生まれろ |
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何かが生まれようとしていた。
私の部屋で、何かが生まれようとしていた。
机があり、秩序はなく、ベッドがあり、鎮静は遠く、本棚があり、知性が消えて、ゴミ箱があり、私はそこに入れない。入りきらないゴミ袋が散乱したここは異臭に満ちていて、ヘドロになった生ごみが床を侵し、筆箱が落ちていて、何でもらったかも覚えていない賞状の数々が、あるいは額縁に入って、あるいは画鋲に壁でぬいとめられて、昨日叩き潰した油虫の残骸と内臓と繊毛じみた足先がこびりついて、もしくは何故か知らないけど壁にべたべたガムテープで張ってあって、さらに意味不明なことにその上から絵の具が塗りたくってあって、あれは私がやったような気もするけれど、何であんなことをしたのか思い出そうとして、やっぱり思い出せなくて、壁紙がよく見えもしない。
空っぽで何もない部屋は、何もないくせにどうしてか私という人間が住んでいるだけで部屋は汚れ続けるのだろう。一滴も私というものがない私という人間が住んでいるから、何年もこの部屋から一歩も外に出ていない私から流れ出るすべてで部屋は汚れ、汚い、汚い、汚いきたないきたない。私がいるから汚れが澱が部屋にへばりついてどろりとしていく。
でも外になんて出れるわけがない。
ここで私は腐り続けていく。腐って溶けていくものしかないはずのこの部屋で、何故だろう。
腐り落ちることなく何かが生まれようとしていた。
私は部屋の真ん中を見つめた。足場もないほどゴミにあふれて腐ったこの部屋で唯一邪魔されずに存在できる虚空に透明な卵がある。
卵だった。頭をごつんとぶつけてその存在を初めて知った卵だった。直感的に卵だと分かった。それは卵以外の何物でもなかった。
その卵の内側から何かが生まれようとしていた。
私はそれを見つめていた。うっとり見つめていた。うっとりなんてせず見つめていた。透明な卵にうっとりする要素なんてなかった。どっちかといえばうっとうしかった。うんざりだった。うんざりだったから昔に卵の透明さに不便を感じスプレーで真っ青に染め上げたことがあった。青く晴れ晴れと爽快だった。
だが翌日には何故か透明に戻っていた。
天井にはおこぼれでスプレーの青が残っているのに、卵は透明になった。なんで天井についたスプレーも消えないのか、無言の卵に大声で抗議した。無駄だった。卵だから返事はしてくれなかった。とりあえず大家にばれないといいなと思った。大家に怒られるかもと思ったら腹立たしくなって、卵をたたき割ろうと思った。無駄だった。金槌で叩いても卵は割れなかった。諦めなかった。私は叩き続けた。ガンガン音を鳴らして卵を叩き続けた。何故か大家が来た。騒音の苦情が出たと言われた。怖くなって私はとにかく謝った。いっぱいごめんなさいをして、金槌を持ったまま怯えて頭を何度も何度も下げた。大家は許してくれた。天井の青色は発見されなかった。よかった。
私はその後何となく天井を真っ青にしてみた。すこし考えて何個か雲を描いた。ついでとばかり一個だけ太陽も描いてみた。昼間の空を描いていた。気が付けば私の部屋の天井に空ができた。無性におかしくなって口から笑い声が漏れた。そのくせ目からぼろぼろと涙もこぼれた。意味が分からなかった。私が一滴も詰まってないはずの私の目から体液が出てきた。どうしなんだろうか。膝を抱えて、私は眠るように泣き続けた。中へ内へと逃げるようにして私の外側に内側を流した。
昔の話だ。
私が見ていると、卵はこつこつと音を立てた。内側からノックのような音が響いた。とうとう孵るらしい。ぴきぱきと殻を破る音がする。徐々に殻が破れていった。透明だ。全部透明だ。私は見ていた。透明な卵を見ていた。見えなかった。耳を澄ませた。じっと聞き耳を立てた。目はつぶらなかった。だから見ていた。ただ見ていた。でも聞いていた。
外から救急車のサイレンが聞こえた。誰か死んだのだろうか。パトカーがうるさかった。誰か殺されたのだろうか。窓の外の道路を霊柩車が通りすぎた。誰かが死んだらしい。
パラパラと殻が落ちる透明な音がする。私は落ちていた金槌を取り上げた。透明のまま孵り始めた卵に向かって金槌を振り下ろした。もう卵はなかった。そこには手があった。透明な手が卵を割って生まれていた。透明だけど手以外の何物でもなかった。金槌が当たった。手が金槌を握った。私は金槌を放した。手がぱきんと金槌を握りつぶした。
一歩後ろに下がった私をよそに、手がゆっくりと上に伸びていった。天井の空へと伸びていった。空へと延びる手はどんどん大きくなっていった。透明な透明なその手が、私の描いた空へと伸ばされていった何故だかぼとぼと涙がこぼれた。私の汚いものが汚いままにあふれだした。
どこまで大きくなる透明な手に背を向けて、私は歩き始めた。部屋にたまった澱を蹴り飛ばして腐りきった床を歩き、世界で一番重い部屋の扉に手をかける。のどが詰まったようにひくついて、胃が意味もなく痙攣して、全身がぶるぶる震えて、でも、それでも私は外に出るのだ。
腐りきった部屋で錆び付いていると疑ってなかった扉は、音も立てずに軽やかに開いた。
澄み切った外の太陽は眩しかった。浴びれば溶けると思ったほど強く見えた日差しは、けれども温かい。
私の中にあるはずがなかった私が一滴、瞳から零れ落ちた。
背後で、何が潰れる大きな音がした。振り返ると、大きくなった透明な手がくしゃりと私の部屋を握り潰していた。そこからさらに大きくなり、どこまでもどこまでも膨れ上がって、今度は本物の空へと大きく手を伸ばしていた。
「ハッピーバースデイ」
私は透明な卵から生まれた透明な手へ、空を覆って掴もうとするその透明な手へ、最上級の想いをこめて祝福した。
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とまと
2017年04月28日 00時40分13秒 公開 ■この作品の著作権は とまと さんにあります。無断転載は禁止です。
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- ■作者からのメッセージ
- ◆キャッチコピー:( ゚Д゚)ゴルァ ! 部屋から生まれろよ!!
◆作者コメント:さあ、次は学校へ行こう。
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