おにいちゃんのふしぎなたまご |
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「お兄ちゃん……見せて?」 僕の九歳下の妹、今年の春に小学生になったばかりのことねは、突如部屋に入ってくるなり真剣な口調でそう言った。高校生の僕でさえ分からない固有名詞をごく自然に、本当にあると思い込んでいるかのように、僕に向かって尋ねたのだ。 「お兄ちゃんの不思議な卵……見せて?」 どういう意味だ。お兄ちゃんの不思議な卵ってなんだ? 僕は妹の言葉の意味がわからずに、思わずことねに尋ね返した。 「なんだよ……不思議な卵って?」 ことねは艶やかな黒髪ツインテールを人差し指で弄りながら、首を横にかしげる。そして上目遣いで悩ましげに僕にもう一度言った。 「男の人には不思議な卵が二つあるんでしょ?」 「えっ……何それ?」 「だって、ゆかりちゃんが男の人には不思議な卵が二つあって、それが男の人にはとっても大事なんだって言ってたんだよ」 ゆかりちゃんとはことねの幼馴染で、近所に住んでいる三つ編みおさげの、大きめな黒縁眼鏡をかけた女の子だ。度々、僕の家にやってきては、ことねと一緒に遊んでいる。ことねが幼稚園の頃から親交がある。 僕にとってはもう一人の妹みたいな存在だ。そんなゆかりちゃんが、僕の妹に変なことを吹き込んでいたなんて……。 いや、そもそもことねが嘘をついている可能性だってある。けれど、ことねが言ってる『お兄ちゃんの不思議な卵』とは一体どう言う意味なのか、僕にはさっぱり分からない。考えれば考えるほど、余計に訳が分からない。 それにさっきから気になっているのだが、ことねが僕の股間付近をじっと見つめている。この行動は、ことねが言った訳の分からない質問に関係があるのだろうか? 心なしか、ことねの頬が赤くなっているように見えるし、瞳がうるうると輝いて目に涙を溜めているようにも見える。 ことねはスカートの裾をキュッと握り、また僕の顔を上目遣いで見つめてきた。そしておもむろに、僕の股間を指差しながら、声を上ずらせて言う。 「そこに……あるんでしょ? お兄ちゃんの不思議な卵」 「……へ?」 「お兄ちゃんの卵はとっても大事なものだから、割れちゃったら大変なんでしょ? だから、お兄ちゃんの不思議な卵が割れていないか、ちゃんと確かめたいの。だから……見せて?」 思わず言葉を失ってしまった。僕の妹は上目遣いで兄の股間を指差し、あまつさえそこにある僕の『不思議な卵』を確かめようと言うのだ。ことねと僕は年の離れた兄妹ではあるけど、血の繋がった兄妹だから、兄として妹のことはよく知っているつもりだった……けれど、僕はその認識を改めなくてはならない。それとも、妹は本当に僕の股間に不思議な卵があるなんて、思っているのだろうか? これは、由々しき事態だ。ついにことねが、みんなより一足早く思春期を迎えたということなのだから。いや、もしかするとこれはお兄ちゃんの早とちりかもしれない。とにかく僕はこの状況を冷静に判断して、危ない領域に足を踏み入れた妹を、正しい方向へと導かなければならない。それが、兄としての責務であり、ことねに対する精一杯の愛情だ。 何の変哲もない日曜日の昼下がり、今まさに人生最大の修羅場が訪れようとしている事に、僕はまだ気が付いていなかった。 妹という生き物はどうしてこうも兄を困らせるのだろうか。 単に、僕と妹の年が離れているからという理由だけでは無い。きっと、これは全国……いや、全世界の兄がきっと同じように抱えている問題なのだろう。自分の勝手な妄想だけれど。 年の離れた妹、ことねは僕にとって天使といっても過言ではないほどに可愛かった。もちろん、今も可愛いが、昔はよく抱っこして共働きの両親の代わりにミルクをあげることが、日課だった。危なっかしそうにヨチヨチ歩きをし始めた時は、怪我をしないかと心配で、父さん母さんよりも僕の方が気が気でなかったほどだ。 ちょっと、兄として過保護すぎる所があると言われれば、否定はできない。 でも、悪いとも思っていない。今まで、ことねの幼稚園への送り迎えは僕が行ってきたし、これからもそうするつもりだ。ことねに悪い虫がつかないように、お兄ちゃんが守らねばならないからな。 しかし今回のような状況は初めてで、お兄ちゃんは、ことねに対してどう言葉を返せばいいのかわからない。お兄ちゃんとしては、一体そんな悪い言葉をどこで覚えてきたのですか! と説教したいところだが、どうやらことねは、自分の言っている言葉が相当際どい所をかすめているということに、まだ気がついていないらしい。 そもそも、今回の件の犯人はことねの話によると、近所に住んでいる幼馴染のゆかりちゃんだ。ますます、妹は何かを勘違いしている気がしてならない。いや、間違いなく勘違いしている。 小学生に上がりたての女の子が、男の人の体をどういう風に思っているのかなんて、想像も出来ないが、きっとことねの頭の中では、僕の股間付近にメルヘンちっくな卵が二つぶら下がっているイメージがあるのだろう。想像してみたら、非常にシュールな光景だった。謎の寒気に襲われ、思わず震えてしまう。 これは兄として、僕はことねに正しいことを教えなくてはいけないな。ただし、年相応にオブラートに包んで……だ。 「なぁ、ことね。お兄ちゃんのここに卵なんてある訳ないじゃ無いか」 僕はまず優しくことねに向かって諭すことにした。 まずは、妹が勘違いしている常識を正すことから始めようというのだ。僕の股間を、直接妹に見せた方が手っ取り早いが、そのような倫理的に反した変態的行動はしたく無い。兄としての威厳を保ちながら、ことねに正しい男の人の体を理解してもらうことが、今回のミッションである。 「でも、ゆかりちゃんがそう言ってたんだもん! ちゃんと割れていないか見ないと……お兄ちゃんが死んじゃう! そんなの嫌!」 そう言って妹は涙目になりながら僕に抱きついてきた。 普段の僕なら手放しで喜んでいる状況だが、今回はそうはいかない。お兄ちゃんとして、心を鬼にして僕にしがみついたままのことねを引き離し、肩に両手を置きつつしゃがんで目線をことねに合わせた。 「いいかい、ことね。お兄ちゃんのここには確かに大切なものが入ってる。でも、ゆかりちゃんが言っているような不思議な卵では無いんだよ。でも、それをことねには見せることは出来ないんだ。これは本当に大切なものだから、例え兄弟でも軽々しく見せられないんだよ」 ことねは僕の言葉を聞き、納得したようにうなづく。よかった、とほっと胸をなでおろすと、ことねは僕の目をじっと見つめながら、泣きそうな声で言った。 「じゃあ、どうしたら見せてもらえるの?」 「え? いや、だからこれは見せられないんだよ」 「どうしても見たいの!」 どうやら、ことねはどうしても僕の股間を見たいらしい。一体何がどうなっているんだ。兄妹としての倫理観が壊れてしまう。 「いや、だからね? お兄ちゃんのここには不思議な卵なんてものは無いんだよ」 「でも……どうしても確かめたいんだもん!」 「どうして、そんなに確かめたいんだ?」 「お兄ちゃんのことが大好きだから、お兄ちゃんの不思議な卵が割れてないか確かめたいの。