パワードスーツの靴底に小石が入っているのを気にする怪人 |
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社怪人。 それは、人間界に赴く怪人たちが形成する社会の中で熾烈な闘争をする怪人のことを示す言葉だ。人間界に赴き、テレビ放映されるような怪人たちは社怪人のなかでもエリート中のエリート。ほとんどの怪人は社怪企業に属して内勤などをして生計を立てている。 だがやはり、人間界に赴いてヒーローと戦い華々しく散るのは多くの社怪人の夢である。 この社怪では、一年に一回だけ人間界への扉が開く。その扉の向こうへ行く怪人は、企業戦争によって決まる。社怪企業闘争の中でも重大な案件であるこのチャンスにかけて、社怪企業は選りすぐりの営業マンを派遣するのだ。 一人の社怪人である俺は人間界に赴くための提案合戦に争って勝ち残り、とうとう最終選考まで至った。 そして社怪人の営業マンである俺は弟と向き合っていた。 「そんな……どうして、兄さんが。兄さんと、戦わなくちゃならないんだ」 「どうしても何もあるかよ。俺たち営業マンは、戦って案件を勝ち取らなきゃ、存在意義はないんだよ」 甘っちょろい。 熾烈極まる企業間戦争の中、俺たち営業マンは汗水流して戦い抜いて案件を手に入れなくてはならない。支給された怪人パワードスーツを身に着け、他企業の営業と殴り合って勝利し案件を掴む。それが社怪人の営業マンの仕事だ。 相手が家族だから、なんだ。俺は俺の所属する社怪企業の看板を背負ってここに立っている。容赦する気はなかった。 だというのに、弟は納得できないらしい。あいつだってここに残ったからにはずいぶん苦労したはずだが、相手が肉親だというだけでうろたえている。 俺は人間界へのゲート権獲得の提案活動にあたって、最善を尽くした。自身のメディカルチェックはもちろんのこと、内勤とコミュニケーションを密にしてパワードスーツの調整を万全にし、敵企業のことも丹念調べ上げた。 もちろん、ヒーローと戦う台本だって練ってある。今年のヒーローは、どうやらSNSの【いいね!】や【リツート】の数を力と変えるタイプのヒーローであるらしい。ならば単純な殴り合いだけではなく、闇落ち展開は必須。ヒーローのアカウントを炎上させて苦悩させる策も用意してある。 そういった総合的なことが評価され、俺はここまで勝ち残った。 弟だってそうだろう。無謀無策のまま突っ込んだだけではないはずだ。弟なりに考え抜き、所属する怪社のバックアップを受けている。それらには多大な予算が怪人件費用などかかけられているのだ。 負ければ、それは無効となる。 周りを巻き込んで、期待されつつも何も得ることができず、怪社に貢献するどころか予算を食いつぶした無能の社怪人というレッテルが張られることになるのだ。 確かに俺たちは家族だが、それがどうした。 骨肉の争いになろうが、躊躇うのは怪社への背信あり、甘えだ。 「俺たち営業が仕事を取ってこなきゃ、社怪企業は立ちいかない。逆に言えば、勝てない営業に価値はないんだ。お前は捨てられるのか? お前の属する社怪企業を」 「できない……僕だって、みんなの希望を背負ってるから!」 そうだ。 覚悟を決めた弟に、俺はパワードスーツの下で微笑んだ。 やるしか、ないのだ。 同じ親元で扶養される兄弟ではない。自立した、一人の男同士なのだ。 弟のスーツは、貧弱だった。零細企業にありがちな、極端まで機能をこそぎ落とした形態なのだ。こうしたコストカットが逆にお偉いさんに受けて、最終まで残ったのだろう。あえて対照的な選考者残して比べようという腹だ。 だかしかし、それだからこそ俺の勝利は揺るがない。 弟は強いが、俺は弟の癖を知り尽くしている。地力はほぼ同等。装備で俺が圧倒的に勝っている。俺が負けるビジョンが見えなかった。 だが、一つ問題があった。 俺は準備体操をするふりをして、こんこんと爪先で軽く地面をたたいた。 やはり、ある。 不吉な感触に、冷や汗が頬を流れ落ちた。 パワードスーツの靴底に、小石が紛れ込んでいた。 *** それは、絶妙なサイズの小石だ。 突っ立っている分には邪魔にならないのに、いざ歩くとチクチク足裏を苛んでくる。ちょっと片足に体重をかけようものならば皮膚を突き破って突き刺さりかねない。強く踏み込んだら、体内にもぐりこんで取り出すのにすごく苦労する羽目になりそうである。 そんな大きさの小石が、パワードスーツに靴底に紛れ込んでいた。 「ッ」 重心を右足に移そうとした俺は、ちくりとした感触に顔をしかめた。