「好きな卵料理はなんですかな?」 |
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一 拾った物は ゴールデンウィーク前日の放課後、高校生になって初の大型連休に何をしようかと多少浮かれてぶらつきながら帰っていると卵を拾った。 正確には卵に見えるナニかだ。 見た目は色を白く形もまさしく卵といった物なのだが、光が当たると水に垂らした油の様な模様が光沢を放っている。 そんな訳で最初に見たときは卵型の石だと思ったのだが、持ってみると感触が卵のそれだった 硬いが力を込めて握ると割ることが出来るのが分かる、そんな卵特有の感触がした。 つい手に取ってしまったものの、今までに見たことが無いえたいの知れないものを持っているのもいい気分ではなかったので元の場所に捨てようとしたが、見ているうちに心惹かれるものが湧いてきて持って帰って来てしまった。 家に帰って最近意識不明者が多いというニュースを見ている親に適当に挨拶して部屋に行く。 「これってなんだろう?」 適当に卵で検索してみたがコレといって該当しそうな画像は出てこなかった。 むしろ石の画像に見た目が似ている物が多かった。 「やっぱり石か?」 そう思うがそれは違うと頭の片隅で否定する自分がいる。 「……どうすっかな」 色々疑問が残るが見た目通り卵として、これは温めたら孵るのだろうか。 方法をネットで検索してやってみる価値はあるが、まあ俺には無理だろう。 「今更元の場所に戻しても人間の臭いのが付いた卵を親が温めるとも思えなしな。 ペットショップや動物病院や保健所に持っていったら引き取ってもらえるのかね? それとも大学?」 どれにも知り合いがいないし、面倒だから実際に持っていたりする気はないが。 一応孵化するまでの期間を調べる。 「とりえず蛇の卵の可能性は除外して、鳥は大体二十日ぐらいか。 それを38度ぐらいで温めると……」 そんな道具も時間も金も無い。 見たことも無い卵だから貴重な動物の物だろうが、、やっぱり誕生は諦めてもらうとしよう。 ごめんなさい。 そこで1つの問題が発生する。 それは腐るということだ。 「腐った卵の殻って割らない限りずっとそのままなのか?」 検索してみるとどうやらそうのようだ。 普通の卵ならいっそのこと食べるか捨てるかすればいいのだが、なんの卵か分からな過ぎて口に入れようという気にならない、そもそも拾った卵なんて食べたいとは思わないが。 捨てようにも、珍しい物を捨てるのは気が引ける。 冷蔵庫に入れていたら母さんがどちらかを実行してくれそうではあるが。 「ニスでも買ってきて補強でもするか?」 「イースターエッグにでもしようかな」 保存方法を考えていると、急に眠気が襲ってきた。 卵を落ちない安全な場所において、夕食まで寝ることにした。 「乱一郎、夕ご飯よー」 「ふぁーい」 欠伸をしつつ返事をして起きる。 卵が落ちていないか見て、無事なのを確認して部屋を出る。 一瞬卵の表面に何か映ったような気がしたが気のせいだろう。 二 そこにうつるのは 祝日の土曜日、どうにかして月曜火曜日に学校を休めないかと思案しながらスーパーに来る。 暇つぶしにジュースとアイスを買いに来たのだが、ゴールデンウィークに絡めた特売と回して色付きの玉を出す福引をしているので店の外からでも分かるほど人が多い。 ジュースとアイスを買うだけでも時間が掛かりそうだ。 しかし、少ない小遣いでコンビニで買うのは避けたい。 どうするか悩んでいると、 「すみませんが、卵を知りませんか?」 突然後ろから声をかけられてビックリして反射で後ろを振り返ると、目の前に誰がどう見ても紳士といったいでたちの老人がいた。 英国紳士然とした装いで、実際日本人ではない。 その老紳士が、流暢な日本語で尋ねてきた。 「た、卵ですか?」 「はい、卵です。 どこにあるか知りませんかな?」 「いや、ちょっと分かりませんね、よく来るわけではないんで。 俺に聞くよりスーパーの店員さんに聞いた方がいいですよ」 「珍しい卵なのですが、どこを探しても見当たらないのですよ」 珍しい卵と言われて昨日拾った卵のことを思い出す。 もしかして、昨日のアレはこの老人の物か? ならば返さないといけない、その為にどんな特徴の卵か詳しく聞こうと老人の表情を見た時、言い知れぬものが身体に湧いた。 なんというか怖い。 老紳士の表情が笑顔なのに昏く見える。 係わり合いにならないほうがいいと直感が告げる。 それにあの卵を探しているなら、スーパーではなくて俺が拾った場所で出会うはずだ。 やはり卵を買いに来ただけの老人だ、そうに違いない。 「珍しい物なら、余計俺には分かりかねますんで、やっぱり店員に聞いてください」 そう言って俺は会釈して、ジュースとアイスを諦めてその場を去った。 家に帰り部屋で卵を様々な角度で観察する。 「あの爺さんが怖くてまっすぐ帰って来てしまったけど、ホームセンターよればよかった」 補強するための材料とついでにアイスとジュースも買えた。 「まあ、いいけど。 とりあえず先にゆで卵にするか」 卵を持って立ち上がろうとすると、ドッと疲れがきた。 「くっ……! これが帰宅部の運動しない男の限界か」 スーパーに行って帰ってくるだけでこの疲労感、運動しなければいけないと常に思う。 思うだけだが。 ゆで卵もいつでも出来る。