LAST NUMBER |
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私は零れた涙を拭きながら、ヘッドフォンを外した。 これで、本当に終わり。 一人でパーソナリティを務め上げたラジオ番組の最終回。たくさんのリスナーから届いた想いの籠ったメール一つ一つが私にとっては宝物。 終わりたくない…… 防音壁に囲まれた無機質な部屋は、終わりの寂しさを膨らませる。 やり遂げた達成感と未来への不安が入り混じった複雑な感情が、私を捉えて離さない。 目を閉じて、私は密室の中で思い出に浸る。なぜだろう? 辛いことも一杯あったのに、思い出されるのは楽しいことばかり。 六年、エトワールというアイドルグループの一員として全力で駆け抜けた。青春のすべてを賭けたけど後悔なんてしていない。素敵な時間だった。 去年、体調を崩し、お医者さんにライブを止められた時は泣いて暮らすしかなかった。それでも無理して頑張ったけど、それは状況を悪化させるだけだった。だから……私は卒業を決めた。 今日を最後にアイドル「ほのか」はもうおしまい。 心の整理をつけ、目を開けて正面を見た時、私の様子を見ていたディレクターさんが入ってきた。 「ほのかちゃん、お疲れ様でした」 背中に隠し持っていた花束を、私の前に差し出してくれる。 私の好きなピンク色を基調とした花束。甘い香りがスタジオに広がっていく。私は抱きかかえるようにしてそれを受け取った。 「本当にありがとうございました。未熟な私にずっと付き合ってくださって……」 「こっちこそだよ。ほのかちゃん一人になるってわかった時はどうしようかと思ったけど……一人でよく頑張ったね」 前まではオリエンタルという芸人さんと、二人でこの番組をやっていた。けど、スケジュールなどいろんな要素のゆえに二時間番組を一時間ずつ分け合うことになったのだ。 もう少しするとニュースが終わり、オリエンタルさんの番組が始まる。 「私の力じゃなくて、スタッフさんみんなの力ですよ。次の子もすごくいい子なのでよろしくお願いします」 来週からはエトワールの別のメンバーが引き継いでくれる。本当は今日も二人の予定だったのだが、エトワールは今武道館でライブを行っている。元気なら私も立つはずだった舞台。 「……うん、任せておいて」 ディレクターさんは優しく微笑んで私の肩に手を置いてくれる。 「ほのかちゃん、少しスタジオの中で待っててくれる?」 「……わかりました」 そう言うとディレクターさんはスタジオを出ていき、私からは見えない角度で何かをスタッフに配っていった。 ……何だろう? 私は不思議に思いながら、抱きかかえていた花束を机の上に置こうとして、小さな傷が目に留まった。 ……あ、この机の傷はスタッフさんが年明けにすごろく企画をやるためにカッターですごろくを自作してた時に着けた傷だ。あのすごろく、結局時間内にゴールできなかったんだよね……そうそう、あの角にイースターの時に卵型のカプセルが隠してあったな……中に無茶ぶりが入ってて悶絶したっけ……最初のころ、生歌を歌う企画があって、スタッフさんを見れなくて天井のあそこを見ながら歌ってたなぁ…… 小さな机の傷が、私を思い出へと誘っていく。 しばらくしてドアがノックされた。「ヘッドフォンして」というカンペがガラス越しに私の目に飛び込んでくる。 ……? 私はいぶかしみながらヘッドフォンをつける。 『ほのかちゃん、聞こえる?』 「はい、聞こえます」 『タブレットの電源入れて僕の言うとおりに操作して』 「わかりました」 私は言われるがままにタブレットを操作する。 『おーい、ほのかちゃん、聞こえる?』 えっ……? 映し出されたのは真っ暗な映像。でも聞こえてきたのは一緒にラジオをやってたオリエンタルさんの声だ。 どうして……!? 『マイクに向かって話して』 ディレクターさんの指示で私はマイクに向かって話す。 え? え? どういうこと? 「は、はい、ほのかです……」 そう言った瞬間だった。 『わああああぁぁっ!!!』 大歓声がタブレットから聞こえる。 『僕がわかる?』 「オリエンタルさんですよね、え、なんですかなんですか? どういうことなんですか?」 『実はね、今、僕はエトワールのライブにお邪魔してます』 オリエンタルさんの言葉に反応する様に歓声が届く。 ライブっていうことは……! 「武道館ですか!?」 『そう、武道館から生中継。今ほのかちゃんの声は電波に乗って、ライブ会場に届いてるよ! みんなの声も届いてる!?』 すぐに歓声のボリュームが上がった。マイクを聴衆席に向けたのだろう。 「と、届いてます!!」 『良かった。あのね、ほのかちゃんにお願いがあるんだ』 「な、なんですか?」 『ライブの後のメンバーをインタビューする、っていう企画をする予定だったんだけど、予定外のダブルアンコールがかかって、ライブが終われないんだ。だから、今、ほのかちゃんに卒業ソングを歌ってほしいんだ』 ……え? 歌う? 