何者でもない僕

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 門(ゲート)を抜けると、そこは沼だった。
 沼で僕は何者でもなかった。
 何者でもない僕は、沼でたゆたっていた。

 ある日、沼にお姉ちゃんと弟がやって来た。
 僕を見つけると、お姉ちゃんは弟を置いて逃げてしまった。
 足がすくんで動けない弟を僕は食べた。
 僕は弟になった。

 何者でもなかった僕は、お父さんとお母さんの子供になった。
 でも、お姉ちゃんは僕のことを嫌った。
 怖がって、僕を遠ざけた。
 お父さんとお母さんは、お姉ちゃんを叱った。
 前はあんなに仲良しだったのに、どうしていじわるするの? 仲良くしなさいと。
「あんなの弟じゃない!」
 お姉ちゃんが言うと、お父さんとお母さんはますます怒って戒めた。
「もういい!」
 お姉ちゃんは、泣きながら家を飛び出した。
 お父さんとお母さんは呆れて放っておいたが、僕は弟なのでお姉ちゃんを追いかけた。
 薄暗い森の中で、僕はお姉ちゃんを見つけた。
 大きな楡の古木の下で、お姉ちゃんはうずくまっていた。
 背中を丸め、膝を抱えて泣いていた。
 僕はお姉ちゃんが可哀想になった。
 弟なので可哀想に思った。
 それで、僕はお姉ちゃんを食べた。
 僕はお姉ちゃんになった。
 弟だった僕は、お姉ちゃんになった。
 弟はいなくなった。

 お父さんとお母さんは、いなくなった弟を探した。
 血相を変えてあちこち探し回った。
 弟がどこに行ったか知らないか聞かれたが、僕は知らないと答えた。
 正直に知らないと答えた。
 弟がどこに行ったかは、本当に知らなかった。
 僕はお姉ちゃんなので、毎日学校に行った。
 毎日学校で勉強をしたり、友だちと遊んだりした。
 学校から帰ると、テーブルの上にお金とお手紙が置いてあった。
 お手紙にはお母さんの字で、これでごはんを食べるように書かれていた。
 お父さんとお母さんは、毎日、駅でビラを配っているのだ。
 弟を見た人がいないか、目撃者を探すビラを配っているのだ。
 毎日、毎日。
 でも、そんな人は現れなかった。
 僕はお姉ちゃんなので、お手紙の通りにコンビニでごはんを買ってひとりで食べた。
 ときどきごはんの代わりにお菓子を買って食べた。
 お姉ちゃんは、お菓子が大好きなのだ。
 お腹がいっぱいになると、ひとりでお風呂に入った。
 それでもお父さんとお母さんは帰って来ないので、布団を敷いて寝た。
 僕はお姉ちゃんなので、時間割を確認して明日の準備をしてからひとりで寝た。
 ある日、僕はお父さんとお母さんが言い争う声で目が覚めた。
 お父さんもお母さんもお互いに相手が悪いと言って罵った。
 そして、お父さんはお母さんを殴った。
 殴って、殴って、殴って、殴り疲れるまで殴ると、お父さんはどこかへ行ってしまった。
 あとには、殴られて顔じゅう血だらけのお母さんが残された。
「お母さん」
 僕が声を掛けると、お母さんはお姉ちゃんの僕を抱きしめて泣いた。
 僕はお母さんが可哀想になった。
 可哀想になって、お母さんを食べた。
 僕はお母さんになった。
 お姉ちゃんだった僕はお母さんになった。
 代わりにお姉ちゃんはいなくなった。