それよりも先に疲れをとりたい、ちょっとだけ寝よう。 その夜、がっつりと思いっきり熟睡してしまったので目がさえてしまった。 「まさかゴールデンウィーク初日から昼夜逆転してしまうとは、自分が怖い」 麦茶が入ったコップを片手にちょっと格好つけながら独り言を言う。 イタイけど人前じゃないからいいよね。 スマホゲームのプレイポイントも無くなってすることがないので、卵の加工方法を検索する。「インペリアルイースターエッグか」 片手で卵を手遊びしながら出来もしない装飾の画像を見て暇を潰す。 いつか割ってしまいそうな気がしつつも、あまりその心配は無かった。 気のせいかもしれないが拾った時よりも卵の殻が硬くなっているように感じたからだ。 「イースターエッグにするって言っても、最初から綺麗な模様が付いてるし、補強すれば後はエッグスタンドにでも置いとけばいいか、小さい座布団とか籠とかでもいいな」 まさか洋画など画面の向こうでしか見たことない物を買うことになるとが、ちょっと楽しくなる。 「元々が派手だからな、これにあうエッグスタンドを選ぶのは難しいそうだな。 安いのあるかなぁ」 卵を嘗め回すように見ていると、殻の表面が変化した。 「ん?」 明かりの反射でそう見えたのかなと思ったが、殻の模様が明確に変わった。 それは見たことがないが、はっきりと風景を形作る。 それも輪郭ははっきりとしていて、元々多彩な色からか上手く混ざりあって古いカラー写真のような色付けもされている。 殻の景色はすぐに解けてただの模様に戻るが、すぐにまた景色を映し出す。 手に持っている物が起こす現象に理解が追いつかない。 やっぱり卵じゃなかった? 「でも、どういう仕掛けだ?」 継ぎ目なんて無いが人工物なら継ぎ目が無いように作ることが出来るかもしれない、それでも表面に風景を映し出させる方法が思いつかない。 振っても何か入っているような感触はないし、内側から映し出しているようにも見えない。 そもそも動力が分からないし今まで模様の変化が無かった理由も分からない、分からないことだらけで、今手に持っている物がまるで、 「アニメやゲームで出てくる魔法の道具みたいだ」 手の中で起こっている不思議な現象を眺めていると次々と変化していた模様が1つの風景が映る時間が長くなっているのがわかる。 それに風景と風景の間で一回模様は解けていたのだが、その間隔が狭くなっている。 さらに段々と映像になり始めた。 保存されている景色のデータがそういう風に記録されているのか、動き続けることで景色を映し出している動作機構が噛み合ってきているのか。 それに沢山の情報が入っているのか景色が映りだしてからずっと同じものは1つも無かった。 どれをとっても興味は尽きない。 しょうじき中を見てみたい、だけど一度中を見たら絶対に戻せない自信がある。 そういうことが分かりそうな知人もいないし、多分分かる人間がいたとしても元に戻すことが出来ないだろという確信がなんとなくある。 茹でなくて本当に良かったと思う、睡魔よありがとう。 しばらく夢中になって見ていたが、急激に眠気が襲ってきた。 今、眠ったら次に見ようとしたときに、景色が映らないかもしれないという恐怖みたいなのがあるが、このままだと寝落ちてしまう。 床に落として壊してしまっては後悔しきれない、慎重に卵を安全な場所に置くと同時に俺はそのまま寝落ちた。 昼頃に目が覚めて卵を触っていて気付いたことがある。 それは触っていないと、表面の変化が無いというものだった。 どういう原理か分からないが触ったのを感知しているようだった。 映し出される景色も、ただの風景だけかと思ったが、たまに場面変更による模様の変化ではなく、上から下まで一瞬だけ一面が黒く塗りつぶされることがある。 あまりにも一瞬なので最初は全く気付かなかったが、徐々に殻に映し出される光景が鮮明になってきているので気付くことができた。 一秒にも満たない刹那の間。 これがなんなのか分からなかったが、次の日に映り始める様になった景色で謎が解ける。 その景色も最初は何かわからなかった。 ただどこかで似たような物を見たことがあるなとは思った。 似たような構図が数回出てやっと気付いた。 それはお風呂で体を洗っている時の視線のだった。 つまり一瞬の間は瞬きだった。 つまり今まで見ていた物は誰かの見た光景、もしくはそういう風に撮影したものだ。 どういう意図で瞬きを入れているのかわからないが、そんなことよりも重要なことに気付く。 風呂場の映像に映っているのは、体のラインと体型から女だと分かる。 それも、女の子のものだ。 これの卵を作った人物は凄い人だと思っていたが、まあぶっちゃけドン引きである。 とりあえず一旦手を放せばリセットされる。 一応場面が変わったか薄目で確認すると、そこにはファンタジーなことが起こっていた。 手から炎や水などを出している映像だった。 ようは魔法を使っている。 「なんというか幅広い趣味の映像集だな」 手から光線やらなんやらが飛び交っている光景が映し出されてと思ったら、次は童話に出てきそうな大釜の中をかき混ぜているシーンになったりと、見ていて飽きない。 「魔法がリアルで金かてんな」 しばらくファンタジー世界が広がっていたが、見慣れた風景になった。 それはこの町の風景だった。 