窓を開けて |
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敦は同じ予備校に通う真里に一目惚れをした。夏休みが始まる一週間前、勇気を出して告白をした。 真里は幼い頃から、女子校にしか通ったことがないらしく、父親以外の男とはほとんど喋ったことがなかった。返事はあっさり、いいよ。だった。 敦と真里のなかは急速に近づき、予備校の授業終了後、夜の公園に集まり話をすることが、二人の密かな楽しみになっていた。 「今度、家の近くで花火大会があるんだ。一緒に見に行こうよ」 「うん。待ち合わせ場所はメールで教えてね」 敦の笑顔に真里はスマホを取り出した。だがそのスマホは、傍らから現れた白いスーツ姿の女に取り上げられてしまった。 「お母さん……」 真里の声に敦は恐縮しながら挨拶をした。 「あ……、どうも始めまして……」 真里の母、明音は敦の方を見向きもせず娘を叱りつけた。 「最近、浮かれていると思ったらこういうことだったのね。これは家族との連絡用に渡した物で、あなたが遊ぶために渡したものじゃないのよ!」 明音はそう言うと、肩に掛けたバックのなかに電話を押し込んでしまった。敦は真里のことを助けたいと思った。 「あの、真里を誘ったのは俺の方で……」 「悪いけど、うちの娘には頭の悪いお友達は一人も居らないの。話し掛けないで」 明音は吐き捨てると、真里の背中を押し、車の停めてある駐車場の方へ消えて行った。 初めて出来た恋人だったのに。敦は何とか真里と連絡を取り、二人で一緒に花火を見に行きたいと思った。 敦は閃いた。簡単だ。真里の友達に伝言を頼めばいい。だがそれは上手くいかないだろう。伝言は確実に本人に届くだろうが、教育ママの明音が玄関にいるかぎり、真里はそこから先に出ることは出来ないからだ。 では部屋の窓から真里が脱出するのはどうだろう。これも駄目だ。ベランダから縄を垂らせば脱出はできるだろうが、真里の腕力では庭から部屋に戻ることは出来ないだろう。 「そうだ」 敦は呟くと予備校に向かった。タイミングよく玄関の前に真里と同じ学校の制服を着た女の子がいた。 「ごめん。俺、岡村真里と付き合ってるんだけど、花火大会の日、友達との約束って嘘をついて真里を外に連れ出してくれないかな?」 「それって真里のお母さんを騙すってこと? 無理無理、あの子のお母さん文化祭の手伝いで、ほんの少し家に帰るのが遅くなっただけで、学校に怒鳴り込んでくるようなモンペだから。私、関わりたくないわ」 女生徒は冷たく断ると敦の前を通り過ぎた。 敦は正面突破の恋愛を考えてみた。明音に真里との交際を真剣に願いでれば良いだけだ。だが頭が悪いお友達と言われたことがどうしても許せなかった。なんとか明音の守る家の扉を突破し、暗い密室に閉じ込められたお姫様に思いを届けたいと思った。 敦は予備校の受付口を見つめた。敦は不意に、明音を欺く方法を思いついた。 それから三日ほどたった。真里の家の前を、郵便局の赤いバイクが走り去った。 明音が玄関のポーチに現れ、ポストに入った手紙を抜き取った。ダイレクトメールが二通に、予備校からのお知らせが一通あった。 明音は家の階段を上ると、真里の部屋の扉をノックし、無遠慮にドアノブを回した。 「いつまでもむくれてないで、受験に集中しなさい。あなたはうちの医院の跡取りなのよ」 手紙を渡すと、明音は直ぐに部屋を出て行った。真里は予備校の青い封筒に書かれた、夏期模擬試験・受験票在中の文字を見つめると、怒りで封書を破りそうになった。 息抜きぐらい良いじゃない。だがその手は寸前で止まった。母の機嫌を損ねると、怒りが敦の家に向かうことが想像できたからだ。 真里は鉛筆立てのなかからハサミを抜き取ると封筒の頭を切り、受験票を取り出した。不意に真里の手が止まる。 なかから出てきたのは直筆の手紙だった。真里はそれを食入いるように読み始めた。 『手が込んだことをしてごめん。でも俺、どうしても、真理と一緒に花火を見るって言う約束を守りたかったんだ。夏祭りの花火大会が八時になったら始まるから、一番最初の打ち上げ花火の音が聞こえたら、窓を開けて、河川敷の方を眺めて欲しい。俺も、自分の部屋の窓から、同じ花火を見ているから……』 名前はないが誰が送ったものか、真里には直ぐにわかった。何より、母の手をすり抜け、この部屋に思いが届いたことが嬉しかった。 真里は、夕暮れに霞む窓の外を眺めながら、心のなかで呪文を唱えた。 時間よ進め……。 |
彩太 2017年12月31日 01時08分35秒 公開 ■この作品の著作権は 彩太 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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