お兄ちゃんの卵が割れちゃったら、お兄ちゃん死んじゃうかもしれないから……」 ことねは必死に、涙目になりながら僕に訴えかける。妹がとても真剣だということは分かった。でも、どうしても僕はことねに股間を見せることはできない。主に、倫理的な理由で。 「お兄ちゃんの卵、割れちゃったら死んじゃうかもしれないでしょ?」 「確かにそうかもしれないけど……」 「やっぱり!」 「あっ……! いや、違う違う! 今のは無し! お兄ちゃんに卵なんてついてないから!」 いかんいかん。ことねが、さも当たり前のように、僕の股間に卵が付いているかのように言うものだから、思わず口を滑らせてしまった。玉のようなものは……もしかしたら二つくらいあるかもしれないが、小学生に上がりたての妹にはまだ早い話だ。 やっぱり、ことねは何かを勘違いしている。ゆかりちゃんになんて言われたのかは知らないし、ことねが言ってることはめちゃくちゃだけど、でもことねの真剣さはお兄ちゃんには伝わった。だからこそ、僕の巧みな話術で、妹の心配を取り払わなくてはならない。 「やっぱり、そこにお兄ちゃんの不思議な卵があるんでしょ?」 そう言って、ことねはまた僕の股間付近を指差す。それを僕は即座に首を横に振り否定した。 「ことね、ここには不思議な卵なんてものは無いんだ」 僕がさっきまでの優しげな表情から、真剣な表情になり真面目な口調で言うものだから、さすがにことねもさっきまでの謎の自信が揺らいだみたいで、動揺した表情になり目線を伏せながら、もじもじし始める。 「で、でも……ことねちゃんがそう言っていたんだもん」 「ことねがお兄ちゃんのことを心配してくれたのは、とっても嬉しいよ。でも、この通りお兄ちゃんは元気だし、僕のここには卵なんてものは無いから、割れる心配もないんだ。だから、ことねは何も心配することはないんだよ」 「でも……」 そう言って、妹は僕に食い下がろうとする。一体何がことねをそこまで駆り立てていると言うのだろうか。とにかく、ことねにとって納得のいく説明ができなければ、また堂々巡りだ。しかし、男子高校生の股間を小学生の妹に見せたとあれば、僕は自分の親に顔向けすることができない。いや、それだけじゃない。僕が、ことねの心に一生ものの傷を負わせてしまう可能性だってあるわけだ。 お兄ちゃんとして、どうすればいい……? 小学生の妹に一体なんて言えば、納得してくれるんだ! 1 一分ほど頭を捻らせても全く結論が出なかった僕は、取り敢えず、話をそらす作戦に方針転換した。 「そんなことより、お兄ちゃんはことねの大好きなアイス買ってきたんだ。カラフルな丸いアイスだぞ、いろんなフルーツの味があるから大好きって、ことね言ってたもんな」 「今はいらないもん」 そう言って、ことねは頑なにその場を動こうとしない。早くもアイスで話しを逸らす作戦は失敗か? いや、ここで諦めたら終わりだ。いくらことねが意固地になっても、まだ小学生になったばかりのことねはアイスへの誘惑に勝てないはず。 「とっても美味しいよ? ことねの大好物のアイスだぞ? ことねが食べないんだったら、お兄ちゃんが食べちゃおうかなぁ?」 ちょっと意地悪く、揺さぶりをかけるように声をかけた。しかし、ことねは頑として僕の前から動こうとしない。それどころか僕の太ももを両手でガッチリと掴んで離そうとしなかった。 「ア、アイスより、お兄ちゃんの方が大切なんだもん」 ことねは今にも泣きそうな顔で、必死に唇を噛み締めながら耐えるようにそう言った。目には薄っすらと涙も浮かべている。大好物のアイスも我慢してまでも僕の身を案じてくれた、ことねにお兄ちゃんとしてはとっても嬉しいけれど、それ以上にとても困ってしまう。何故なら、このままことねに押し切られてしまえば、僕は妹に自分の股間を見せる羽目になってしまうからだ。 いくら妹が可愛くても、泣きそうな顔をしてお願いしてきても、それだけは出来ない。しかし、アイスで釣る作戦は早くも失敗してしまった。いや、それどころかより妹を意地にしてしまったみたいだ。何があっても、僕の股間を見るまではこの場を動かないという気迫さえ感じる。非常に手強い状況だ。 身動ぎ一つできないこの状態を打破する何かが……何かが欲しい! その時、僕の祈りが通じたのかタイミングよく玄関のチャイムがなった。 「おっと! お客さんだ。行かないと」 しめた! と思った僕は、妹を強引に引き離し、振り向きもせず玄関へと早足で向かった。 この際誰でもいい! 僕だけじゃどうすることもできない。だからこそ、藁をも掴む思いで玄関の扉を開ける。 しかし、玄関の扉を開けた先に人影はなく、そこには道路を挟んで向かいのご近所さんのお家が見えるだけだ。まさか、ただのいたずら? この時代に、まだピンポンダッシュなんていたずらをするような奴が存在するのか? そんなことを思いながら、しばらく玄関先で固まっていると僕の目線の下から小さな声が聞こえた。 「あ、あの……」 消え入りそうな声で、申し訳なさそうにボソボソと呟くその声の主は、僕のすぐ近くにいた。正確には僕の目の前。僕より大分身長が低いせいで、ぱっと見誰もいないように見えるが、実は目線を下に向ければちゃんと、そこに女の子がいるということがわかったはずだ。それにさえ気付けないなんて、内心よっぽど焦っている証拠なのかもしれない。 僕の目の前にいる大きめな黒縁メガネをかけた、三つ編みおさげの小学生くらいの女の子は、僕に向かって礼儀正しくぺこりと頭を下げた。 フリルのついた水色のおしゃれなワンピースを着たこの女の子は、ゆかりちゃんだ。こよりの幼馴染で、お休みになるとよく家にこよりと遊びにやって来る。そして、今日は日曜日。きっと、こよりと遊びに来たんだろうが……今日に限って言えばタイミングが悪いと言わざるを得ない。なぜなら、ゆかりちゃんは僕が今巻き込まれている修羅場の原因を作った張本人みたいなものだからだ。 かといって、むげに追い返すこともできない。ひとまず、僕はこよりちゃんをリビングへと案内し、ソファに座らせた。 「こよりと遊びに来たの?」 「あ、は……はい」 ゆかりちゃんは僕の質問に、顔を赤くしながら照れ臭そうに返事をする。ぱっと見、真面目そうに見えるゆかりちゃんは、妹に変なことを吹き込むような人には見えない。人は見かけによらずとよく言われるが、果たしてゆかりちゃんはどうなのだろうか。 僕は自分の部屋に置いてきたままの、こよりを呼びに自分の部屋へと向かった。そこには少しふてくされた顔をしたこよりが、座り込んだまま口元を膨らませて待っている。 「むぅ……」 不満そうにそう呟いたこより。僕が取り繕うように苦笑いを浮かべ、ゆかりちゃんが遊びに来たよと伝えると、さっきまでの態度とは打って変わって元気になり、走って僕と扉の間を通り抜けていった。 「こよりも、まだまだ子供だな」 思わずそう呟いてしまう。けれど、ちょうどいい。ゆかりちゃんのおかげで僕の貞操の危機は免れた。とりあえず、今現在は。こよりは今日一日ずっとゆかりちゃんと遊ぶだろうし、僕は放置していてまだ読んでいなかった本を読む、という本来の休みに戻れるというわけだ とにかく元どおりの日常、いつも通りの日曜日が帰って来た。僕が本棚に無造作に入れられた、まだビニールも破られていない真新しい本を手にしようと手を伸ばした時、部屋の扉が勢いよく開く。 