ゴールデンウィークを二つに分ける中日、どうにか休みにしようと画策し失敗した学校放課後、スマホのメモ帳を見ながら卵に映った景色を探しながら帰る。 映った景色の建物の特徴をメモしていて、大体の場所を予測する。 そこを見つける目的は単純な好奇心とあの卵を作った人もしくは関係者にもしかしたら会えるかもしれないといったものだ。 「あの建物が右側に見えて、あれが左側に見えていたから、あっち方面に歩いていけばいいとして、見上げるようには見えていなかったから高い場所か、となると」 視線の先には高台が見えた。 大体の目星をつけて歩き高台に続く坂を上ると、そこに公園があった。 「へぇ、こんなとこに公園なんてあったのか、こっち側に来ることはあまりないからなぁ、初めて知った」 映っていた場所が実際にあって、満足する。 早く家に帰って、映像の特定をしたくなる。 ゴールでウィークの残りの日数は、有意義な時間を過ごせそうで俄然楽しみになってきた。 ウキウキした気分で帰っていると、卵を拾った場所にきた。 あの場所から帰ると自然とこの場所を通ることになる。 「いやぁ、正直怪しい感じはしたけど、良い物拾ったな」 「ほう、いいものですか?」 俺以外誰もいないと思っていただけに、自分でも驚くぐらいビクッと体が震える。 「失礼、驚かせてしまったようですな」 声がする方をみると、この間の老紳士が立っていた。 「おや、貴方はこの前スーパーであった少年ではないですか」 「あ、はい。こんにちわ……」 「こんにちわ。 なにやらとても楽しそうに見えたので、つい声をかけてしまいました。 それで驚かせて申し訳ない」 「いえ、気にしないでください」 「それで、良い物とはなんですかな? いや、この歳になると刺激が欲しくなりましてな。 新しく多様な物は多く生まれていますが、こうピンと来るものがない、なので面白そうな物を見たり聞いたりすると、こうやって声をかけたりするのですよ。 なので、よければ教えてくださいますかな」 「ああ、そうなんですね。 あーでも、ちょっと説明が難しい物でして今手元にもないんです。 それにあなたが気に入るような物ではないですよ」 老紳士のお願いをやんわりと拒否する。 説明は出来ないが、この老人には俺が拾った卵のことをほんの少しでも言うきにはなれない。 前に会った時もそうだったが、もし言ってしまったら取り返しのつかないことになりそうな、怖さがこの老紳士から感じる。 それがただの勘違いだとしても、この感覚を信じることにする。 それにもしあの卵が老紳士の探しているものだとしたら、返さないといけない。 正直言ってあれを手放すのは惜しい。 「ほう、そうですか。 それは残念です」 気のせいか空気がピリッとしたように感じた。 後ろめたさもあって、なんか気まずいというより空気が重い。 今すぐにこの場を離れたいが、それはちょっと失礼のような気がして歩き出せない。 どうしよと思案していると、 ――ニャーン。 猫の鳴き声がした、と同時に大きな羽ばたき音がして、木の枝に止まる音が響く。 すると重苦しかった空気が霧散する。 この瞬間を逃せない。 「じゃあ俺は行きますね」 「そうですか、気をつけて帰ってくださいね。 あっ、1つ聞きたいのですが。 不思議な卵を見たことはありませんか?」 引き止められてそう聞かれる。 前は珍しい卵だったが、今回は不思議な卵ときた。 「いいえ、知りません」 もしかしたら、何か感づいているのかもしれないが、俺は直感を信じて白を切りとおす。 「そうですか、わかりました。 もし見かけたら教えてください。 それとこれはちょっとした興味本位で聞くのですが、好きな卵料理はなんですかな?」 なんというかこの老紳士、卵が好きだな。 これといって特別好きな卵料理はないが、ふとこの前行った回転寿司で食べた茶碗蒸しを思い出す。 「茶碗蒸しですかね」 「ほう、なるほどなるほど。 教えて頂ありがとうございます」 そう老紳士は礼を言うと、俺とは反対方向に向かって歩いていった。 その次の日は老紳士に会ったりすることもなく何事もなく過ごせた。 さらに翌日の今日も一日中家に引きこもっていたので、何事もなかった。 引きこもっていたおかげで、卵に映る景色から沢山の情報を収集することが出来て、これならば場所の特定ができそうである。 生まれながらの地元といっても、生活の仕方によっては行ったことがない場所は当然出てくる。 書き出した場所の情報によれは、俺の活動範囲外の場所が多いようだ。 自分の知らない場所に行く。 地元だがわくわくが止まらない。 残りのゴールデンウィークは有意義なものになりそうだ。 「それにしても疲れたな。 まあ、もう夜出しなー」 固まった体をほぐすために背伸びをする。 もうちょっと何か情報がないかと卵を触ると、視線が木の上を向いている景色が現れた。 何を見ているんだろうかと、その光景を眺めていると、いきなり景色がぶれた。 どうも急に後ろを振り返ったらしい。 するとそこには、俺の見知った人物がいた。 あの老紳士である。 やはりこの卵の関係者だった? そう思いながら見ていると、老紳士が視線を塞いだ。 思ってもみなかった展開に戸惑っていると、掌が映っている映像が激しく揺れる。 女の子は抵抗しているようだ。 そして抵抗している視線の端で胸に触れる手が見える。 その手が光ったと思ったら、卵は真っ暗になった。 それは瞬きの再現とかではなく、俺の勘違いではなければそれは気絶によるブラックアウトだった。 