「今、ここでですか!?」 『そう、最後の無茶ぶり。じゃあ、ミュージック、スタートっ!!』 「ちょっ……!?」 私が何かを言うよりも早く、ヘッドフォンから私がセンターの卒業ソングのイントロが流れ始める。くしくもそれは、先ほど自分の番組で流したラスト・ナンバー。 私は困ってディレクターさんを見る。すると、ディレクターさんはピンクのサイリウムを振っていた。いや、ディレクターさんだけじゃない。スタッフさん皆が音響室をピンクに染めていた。 ……嘘……!? 嬉しさと驚きで私は声が出せない。ただ、身震いしていた。 『タブレット見てごらん?』 ヘッドフォンからディレクターさんの優しい声が聞こえる。 タブレットに目を落とすと、エトワールのメンバ―が踊っていた。 センターの私のポジションを空けたままで。 この歌は、ほのかがいないと完成しない、そう、雄弁に語っていた。 映像が少しずつ聴衆席へとパンしていく。先ほどまで真っ暗だった会場が、ピンク一色に染まっている。 私の頬をまた雫が伝っていく。皆の気持ちが嬉しかった。 これで歌わないのは、アイドル失格だ。 私は涙声で歌い始めた。 いつもと同じ景色 歩きなれたはずなのに何かが違う 変わったのは私 新しい自分に変わるんだ 制服を脱ぎ捨ててて自由になる 恐れなんか吹き飛ばせ サヨナラを振り捨てよう 未来を信じて いつも聞いてたラジオ 聞きなれたはずなのにやっぱり違う 変われたのかな私 新しい世界に飛び込むんだ 幸せな希望に会いに行こう 不安なんか吹き飛ばせ サヨナラを振り捨てよう 未来を信じて 何かが終わらなきゃ スタートはやってこない 最初の一歩を踏みだすんだ サヨナラを振り捨てよう 未来を信じて 『わあぁぁぁぁっ!!』 歌い終わると、大歓声がタブレットから聞こえてきた。 『ほのかちゃん、ありがとう。いい歌だった』 「こ、こちらこそ、最後にこんなサプライズ……ありがとうございます!!」 『短い時間だったけど、僕はあなたに出会えてよかった。ひたむきに頑張るあなたに、僕は、いや、違うな。ここにいるみんなが元気をもらってた。忘れないで。あなたは誰かの支えで、力で、希望だった。ほのかちゃんが選んだ道だから、きっといい人生になるはず。ほのかちゃんは、最高のアイドルだったと僕は思っています』 「ありがとう……ございます……」 『じゃあ、次はキャプテン』 タブレットが切り替わり、すでに顔がぐしゃぐしゃのキャプテンが映し出された。 「なんで私より泣いてるの……?」 自分の顔が見れてないことをいいことに、私は冗談交じりにキャプテンをいじる。 『うるさいな。でも、寂しいよぉ……』 泣いて言葉にならないキャプテンに対して、後ろで別のメンバーが肩を撫でで励ましている。 『ほのかがいなくなって、エトワールがどうなるかわからないけど、ほのかと一緒に過ごした時間からたくさん得るものもあったし、私たちみんないい刺激をもらってました。ずっと、アイドルとして他人のために生きてきたよね。これからは、自分のために生きてください。これが、私からのメッセージ、です……』 キャプテンは後ろで背中を撫でていたメンバーに向き直り、抱き合って泣いていた。 私は、その光景を見ながら、仲間の優しさで胸がいっぱいだった。 『……っ……じゃあ、最後に、ほのかちゃん、メッセージをもらえるかな……』 オリエンタルさんが私にそう促す。 拭っても、拭っても、溢れてくる涙を袖で拭いながら、私はマイクに向かう。 「……最後、まで、アイドルとしての景色を見させていただき、すごく、すごく、幸せだ、と、思っています……私は、アイドルになりたかったんです。他の誰か、の力になりたくてっ……他の誰かから、必要とされ、たかった。夢が叶えられた、ことはすごく幸せでした。その感謝があるから、今までずっと、頑張ってこれたんだと……思います」 止まらない涙。整わない声。けど、伝えたい。 「支えてくださった、スタッフの皆さん、そして、ファンのみなさん、メンバー、皆に感謝、です。ありがとう。そしてこれからも、エトワールのファンで、いてください!」 『わあぁぁぁっ!!』 タブレットから歓声が聞こえる。私はそれに負けないよう、大きな声ではっきりと叫んだ。 「夢を叶えて生きる、幸せな時間を、本当にありがとうございました!!」 私の声に反応する様に歓声が起こり、そして突然、沈黙が訪れる。 中継が終わったのだろう。静かな密室と花の香りが、私の興奮を少しずつ落ち着かせてくれる。 私はもう一度、涙を袖で拭い、強く手を握りしめた。 ……大丈夫。 防音壁に囲まれた無機質な部屋。 それでも確かに、私は愛に包まれ未来を信じていた。 |
ひながたはずみ 2017年12月30日 23時46分16秒 公開 ■この作品の著作権は ひながたはずみ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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