僕は思わずびっくりして、ドアの方に顔を向ける。そこにはこよりとゆかりちゃんが、二人揃って立っていた。ギョッとした顔で固まっていると、こよりが勢いよく僕に向かって叫ぶように言った。 「お兄ちゃん! お兄ちゃんの不思議な卵見せて!」 「なっ……!?」 一難去ってまた一難、いやそもそも一難も去っていなかった。努力もむなしく振り出しに戻る。肩にどっと疲れがのしかかり、焦りと困惑で思わず苦笑いを浮かべてしまう。 しかし、まだ僕には最後の切り札があった。何を隠そうそれはゆかりちゃんだ。今回の件の原因を作った張本人であり唯一、この状況を打破できる可能性を持った人物だ。タイミングよく、ゆかりちゃんが僕の家に来てくれて助かった。兄妹という一線を超えそうになる展開になる前に、何とか対処できる。 「ゆかりちゃんごめんね? 急にことねが変なことを言って。さっきから、何か勘違いしているみたいでさ、ゆかりちゃんが言ってた『不思議な卵』だっけ? それが僕の体についてるって言って聞かないんだよ」 「あ……」 ゆかりちゃんは何か思い当たる節があったみたいで、焦ったような表情を浮かべつつ言葉を詰まらせた。僕は思わず『ふぅ』とため息をついてしまう。どうやら、これで妹の誤解を解くことができそうだ。 「お兄さん……」 ゆかりちゃんは、やや恥ずかしそうに小さな声で呟くように言う。それに対して、こよりはもどかしそうにゆかりちゃんのワンピースの袖を掴み、上下に揺さぶった。それはまるで、何かを囃し立てているようにも見える。促されたゆかりちゃんは、僕の股間付近を指差しながら、恐る恐る口を開いた。 「お兄さんの……そこには、不思議な卵があるんですよね?」 「え……?」 ゆかりちゃんからの予想だにしない質問に、困惑してしまう。すると、僕が聞き取れていないと勘違いしたゆかりちゃんが、もう一度僕に向かって質問する。 「お、お兄さんの不思議な卵を……見せてもらえませんか?」 ゆかりちゃんは恥ずかしそうに、頬をほんのり桜色に染めながら伏し目がちに、小さな声でそう言った。僕は思わずゴクリと、口の中に溜まった唾を飲む。 勘違いでは……無い? つまり、ゆかりちゃんも僕の股間に不思議な卵があると思っている……? まずい、これはまずいぞ! このままではゆかりちゃんを味方につけるどころか、二対一で敵が増えることになってしまう! ますます形勢が不利になってしまったぞ! 「ちょ、ちょっと待ってゆかりちゃん。まさかとは思うけど、ゆかりちゃんも僕のここに不思議な卵なんて言うものがあると思っているのかい?」 そう優しく問いかけると、ゆかりちゃんはコクリと頷いた。こよりは、得意げになって僕の方へ駆け寄り、両手で僕のズボンの裾を掴みながら「見せて!」と要求してくる。 頭の中が真っ白になりかけ、はっとした。気を失いそうになる自分を奮い立たせるように、頬を叩く。僕が……僕がしっかりしないと、どうするんだ! このまま間違った知識を持ったまま、中学生、高校生になってしまったら、純真無垢な彼女たちの未来はいったいどうなる? ここで、僕が兄として……人生の先輩として二人を導かなければ、救わなければならないのだ! まず、僕自身冷静にならなければ。こよりとゆかりちゃんは、きっと何かを勘違いしているんだ。でなければ、男の人の股間に卵なんて物があると思うわけがない。つまり、二人の誤った認識を僕が正してあげればこの問題は解決するのだ。 むしろ、相手が僕でよかった。何故なら、この世の中には悲しいことに良識を持たない人も一定数存在する。もし、そういう人間にこよりやゆかりちゃんが出会ってしまっていたら、重大な事件に発展してしまう可能性だってあったはずだ。 そうなる前に、今ならまだ僕が食い止められる。良識を持った僕なら、二人を健全な道へと歩ませることができる! そうだ、これが僕に与えられた試練だというのなら、やってみせるさ。 「こより、いいかい? これからお兄ちゃん、大事な話するから一旦僕のズボンから手を離してくれるかな? それと、ゆかりちゃんもよければ、こよりと一緒に話を聞いて欲しい」 僕は、ズボンを握ったまま離さないこよりに優しく諭すように言った。そして、こよりの一歩後ろでモジモジしながらこちらをじっと見つめているゆかりちゃんにも、話しかける。 むくれたような顔をして、僕の方を見るこより。依然として僕のズボンから手を離してはくれないが、構わない。ゆかりちゃんは、僕の方を上目遣いで少し困惑したような表情で見ている。 「女の子が軽々しく、男の人ここを指差してはいけないよ。そんなことをすると、デリカシーのない人だと思われてしまうかもしれないからね。こよりも、ゆかりちゃんも大きくなったらきっと分かる。どんなに親しい人でも、女の子が男の人の下半身を指差したり、見て見たいと言ってはダメだよ」 「でも……お兄ちゃんのことが心配なんだもん!」 こよりは、涙目になりながら必死に僕に訴えかけてくる。心配してくれるのは、お兄ちゃんとして本当に、心から嬉しいのだが、状況が状況なだけに素直に喜べないのが辛いところだ。けれど、心を鬼にして僕はこよりとゆかりちゃんに、大事なことを教えなくてはならない。そして、それが出来るのは今この場で、僕ただ一人しかいないのだ。だからこそ、僕がやらなくては……! 2 「お兄さんの……言っていること。わかります」 そう言ってくれたのは、ゆかりちゃんだ。さっきまでのオドオドした表情から打って変わって真剣な眼差しで、僕の目をまっすぐ見ている。分かってくれたか! と感動と達成感で思わず、涙目になりながら笑みを浮かべた。 「お兄さんが……どうしても見せたくない気持ち、分かります。男の人にとってそれは本当に大切な、命そのものみたいなものだから」 「まぁ……確かにそう言われればそうかもしれないね」 「実は……私、お父さんの部屋にこっそり隠されていた本、読んだの」 急に、ゆかりちゃんは堰を切ったように話し始めた。まるで、僕の言葉が彼女の心にある何かを、意図せず動かしてしまったみたいに。突然のことだったので僕は、ゆかりちゃんの勢いに圧倒されて、相槌を打つことさえできずに、ひたすら彼女の言葉を聞いていた。 「お父さんの部屋には色々な難しい本がいっぱいあって、そんな本をいっぱい読んでいるお父さんて、すごいなって、かっこいいなって思ってた。でも……」 勢いよく話していたゆかりちゃんが急に口ごもる。今の話の流れで、何か言いにくいことでもあったのだろうか? 心配してゆかりちゃんに声をかけようか迷っていると、何か覚悟を決めたような表情で、再び僕に向かって話し始めた。 「お父さんのベッドの下に、隠されてた本を見つけたの。誰にも見せたくないみたいに、ベッドの奥の奥の方にあった。いつもみたいに、お父さんの部屋から本借りて、読もう思ったらポケットからお母さんからもらったビーズを落として……転がってベッドの下に入っちゃった。そこで……見つけたの。とっても薄い本だった。そこにいっぱい絵が描かれてて……」 そこで、ゆかりちゃんは赤面しながら一旦喋るのを止める。自分が見てしまった光景を、思わず思い出してしまっているのだろうか? 僕には、ゆかりちゃんが見た『薄い本』が何かは、はっきりと分からない。 