あまりの衝撃に言葉が出ない。 あの老紳士が卵をさがしているのは、自身が人を襲ったのを撮影されていたから? その証拠を消すため? どうする? 警察に持っていくか? だがこれだけで信じてもらえるのか、それにこれは映像の選択ができないし、記録されている量も膨大だ。 すぐに証明できるものでもない。 どうすれば……――。 そうだ、この少女の家族に見せればいい、すぐには信じてもらえないだろうし、映像によっては俺が疑われるかもしれないが、そうするべきだ。 明日では遅いかもしれない。 俺は卵を持って家を飛び出した。 三 この卵の正体は ここ二日で得た卵に映った光景の情報から、大方の予想をつけて、その場所に来た。 この卵が見せたことが事実ならば、視覚の持ち主の家はこの辺りのはずだ。 だが個人と特定できるような情報は今までに1つもなかった。 それに卵に映る光景は同じものを見せることがないから、情報が少ない。 卵を見てみるが、今映っている内容は全く関係ない内容だ。 それにしてもどうして俺はこんなにもあの映像をしんじられるのだろうか。 卵に見知った場所が映り、女の子が襲われる光景が映った、ただそれだけ。 もしかしたお遊びで作ったフィクションの可能性だってある。 でも女の子を襲った老紳士の姿があまりにも生々しかったから。 だから俺は、女の子の家を探す、それが杞憂で無駄かもしれなくてもだ。 だが手がかりは全くない、新たな手がかりを手にいれられる事もなさそうだ。 一度家に帰って、卵から新しい情報を得たほうがいいのかもしれない。 帰ろうとした時、肩に勢いよく何か乗ってきた。 思わぬことに体勢を崩して倒れそうになるが、堪えて肩を見ると梟がとまっていた。 「うわぁっ!」 情けない声を出しながら体を揺らしたり手で追い払ったりしようとするが梟はびくともしない、梟は振り下ろされないように余計に力を入れるので肩が痛い。 このままでは痛いだけだと、梟を離れさせるのは諦める。 それにしてもいったいコイツはなんなんだ。 都会ではないとはいえ、緑が少ない町でまさか梟に出会い、あまつさえ止まり木にされるとは、どんな偶然だ。 どうしようかと悩んでいると、梟は足で俺の肩を掴んだまま羽ばたき始めた。 「えっ? 俺獲物?」 想定外のことに混乱していると、梟は俺の頭をつついて目の前の塀に飛び移った。 梟から開放され反対の方向に歩きだそうとすると、また梟が俺の肩に乗った。 「えっ?」 遊んでいるのだろうか。 もうこの際肩に乗っているのは無視して、帰り道をいこうとすると、梟は頭を執拗につついて肩を掴んで反対方向に飛ぼうとする。 「えっ? はっ? もしかしてこっちに来いってことか?」 いやそんなまさかと思ったが、まるでやっと分かったかといわんばかりに羽で俺の頭を叩いた。 「えー……」 何コレとしか頭に浮かばなかったが、卵に映る光景を見てここに来て、そこで奇妙な梟とであった。 奇妙な縁というか、運命に導かれたような錯覚があり、それに従うことにした。 「分かった付いていくよ」 俺の言葉が分かったのか、俺が見失わない距離を梟は飛び移って後を付いてくるように促した。 梟の後を付いて行くと、病院に着いた。 「ここに何かあるのか?」 梟に聞いてみると、ホーゥ、と一声鳴いた。 俺はその鳴声を肯定と受け取って病院の入り口に向かう。 「やはり貴方が持っていましたか」 声が聞こえたと同時に梟が見えない物にぶつかった様に吹き飛ばされて、地面に叩き付けられて動かなくなる。 突然のことに唖然としている目の前にいきなりあの老紳士が現れた。 不気味な気配を醸し出し、漆黒の紳士服が夜の闇に交わらず逆に強調している。 まるで闇夜よりも深く昏い闇が人の形をとっているみたいだ。 「な、なんのことですか?」 先程見た卵に映った老紳士の姿を思いだして、警戒しながら言葉を返す。 「とぼけても無駄ですぞ。 それを生成したのは、わたくしですからな。 それ自身が周到に隠れていたので今のいままで見つけることが出来ませんでしたが、これだけ近くあるのなら気配が分かりますし、こうやって存在を示させることも出来る」 老紳士が軽く手を叩くと卵を入れていたポケットの口から光が溢れた。 「ありましたな。 ではそれを渡して貰いましょうか」 「……その前に聞きたいんですけど、コレってなんですか?」 「卵ですよ、わたくしにとっては」 「卵? とぼけないでください、これにはあなたが人を襲った場面が記録されていました。 これはあなたが作っと言った、どういう意図で少女の視線で撮られていた映像を自身の記憶媒体に入れたのかは分かりませんが、はっきりしているのはこれにはあなたの犯行がはいっているということです。 だから、あなたはこれを探していた」 「ほう、面白い。 なにかしら繋がりが出来ているようだと思っていましたが、それが過去を見せたのですね。 正直、質が落ちそうなのでどうしようか悩んでいましたが、君のも貰い受けるとしよう」 「過去を見せた? 俺のも? 何を言っているんですか?」 「言葉通りですよ。 それは自ら見て来たものを貴方に見せたんですよ」 妙な言い回しをする。 「……ちゃんと言ってもらわないと分かりません」 「ふむ確かに、しかし、本当は答えを得ているではないですかな? 