| 新畑警部補はアニメがお嫌い | 
  
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    | 警視庁刑事部に所属する新畑警部補は、アニメにはまったく興味のない男だった。 
 不動産王として名高い花札壮一郎氏が自社ビルの執務室で変死していた事件の捜査は、おおむね順風満帆だった新畑警部補の経歴に残る数少ない汚点となった。
 「死体の様子からしたら、ありゃあ、誰が見たって他殺としか思えなかったんだがなあ」
 行きつけのバーでお気に入りのギムレットをちびちび口に運びながら、警部補はバーテンダーにぼやく。
 「花札は敵の多い人物だった。かなりあこぎな商売で財をなした男だからな。やっこさんを殺したいほど恨んでいてもおかしくないやつをリストアップしたら、数十ページのファイルができあがったんだぜ。そこから容疑者を絞り込んだら六十七人。アリバイを徹底的に調べたところ、残ったのが十三人。男が八人、女が四人、オカマが一人だ」
 「オカマは男でしょう?」
 「……とにかくだ。あいつを恨んでいた人間がそれだけいる。そして、発見された時の死体の状況だ。床にうつぶせに倒れてて、背中の肩甲骨の間にナイフが刺さってたんだぞ」
 「それが直接の死因だったんですね?」
 「そうだ。ということは、他殺か自殺か、事故死。この三つのうちのどれかということになるが、あんなところに自分でナイフをさせるとは思えん。普通はノドとか胸とかを刺すだろ? 事故死としても不自然だ。他殺としか考えられん」
 「でも、ニュースでは、あの事件は結局花札氏の自殺と結論付けられたと報道されていましたが」
 「不可解だがな。そう結論するしかなかったんだ」
 「それはまた、どうして?」
 「花札が死亡していた現場の状況が、完全な密室だったんだよ」
 バーテンダーが口笛を吹く。
 「密室殺人ってやつですね。推理小説やドラマではいっぱい読んだり見たりしましたけど、現実にそんな事件があるんですか」
 「いや、私もはじめて出くわしたよ」
 「あれですか、すべてのドアに内側から鍵がかかっていたという?」
 「そうなんだ。それもカンヌキ式のシンプルなやつで、外からは絶対に開けられないものだった」
 「何かカラクリがあったんじゃ?」
 「推理小説とかによくある、テグスか何かを引っ掛けて外から操作するってやつだろ? もちろんそういう可能性は考えて徹底的に調べたが、その種の小細工をした痕跡はまったく発見できなかった」
 「なるほど。窓とかはどうなってたんですか?」
 「窓はない」
 「ない?」
 「部屋は、花札タワーと呼ばれるやつの本社ビルの七十二階、その一室だ。エアコンと換気扇はあるが、窓はない。ドアはすべて内側から厳重に施錠されていた。人間はおろか、ネズミ一匹出入りする隙間もなかった」
 「そんなところに閉じこもって仕事をしていたんですねえ」
 「やっこさんも、自分が大勢の人間に恨まれていることを知っていただろうから、用心してたんだろうさ」
 「なるほど。物理的には完璧な密室……これが小説やドラマだったら、残る可能性は心理的トリックってやつですね」
 この二人、実はなかなかの推理小説マニアなのである。
 コナン・ドイルのホームズ物や、エラリー・クイーン、アガサ・クリスティの古典的名作群以来、密室トリックは人気テーマの一つだ。ミステリの華といっていい。
 密室トリックには大きく分けて二つのタイプがあり、ひとつは警部補の言うようにテグスなどを使った「物理的トリック」。もう一つは「心理的トリック」である。犯行現場は一見密室状態に見えるが、どこかに心理的な錯覚があって犯人が部屋から出入りすることが可能だったというもの。ミステリ・マニアのあいだではこの種のトリックの方がエレガントだとされている。
 二人は過去に名作とうたわれた諸作品に使用されたアイデアの数々をめぐって小一時間楽しそうに語り合ったのだが、ネタバレを避けるために割愛することにする。ミステリ・マニアって読みかけの物語の結末をばらした者を、殺しちゃうこともあるそうだからね(ウソ)。
 
 閑話休題。
 そんな調子で、二人は花札氏死亡現場の密室状態について、何か盲点はないか様々な角度から検討したのだった。
 「……な? どこからどう考えても、完全な密室だろ?」
 「そういうことになりそうですねえ」
 バーテンダーは、新畑警部補の前にカクテルのおかわりを置きながら言った。
 「マティーニか」
 「たまにはいいでしょう?」
 「……そうだな」
 お楽しみの時間の終わりだった。
 「ま、そんなわけで、いかに不可解でも密室の謎が解けないかぎり、他人が花札氏を殺害したという線は不可能と言わざるを得ないのさ」
 「ですね」
 「ただな」
 「なんです?」
 「実は、一つだけ気になることが残っているんだ」
 「ほう」
 「事件のあった部屋に、奇妙なものが残されていたのさ。ただ、それが何なのかさっぱり分からないんだ」
 「ほほう。いったい何が残されていたんです?」
 「どう言ったらいいかな……」
 警部補は、困惑の表情を浮かべる。どうにも上手い言葉が見つからないといったていだ。
 ややあって、
 「ドア枠と、ドアだ」
 マティーニのグラスを弄びながら、そう言ったのである。
 「は?」
 「壁もないところに、ドア枠とドアだけが立っているんだよ。衝立みたいな感じにな……ありゃあ、いったいなんだろうねえ?」
 「そ……それって、ひょっとして」
 「うん?」
 
 新畑警部補は、小説やドラマは好きだがアニメは見ない男だった。
 
 
 ~ Fin ~
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    | あまくさ 
 2018年01月02日 13時52分26秒 公開
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        ■作者からのメッセージ         
        ◆キャッチコピー:密室トリックはミステリの華。◆作者コメント:
 うっ……こんなオチでいいのか不明ですが、まあ、箸休めという感じで。
 皆様、よろしくお願いいたします。
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