ペンギン王国物語 消えたケーキの謎

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 南の海をずっと南に、もっと南に、さらに南に行ったその先に、ペンギン王国がありました。
 ペンギン王国には、ナマケモノで食いしん坊の王様と、可愛いヒナペンギンの王女様が住んでいました。
 ペンギン王国は、とても平和な国ですが、たまには事件がおこります。ペンギン王国のケーキ消失事件は、こんな風に始まりました。

 イワトビペンギンの料理長は、調理場の入り口から中を見て、思わず叫んでしまいました。
「大変じゃ。王様のおやつのケーキが無くなっておる!」
 料理長はあわてて調理場の中を確かめました。
 ケーキがワゴンから落ちたかもしれない。誰かが別の場所に移したかもしれない。さがしてみよう。
 しかし、いくら探しても調理場の中にケーキはありませんでした。
 料理長は考えました。
 王様がケーキをつまみ食い……
 でも、料理長は首を振ってその考えを打消しました。

 料理長は思いました。間もなく王様が、
「おやつ! おやつ! おやつ! おやつ!」
 と、騒々しくわめきたてるでしょう。
 それまでにケーキを見つけないといけない!

 料理長はアデリーペンギンの料理人たちに言いました。
「誰か、王女様に調理場までお越しいただくよう申し上げてまいれ」
 たちまち料理人たちは、王女様の御部屋に向かって走り出しました。全員が白いエプロンのリボンをたなびかせながら、ペタペタと廊下を走って行ってしまいます。
 イワトビペンギンの料理長は、それを見てため息をつきました。
「ありゃりゃ、みんな行ってしまったか。しかたないのう」
 そこで、料理長は誰かが調理室に入って中を荒らすことがないように、入り口で見張りをしました。
 しばらくすると、氷を刻んで造った廊下の向こうから、可愛いヒナペンギンの王女様がトコトコとやってきました。
 王女様は、王家の者にふさわしく、高貴な雰囲気をまとっています。額に着けた黄金のティアラは、王冠の形をしています。王女様の灰色の産毛は艶があり、とてもふわふわとしていました。
 王女様の周りには光の精と氷の精が透明な羽根をふるわせながら飛び交っていました。みんな王女様が大好きだからです。
 後ろからアデリーペンギンの料理人たちが羽根をパタパタ振りながらヨチヨチと付き従っていました。
 遅れてきた一羽が、コケっところびました。そのままスーッと氷の上をすべってゆきます。そして、可愛らしく左右にゆれる王女様のお尻に、コツンとぶつかりそうになりました。だから、あわててピョコタンと立ち上がりました。
 それを見ていた料理長は思わず考えました。
「抱きしめたらモフモフしていて、とても暖かいじゃろうな」
 料理長は、あわててその考えを頭から振り払いました。
「王女様を相手に、私は何を考えておるのじゃ!」
 ヒナペンギンの王女様は、そんな料理長の思いには気が付かないようでした。王女様は料理長に澄んだ可愛い声で語りかけました。
「なにか困った事が起きたのですか……」
 料理長も、居合わせた料理人も、王女様の優しい声を聞いて思わずボーっとなりました。
 料理長が最初に我に返って言いました。
「御足労をおかけして申し訳ございません。実は王様のおやつのケーキが消えてしまったのでございます」
「まあ、大変!」
 ヒナペンギンの王女様は驚いて言いました。
「そのときの様子は、どんな風だったのですか?」
 イワトビペンギンの料理長はクチバシを開き羽根をパタパタと振りながら、その時の様子をくわしく説明しました。

 ケーキを作るときに、調理場には内側から厳重にカギがかけられていました。王様が料理を途中でつまみ食いしないように、いつも行っている用心です。
 ケーキが出来あがるまで調理場は、まちがいなく密室でした。
 ケーキが出来あがったので、ケーキを運ぶためにワゴンが用意されました。料理長は料理人たちと一緒に、ワゴンの上にケーキを置きました。ケーキが壊れないように気を使いました。
 今日のケーキはとても美味しくできていました。
 王様は美味しい料理をとても嬉しそうに食べます。料理長は王様の喜ぶ顔を早く見たくてたまりませんでした。
 ケーキを運ぶ用意ができたので、料理長は調理場の入り口のカギを開けました。そして、扉を大きく開き、扉が閉まってしまわないようにクサビで固定しました。
 それからケーキを運び出すために調理場に入ったら、作ったばかりのケーキがワゴンの上から消えていたのです。