言ってもらわなければそれが正解かどうか教えて上げられませんが」 確かに老紳士の言葉を素直に受けとって考えてみると、1つのモノが浮かばないわけではない。 だが辿り着いた答えは、荒唐無稽過ぎる。 でもそれを言わなければ、先に進めないようだ記憶の少女を助けられないような気がした。 「これは意思を持っている?」 まるで中二病の妄想のような答えを言ってみて自嘲しそうになった時、 「正解です、でも人工知能などではないですよ。 それは人間の魂ですよ。 わたくしが、生きた人間から抜け出した魂の結晶です」 想像の上の答えを言われた。 「はっ? 魂? 何を言ってるんですか。 そんなこと現実には……」 「世間には知られない存在というものは世界にはごまんとあって、貴方が知っていることなど、世界全体ではごく僅かですよ」 「それにしても荒唐無稽すぎるし、現実的じゃない! もしそれが本当だっていうなら、あんたは死神か何かか?」 「いえいえわたくしは、人間ですよ。 まあ、人間の範疇は逸脱してはいますがね」 「それでも一応は人間なんだろ? 人間が魂を抜き出すなんて出来るわけないだろ、そんなのは妄想に決まっている」 「ふむ、まあ、普通はそう思いますな。 さてどう証明したものか」 証明も何もこの老紳士の妄想なのだから、証明しようがない。 まあ、卵を光らせたりもしたが、元々そういう細工がしてあったのだろう。 そういう意味ではこの卵は老紳士の物だと証明しているようなものだが、渡す気にはならない。 とりあえず、大半は妄言が出てくるかもしれないが、この卵の情報を聞き出した後に、警察に通報すればいいと思案していると、微動だにしない状態で足の裏が身長と同じ高さになるまで垂直に浮いた。 言葉を失ってしまう。 「簡単に言うとわたくしは魔法使いなのですよ。 目立ちたくはないので、あまり派手なことは出来ませんが。 魔法使いなら魂を抜き出すことなど造作もないと理解できるはずです」 い、いや何かのトリックに決まっている。 そう思う俺の思考を読んだのか、突然老紳士の手に犬が現れた。 そして老紳士が空いた手で犬の腹に手を当てて離すと、卵が体の中から抜き出された。 犬は抜け殻のよう動かなくなり、老紳士はそれを下に落とす。 落とされた犬はピクリとも動かない、だが老紳士が卵を犬の上に落とすと、犬は飛び起きて一目散に逃げていった。 「今のように目に見えない場所から犬をこの手に移動させたように、貴方のポケットから卵を取り出せればいいのですが、なにぶん卵は繊細ですからな割ってしまうかもしれないので出来ないのが残念ですな。 こんな無駄なことに労力と時間を割かなければいけないのですから」 老紳士の言うことを信用しないわけにはいかなくなった、なにせ目の前で見せられたのだから。 「……分かった、あんたがそういうことが出来るっていうのは理解した。 それで、あんたはこの魂をどうするつもりなんだ」 「おや、変なことを聞きますね。 わたくしにとって、それは卵と言ったでしょう。 卵なのですから食べるに決まっているではないですか」 「はっ? あんた何を言って……」 「わたくしは、こう見えて数百年を生きてましてね。 邪法の末に体を不老不死化することが出来ましたが、魂は勝手が違ってましてね。 ああちなみに老いているのは不老不死化したのが、この年齢だけだったというでけです。 肉体がある限り魂は消えることは無いのですが刺激がないと活性化せず、そのままでいると最終的に行き着く先は植物となんら変わらなくなる。 不老不死を欲したのはそんな果てになるためではない。 ならばどうするか? 答えは簡単でした、同じ物で補えばいいと」 「それれが人の魂を食べること?」 「そのとおり! ただ問題がありましてね。 そのまま取り込もうとすると記憶やら意思やらも取り込んでしまってわたくしの魂に影響を与えるのですよ。 そこでわたくしは考えました。 すぐに答えは見つかりました、わたくしの大好物によって。 それは魂と精神の卵化です。 精神を殻にイドを卵白に魂を卵黄に見立てることで、わたくしは人の魂を取り込んで自分の魂の糧にすることを可能にしたのです」 老紳士の説明は完全に理解の範疇を超えている。 だが一つだけわかったことがあった。 「これが魂だっていうなら、魂を抜かれた女の子はもう死んでいる?」 「いいえ、これが人間の面白いところで、精神が身体と結びついているんですよ。 生への執着が成せることなのでしょう。 そうですね、その魂の状態は卵形の生霊と思ってください」 「ならまだ生きているってことか?」 この魂の持ち主が生きていることにホッとする。 「そうです。 ただし、殻を傷付けたり、あまつさえ割るようなことがあれば精神は壊れて廃人に、まあ精神によって身体に繋ぎとめられていますから繋がりがなくなり死んでしまうでしょう」 その言葉に割らないようにと気を引き締める。 「だいたいわかった。 一つ提案だけど、この魂は諦めることは出来ないか?」 「諦めるのなら、落とした時点で諦めますよ。 その魂はこの町で集めてきた魂の中で一級品、過去でも中々見つけることのできない逸品なのです。 それで卵料理を作ればどれだけの美味になるか……!」 気持ちを昂ぶらせた言葉の中で聞き捨てならないことを言った。 「この町で集めてきた中で?」 「ニュースを見ませんでしたかな? 最近意識不明者が多く出ていると」 息を飲む、普通に考えれば魂一個だけで済むはずがない。 