三猿 |
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「あーやー、どこ行ったー」 「アヤちゃーん」 「返事をしてー」 もう二日も妹のアヤが家にかえってこなかった。 僕は、友達のマサと一緒に、同じ寺子屋に通う他の子どもたちの長屋を順番に巡って行った。もしかすると、どこかのお宅にお世話になっているなんてことがないか。でも、アヤはよその家に上がり込んで、居候するような子ではなかった。 今朝からは、アヤの友達のミッちゃんも僕たちと一緒にアヤを探すのを手伝ってくれた。 真上から夏の日が照って、暑かった。汗が止まらない。寺の方から響く蝉の鳴き声は、まるで僕らの呼びかけを邪魔しているかのようだった。 「あーやー、どこだー。返事をしろー」 だんだんと声がかれてくる。 「ね、次郎さん。そろそろ、少し休みましょうよ。朝早くからずっと声を上げていて、さすがにもうお疲れでしょう」 「でも……」 「でももヘチマもねぇよ。次郎、少し休めって。おめぇ、何でも根詰めすぎるからな。まずは水でも飲まねぇと。アヤちゃんが見つかる前に、おめぇが伸びちまうよ」 マサの言葉に、ミッちゃんも大きく頷いている。 僕たちは、近くの路地裏にある井戸端の日陰に座り込んで、冷えた井戸水を口にした。 父と太郎兄ぃは棟梁に頭を下げて、昨日、今日と大工仕事を休んで、あちらの辻、こちらの通りと、尋ね人の張り紙を配り歩いた。母も、ほうぼう、ご近所さんにアヤのことを聞いている。それでも全く手がかりが見つからない。 「もう、あらかた思いつくところは回っちまった。こりゃ、本当に神隠しにでもあったんじゃねぇか?」 ため息交じりのマサ。 「まだ、ススキっ原の先の、神森稲荷に行ってない」 「まさか、さすがにお稲荷さんまでは行かねぇだろう? あそこの森は禁域だって話じゃねぇか」 神森稲荷は古いお社で、色々と不思議な噂のある神社だった。あやかしが森をうろついているとか、あの世に通じる扉があって、そこを通ると二度と戻れないという話もある。 「次郎さん。そういえばアヤちゃん、猫のシブが見当たらないから、見つかるように、お稲荷さんにお願いに行こうかなって、前に言ってた。もしかして、一人でお稲荷さんに行ってしまったのかもしれない……」 ミッちゃんの言葉に、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。アヤは行方不明になるちょっと前に、「次郎兄ちゃん」と、妙に改まった様子で僕の所にやってきたのだった。もじもじとしていたのは、お稲荷さんにシブが見つかるように、お願いに行きたいから、一緒に来てくれないか。そう伝えるつもりだったのではないだろうか。僕は、父の紹介で勉強に行っている建具屋の師匠に宿題として出された彫り物に、その日は夢中になっていて、そんな神妙なアヤのことを全然気にかけてやれてなかった。もし、僕がちゃんとアヤの話を聞いて、一緒に神森稲荷へ行くなり、シブを探すのを手伝うなりしていれば、行方不明にはならなかったのではないか。 「次郎さん、お願い石って、ご存知ですか?」 「祠に願い事を書いて、石で重しをして置いておくと叶うってまじない。……あ、それでアヤはお稲荷さんに」 「きっと、そうです」 マサが立ち上がる。 「どうする、次郎、お稲荷さんに行くか?」 「行こう」 僕らは緑のススキの原っぱを、こんもりと茂る鎮守の森を目印に歩いた。 ススキのカミソリのような葉っぱにあちこちを切られながら進むと、やがて神森稲荷の境内に着いた。薄暗く、ひんやりとした空気で、カンカン照りの外とはまるで異世界だ。ただ涼しいというだけではなくて、何か背筋にくるような、怪しい肌寒ささえ感じる。 神社の本殿の横に、小山の上にある祠に通じる道がある。いくつもの鳥居を抜けて、坂道を登っていく。気付くともう、頭の上を照らしていたはずのお日様は傾いて、空はすこし茜が差していた。ヒグラシの鳴き声が響く。上り道をしばらく歩くと、やがて、楠の木の大木の根元にある祠にたどり着いた。 祠の横には上が平らになった大きな岩が、そこに小石がいくつか置かれている。 