放課後の自由を死守せんとする男子高校生の奔走 |
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「荻野 信也です。よろしく」 転校生として前に立たされた俺は自己紹介とすらいえない適当な挨拶を済ませ、教卓の前でぺこりと頭を下げた。 「仲良くしてやってくれ。じゃ、始業式が始まるからさっさと廊下に並べー」 あ、お前の席はあそこな、と付け足して担任は教室を出て行った。俺は自分の席に荷物だけ置くと、廊下に向かった。 「おぎの、なら僕の前だね。僕は加藤 太郎っていいます。よろしく」 優男、という表現の似合う柔らかな笑顔。転校生の俺に気を遣ってくれているのが伝わってくる。 「荻野くんは前の学校何部だったの?」 「中学で野球部やってて、そのまま高校でも野球部やってた」 「じゃあうちでも野球部?」 「いやー前の高校、野球部の監督が鬼でさ。毎日毎日日が暮れるまで監督に怒鳴られてひたすら走らされんの。上下関係もヤバくて1年のうちは奴隷だし。汗まみれんなって泥まみれんなってきたねぇし。。。やりたいこともできなくてそれでも歯ぁ食いしばって頑張ったところで、女の子にモテるわけでもねぇし? せっかく高校生になったのに、俺全然青春してなくね!? って思って。だから、野球部っていうか部活には入んねぇつもり」 放課後にはバイトして小遣い稼いで、ときどき友達とパーッと遊んで、可愛い彼女とデートして。そんなクラスメイトたちを羨みながら1学期を過ごしてきた。だから、転校が決まった時には心に決めた。次の学校では絶対部活に入んねぇ、と。 「あー……ひょっとして知らないのかな?」 加藤は凄く言いづらそうに、ともすると俺の顔色を窺うようにして口を開いた。 「うちの高校、全員何かの部活に入んなきゃいけないんだよ……。スポーツなり、芸術なり。授業でやる勉強以外に、いろんな能力を身に着けるべきだ、っていう高校の方針でね」 ……は? え!? 聞いてないんだけど?? 俺の野望は? キラキラ高校生活は? バイトは? カラオケは? ボーリングは? 彼女はーーーっ!? 絶望しかなかった……。新しい高校生活への期待は、一瞬にして崩れ去った。 「嘘、だろ……?」 呆然とする俺を見て、少し焦りながら加藤は言葉を続けた。 「あ、でも荻野君帰宅部なんていいんじゃないかな? 僕も帰宅部なんだけどね。荻野君にぴったりだと思うんだ」 帰宅部。部活必須の学校でそんな選択肢があるとは! むしろそれは部活必須の意味があるのか? とは思うが、学校が認めているならいいのだろう。全力で甘えさせていただく! 「もしよかったら今日の放課後、こない?」 「行く」 即答だった。 放課後、加藤に連れてこられたのは屋上だった。 「荻野君、といったかな? 帰宅部部長の長谷川だ。よろしく」 日に焼けた肌、引き締まった体、自信とエネルギーに満ちた表情。 ぶっちゃけ、帰宅部よりは運動部の部長の方が似合うんじゃねぇの? 帰宅部の部長、っていうからもっとひょろっとしたの想像してたのに、普通にかっこいいんだけど。 「ようこそわが帰宅部へ、と言いたいところなのだが、帰宅部には入部テストが存在する。このテストに合格できれば、君に書いてきてもらったこの入部届に判を押そう。不合格なら、残念ながら入部は諦めてもらうことになる」 昼休みに書いた入部届が風を受けてはためく。無駄にかっこいい部長が無駄に絵になっている。 マジでこれ帰宅部? かっこよすぎなんだけど。なんなんだこのスペックの無駄遣いは。帰宅部に入部テストがあるというのもよくわかんねぇし。 ……いや、逆なのか? スポーツでも芸術でも、なんでもいいから勉強以外にできることを作れってのがこの学校の部活なら、それをしなくていい帰宅部はその必要もねぇくらいすげぇ奴ら、ってことなんじゃねぇの? この部長が無駄にかっこいいのもわかる気がした。 なるほど。つまりこの入部テストで俺の高校生活が決まるわけだな……? 「望むところだ!」 「ふん、威勢がいいな。入部テストとはいっても難しいことではない。ここ、屋上からスタートして、南北の階段を交互に使って1階まで下り、1階の下駄箱で靴を履き替え、下駄箱をでて右に曲がって約50メートルの正門に触れる。制限時間は20分だ」 そう言って部長はストップウォッチを投げてよこした。 帰宅部の入部テストだから、帰宅をテーマにしているのか……? 校舎は3階建てだし、廊下も長さで言えば4教室分。めちゃくちゃ長いわけじゃねぇ。何もなけりゃ歩いても10分かかんねぇだろうけど。 「聞きたいことは?」 「ないっす」 何が待っているか聞くのはナシだろうな。 