「さてと、普通の人間と話をするのが久方ぶりすぎてつい興が乗ってしまいましたが、わたくしはその卵を今すぐ食べたい欲求をもう抑えられそうにありません」 老紳士からプレッシャーがくる。 「えっと……、今素直に渡したら見逃してくれたりします?」 「貴方は卵としてわたくしのお眼鏡に叶わなかった。 真相を知ってもその内容から貴方の言うことは信じられないでしょう。 だからそれも考えていましたが、その魂が貴方に記憶を見せた。 なんという奇縁なのかわかりませんが、貴方とその魂は相性がいいようだ。 二つ一緒に料理に使ったら思わぬ美味に出会えるかもしれない」 「どんだけ卵料理に執着してんだよ、あんた」 「先程も言ったように長く生きていると段々と新鮮さや興味が薄れてきましてね、自我を守るために何かに執着してくるんですよ。 わたくしの場合はそれが卵料理だったというだけです」 人をやめているせいか色々とぶっ飛んでる、さてどうやって逃げ出そう。 「そう言えば一つ聞きたいんだけど、もし体が先に死んだら魂はどうなるの?」 「ほう、なかなか鋭いところを突きますね。 生霊は生きた肉体があるから生霊でいられるんです。 そして、無意識の死ではこの世界に執着することが出来ず、天に帰ります」 「そうなんだ!」 肉体を殺されることは無いのが分かり、踵を返して走り出そうとしたが、重石をつけられたように身体が動かなくなった。 「貴方との会話に付き合ったのは逃がさない自信があったからに決まっているでしょうに。 貴方との会話はそれなりに楽しかったですが、わたくしはそろそろ自身の楽しみを優先したい。 貴方の魂を卵にした後は、その一級品の卵と貴方の卵を使って、せめてもの情けで貴方の好きな卵料理にして食べてあげましょう。 茶碗蒸しが好きと言ってましたかな?」 マズイ、超ピンチ。 老紳士が手を突き出しながら、俺に迫って来る。 どうにかして逃げ出さないと、でも自分の身体なのにビクともしない。 あと一歩で老紳士の手が俺の頭に触れそうになった時、地面に叩きつけられていた梟が復活して老紳士を襲った。 梟の襲撃に驚いたのか、体に自由が戻ってきた。 とにかくこの場を離れないとと病院とは反対方向に走り出そうとした時、目の前に黒猫が現れた。 まるで俺についてこいと言ってるように鳴く。 一瞬躊躇う。 この黒猫が魂の持ち主に元に連れて行ってくれる保証など全く無いが、梟のこともあり、今この状況で現れたことに意味があると信じて付いて行く。 黒猫に付いて行くと病院の裏口に辿り着いた。 ドアノブを回して入ろうとするが、鍵がかかっている。 ハズレと思ったが、黒猫が一鳴きすると鍵が開いた。 黒猫と一緒に素早く入って、また黒猫の案内で病院の中を走る。 走る足音が廊下に響いているのに、夜勤の看護師が姿を見せる気配が無い。 老紳士が何か細工しているのかもしれない。 エレベーターに乗り黒猫が器用にボタンを押す。 目的の階に上るスピードに焦り着いたら着いたでドアが開くのが遅くて焦る。 俺が出ると黒猫はすべての階のボタンを押した。 正直、魂を女の子に戻したとして、老紳士の脅威から逃げれるとは思えないが、何かに突き動かされるように黒猫について走る。 病室に着いた。 急いで入ると、美少女がいろんな機械に繋がれている状態で眠っていた。 こんな状況ながら、その人形のような美しさに息を飲んで見惚れてしまう。 そんな俺を黒猫が尻尾で頬を叩いて正気に戻す。 とりあえずどうすれば? と卵を鳩尾に置いてみるが何も変化が無い。 黒猫を信じたのは失敗だった? と思った瞬間、窓が開いて梟が入ってきた。 梟が迷い無く卵を摑んで、同時に黒猫が俺の腹に小動物とは思えないが威力の体当たりした。 結果として腹の痛みに自然と口は開き、梟が卵を押し込んだ。 一連の行動に驚く前に、別の驚愕が襲った。 口に入った卵の殻の硬さが無くなったのだ。 だが代わりに口の中を圧力が支配する。 この状態で俺にどうしろとと梟と黒猫を見ると、羽と前脚を使って少女の口元を叩いた。 どういうことか理解して、体が固まる。 意識不明の相手にそれをしてもいいものか、躊躇っていると病室のドアが開いた。 開いた瞬間、梟が突撃する。 ほぼ同じタイミングで黒猫が俺を引っ掻いた。 速くしろと本気で怒っている。 もうやけくそになって少女に口付けをした。 正確には口移しを。 俺の口の中から少女の口の中に何か入っていくのが分かる。 移し終わると途端に今までの比じゃない疲労感が押してきて、そのままベッドの端に倒れこンでしまう。 それでも、少女はどうなったかと見ると、嚥下した様子は見えなかったが、人形の様だった白い肌に赤みが帯び始める。 「馬鹿な、わたくししか卵から魂に戻せないようにしていたのに、どうやったのですか!」 驚いたように言う老紳士の足元に梟が横たわっている。 「知るかよ、梟と猫に流されるように行動したら勝手にこうなった」 「なるほど、流石というべきか……。 思いのほか魂を抜き取れたので少し侮ってしまっていましたね。 あの時は隙を突いて卵にできましたが恐らく次は無い、滅多に見つからないので残念ですが執着し過ぎると死なないですが身が危ない、目覚める前に始末しまう」 始末、ようは少女を殺すということだ。 まさかここにきて、老紳士が少女を殺す決断をするとは思っていなかった。 