痛い。微妙に痛い。無視できそうで、やっぱり無視できない痛みだ。 パワードスーツの中身は、当然生身だ。生身の足に小石が刺さったら痛い。気が付かなければ無視もできただろう。だが気が付いてしまった。ていうかどうやってこの小石、紛れ込んで来たんだよ畜生! 「兄さん、行くよ」 「まあ待て、ブラザー」 小石を排除するにはパワードスーツを脱ぐしかない。なぜならパワードスーツには外部からの攻撃を遮断するために気密性を極限まで高めているからだ。つまりこの小石は身に着ける時に紛れ込んでいて、それをうっかり見逃してしまったということになる。 しかし、しかしだ! 営業合戦の間にパワードスーツを脱ぐということは、白旗を挙げたということだ。それは鎧兜を身に着けた戦国時代の合戦から続く習わし。 こう、足裏じゃなく、足の甲の方に乗せられれば――くそっ。なぜかうまくいかねえ! 隙間が狭すぎるっ。なぜもっと余裕のある構造にしていないのか! 「ごめんね、兄さん。僕はもう、躊躇わないって決めたんだ!!」 「は? だから待てって言って――ぁああ! 畜生、やってやらぁあああああ!」 *** 熾烈な戦いの末に、倒れたのは俺の方だった。 「どうして……!」 勝利した弟が、声を震わせている。それは勝利の歓喜を抑えている口調ではない。悲しみに満ちた声だった。 「どうしてあそこで踏み込むの躊躇ったんだよ、兄さん!」 悲痛な声で弟が言及したのは、お互いの決め一撃だった。 向き合っての決戦技のぶつかり合い。その最後の瞬間、俺はためらってしまった。 「あそこでっ、あそこで思いっきり足を踏み込んでいれば、兄さんが勝ったはずだろう!? 手加減されて勝利を譲ってもらったって、僕は嬉しくないよ!!」 弟の言葉には、全力を尽くしたからこその悲哀があった。自分が全力を尽くしたのだから、相手も全力を尽くしていないと喜べないと、直情的な弟らしい言い分だ。 それには一理ある。一理あるんだけど・……いや、だってさ。 「石が、邪魔して、な……」 「意思……?」 伝わりきらなかったのか、弟がいぶかしげな顔をする。 まあ、いいさ。靴底の石が気になって負けたとか情けない敗因を詳しく語りたくもない。ふっと笑ってごまかした俺に何を感じたのか、弟がハッとした顔をする。 「意思っていったいなんの……はっ! もしかして!!」 どうやら鈍い弟にも気が付かれてしまったようだ。 「そう、か。ばれちまっ――」 「兄さんは、所属する企業に洗脳されてたのか? それで、その洗脳に抵抗する兄さん本来の意思が、僕との闘いの邪魔を……!」 ちげーよバカ。 なに言ってんだよ。洗脳とかどっから出てきた。相変わらず思い込み激しいな、お前は。兄ちゃん、ちょっと心配だぞ。 「最近テレビで、ひどい企業が社訓社風を建前に社員を洗脳して社畜にしたてあげるって話題になってたけど、兄さんがその被害者だったなんて……!」 「ち、違……ごふっ」 「血が!? 兄さん、しっかりしてくれ!」 むせてしまっただけだというのに、過剰に心配された。 「兄さん。僕、決めたよ。僕は僕の意思でこの社怪と戦う。兄さんみたいな被害者を、こんな兄弟で争うような悲劇を生み出さないためにも! 僕は、この理不尽な」 「そう、か」 独立か。 まあ、それもいいんじゃねーの。あの人間界でも随一に有名な初代仮面ラ〇ダーも、いっちまえば怪人だしさ。もうちょっとマシなパワードスーツが必要だと思うけど、意外と受ける可能性はあると思うぜ。たまには変化球も必要だよな。王道と変化球が組み合わさった時、新たなムーブメントになることもあるさ。 てか、もういいや。めんどくせ。疲れたよ。社怪人にあった弟の人生に、兄である俺が口を挟むのもおかしい、好きにやれよ。 「達者でな、ブラザー」 「行ってくるよ、兄さん」 その別れを最後に、俺の弟はゲートをくぐっていった。 万全のバックアップを受けて敗北した俺は、空を見あげて心の底から思った。 あー……怪社に戻りたくねえ。 「お前はしっかりやれよ、ブラザー」 待ち受けるだろう上司からの叱責その他もろもろ、下手すれば左遷の未来を憂いながらも、俺は新たなヒーローになるかもしれない弟の門出を祝った。 |
とまと 2017年08月13日 17時27分37秒 公開 ■この作品の著作権は とまと さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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