 ヒナペンギンの王女様は、深くうなずいて言いました。
「なるほど、不思議な話ですね。でも、様子は良く分かりました」
 王女様は料理人たちに尋ねました。
「皆様は、その時に何をなさっていたのですか?」
 一羽目のペンギンがペタペタと進み出て、クチバシを開いて答えました。
「扉が開いた時に、私はケーキの形を整えるパテナイフを布でぬぐっていました」
 二羽目のペンギンが、羽根をパタパタと振りながら言いました。
「ボクは、流しにお皿やボールをガラガラガッシャンと運んでたな」
 ヒナペンギンの王女様は思わずつぶやきました。
「なんだかお皿が割れそうな運び方ね」
 三羽目のペンギンは気をつけしながら言いました。
「お、お皿を、洗ってました!」
 ヒナペンギンの王女様は言いました。
「すると、三羽とも扉が開いた時にケーキの方を見てはいなかったのですね」
 最初のペンギンの料理人が大きくうなずいて答えました。
「はい、みんな後片付けに夢中でした」
 料理長がパタパタと羽根を振りながら付け加えました。
「ケーキを運ぶ前に、夕食をすぐに作れる用意をしていたのです」
「王様は食いしん坊だから、食事の支度が大変よね」
 ヒナペンギンの王女様はそう言ってうなずくと、つぶらな瞳で料理長を見つめながら訊ねました。
「扉を開けるときに、いつもと違うことや、何か気が付いたことはありませんでしたか」
 王女様の澄んだ瞳に見つめられて、料理長はドギマギしました。でも、一生懸命にその時のことを思い出して答えました。
「そういえば、扉を開けた時に、風が吹きぬけてゆきましたな」
 王女様は、灰色の小さな羽根で、パタパタと羽ばたきながら訊ねました。
「誰かが風のように通り過ぎたかもしれない。そう考えてよろしいでしょうか?」
 料理長はクチバシを突きだし、それから白いコック帽ののった頭をかしげて言いました。
「はい、そうだったかも知れませぬ」
 ヒナペンギンの王女様は可愛い声でつぶやきました。
「光の精や氷の精がつまみ食いをしたのかしら」
 あたりを飛び交っていた光の精と氷の精は、瞳の無い眼を大きく見開き、透明な羽根をきらめかせながら、そろってフルフルフルと首を振りました。
 料理長は言いました。
「光の精や氷の精は、レモンシャーベットが大好きですが、ケーキは食べませぬ」
 料理長は首を大きくひねってから付け加えました。
「雪の精がパウダーシュガー振るときに集まってまいります。でも雪の精は見ているだけで、これまで一度も食べたことはありませぬ」
 王女様は、首をかしげながら言いました。
「それでは盗賊カモメがケーキをさらっていったのかしら」

 盗賊カモメはペンギン王国の外から突然にやってきます。そしてペンギンが沖から取ってきた魚を奪ったり、ペンギンのヒナをさらおうとしたりします。
 では、盗賊カモメが王様のケーキを奪った犯人なのでしょうか。

「いえ、違うわ」
 ヒナペンギンの王女様は、すぐに言いました。
「宮殿の入り口は衛兵ペンギンが守ってる。宮殿の廊下には盗賊カモメが入れないようにいくつも柱が立ててある。それに調理場の扉は、盗賊カモメがすばやく通り抜けるには狭すぎるわ」
「その通りですじゃ。犯人は盗賊カモメではありますまい」
 料理長が白くなった大きな眉をひそめて言いました。
「ごらんのとおり、調理室の入り口からワゴンまでの間には、私たちの足跡と、とびきり大きなペンギンの足跡しかついておりませんからな!」
 王女様はつぶやきました。
「考え方を変えてみましょう。ケーキを奪う動機のあるのは誰かしら」
 料理長と料理人たちは羽根をパタパタと振りながら一斉に答えました。
「食いしん坊の王様です!」
 光の精と氷の精も、透明な羽根をふるわせながら、そろって首を縦にふりました。
 一羽目のペンギンの料理人が言いました。
「王様は体が大きくて、ほかのペンギンよりもたくさんご飯を食べます」
 二羽目のペンギンがパタパタと羽根を振りながら言いました。
「王様はとっても食いしん坊で、食べてもすぐにお腹が空いてしまう。だから、いつもお腹をグーグー鳴らしてるよ」
 三羽目のペンギンが言いました。
「だから、料理を作るときは、調理場に内側からカギをかけて、王様がつまみ食いをしないようにするのです!」
 料理長は首を縦に何度も振りながら言いました。
「王様につまみ食いをされたら、出来あがる前に料理がなくなってしまいますからな」