分かっていたとしても何も出来ないし、ぶっちゃけ再び魂を奪いにこられたら抵抗は出来なかっただろうが。 それでもと咄嗟に俺は老紳士に飛びかかろうとすると、老紳士は腕を掴まれた。 そう、眠っていた少女にだ。 「何!」 老紳士が初めて驚いた表情を見せた。 「いくらなんでも目覚めが早すぎます」 「そりゃあんな状態でも色々と手を尽くすには明確な意識がないと出来ないでしょ。 自分の体に入って即覚醒とか朝飯前よ。 あー……たっぷり寝てスッキリしたと言いたいとこだけど、頭が痛くて寝すぎて体がだるいわ、最悪」 少女の怒りがダイレクトに老紳士に向く。 「くっ……!」 「遅い!」 老紳士が何かする前に体が電気が走ったように痙攣した。 「ぐっ、痛覚は残っているので痛いですが、こんなことをしてもわたくしは殺せませんよ」 「そうね。 でも貴様を許さない私は報復するわ。 どうやってだと思う?」 「永遠に苦痛を受ける場所――例えば地獄に堕とす、または意識を刈り取って封印でしょうかね」 「残念、不正解。 正解は貴様を殺すでした」 「何を馬鹿なことを」 「それがね最近新しい魔法を覚えたのよ。 そう魂を卵に変えるっていう魔法をね」 老紳士が目を見開いた刹那、少女の手の中に黒く澱んだ卵が握られていた。 「卵が好きらしいし、自分が編み出した魔法で自ら卵になって死ねるなんて本望でしょ?」 少女は卵を握りつぶして、殻も何もかも一瞬で跡形も無く消滅させた。 少女が目を覚ましてほんの二、三分の出来事を、俺はただ呆然と見ていることしか出来なかった。 「さてと、助けてくれたお礼を言わなくちゃね。 ありがとう。 ちょっとした大仕事が終わって気が緩んでいる隙を突かれてね、とっさにレジストして自我を失わないようにしたんだけどそれが精一杯でね。 もう気合で隙を見て魔法を察知されないように逃げ出して、居場所を隠蔽するのが限界で、余分な魔力がなかったの。 動けないし使い魔に助けを求めようにも、連絡をとるために隠蔽を解いた途端にあの爺に見つかりそうだったし、八方塞がりで本当にやばかったんだよね。 君が拾ってくれて皮膚接触と粘膜接触による魔力供給と、私が見せていた過去の映像を見て、その場所を探し出そうと気まぐれを起こしてくれなかったら、かなり危なかったわ。 本当に感謝している、ありがとう」 「完全に偶々でしたけど、無事でよかったです」 「うん、ありがとう。 さてと感謝のお礼も言ったし、少し話を変えて、これからのことをちょっと話そうか?」 四 そして――難が始まる ゴールデンウィーク明けの朝の学校で物思いにふけって盛大な溜息を出す。 クラスの皆はゴールデンウィーク中の話で盛り上がっている、それにしてもちょっとテンションが高い気がするが。 あの夜から、何事もなくゴールデンウィークは終わったが、あの後少女と話した会話のせいでずっと頭を抱えることになった。 「まずは自己紹介でもしとこうか。 私の名前は、薬師 真月」 「俺は猪名杜 乱一郎」 「見た目に似合わず仰々しい感じの名前ね」 「うん分かってる、名前負けしてるのも分かってるから。 ……気にしてるから言わないでくれ」 「わかったわ。 さてそれで今からのことなんだけど。 見てたから分かるとおり、私って魔法使いなのよね。 いわゆる魔女ってヤツ。 で、実は魔女って正体を知られたら、知った人間を殺さなくちゃならないのよ」 「はい?」 「あ、一応弁明すると基本的には普通の人には危害は与えないのよ。 誰にも知られないようにしてるし、私が知る限り正体がばれて一般人の口封じをしたって話は聞いたことないくらい頑張って秘匿しているし。 まあ、それでもいまだにばれたら殺せっていうのが掟なんだけど。 ご先祖様が魔女狩りから逃げて日本に辿りついた一族だから、そこんとこ厳しくてねー。 と、そんなことはどうでもいいか。 助けてもらったから本当に心苦しいんだけど、そういう訳だから運が悪かったと思って、ご愁傷様」 「ちょっ、ちょっと待て、待ってください。 命助けたんだし、俺も誰にも言わないって誓うから、見逃すって選択肢は出てこないのか!」 「いやーだって、人の過去を覗き見されたし私の記憶なんだから裸体も生理現象的なのも見たよね? それに茹でられるとこだったし、なによりファーストキス奪われたし。 ぶっちゃけた話、掟云々よりも私怨?」 「全部俺がしようとしてしたことじゃねーよ! ていうかさっき自分で見せたって言っただろ。 俺からしたらほぼ貰い事故みたいなもんじゃねーか。 最悪だな、あんた! なんかこう魔法で記憶を消すとかこう身の危険がない方法はないのかよ」 「私だって、見せたい過去を選べて見せたかったけど、あの状態じゃそこまで細かい芸当は出来なかったのよね。 まあ、そう興奮しないで、流石に殺すっていうのはほぼ冗談だから。 でも、魔女と知られるわけにはいかなのは事実だから、君が言ったように記憶をけしたいんだけど、記憶消去って細かい条件で消せないのよね。 卵を拾ってからここ数日の記憶を全部消すことになるけど、いい? まあ、人生って数日ぐらいの記憶がなくなっても案外支障なんて出ないからいいよね。 消した記憶の中に重要なことが、あったりするのが世の常だったりもするけど。 命あっての物種だし、私には知ったこっちゃないし、体感的にゴールデンウィークが短くなるだけだし、いっか」 「ちょっと待った!」 