でも、推測することはできる。あくまでこれは、僕の経験から導き出した仮定に過ぎないが、それはきっとゆかりちゃんのお父さんが、もっともゆかりちゃんに見つけて欲しくなかったものだと思う。そして、それを見てしまったゆかりちゃんが、どのような過程を経て僕の股間には『不思議な卵』があると結論付けてしまったのか、それはゆかりちゃん以外には誰も分からない。けれど一つだけ、確かに分かったことがある。 僕がこうなったのは、ゆかりちゃんのお父さんのせいだ! 「だから……私、心配で」 「心配……?」 「うん。お兄さんの卵が割れてないか……心配だった。だって、割れちゃったらお兄さんが」 そう言って、ゆかりちゃんは今にも泣きそうな顔になる。一体、ゆかりちゃんが見たという薄い本には、何が描かれていたというのだ。ゆかりちゃんのお父さんは、一体どんなジャンルの薄い本をベッドの下に隠したんだ! 謎は深まるばかりだが、ゆかりちゃんが何に対して勘違いをしているのかということは、幸いなことに今の説明でだいたい分かった。後は、僕がどのようにゆかりちゃんをフォローしていけばいいのか、ということだけだ。少なくとも、僕の身に降りかかってる修羅場の難易度は、これで大幅に下がったと思う。 「ゆかりちゃん」 僕は、ゆかりちゃんに優しく声をかけた。それに対して彼女はオドオドした表情で僕の方を見る。ゆかりちゃんの不安を払拭させるために、僕は穏やかな心持ちで笑いかけ、右手で彼女の頭をそっと撫でた。 「あ……」 そう言うと、小さく震えていた彼女の動きが止まる。ほんのり頬を桜色に染めながら少しだけ、体の緊張がほぐれたのか、こもっていた力が緩んだみたいに胸の手前で身を守るように組んでいた両手を、そっと下ろした。 「心配してくれてありがとう。ゆかりちゃんは、お父さんの部屋たまたま見つけた本を見て、心配になったんだよね? それに何が描いてあったのかは僕は知らないし、聞かない。でも、ゆかりちゃんが僕のことを心配してくれたことは、純粋に嬉しいと思っているよ」 「お兄さん」 ゆかりちゃんは、僕のことを上目遣いで見つめる。さっきより、少しだけ顔の位置が近くなったせいか、なんだかちょっと気恥ずかしい。というか、いくら小学生とはいえ異性の顔を目の前にして平静を保っていられる童貞がこの世に存在するのだろうか? 否、存在するはずがない。だから、僕が小学生の妹の友達に緊張したり、照れてしまうのは普通なことであり健全である。 ちなみに言うと、僕はロリコンではない。どちらかと言うとフェミニストだ。……多分。 「僕はこの通り健康そのものさ。だから、もう心配しなくていいんだよ。それと、これからは他の男の人に『不思議な卵』を見せて欲しいと言ってはダメだよ。僕だったからよかったものの、もしかしたら勘違いする男の人や、悪い人も中にはいるから、こう言うことは、軽々しく言ってはいけないんだ」 僕が優しく諭すように言うと、ゆかりちゃんは静かに首を縦に振る。それを見届けた僕は、ゆかりちゃんの頭からそっと右手を離した。 「う……」 ゆかりちゃんは、少し名残惜しいといった表情で僕の右手を見つめる。今度はこよりにも言い聞かせようと、一旦ゆかりちゃんの前から離れようとした時、不意に彼女が僕に抱きついてきた。突然のことに驚いてしまったが、あらゆる可能性を想定している僕の頭は努めて冷静に、動じることなくゆかりちゃんを受け止める。短い深呼吸を二、三回繰り返し僕のお腹付近に顔を埋めたままのゆかりちゃんに話しかけた。 「ど、どうしたのかな? ゆかりちゃん」 僕の問いかけに、少しだけ顔を上げて上目遣いでしおらしく、子供が親におねだりするように言った。 「でも……どうしても、お兄さんの不思議な卵、確かめたいの。お兄さんのことが心配で、とっても大切だから。お兄さんは……私のこと嫌いですか?」 困ったな。非常にずるい質問だよ、これは。一旦分かってくれたのかと安堵したのもつかの間、やはり彼女は、いや彼女たちは僕の『不思議な卵』を見せてくれと躍起になってくる。再三の説得に、僕の話を理解したそぶりは見せるものの、やはりそれでも見せてと強引に迫ってくるのだ。 こんな経験は生まれて初めてだ。そして、こんなにも苦しく辛いお願いは後にも先にもこれっきりだろう。これ以上があってたまるものか。それほどにやるせないお願いだ。 そりゃ、僕が叶えられるお願いなら叶えてやりたいさ! 大切な妹とその友達のお願いなんだ、お兄ちゃんが出来ることなら叶えてやりたいよ。でもね、これはダメなんだ。どうしても、ダメだ。あぁ、そんな悲しそうな顔をしないでくれ……あと数年も経てばきっと分かってくれると思うけど、倫理的に見せたらアウトなんだよ。いくら、可愛い天使のような女の子二人の頼みだとしても、お兄ちゃんの不思議な卵は見せられないんだ。 でも、どうすれば分かってもらえる? 多少強引ではあるが、僕が怒って引き離せば、問題は簡単に解決する。でも、そういうことはしたくない。感情に任せて暴力を振るうようなものだ。何とかして、こよりにも、ゆかりちゃんにも『見せられないし、見せてはいけないもの』だと分かってもらわなければ。 若干呼吸が浅くなり、酸欠気味になってきた脳に喝を入れ、何かいい案は無いかと思惑を巡らせる。 「ちょっと、ゆかりちゃん!」 そこに、不機嫌そうに顔を膨らませるこよりが、僕とゆかりちゃんの間に割って入るかのように声をかける。僕に抱きついたままのゆかりちゃんを無理やり引き離そうと、中央に割って入ってこようとした。それを知ってか知らずかゆかりちゃんは、離されないようにより腕に力を込めた。 天国と地獄のせめぎ合い。辛いのに嬉しい、苦しいのに気持ちがいい、相反する状況がこの場には同時に存在する。まさに、人知を超えたアヴァロン! そうか、桃源郷とはここにあったのか! いかん、落ち着け! 僕が取り乱してどうする。ここで僕が正気を失うということは、すなわち僕の人としての生の終わりを意味するのだぞ! もしこれが世界をかけた戦いで、僕が勇者として選択に迫られている状況だったとするなら、もうすでに世界は滅亡しているぞ! こんな体たらくでどうする!? ここで負けるわけにはいかない。二人のことを大切に思っているからこそ、僕は絶対に負けられない。甘い誘惑だろうが、心を苦しめる選択だろうが、折れるわけにはいかないのだ。なぜなら、今この状況で二人の未来を守ることができるのは、この場に僕しかいないからだ。 「ふ、二人とも落ち着いてくれ」 しかし、決意とは裏腹に頬は緩み、意図しない笑みを浮かべてしまう。全く、僕はなんて意志の弱い人間なんだ! だが、今はここで僕の不徳を責めている暇はない。か弱い少女が、こうも長く思春期の男に触れ合ってはいけないのだ。だからこそ、僕は断腸の思いでゆかりちゃんを自分から引き離すという決断を下した。 「う……」 ゆかりちゃんは寂しそうな表情を浮かべる。しかし、ここで心揺らいでは根本的な解決の足元にさえ辿り着けなくなってしまう。未だに、プリプリと頬を膨らませて怒っているこよりの頭を撫でてご機嫌をとりながら、僕は追い詰められつつある自分の状況をどのように打破するか、思惑を巡らせた。 3 そして、一つの結論にたどり着く。