「じゃ、よーい、スタートだ」 まずは屋上から屋内に続く扉までダッシュ。衝撃がヤバくない程度にスピードを落として体当たりで開ける。そのままの勢いで階段を駆け下りて、右を見る、と、そこには数えきれねぇほどの机とイスが廊下に並んでいた。 「3階の廊下は第1の障害物、通称デスクアンドチェアージャングルだ。机の天板と椅子の座面に足の裏が触れてはいけない。これを破るとこの階の最初からやり直しだ」 相当ひどいネーミングセンスだが、廊下はネーミングセンス以上にひでぇ。いつの間にこんなん用意したんだよ。向こうの壁が見えてねぇじゃねぇか。 とりあえず目の前に並ぶ机の下の空間はすべて刑事ドラマでよく見る「KEEP OUT」の黄色いテープで塞がれている。しかたなく机に飛び乗ったが、今度は目の前にさらなる机が立ちはだかった。机の上で足の裏をついちゃいけねぇルールのせいで、机の上にのった机はさすがに越えられねぇ。足元の机の並びには体1つ分の隙間。そこに体を滑り込ませる。 あぁなるほど。 わかってしまえば大したことない。ただのアスレチックだ。上に下に、右に左に。頭や足を何度もぶつけながら、せまっ苦しい道をとにかく進む。4分の3くらい進んだころ、行き止まりが現れた。 机の上の俺。目の前には脚を塞がれた机、足下にも隙間はない。わかりやすい行き止まりだった。 道を間違えた? いや、1本道で迷いようもなかったはずだ。 設計ミス? もしそうなら部長なり仕掛け人なりが出てくるだろう。 と、いうことは。 ここを越えろ、ってことか。 っつってもどうすりゃいいんだ? ストップウォッチを見る。屋上をスタートしてすでに5分が経っていた。全部で3階。このペースで間に合うのか? どんどん数字が増えていく。どんどん時間が無くなっていく。どうするどうするどうするどうするどうする!? ぱん、と小気味いい音がした。 頬を叩いたのだ。 ……焦るな、落ち着け。ストップウォッチじゃない。周りを見ろ。 前を見る、行き止まり。 後ろを見る、来た道がある。 上を見る、なにもない。 下を見る、隙間はない。 右を見る、教室のドアがある。 教室の、ドア、が、あった。 そうか! 膝立ちで机の上を走り、右の扉を横にひく。教卓と黒板しかない、なかなか見慣れない状態だ。たぶんここにあった机やイスが廊下で使われてるんだろう。 しかし今はそんなことどうでもよかった。机から飛び降りる。教室の後ろの扉まで走って、力いっぱい開く。そこには、階段が待ち受けていた。 「ぃよっしゃー!!」 3階、制覇!! ストップウォッチに目を移す。この時点で7分も経っていた。 3階制覇の喜びも一瞬にして消え失せた。1フロア制覇するのに7分もかかっているようじゃ20分の時間制限、絶対に間に合いっこない。 無理なのか、俺には……。放課後に友達と映画見に行って、そのまま前作のDVD借りて、そいつの家で夜中まで映画鑑賞なんて日は永遠に訪れないのか……? ……いや、今は弱気になっている暇はねぇ。 階段の中ほどで力強く踏み切って、2階に飛び降りた。 巻き返せばいいだけの話だ。あんなもんはただのウォーミングアップ。本番は、ここからだ。 降り立った2階の廊下にはほとんど何もなかった。あるものといえば長机の上にコップが4つ。そして、人が1人。 「次はなんだ!?」 「緑茶4種類、お~〇お茶、綾〇、生〇、急須で淹れて冷ましたお茶。それぞれどれか、当てろ。お手付き1回につき30秒」 色を見比べる。一気飲み。そして即答。 「左から綾〇、急須、生〇、お~〇お茶!」 「……なぜわかった」 「急須で淹れたお茶は酸化して色もにおいも全然違う。お~〇お茶は味が独特。綾〇と生〇はかなり迷って最後はカンかな。2択を悩むくらいならお手付きのほうが結果早いじゃん?」 残り11分。3階の遅れを2階で挽回だ。圧倒的巻き返しに余裕ができて、ついつい時間を無駄にしちまった。 そんな浮ついた気持ちじゃだめだ。集中しろ! レストランでバイトして、可愛いお客さんに一目惚れされて、レシートの裏に連絡先を書かれるんだろっ!! 1階につくと、足元に白い線。そのそばにはソフトテニスに使うゴムボールが買い物かごに3かご。そして廊下の真ん中ほどのところに1人、人が立っていた。 「そのボール、1個でも俺に当てたらここ通っていいよ。あ、ただしその線から一歩も出ちゃダメ。元野球部の転校生くんなら、楽勝でしょ」 両手を広げ、片足を上げ、満面の笑みを浮かべている。狙ってくれと言わんばかりの姿勢だ。その軸足に狙いを定めて、渾身の一球を投げる。 ……軽すぎる!! うまく力が伝わんねぇ。的に届きはしたが、そんな遅いボールがこの距離で当たるわけなかった。 2個同時なら!?