「何? せっかく君の希望通りの無難な方法なのに」 「あんなこと言われたら、普通待ったかけるわ! いや確かに、今のところ大切な約束事とか重要な用事は思い出せないけど」 「ゴールデンウィークに遊ぶ約束も遊んだ記憶もないの?」 そういう心にくることを言うのはやめてください。 いま思い出せないのは超展開の連続で思い出せないだけだ、きっとそうだそうに決まっている。 それに遊ぶ約束ぐらいゴールデンウィーク中に出来るし、あとちょっとで終わるけど。 「しょうがないなぁ。 なら最後の方法として、私の弟子になる?」 「弟子?」 「頑張って秘匿してるって言っても、偶然が重なったり今回みたいに巻き込まれたりで、正体ばれることはあるのよね、実際は。 それで安直に掟だからと殺しちゃうと、死体があるないに関わらず、失踪とかでも警察が捜査するでしょ。 魔女云々は隠し通せても、変な噂はたつかもしれないし平穏無事に暮らしていくにはやっぱり犯罪者とか出したくないじゃない。 だから大体は記憶を消すか弟子にするの、仲間に引き込んじゃえってね。 まあ弟子といっても正確にはこの子達のように使い魔の契約を結んでもらうんだけどね」 「使い魔契約というと、絶対服従みたいな?」 「絶対服従って難しいのよ。 契約結ぶ相手が余程主人に心酔してないと、全然効果なんて出ないの。 この場合の使い魔契約っていうのは、意識を支配するほど強力ではないけど、魔女のことを口に出そうと思わなくなるようにするための一応の安全装置的なものを付けると考えて」 「そんなんで大丈夫なのか? 魔女的には」 「魔女のことを口外しないようにする効果はちゃんとあるし。 もしそれを意思でねじ伏せて魔女のことは言いふらした場合は、全ての魔女が殺しに来ると思いなさい。 こちら側になったのなら、容赦ないわよ」 「え、でもさっき警察の捜査が云々」 「正体がばれる時はだいたい個人だから、個人の失態の尻拭いに魔女全体が動くのは労力に見合ってないからしないってだけ。 でも全体が危なくなったら、全ての魔女ではなくても組織的に多人数で動いて、私達に辿り着く証拠なんて1つも残さないわよ。」 なるほど、納得した。 「さて、どうするー?」 そう聞かれて、俺は弟子になることを選んだ。 そう選んだのだが、あのときの選択肢はそれしかなかったし、どうしよもなかったにしてもやっぱり後悔は来る。 とりあえずそのまま話の流れで契約して、連絡交換して返されたが、あれから何も連絡はない。 安全装置を取り付けたのだから、あまり干渉しないということなんだろうか、でも話した感じとしては、そんな心遣いをするようには見えなかったが。 まあ、近いうちにこちらから連絡してみようと、思っていると朝礼のために先生が入ってきた。 「皆おはよう。 朝礼を始める前に転校生を紹介する」 転校生という単語にクラスが色めきたった。 しかし、俺は逆に何か嫌な予感がした。 先生が外にいる生徒に入ってくるように促すと、中に入ってきた女生徒は最近知り合った美少女だった。 「薬師 真月です、よろしくお願いします」 男子生徒のテンションが爆上げする。 「ま、何か質問があるなら、後からにするように。 君の席はあそこだ」 憂鬱な気分で登校してきたからか、教室に席が増えているのに気づかなかった。 皆は机が増えていることに気付いて、それでクラスのテンションが高かったのか。 そう先生が言ったが、お調子者はどこにでもいて、そして冗談でテンプレのような質問をした。 「彼氏いるんですかー!」 「おい! そういうのは後にしろ」 先生は注意するが真月は、立ち止まる。 「いますよ」 やや下がっていた女子のテンションが上がる。 「それって前の学校の生徒ー?」 「つまり遠距離恋愛?」 先生は嗜めようとしたが、真月が思いのほか話に乗ってきたので呆らめたようだった。 「いえ、前の学校にいたときのほうが遠距離だったんですよ」 真月の彼氏のことなど興味すら湧かず、ただ受け答えに猫被ってるなぁという思いしか湧かない。 この学校に来たのは、俺の監視のためだろうか、今日まで黙っていたのはただ単に面白そうだったからに違いない。 「実はこの学校にいて……」 「おおおおおっ!」 本当かどうかは分からないが、へぇそんな偶然があるんだと冷めた目で見ていると、真月が俺を見た。 背筋が凍り冷や汗が出る。 「ね、乱一郎君」 男子が殺気立ち、次に女子のテンションが爆上げした。 否定しようにも、まだ誰とも自己紹介していないのに、俺の名前を知っているという状況証拠があって出来ない。 「ちょっ、おまっ!」 それでも、どうにかして否定しようと頭を回転させようとしたが、真月は俺の耳元に口を寄せて、 「どうせ、弟子として一緒に行動することが多くなるんだし、それで結局は勘繰られるんだし、それなら最初からそういう関係に見られたほうが、面倒も少ないでしょ?」 言うことは分かる、言うことは分かるのだが。 「これから一緒に学校生活を送れるね」 天使のような堕天使のような笑みに、俺は乾いた笑い声を上げて肯定するしかなかった。 |
藤貴 2017年04月30日 23時51分57秒 公開 ■この作品の著作権は 藤貴 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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