いくら取り繕うとしても、行き着く先は同じ。そう、二人をちゃんと叱ってあげればいいだけの話だ。それが出来ないのは、僕が中途半端な人間だからに他ならない。二人に股間を見せるのは嫌だ、でも可愛い小学生の女の子二人に嫌われたくない。だから、どうにか二人から好意を失わずにことなきを得ようと考え、アホの極みのようなどっちつかずの言葉で問題を先延ばしにして逃げようとしている。 何が、大人として先輩として導かなくてはならないだ! 僕が一番ダメな奴じゃないか! むやみに、怒って心を傷つけるのではない。冷静かつ正確に、何がダメなのかをしっかりと教えるんだ。僕ならできる……いや、僕にしか出来ない。 「二人とも、よく聞いてくれ。どんな人にも、どうしても出来ないことがある。それは、むやみに人を殴ったり、人のものを盗んだり、そんな酷いことはちゃんとした大人なら絶対に出来ないことなんだ。その理由は賢い君たちなら言わなくてもわかると思う」 僕は心を鬼にして、ぎゅっとご節を握りしめ真剣な顔つきで言った。僕の本気の目つきに、こよりとゆかりちゃんは、ばつが悪そうに下を向く。 「そして、こよりとゆかりちゃんが今僕に対してやろうとしていることは、二人にはもしかするとまだ分からないかもしれないが、そういう悪いことの一つなんだ。だから、僕のここは二人に見せられない」 「で、でもお兄ちゃんのことを本当に心配して……」 「心配してくれる気持ちは嬉しいよ。でも、だから何をしてもいいとはならないんだよ。お兄ちゃんは、二人にここを見せたくないんだ。人の嫌がることをするのは心配とは言わないよ」 さすがに言いすぎたか? 二人は目を真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。いや、もうすでに泣き始めているのかもしれない。二人の好意をこういう形で否定することになって本当に辛いが、今後大人になっていくこよりとゆかりちゃんのことを思えば、例え嫌われることになっても……正しいことを教えなければならない。 本音を言えば、苦しい。こんな天使のような愛らしい二人の少女を僕が泣かせてしまっているのだ。理由はどうあれ、心が引き裂かれる思いだ。あぁ……僕がいつか親になって子供を叱らなければならなくなった時には、こんな気持ちに毎日耐え続けなければならなくなるのか? 今更だが、僕は僕の両親を心の底から尊敬した。 「心配する時は、相手の気持ちを思いやって、何が一番相手にとって嬉しいかを考えて行動するんだ」 目にいっぱい涙を貯めた二人の少女に、僕なりのアドバイスを教える。今にもこぼれ落ちそうな涙を、落とさないように必死に歯を食いしばるこよりを見ると、思わず頭を撫でずにはいられなかった。ううむ……やっぱり僕は、まだまだ兄として妹に甘いようだ。 そして、ゆかりちゃんにも同様に頭を撫でて落ち着かせようと空いた手を伸ばそうとしたが、ゆかりちゃんは僕の行動を一瞥すると、さっと横に躱すように移動した。嫌われてしまったかな? 僕のメンタルはもうズタボロだが、二人の将来を思えばこれくらいへっちゃらさ。 「あ……!」 少し勢いが強すぎたのか、ゆかりちゃんは勢い余って、右隅に置いてある学習机に体が触れてしまう。その拍子に、学習机の上スペースに重ねて置いたままの教科書がグラグラと揺れ始めた。僕が片付けずに、そのまま乱雑に重ねて置いたままの教科書だ。ゆかりちゃんの体が机に触れたことにより揺れて、バランスを崩しかけている。 このままでは危ない! そう思った瞬間、すでに僕の体は動き出していた。考えるよりも先に、体が動く。脊髄反射というやつだ。グラついて今にも倒れてきそうな教科書に気づかず、その場に立ったままのゆかりちゃん。彼女を庇うように抱きしめ強引に向きを変えながら、まさに崩れ落ちようとしている教科書に背を向ける形で体を丸める。 次の瞬間、雪崩れてきた教科書の衝撃が僕の背中をどつくように襲いかかってきた。けれど、そこは男子高校生。その程度の衝撃ではビクともしない。もし、この教科書の雪崩がゆかりちゃんに当たっていたら、もし頭に教科書の角が当たっていたら、辞書ほどではないにしろそれなりの厚さはあるものだ、怪我をさせていたかもしれない。 何をやっているんだ僕は! こんな小さな子に、僕のせいで怪我をさせてしまったなんてことでもなったら、僕は僕自身を一生許しはしない! ゴールデンウィークだ、なんだとだらけてしまった僕の根性のせいだ。心の中で何度も反省する。 僕はゆかりちゃんに怪我はないかと確かめるために、一旦抱きしめたままのゆかりちゃんから離れた。 「大丈夫!? ごめんね、ゆかりちゃ——」 声をかけたその瞬間、衝撃が走る。例えるならそう、内臓をえぐられたような凄まじい衝撃だ。 「い、いやぁぁぁ!」 ゆかりちゃんが叫び声をあげる。顔は真っ赤でまるで、さくらんぼみたいだ。目にいっぱい涙を浮かべて僕の方を見ながら絶叫しているのだ。きっと、異性にいきなり抱きしめられたのだ、びっくりしてしまったに違いない。そう、これは全部僕が悪いのだ。彼女は悪くない、決して。 サーっと血の気が引く。全身から力が抜け、僕はその場にうずくまった。激痛が身体中をかきむしるように走る。決して痛いという言葉では表現しきれない衝撃が、強烈な波を伴って僕に襲いかかってきた。 金的とは武道、格闘技における攻撃対象としての男性性器、とくに睾丸を指す用語。本来は弓道で金色の的のことである。 一般的に睾丸は人体において眼球、喉などに並ぶ急所であり、軽い衝撃で激痛を伴う。睾丸に的確に攻撃が決まれば、女性や子供でも男性を悶えさせることができる。そのために護身術や軍隊格闘技、用心棒の技術など実際に戦う格闘では多用される技でもある。 端的に金的をされた、と言えば語弊があるだろう。例えば、か弱い女性が突然身の丈が倍もある男性に急に抱きつかれたとしよう。きっと、男には想像もできないほどの計り知れない恐怖だろう。ゆかりちゃんもきっと、そうだったに違いない。本能的に、自分の体を守るために右足を蹴り上げたのだ。それがたまたま僕の股間にクリーンヒットしてしまっただけ。そう、全て僕が悪い。 ただ、苦しい。言葉では言い表せないほど苦しいだけなのだ。 「ご、ごめんなさい、お兄さん! お兄さん……?」 直後、我に返ったゆかりちゃんが、焦ったように僕に声をかける。大丈夫だよ、と返事をしようとしたけれど痛すぎて唸り声しかあげられない。そんな僕の様子に何か変だと思ったのか、こよりが背後に回って腰のあたりをさすりながら何度も『お兄ちゃん大丈夫?』と声をかけてきた。 かろうじて動く首を振り、何度か大丈夫だよとメッセージを送ろうとしたけれど、上手く伝わらない。 だめだ! 痛すぎて全身から変な汗が噴き出してきた。そのままうずくまるように、顔面を地面に押し付ける形で体を硬直させる。このまま、ただ痛みが過ぎるのを待つしかない。 金的とは、女性には想像もできない痛みだろう。例えるならそう、内臓を直接ぶん殴られたような衝撃と痛みだ。想像はできなくても、どれほど壮絶かということはこの説明で分かってもらえたはず。 ピクピクと奇声をあげ、痙攣したまま動かない僕の様子に、こよりとゆかりちゃんはいよいよこれは大変な事態であることを察する。