 その時、遠くからドス~ン、バタ~ンと何かが近づいてくる物音が響いてきました。料理長は羽根で頭をかかえて言いました。
「わ~っ、王様がやってくる。おやつを我慢できなくなったんだ!」
 やがて調理場へとつづく廊下に巨大な影が見えてきました。大きさは普通のペンギンよりも二回りは大きく、横幅は三倍ありそうでした。
 頭の上には金色の折り紙で作った王冠がチョコンと乗っています。
 ヒナペンギンの王女様は言いました。
「あわててはいけません。あきらめないで考えましょう。王様は風のように走れるかしら」
 一羽目のペンギンが言いました。
「無理と思います。王様はナマケモノで運動が苦手ですから。それに、王様は氷の割れ目に落ちて溺れたこともあります」
 料理長がクチバシを開いて言いました。
「あの時は大変じゃったなあ」
 二羽目のペンギンが言いました。
「本当に大変だったよね。王様が、グー、グー、グエッ、グエッ、助けてくれ~。ガボ、ゴボ、ゲボ、ガボ、と大声をあげたから、王国中のペンギンが助けにかけつけたよね」
 料理長は、なんども深くうなずいて言いました。
「王様を救おうと皆が海に飛び込んだから、たちまちペンギンの山ができてしまった。なぜなら、王様が溺れていた所は、足のつく深さしか無かったからじゃ」
 三羽目のペンギンは、クチバシを高く高く振りあげて言いました。
「王様は、とても寒がりで、魚が嫌いで、泳ぎは苦手な上に、体が大きくて、歯が生えてます!」
 言い終えると、三羽目のペンギンは気を付けをしたまま後ろにパタンと倒れてしまいました。それから、何事もなかったようにピョコタンと立ち上って続けました。
「だから王様は、せ、先祖返りしたムカシペンギンではないかと言われてます!」
 一羽目のペンギンが言いました。
「それに王様はチョコレートと間違えてカレールーを齧ったときに、火を吐きました」
 一羽目のペンギンは首をかしげました。それからクチバシを大きく開いて言いました。
「ジュースと間違えてタバスコを呑んだときは、とても盛大に炎を吐いてます」
 イワトビペンギンの料理長が言いました。
「いやいや、王様が一気に飲み干したのは、小瓶に取り分けるために大ジョッキに入れておいたジョロキュア・ハバネロペッパーのソースじゃった」
 料理長は首を何度も縦に振って言いました。
「まだニンニクや玉ねぎ、ニンジンを混ぜとらんじゃったから、たぶん世界で一番辛いソースじゃったはずじゃよ」
 二羽目のペンギンは左右に首をふって、周りを見てから言いました。
「王様が、シギャー、シギャーと叫びながら炎を吐いて王国中を駆け回ったから、ペンギンたちはみんな必死で逃げ惑ったよね」
 料理長が言いました。
「王様の目は吊り上がり、すっかりイッテしまってたから、本当に恐ろしかったぞ。涙をボロボロ流してたなんて、まったく気づかなかったわい」
 三羽目のペンギンが言いました。
「ペンギン王国は、大パニックでしたよ!」
 最初のペンギンが言いました。
「乱暴者のアザラシも自慢のヒゲを焼かれて、あわてて逃げて行きましたよね」
 料理長は羽根をパタパタと振りながら言いました。
「たしかにムカシペンギンはとてもブサイクで泳ぎが苦手だったそうじゃ。しかし、王様のように火を吐いたりはしなかったと思うぞ!」
 ヒナペンギンの王女様は首をかしげて言いました。
「つまり、王様は風のように走れないのですね」
 王女様はパッチリした目でみんなを見つめました。
 みなは羽ばたきながら何度も深くうなずきました。
 王女様はもう一度、可愛らしく首をかしげました。
「そうすると、王様は容疑者から外すほかないのかしら」