「もしかして、ここにミッちゃんのお願い石があるのかな……」 「早く調べてみようぜ」 僕たちが岩の上に並ぶ小石に手を伸ばし、その下に折りたたまれた紙を開こうとしたときだった。 背後でかさっと音がした。 「他人の願い事をのぞき見するのは、行儀が悪いな」 驚いて振り向くと、腰に大小をさした狐の面がこちらを見ていた。 逃げだそうとする前に狐の面の侍は、まるで不思議な術でもつかったかのように、僕たち三人の腕を一気に押さえてしまった。 「助けて!」 「いててててぇ」 だが、侍の手が緩む。 「ふむ。最近、神社を荒らす不届き者が出ると聞いてやってきたのだが……。お前たちではなさそうだな」 「当たり前ですっ! 私たちは、行方不明になったアヤちゃんを探しに来たんです。不届き者ではありません。あなたこそ不届き者でしょう、その手を離しなさいっ!」 狐の面をした侍なんて、尋常ではない。だが、ミッちゃんは凄かった。侍を叱りつける。 「面目ない」 ミッちゃんに叱られた狐面の侍は、すぐに僕らを押さえつけていた手を離した。 「だいたい、面をしたまま名乗りもあげず、子どもに手をかけるなど、武士として恥ずかしくないのですか!」 「面目ない」 「その面を外しなさい、今すぐ!」 「はい……」 狐の面を外すと、意外と優しそうな顔がのぞく。 「名は?」 「拙者、宮地と申す。見ての通りの浪人でござるよ」 よく見ると帯紐は仕官を示す組紐ではなく、着物にも紋が入っていなかった。 「かつては、とある大名の屋敷に詰めていたのでござるが、故あって、今は神森稲荷の見回りでござるよ。ところでわざわざここまで、不明の友人を探しに来たとのことでござるが、それはまたどういう経緯にござるか」 この浪人に話しても良いものか。考えたが、アヤが見つかる手がかりが少しでも手に入るならば、話してみた方が良いだろう。 僕はこれまでの経緯をかいつまんで話した。 「なるほど。猫のシブが行方不明になり、そのシブを探すための願い石をアヤ殿はここ、神森稲荷に奉納にきて、そのままかえっていない、ということにござるか……。なるほど、なるほど」 宮地は腕組みをしてうなずき、 「ところで、猫のシブ殿は、もしかすると行方不明になる前に、白い鈴を首にしてたのでござらぬか?」 「ええ。僕と一緒に行った夏祭りで、シブにぴったりのかわいらしい鈴を見つけたと、大はしゃぎで。駄賃をもらっていたので買ってやったら、アヤは喜んでいましたが……なぜそれを?」 「この頃、似たような事件が起きているので、もしやと思ったのでござるよ。その鈴を売っていたのは、片目の四十がらみの男では?」 確かに、片目の男だった。すこし怪しいとは思ったが、まさか 「この宮地、アヤ殿とシブ殿を見つける手助けができるかもしれぬでござる。お二人は、向こうに閉じ込められてしまったかもしれぬ」 そして、宮地はどこで手に入れたのか、僕に鰹節を一本、手渡した。 「次郎殿がこれでネズミを彫って持ってくれば、向こうから助けられるかもしれぬでござるよ。明日、この刻に、一人で持ってきてはもらえぬか」 僕は明日、ネズミを彫って持ってくることを約束した。 帰り道、マサもミッちゃんも、僕が一人で宮地と会うことには大反対だった。 大急ぎで戻って、暗くなるまえに家に帰りつくことができた。そのまますぐに作業を始めた。僕は彫り物は好きだった。父の紹介で寺子屋がない時は建具屋に修行に行っているが、師匠からは家でも好きなときに練習ができるようにと、古い道具を貸してもらっている。 硬い鰹節を少しずつネズミの形に整える。やがて、三体の鰹節ネズミが出来上がった。 僕はネズミを懐に入れて、神森稲荷に向かった。マサとミッちゃんには内緒で一人。やがて、昨日宮地と出会った祠に着く。 狐の面つけた宮地が現れた。その後ろに、女物の着物の猿面をした人がいた。 宮地が狐の面を外す。 「次郎殿、ネズミは彫ってもらえたかな」 僕が三つの鰹節ネズミを宮地に手渡すと、女物の着物の人が、猿面を外した。宮地も整った顔だったが、猿面を外した女の人は、驚くほどにきれいな人だった。宮地とこの女の人が、二人そろって並んでいると、まるで錦絵のようだ。 