そして、ゆかりちゃんが何かを確信したような、それでいて恐怖したような表情で言った。 「まさか、お兄さんの卵が……卵が割れちゃった?」 「え? お兄ちゃんの卵割れちゃったの!?」 ゆかりちゃんの衝撃の一言に、こよりが驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。 今すぐ違うよと反論したいが、それどころじゃない。時間が経つ連れに痛みが増していく。僕は脂汗を流しながら、ピクピクとその場で痙攣していることしかできなかった。もし、髪の毛一本文でも動こうものなら、その瞬間昇天してしまうだろう。 そんな状況の中でも、事態はどんどん取り返しのつかない方へと、ドンドン進展していく。 「どうしよう……私のせいで、お兄さんの卵、割れちゃった!」 ゆかりちゃんは半泣き状態でこよりにすがりついた。一方、こよりもこよりでパニックになっているみたいで、今にも泣きそうな顔で『どうしよう!』と叫んでいる。と、何を思ったのか二人して僕の後方に移動してごそごそと何かをし始めた。 「お兄さんの卵直さなきゃ! きっと、まだ大丈夫だよね? ヒビが入ってるだけなら、テープでなんとかなるよね?」 「うん、そうだね! お兄ちゃんの卵にテープ巻いて黄身がこぼれないようにしなきゃ!」 一体テープで何をしようというのだ!? 僕の頭の中で結論が出る前に、二人は早速行動に移り始めた。つまりは、僕のズボンに手をかけ二人掛かりで脱がそうとしてきたのだ。 普段の僕なら二人がかりだろうと、女子小学生の力など意にも返さず、余裕で抵抗できるほどの力を持っている。だが、今は非常事態。特に体を触られると非常にまずい。いや、それ以前に女子小学生二人にズボンを脱がされるという異常な状況に、僕の精神が耐えられない。だが、注意しようとしても声が出せない上に、抵抗しようにも体が動かせない。 このままでは、僕はあられもない息子を純真無垢な女子小学生に見られてしまうという、倫理的に非常にまずい状況になってしまう。こんなところを親に見られでもしたら……。 間違いなく殺られる……! 兄としても人としても、終わりだ! 4 幸い両親は今日の朝から、夫婦水入らずの温泉旅行二泊三日の旅にでかけたばかりで、帰ってくる心配はない。だが、この状況は非常に危ない。一刻も早く、なんとかしなければ! あぁ……! でも、体が動かない! 焦りとは裏腹に息子の痛みは一分一秒ごとに酷くなるばかり。僕のズボンを脱がそうとする二人に抵抗するだけの力は無かった。 ズルズルと引っ張られ、あわや真っ赤なボクサーパンツが露わになる、その寸前で僕はまだ動かせる手首を動かし、ズボンのベルトに指を引っ掛けることに成功した。 間一髪……! 痛みと緊張の瀬戸際で、なんとかズボンを下ろされる前にこれを阻止することができた。あとは、このまま痛みが引くのを待つのみ。 そう思ったのもつかの間、いくら引っ張っても一向に下がってこない僕のズボンに違和感を感じ、二人は僕の腰あたりを確認する。そして気づいてしまった、ベルトが僕の指に引っかかっているということに。 「ゆかりちゃん! ベルトが引っかかっててお兄ちゃんのズボンがおろせないよ!」 「本当だ……お兄さん、今だけベルト外させてね」 そう言って、ゆかりちゃんが僕のベルトの中央に、まだ小さくか弱い指を忍ばせる。そして唯一の防波堤として辛うじて僕の貞操を守ってくれているベルトの金具へと、その白く儚い指を引っ掛けた。だが、小学生の力ではどうすることもできずに、ウンウンと苦しそうにゆかりちゃんは唸っている。 苦戦するゆかりちゃんにこよりが加勢するも、うんともすんともしない。二人は僕の両脇からそれぞれベルトを外そうと試行錯誤を繰り返すが、全ては徒労に終わった。 助かったそう思った瞬間、なんの前触れもなく僕のベルトがズルリと落ちたではないか。一体何が……と焦っていると、唐突にこよりが『やった!』と声をあげた。横目で二人の様子を確認すると、彼女たちが金属製の細いシャープペンシルを持っていたのが見えた。 引っ掛けたのか!? 両脇から二人掛かりで、テコの原理を利用して? まさか、こよりやゆかりちゃんがテコの原理まで勉強していたなんて。その成長に感動した。二人にシュークリームでも買って褒めてあげたいくらいだ。しかし、そんな僕の喜びとは裏腹に自体はより一層深刻な局面へと突き進んでゆく。 ベルトが外れたということは、僕の最後の抵抗さえも、もはや二人の前には通用しなくなったということに他ならない。苦もなく、二人掛かりで僕のズボンを下ろすことができるだろう。だが、そうさせるわけにはいかない。なんとかして、二人の行動を止めなくては! 「やぁ……め……」 ようやく、使い切った歯磨き粉の奥に溜まった最後の一滴を絞り出すように出せた声は、酷く聞き取りづらい音で、もはや声とは呼べないものだった。しかし、僕の必死の抵抗に、何か気づいたように僕の方へと駆け寄るこより。 「どうしたのお兄ちゃん? 苦しいの?」 涙目になりながら、僕の身を案じてくれるこより。兄として純粋に嬉しいのだが、今は状況が切迫している。今すぐ、そんなバカな行為はやめろ! と目で訴えるが、そんな思いは妹に伝わらない。 「辛そう……お兄ちゃんの卵割れそうなんだね。こよりがなんとかするから……お兄ちゃんの卵は絶対に守ってみせるから!」 そう言いながら、こよりは僕の手を両手で握りしめる。 そうじゃないんだよ、こより! 確かに辛いけど、助けて欲しいと思ってるけど、その方法は間違っているんだこより! 僕の声にならない声は、ついに妹へと届くことは無かった。 「お兄さん! 安心してください。お兄さんの卵はゆかりが絶対に助けますから! 何があっても……お兄さんのことは絶対に守りますから……!」 ゆかりちゃんは、僕の目をじっと熱い眼差しで見つめながら強い口調で言う。ゆかりちゃんのその気持ちはありがたいけど、助けるベクトルが間違っているよ! 今の僕を救えるのはきっと、白衣の天使でも天使のような小学生でもなくて、病院のお医者さんだと思うんだ。救急車を呼んでくれるだけでいいよ! ゆかりちゃん! 「いくよ? こよりちゃん」 「うん、お兄ちゃんのためだもんね! ゆかりちゃん」 二人はそう言いながら僕のズボンに手をかける。ベルトという唯一の対抗手段を失った僕にはもはや、ただ今という時が過ぎるのを待つしかない。誰かに助けてもらいたいが、逆にこの状況で誰かが僕の部屋に入ればあらぬ誤解を招きかねない事態になる。もはや、選択肢はない。 これが、僕が負うべき運命だというのなら、諦めて受け入れるしかないのか!? ゆっくりと、だが確実に僕のズボンを脱がしてゆく。僕はそれに対して最後の抵抗を試みた。痛みと焦燥の中で、僕は必死に僕のズボンを下ろそうとする二人を妨害しようと、僅かではあるが腰を振る。それが、象の足に噛み付くアリのような無謀な抵抗だとしても、最後まで諦めるわけにはいかないのだ。 だが、この行動は二人にとって逆効果だったということをすぐに思い知らされる。 「お兄ちゃんも、ズボンが脱げやすいように手伝ってくれてるんだね……早く、お兄ちゃんを楽にしてあげるからね!」 違う……! むしろ逆だ! 