 次の日になって、お父さんが帰って来た。
 僕はお母さんなので、お父さんを優しく出迎えた。
 お父さんはお酒臭かった。
 お姉ちゃんがどこに行ったのかお父さんは聞いた。
 僕はお姉ちゃんがどこに行ったのかは知らなかったので、知らないと答えた。
 お父さんはそれっきりお姉ちゃんのことを聞かなかった。
 その日から、お父さんは毎日うちにいるようになった。
 そしてお父さんは、毎日お酒を呑んだ。
 お母さんになった僕は、忙しかった。
 お父さんが働かないので、僕が働かなければならなかった。
 僕はお母さんなので、お金を稼ぐためにスーパーでパートをした。
 朝、早く起きて家事を済ませ、それからパートに出た。
 夕方パートから帰ると、お父さんは寝ていた。
 夕飯の支度をしてからお父さんを起こし、いっしょに食べた。
 お父さんは、またお酒を呑んだ。
 酔っ払うとお父さんは決まってお母さんの僕を殴った。
 みんなおまえのせいだと言って殴った。
 それからときどきセックスをした。
 僕はお母さんなので、お父さんのしたいようにさせた。
 ある日、酔いつぶれて寝ているお父さんが寝言を言った。
 お父さんは寝言でごめんと言った。
 お父さんは泣いていた。
 ごめんと言って泣いていた。
 僕はお父さんが可哀想になった。
 可哀想になって、僕はお父さんを食べた。
 僕はお父さんになった。
 そして、お母さんはいなくなった。

 お父さんになった僕はひとりだった。
 弟もお姉ちゃんもお母さんもいなくなって、ひとりきりだった。
 そこで僕は思った。
 弟もお姉ちゃんもお母さんもいなくて、僕はお父さんなのだろうかと。
 本当に僕はお父さんになったのだろうかと。
 僕は気がついた。
 ひとりきりでは、お父さんじゃない。
 弟もお姉ちゃんもお母さんもいなくては、僕はお父さんじゃない。
 僕は何者でもなかった。
 悲しくなって僕は沼に帰った。
 沼にいれば、また、門が開いてどこかに行けるかも知れない。
 そしたら、何かになれるかな。
 考えながら僕は沼でたゆたった。
 僕は何者でもない。

 了

へろりん

2017年08月13日 17時19分23秒 公開
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■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
 僕は何者でもない。
◆作者コメント:
 夏企画開催おめでとうございます!
 最近なんか色々考えてて、へんてこな作品が出来ました。
 拙い作品ではありますが、企画を盛り上げる一助になれば幸いです。
 夏企画、盛り上げていきましょう!


2017年09月05日 01時52分39秒
+20点
Re: 2017年09月10日 13時14分55秒
2017年09月03日 18時29分13秒
作者レス
2017年08月31日 20時44分16秒
+10点
Re: 2017年09月10日 13時07分11秒
2017年08月27日 16時47分17秒
+20点
Re: 2017年09月10日 12時28分00秒
2017年08月26日 13時23分53秒
+20点
Re: 2017年09月10日 12時15分20秒
2017年08月26日 06時55分11秒
0点
Re: 2017年09月10日 12時00分59秒
2017年08月25日 15時25分57秒
+10点
Re: 2017年09月10日 11時53分22秒
2017年08月24日 07時30分50秒
+20点
Re: 2017年09月10日 11時36分23秒
2017年08月22日 21時14分04秒
0点
Re: 2017年09月10日 11時27分26秒
2017年08月22日 11時42分40秒
0点
Re: 2017年09月10日 11時02分39秒
2017年08月19日 17時37分14秒
+20点
Re: 2017年09月03日 20時44分03秒
2017年08月19日 17時34分54秒
+20点
Re: 2017年09月03日 20時30分10秒
2017年08月16日 22時23分02秒
+20点
Re: 2017年09月03日 20時21分57秒
2017年08月16日 21時36分51秒
+20点
Re: 2017年09月03日 19時59分32秒
2017年08月15日 22時07分00秒
+20点
Re: 2017年09月03日 19時25分33秒
2017年08月15日 17時09分36秒
+40点
Re: 2017年09月03日 19時03分30秒
2017年08月14日 00時09分26秒
+10点
Re: 2017年09月03日 18時44分30秒
合計 16人 250点

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