「お菊殿、いかがにござるか」 「これほど精巧な彫り物であれば、術は大丈夫でしょう」 「ならば善は急げ。早速行うでござるか」 「はい」 お菊と呼ばれた女の人が、膝をついて僕の目をじっと見つめた。 「いいですか。これから見るもの、聞くものは、他言無用。この誓いが守れぬようでは、あなたの探し人を呼ぶことはできませぬ。守れますか」 僕がうなずこうとしたところ宮地が「ちょっと待った」と声を上げた。 「まだ二人いるでござるよ、ほら」 マサとミッちゃんが茂みから出てきた。 「それでは、そちらの二人も。守れますか」 三人で三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)の誓いを立てると、お菊さんは猿のお面を手に取った。まるで手妻のように、一つだったはずのお面が三つに増えている。僕たち三人は、それぞれ猿のお面をつけた。 お菊さんが半紙にすらすらと墨で絵を描く。それは、まるで書き写したかのようなシブとアヤの姿だった。その半紙の上に鰹節のネズミを置き、何やら念仏のような言葉を唱える。宮地が刀を抜き、その切っ先を紙の方に向けた。 念仏が早くなり、やがてどこからともなく、「ニャン」と猫の鳴き声が聞こえた。また、「ニャン」。三度目の「ニャン」が聞こえると、紙からは光が漏れ出して、口に鰹節のネズミを咥えたシブが走り出してきた。 そして、シブを追うようにアヤが駆けだしてきた。一方、アヤが出てきた向こうから、怪しげな雲のようなものが凄い速さでこちらに近づいてくる。 「いまだ!」 宮地が刀を一振りすると、光り輝いてきた紙は半分に切れ、光は消えた。 約束の通り、僕たち三人は三猿の誓いを守って、誰にも宮地とお菊さんのことを話していない。アヤは記憶があやふやだったので、シブもアヤも、神森稲荷の境内に迷い込んで、お社のお供え物を食べていた、ということで皆には話をした。 でも、ところが、ある日。 僕たち三人が通りを歩いていると、向こうから狐の面をした侍……宮地が歩いてきた。 「次郎殿、マサ殿、ミチコ殿。実は助けてもらいたいことがござって……」 それは、また別のお話。 |
栗田 qbNb6Ma0MY 2017年08月13日 23時59分56秒 公開 ■この作品の著作権は 栗田 qbNb6Ma0MY さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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Re: | 2018年08月19日 14時50分39秒 | |||
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Re: | 2018年08月19日 14時47分22秒 | |||
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Re: | 2018年08月19日 14時46分42秒 | |||
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Re: | 2018年08月19日 14時45分40秒 | |||
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Re: | 2017年09月04日 00時31分37秒 | |||
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Re: | 2017年09月03日 23時27分11秒 | |||
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Re: | 2017年09月03日 23時04分05秒 | |||
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Re: | 2017年09月03日 22時57分35秒 | |||
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