僕はこよりにズボンを脱がされないように抵抗しているのだ。だが、勘違いしたこよりが、より一層力を込めて僕のズボンを脱がしにかかったのは、もはや運命がそうさせたと言ってもいいほどに絶望的な状況である。 それに呼応するようにゆかりちゃんも、力を込める。いくら小学生の力とはいえ二人掛かりで引っ張られれば、ベルトはおろか、肌の摩擦だけで抵抗しているズボンなど下ろされるのは時間の問題。もはや、受け入れるしかあるまい。 二人の力が合わさり、勢いよく脱げるズボン。もはや、僕に残された選べる最後の道は、自分に残された唯一の砦を死守することだけだ。 真っ赤なボクサーパンツが露わになる。二人はそれをマジマジと眺め、次の段階へと移る。そう、僕の最後の砦を壊そうというのだ。もはや、妹とその友達にズボンを脱がされ、パンツを見られるというだけで相当な精神的ダメージを負わされているが、彼女たちはそれに飽き足らず、僕のパンツさえも奪おうというのだ。 そうなっては、もはや切腹するしかあるまい。それは、きっと二人の未来にも暗い影を落としてしまうだろう。そうは……させない! パンツだけは、命をかけても守る! 「お兄ちゃんごめんね……? もうすぐだから、待っててね?」 「お兄さん、もうすぐ楽にしてあげますから。絶対お兄さんのこと、助けてあげるからね」 甘美な言葉を僕の耳元で二人の小悪魔が囁いた。理性が金切り声をあげる、正気を保てない。だが、僕の中にある兄としての誇りが、もはやズタズタに引き裂かれた布切れのようなプライドが、最後の一線を超えさせまいと抵抗する。股間の痛みは最高潮に達した。もう、全て意識を手放してしまえば楽になれると、僕の中の悪魔が誘惑してくる。 常人なら、正気を失っているであろう状況で、僕がまだ自分のパンツを取られまいと抵抗できたのは、それこそまさしく、二人に対しての最大限の愛情がなせた偉業だ。 「お、お兄ちゃん……?」 こよりは首を傾げ、不思議そうに僕に向かって声をかける。僕の両手は顔の横で握りこぶしを作ったまま動いていない。しかし、パンツを脱がそうと引っ張っても、ズボンを脱がした時とは違い、明らかな抵抗がそこにはあった。それもそうだ、僕はパンツを脱がされないように抵抗しているのだから。 僕の最後の意地がそうさせた。こよりにも、ゆかりちゃんにも分からない、僕の人体機構が明らかにパンツを脱がされないように抵抗している。ほとんど意識を失いながらも、僕の中にある本能がパンツを脱がされることを阻止したのだ。 「お兄さん、どうして……抵抗するんですか?」 ここでようやく、ゆかりちゃんは気付いた。僕がパンツを脱がされないよう抵抗しているということに。けれど、それは彼女にとって違和感以外の何物でもない。何故なら、ゆかりちゃんの中ではむしろ僕が一刻も早くパンツを脱ぎたがっているという認識だからだ。 もしかして、という疑問がゆかりちゃんの中で違和感として残る。だからこそ、僕に対してどうしてと質問したのだ。しかし、残念なことに僕はこれに応えることができない。 「お兄さんがどうしても、それを見せたくないって気持ちわかる。とっても恥ずかしいよね。でも、お兄さんにはゆかりと、こよりのことを信じてもらいたいの。誰にもできることじゃないよ……お兄さんだから、なんとかしたいの。お兄さんに、もしものことがあったら嫌だから……ゆかりのこと信じて? 私は、お兄さんのこと助けたいの」 ゆかりちゃんは僕の耳元でそう囁いた。小学一年生にして、しっかりとした考えと思いを持っている、純粋にそう感じた。僕は辛うじて、消えそうな意識を奮い立たせて彼女の思いを聞き届けることができた。ゆかりちゃんは、ゆかりちゃんなりに、本当に俺のことを心配してくれている。 でも、やっぱりダメだ。早いとか遅いとか、そういう問題じゃない。きっかけが、ゆかりちゃんのお父さんの部屋で見つけた不純な本というのが気に入らないのだ。 「お兄ちゃんのこと、こよりは助けたいの。大好きなお兄ちゃんが死んじゃうの……いや! だからお兄ちゃんの卵、こよりに治させて!」 気持ちは嬉しいんだ。でも、いくら兄妹でもその一線を超えちゃいけないんだよ。パンツ一枚で床に突っ伏している僕が言える立場じゃないけれど。 少し、誤解していた。もしかしたら、少しでも二人には不純な動機があるんじゃないかと、心の隅で疑っていた。でも、それは違う。彼女たちは本当に心配してくれているんだ。きっかけがアレなだけで。とても純粋で、綺麗な心を持っていると確信した。 5 兄として、先輩として、もう少し頑張らなきゃ。かっこ悪いところばかり見られちゃってるし、ここで名誉挽回……とまではいかないけど、そろそろかっこいいところも見せなくちゃな。 だって、こんなに純粋に誰かのことを心配できる子たちに、俺の汚れたアレを見せるわけにはいかないもんな。 痛みがなんだ! 立て! 立ち上がれ! 僕が兄として、先輩として見せなきゃならない姿はなんだ? パンツ一枚で股間の痛みに震えている情けない姿か? 違うだろう、僕に今できる最善の姿は元気に立ち上がって僕は大丈夫だと、二人に示すことだ。 決意という言葉を頭に浮かべた瞬間、痛みによる恐怖は消えた。あるのはこよりとゆかりちゃんに対する純粋な感謝という気持ち。両手にぎゅっと力を込め拳を作り、全身に力を込めて立ち上がる。途中膝をつきそうになるが、唇を噛んで必死にこらえた。 「ウォォォォォォ!」 「お兄ちゃん!?」 「お兄さん!?」 雄叫びをあげながら立ち上がる。そんな僕の様子に驚愕の表情で口元を両手で抑える二人。ついに、痛みに打ち勝ち、立ち上がることに成功したのだ。僕が歓喜の笑みを浮かべた直後、開くはずのない部屋の扉がゆっくりと動く。そこにいたのは、温泉旅行に行ったはずの父さん。父さんは、顎が外れんばかりに口を開き目を丸くしている。今、この場で何が起きているのか、理解できないといった表情だ。 「な、な、な……」 「父さん、これは……! ち、違うんだ! 僕はただ大丈夫だよって、僕の卵は割れてないよって二人に教えたくて」 「お父さん! お兄ちゃんのここにある卵が割れそうなの! ゆかりちゃんと一緒に治そうとしてたの」 「そうなんです! 一刻も早くお兄さんを助けたくて」 なんだろう、お互いに言っていることは本当なのだが、全部が全部こじれて大変になっている気がする。気がつくと、僕は股間の痛みも忘れ、女子小学生二人の目の前でパンツ一枚で叫んでいた言い訳を探していた。 でもなんとなく、心のどこかで安堵している。自首する時って、みんなこんな気持ちになるのかな? 「家族会議だ……!」 父さんは一言だけそう告げると、そっと部屋の扉を閉めた。 結果、僕は許された。 こよりとゆかりちゃんの証言と、僕の必死の言い訳がもたらした無罪だった。執行猶予はついたけどね。まさか、父さんがたまたま財布を忘れて家に戻ってくるなんて、しかも僕の叫び声を聞きつけて、最悪のタイミングの時に部屋に入ってくるなんて。何か、因果めいたものを感じてしまう。 この事件を機に、なぜかこよりと前より仲良くなった。いや、もちろん僕の不思議の卵とやらは見せてはいないし、これからも見せるつもりはない。ただ、こよりが僕のことをどれほど大切に思っていて、どれほど信頼していたのか、今回の件でよく分かった。