……1個投げたときよりも大きく動くだけで、平気な顔で避けられた。 避けて体勢崩れたところを狙えば!!……距離が遠すぎて、余裕で立て直されちまう。 壁や床、天井を使えば!!……笑いながら、踊るように避けやがる。 残り、5分。 俺の楽しい楽しい高校生活が。帰宅部ライフが! 可愛い彼女とカフェに行って、一緒に1個のパフェを食べながら 「あ、生クリームついてる」 ペロッ 「えー、言ってくれれば自分でとったのにぃ……お返しっ」 ペロッ な放課後が!! たかだかボール1つ当てられなかっただけで、奪われちまうのかよぉぉぉ!! 「あー、もう! ちょこまかちょこまかとっ!!」 とにかく足だ足! なんとかして足を止めねぇと。 ひたすら足への連続攻撃。まずは跳ばせてその着地を狙ううちに、気が付いた。 的の足元に、ボールがほとんど転がっていないことに。 廊下の真ん中にいるから、当然投げたボールは全部的を越えて、その後ろにある。さすがに、跳ね返ってくるほど強いボールはほとんどなかった。 逆に、足元にボールがあれば、どうだ? 跳びにくくなるんじゃないか? いや、それどころか、足元が全部ボールで覆われたら……宙に浮いていられるわけじゃないんだ、絶対にボールを避けられない!! 残り1かご半残ったボールをかごごと引き寄せてそのままぶちまける。的は、静かにゴムボールの濁流を見ながら、あっさりと飲み込まれた。 「当てろ、とは言ったけど投げろ、とは言ってなかったもんな」 「ん、お見事」 満面の笑みで、グッと親指を立てている、気がした。そんな姿を見るまでもなく、俺は的を追い抜かして下駄箱に走りこんだ。 開く。出す。置く。履こうとして、足が詰まった。 「クッソ……」 無意識に悪態が漏れる。靴ひもがありえないほど固く締めあげられていた。 残り、30秒。靴ひもを緩める。 残り、15秒。靴に足を突っ込む。 残り、10秒。靴ひもを結ぶのは諦めた。走り出す。 「9」 下駄箱を出て、右に曲がる。 「8」 門の前で待つ部長が見える。 「7,6,5,4」 少しづつ、門が近づいて 「3」 靴ひもを踏んだ。 「2」 近づいてくる地面。無我夢中で伸ばした手が 「1」 冷たいものに、触れた。 「おめでとう、これで君も帰宅部の一員だ」 上から、部長の声が降ってくる。 「レース班員として、歓迎するよ。荻野 信也くん」 ……え? 今なんて? れーすはん? なんだそれ? 「屋上から正門までのコースを8人のレーサーに走らせ、その着順をかけるダービーの開催、それが帰宅部の主な活動だというところまでは加藤から聞いているだろう。 帰宅部にはレーサーのいるレース班、コースの障害物を作るコース班、ダービーの掛け金のやりとりや広報、撮影、実況などを行う運営班があり、本来は新入部員の希望を聞いたうえで、各班の入部テストを受けてもらうわけだが、荻野君は運動部出身だというじゃないか。せっかく顔もいいのだし、レーサーになれば大人気間違いなし。こちらで勝手にレーサー班の入部テストを行わせてもらった」 ……は? え? 俺の放課後はどうなるんだ? 映画鑑賞は? レシートの裏の連絡先は? パフェでペロッは……!? 「さあ、今からレース班のメンバーに挨拶しにいこうか。ちょうど今はトレーニングをしているはずだからね。レースは週に1回、残りの6日は基礎トレーニングだ」 ……さらば、俺の、青春。 日はすっかり落ちて、風に涼しさを感じる時間。俺は加藤の肩を借りながら、かろうじて駅への道を進んでいた。 「加藤……帰宅部がこんなキツイなんて聞いてねぇぞ……。何が、俺に、ピッタリだって……?」 「え? だって荻野君、鬼監督と上下関係が嫌で、泥まみれで汚いのとやりたいことができないのがこりごりで、女の子にモテたかったんだよね。。。? 帰宅部監督いなくて運営とかは全部学生がしてるし、実力主義だから上下関係みたいなのほとんどないし、ほぼ室内で泥にまみれることはないし、やりたい障害物とか提案すればやらせてもらえるし、それに、レース班で上位に食い込めばかなりモテるよ? もちろん、友情・努力・勝利の青春も味わえるし!」 そうだけど違う! 何も間違ってないけど、違う!! 俺の思い描いていた青春とちっがぁぁぁぁぁぁう!!!! 息をするだけで精いっぱいの今の俺には、その叫びを吐き出すことすらできなかった。 |
緋那 2017年08月13日 21時58分33秒 公開 ■この作品の著作権は 緋那 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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