 *** 本当にそうでしょうか ***



 ヒント:「とびきり大きなペンギンの足跡」を別の言い方にすると、「キングサイズのペンギンの足跡」になります。

 ペンギン王国の宮殿は、氷で作られています。澄んだ氷で作られた廊下は蒼い炎の色に輝き、氷の天井から射す虹色の光に彩られて、きらめいています。
 氷の廊下に、ドス~ン、バタ~ン、ドス~ン、という音が響いて、止まりました。
 王様の声が調理室の中まで大きく響きました。
「ワシが風のように走れないだと? そんなことはないぞ!」
 みんな王様の声をだまって聞いてます。
「ワシは、とびっきりおいしいケーキに向かってなら風のように速く走れるのだ」
 みんなは、王様の言葉を聞いて目を丸くしました。
「それからケーキを抱えてなら自分の部屋まで風のように走ることができるぞ。目の前にあるケーキを追いかければよいからな。ケプッ!」
 最初に王女様がつぶやきました。
「……犯人がだれか分かったみたい。それに犯行の方法も」
 つづいて料理長が小さな声で言いました。
「昔から犯人は犯行現場に戻ってくると言いますな……」
 三羽の料理人たちは、わけが分からない様子で首を振っています。
 王様は、急に何かに気が付いたようでした。恥ずかしそうな顔になって、ノッシ、ノッシと向きを変えると、ゆっくりと廊下を帰ってゆきました。
 ドス~ン、バタ~ンという足音が遠ざかってゆきます。
 足音が聞こえなくなってから、王女様が言いました。
「たぶん王様はおやつを欲しがらないと思うけれど、念のためフルーツコンポートとイチゴのタルトを作っておいてくださいね」
 料理長は深く深くうなずきました。
 王女様は小さな羽根をパタパタと振って付け加えました。
「王様がおやつに食べなかったら、夕食のデザートにお出しすればよいでしょう」

 その晩、王様はとても幸せそうでした。だっておいしい夕食をたっぷり食べたあとに、あま~いイチゴのタルトとヨーグルトにそえられた素敵なフルーツコンポートを食べれたからです。
 幸せそうな王様の様子を見て、みんなも幸せな気持ちになりました。

 ペンギン王国の長い昼もまもなく終わろうとしています。もうすぐ長い夜がやってきます。
 夜になれば、風の精たちは狂おしく吹き荒れるブリザードの調べを高らかに歌い続けます。数えきれないほどの雪の精が氷の精と一緒に六角形の小さな結晶に乗って激しく踊ります。
 そして、ペンギン王国の夜空は光の精たちの彩るオーロラによって美しく飾り立てられるのです。
 次の朝が訪れるまで、みんなが楽しい夢を見ることができるように祈りながら、このお話はこれでおしまいです。

 それでは、おやすみなさい。 
朱鷺(とき)

2018年01月02日 11時13分48秒 公開
■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:ケーキが出来あがるまで調理場は、まちがいなく密室でした。
◆作者コメント:ナマケモノさんのお話では、ミチル企画を始めたミチルさんは邪神でペンギンだそうです。そこで、ペンギン王国の物語を創作しました。
 ミチルさんのイメージに合ってればいいな、と思ってます。

2018年01月27日 23時18分04秒
+30点
Re: 2018年02月12日 17時37分34秒
2018年01月19日 19時13分34秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時29分01秒
2018年01月15日 23時20分44秒
+20点
Re: 2018年01月23日 15時28分23秒
2018年01月15日 22時36分54秒
+20点
Re: 2018年01月23日 15時27分54秒
2018年01月10日 23時39分15秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時27分13秒
2018年01月10日 06時10分05秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時26分45秒
2018年01月08日 17時01分29秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時26分19秒
2018年01月08日 00時27分22秒
Re: 2018年01月23日 15時25分35秒
2018年01月07日 10時37分45秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時24分58秒
Re:Re: 2018年02月01日 22時21分02秒
2018年01月06日 13時49分13秒
+20点
Re: 2018年01月23日 15時24分26秒
2018年01月05日 11時10分59秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時23分33秒
2018年01月03日 20時16分52秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時23分00秒
2018年01月03日 19時29分12秒
+10点
Re: 2018年01月23日 15時22分31秒
合計 13人 170点

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