だからこそ、僕は妹のことを前よりずっと大切にしていきたいと思っている。 兄妹の一線はこうして超えることなく守られたが、おかげで僕は両親にあらぬ疑いをかけられてしまっている。ちょっといき過ぎた子供好きというレッテルを貼られてしまったのだ。確かに、あの状況を見られてしまっては致し方ないだろう。ただ、僕の名誉がかかっていることを考えると、今後こうしたレッテルは払拭していきたい。 だから、これからは今より少しだけ、こよりと距離を置こうと思う。もちろん、それは無視やわざと怒るような短絡的な行動ではない。これからは僕に依存しがちだったこよりの自立を促していこうというのだ。 「どう? 新しい友達は出来た?」 「うん! 今日も、お友達と一緒に遊びに行ってくるね!」 「ああ、気をつけて」 今日は日曜日の昼下がり、あの事件が起きてからちょうど一週間ほど経った。あれからこよりは、小学校で友達をいっぱい作り、こうして暇があれば外へと出かけるようになった。兄としては少し寂しい気持ちもあるが、それよりも友達と元気いっぱいに遊ぶこよりの姿を見て、嬉しく思う気持ちの方が大きい。 あれから、ゆかりちゃんが僕の元へやってきて度々あの時のことを謝ってくる。確かに、きっかけは彼女がこよりに『お兄ちゃんの不思議な卵』の話をしたことだけれども、その元凶はゆかりちゃんのお父さんだ。ゆかりちゃんには、お父さんの部屋で見つけた薄い本を、お母さんに『お父さんのベッドの下に落ちていた』と言って見せるようにアドバイスをした。 その日から、いつも厳しいゆかりちゃんのお父さんが前より優しくなったらしい。夫婦仲は以前と変わらず良好みたいだけれど、たまにゆかりちゃんのお父さんはお母さんに頭が上がらない時があるみたいだ。 不意に、ガチャりと僕の家の扉を開く音が聞こえた。僕の両親は今日から三泊五日のハワイ旅行に出かけている。また父さんが忘れ物でもしたのか? いや、もうすでに飛行機の出発時刻は過ぎている。一体誰だろう? 「ただいま!」 さっき出かけて行ったばかりのこよりの声が聞こえる。まさか、もう友達と別れて家に帰ってきたのか? それにしてはあまりにも早すぎる。時間にして數十分ほどだ。僕は慌てて玄関の方へと妹を迎えに行った。 「どうした? 帰りが早すぎるんじゃないか?」 「今日はね、こよりのお家で遊ぶことになったの!」 こよりは太陽のような眩しい笑顔で僕に向かってそう言う。その顔を見て僕はホッとした。一瞬、脳裏にイジメという単語が浮かんだけれど、それは杞憂だったみたいだ。元気一杯の、こよりの笑顔を見てそれがはっきりと分かった。 「お、お兄さんこんにちは!」 その声は、ゆかりちゃんだ。ゆかりちゃんは少し照れ臭そうに上目遣いで僕に向かって挨拶をしてくれた。もしかして、まだ先週のことを気にしているのだろうか? 僕はそんな彼女の頭を軽くポンポンと撫でて、『ようこそ』と言う。それに対してゆかりちゃんは穏やかな笑顔を見せてくれた。 二人の後ろには、小学校で新しくできたお友達が一人、ぺこりとこちらに向かって可愛らしくお辞儀をしてくる。僕はそれに笑顔で対応し、家の中へ招いた。 うん、なんと言うか二人の成長を垣間見れたようで、僕は少し嬉しい気持ちになっている。人数分のアイスティーを作るとそれをお膳に乗せて、テーブルを前に可愛らしく座っている女の子一人一人に配った。 『ありがとうございます!』 幼げながらもしっかりとした可愛らしい声がリビングに響いた。僕は一言『どういたしまして』といい、その場を離れようとする。 「あ! ちょっと待ってください!」 ふと、一人の女の子に呼び止められる。ショートヘアーで、お人形さんみたいな一際大きな目が特徴の、アイドルみたいな女の子だ。僕が振り向くと、その子がトコトコと目の前まで走ってくる。 どうしたんだろう? と首を傾げていると、その女の子に続くようにこよりや、ゆかりちゃんも駆け寄ってきた。何か質問したそうにモジモジしていたので、僕は目の前の女の子に向かってこう言った。 「どうしたんだい? お兄さんに何か質問かな? 僕に答えられる範囲でなら、なんでも質問に答えるよ」 その一言が間違いだったことに気付くのはそれほど時間はかからなかった。 「本当ですか? よかった! 私、お母さんから教わったんですけど、男の人には『ごしんぼく』っていうものが生えているんですよね?」 「ん?」 なんだ? 今、『ごしんぼく』って言ったのか? いや、それ以前に生えてるってなんだ? 「『ごしんぼく』ってとっても神聖なものなので、触ると『ごりえき』? があると聞きます! なので、お兄さんの『ごしんぼく』を触らせてください!」 彼女はとっても眩しい笑顔で僕に向かってそう言った。 もしかして、『ごしんぼく』って『ご神木』って意味なのか? 男の人には『ご神木』が生えていて、それを触ると『後利益』があるから、僕の『ご神木』を触らせてくれって、この子は言っているのか? いや……まさかな。 しかし、彼女も先週の例に漏れず僕の股間を見つめている。 「お兄ちゃんごめんなさい……お兄ちゃんのそこには、不思議な卵があるんじゃなくて、とっても縁起がいい木が生えていたんだね。だから、お兄ちゃんはそこを見られないようにしてたんだよね? それなのに、勝手なことしてごめんね」 こよりは上目遣いで、涙目になりながらそう言った。全然違うよ? 確かに僕の股間には不思議な卵なんてものはないけど、ご神木なるものも生えていないんだよ? 「それなのに……お兄さんのパンツを無理やり脱がそうとして、ごめんなさい。でも、お父さんが神社の神主をしてる、えみちゃんに聞いたら本当のことを教えて貰ったの」 それ根本的に間違っているよ! えみちゃんとは、僕の目の前にいるアイドルのような女の子だ。そう、さっき僕に『ご神木』を触らせてくれって言ってきたその子である。 「ちょ、ちょっと待ってくれ……僕のここには、ご神木なんてものは生えてないんだよ」 「えぇ〜? でも、お母さんが生えてるって言ってたんだよ? 本当に生えてないの? だったら見せて〜!」 なんだこの子は! ちょっと積極的すぎるよ! 全く、とんだ変態神社じゃないか! 娘に一体何を教えていると言うんだ! 全くしょうがない。ここは僕が人生の先輩として、こよりの兄として、正しい知識を教えてあげなければなるまい! 新たな決意を胸に僕は次なる試練へと挑む。誰かが言っていた、神は乗り越えられない試練は与えないと。ならば、今回の試練も難なく乗り越えてみせるさ! 未来ある女の子たちの明日を守るため、例えこの身がバラバラに引き裂かれようとも、必ず僕は彼女たちに正しい知識を教えてみせる! ちなみに、飛行機トラブルでハワイに行けなかった両親が家に帰ってきてしまい、本日二度目の家族会議が開かれたのは言うまでもない。 |
キーゼルバッハ 2017年04月30日 23時05分27秒 公開 ■この作品の著作権は キーゼルバッハ さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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