゃくちゃになってしまったステージなどを修復した。 わぁ、都合いいなぁ^ ^。 「おにいちゃん、どうしてにやにやしてるの?」 「いや、何でもないよ」 俺と陽はステージ裏で向き合っていた。 「行くんだろ?」 「うん……」 陽は後ろで手を組み、寂しげに俯いた。 「そんな顔するなよ。陽は自由を求める人たちの希望なんだろ? 俺を救ってくれたように、他にも陽の助けを待つ人がたくさんいるさ」 規制概念集合体はどこにでも存在しうる。今もどこかで不当な抑圧に苦しむ人がいるかもしれない。 「そうだね、それが自由の反逆分子であるわたしの役目」 「おぅ」 俺は陽の頭を優しく撫でた。陽は不満げだ。 「おにいちゃん、いつまでそれ着てるの?」 そういえばキュリーンの着ぐるみを着たままだった。俺を縛っていた規制はなくなったからもう脱ぐこともできる。 「脱いで」 幼女にそんな風に言われたら脱がざるをえない。むしろ、脱がなくていいものまで脱いでしまいかねない。 ファスナーに手を掛けると抵抗なく動いた。 一時は完全密室となっていたキュリーンから難なく脱出する。 「……」 陽は無言で俺を見つめている。思えば生身を晒すのは初めてだ。や、やだっ、何か恥ずかしい! 俺がモジモジしていると。 「しゃがんで」 命令口調の陽に従い、従順にしゃがむ。 顔が陽と同じ高さになった、そのときだった。 「――!」 陽の唇が、そっと俺の唇に触れた。 ちなみに、俺のファーストキスだった。 「よ……幼女とキキキキスしちゃった……デュフフ……」 「おにいちゃん、さすがにちょっとキモいよ」 陽は苦笑いと恥じらいが混じったようにはにかむ。 「ぐはっ!」 その殺人的な可愛さにうずくまって悶絶する。ま、まずい、ヨダレ出ちゃうよぅ。 「陽、そりゃあ反則だぜ――あれ?」 顔を上げると、陽の姿はそこにはなかった。あたりを見回してもどこにもいない。 一人になると、まるで今まで起こったことが嘘だったような気がしてきてしまう。 でも。 「……」 自分の唇に触れる。この甘く残る感触は嘘じゃない。俺は陽のおかげで規制の檻をぶち破った。そして、譲れないこだわりを再確認することができたのだ。 「ありがとなー!」 俺は空に向かって叫んだ。 陽に届けと願いを込めて。 昨今、ロリコンには辛い世の中である。 それでも俺は、ロリコンであり続けたいと心から思う。 |
筋肉バッカ cEG2mCceHc 2018年01月02日 15時19分31秒 公開 ■この作品の著作権は 筋肉バッカ cEG2mCceHc さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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