Primavera |
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半分崩れかけた灰色の塔の群れを過ぎて、砂丘をゆっくりと登っていく。踏みしめると、白い細かな砂は気密服の隙間やひだにこびり付く。後でしっかりと洗浄しないといけない。つまり、其所を歩くのは得策ではない。余計な手間がふえるから。 それでもエリーが歩くのは、そうしなければ生きている気がしないから。 とてもとても根源的な動機で、それでいて彼女の背中を押しつぶそうとし続ける義務感と徒労感。 「ふーっ。ポイントK-11到着、これより記録を開始する」 喋る度に、息をする度にヘルメットの強化ガラスが白く曇る。 目の前にはどこまでも続くと思われる白い大地と、くっきりと強いコントラストの黒。空は無く、大気が無く。あるのは無限の広がりを見せる宇宙空間の闇。 そして灰が降り積もる大地に無数に突き刺さる十字の影。 墓標だった。 無感動な視線を向けたエリーは、また一つ、手近なクレーターに近寄っていく。 「オーケイ、今日はこの子ね」 彼女の日々は続く。 大学の並木道に降り注ぐ日がいつの間にか力を弱め、気温が日に日に下がっていく。 冬を迎えて、エリーは悩んでいた。 短く切った栗色の髪の襟元に赤いマフラーを巻き、半分顔を埋めるようにして本を読んでいた。構内の至る所に設置されたベンチの、特にさびしい一郭。恋人達に邪魔されない席を選んで、一人本を読むのがエリーの落ち着く時間だった。 そんな時、得てして彼女は周りが見えていない。 読んでいる文庫本に人影が差し、彼女の主観ではいきなり声を掛けられるまで気付かない。 「ちょっとエリーったら! もう、早く気付いてよ!」 びっくりして半ば飛び退くように顔を上げると、目の前には友人の美佳がいた。東洋からの留学生である彼女は、エキゾチックで彼の国の乙女のならわしの如く、清楚で物静かでおとなしい見た目をしている。だが、中身はそれこそエリーなぞよりよほど行動的でエネルギッシュな娘であった。 今も綺麗な黒髪を元気にまとめてポニーテールにして、パンツルックで腰に手を当てて立っている。その場でタンタンと靴を鳴らして、不満をアピールしながら。 「あ……ごめん、美佳。もしかして呼んでた?」 「もしかしなくても、何度も、呼んでたんですけどー?」 「う、うう」 「まったく、このモグラめ」 ぽふ、と頭を軽く叩かれる。 いつも元気でなにかと世話を焼いてくれる美佳と違って、エリーは消極的な娘であった。 見た目はそこそこ良いのに(とは美佳の言葉だが)いかんせん根暗でしかたがなかった。好きなものはクマのぬいぐるみと本とお菓子。室内などの落ち着ける場所でまったりのんびり過ごすのが生態。特に本は彼女にとって無くてはならないもので、大学入学初日から大学図書館に籠もって新歓コンパも説明会もブッチして閉館時間まで地下の書庫で本を読んでいたほどだ。 だからエリーはエリーゼ・シュヴァリエという名で呼ばれるより、ただ単にエリーもしくは図書館のモグラと呼ばれるのである。 「どうしたの美佳?」 「どうしたのって、試験だよ試験! あんた三回目でしょ? いいかげんヤバイよ」 今日は試験の日であった。にもかかわらず寒いベンチでボケェと本を読んでいたのは、エリーとしても理由があってのことである。 「んー、いや、なんてゆーかね? もうね?」 へらへらとしまらない笑顔を浮かべる。 「いっかなーって、あの講義。落としても」 言われたように、毎年落とし続け、今度で三回目の試験である。まず受けない理由が見つからないだろう。普通なら。現に美佳は、信じられないものを見た、という表情でしばらく固まっていた。エリーに掛ける言葉が見つからないのだろう。 「いくない!」 結局、怒ることにしたようである。 イマドキこんなに他人に対して真剣になる奴は珍しい。本気でエリーを心配して、彼女のためを思っているからこそのお節介なのだ。 しかし、エリーにはどうしても試験に行きたくない理由があった。というか、行った所で他の学生に自分の試験を見られるのが問題で、それは彼女の隠しておきたい秘密と関わりがあった。 美佳はそのことを知らない。 それは、二人の間の友情に、ヒビを入れるまでには至らずとも、どうしても拭いきれない罪悪感をエリーが抱く結果となっていた。だからなんとなく、美佳に対しても遠慮がちになってしまう。 しかし今日の美佳はしつこかった。 というか、彼女は彼女なりに、エリーに何らかの秘密があることを嗅ぎ取っていて、そのことを本人が言い出すまではと待っているのだが、今回でついに、動くことに決めたようだった。 「エリー、あんたね。前々から思ってたけど、なんかあるでしょ?」 「え、え?」 「私に話しておくことが、あるでしょって言ってるの」 「ナ、ナニモナイヨー」 目が泳いでいた。 「目が泳いでるわ」 頭の中がぐるぐるして、考えがまとまらなくなった。エリーは混乱し、なれない対人会話スキルを総動員するが……顔汗がめっちゃでることとなった。 「今日こそは聞くまであんたを帰さない」 「そんな、し、試験に行けって自分でいったんじゃ……」 「んん~?」 すごい目力で見られ、遂にエリーは観念した。 観念して、話した。彼女の秘め事を。 「あたし、実はね……」 遥か昔、まだ人と魔物が共存するに至らず、各地でイザコザを起こしていた頃のこと。 世の中には剣と魔法が確かに存在し、人々はごく普通にあたりまえに、魔法を使用して生活を営んでいた。火を起こす魔法。水の在処を探す魔法。速く走り高く跳び、傷の自然治癒力を増す魔法。とかくさまざまな魔法が考案されていた。 そんなある時、西の荒れ地ばかりの地域にある活火山の山脈の中に、一人の男がいた。彼はその力をもって辺りの魔物を従え、その勢力でもって近隣の村々を襲い、犯罪者や力のある魔物までも糾合し、国から派遣されていた地域の監督を司る役人を殺し、屋敷に火を放ってその跡に城を打ち立て、一つの国であると宣言した。 彼は自らをこう呼称した――魔王と。 そして各国地域との戦争を始めた。 魔王は言った。 「この戦いは、不当に蔑まれ虐げられてきた者達の反逆である! 心せよ収奪者たち! 我こそは魔王。我が力は滅びの力なり。我を恐れるお前たちを打ち砕く覇道の剣と知れ!」 魔物と呼ばれ人間以下とみなされていた者達の声の代弁者と語る彼の言葉はしかし、後世の歴史家達によってその意図を大きくねじ曲げられ、中世以降現代に至って神聖教会が彼の名誉回復とはぐれ者達の聖者という認定を与えるまで、およそ2000年以上の間、悪の親玉のように語られてきたのである。 「いや、それは知ってるけどさ。ってか小学校レベルの歴史だし」 困惑顔で首を傾げる美佳に、エリーは引きつった笑みを返した。 「あたし、ね、子孫なの。その、魔王の」 「あー、ん? んん?」 「や、わかる! なにウソ言ってんだコイツは真面目に話してるのに茶化してんじゃねーーよって言いたいのは分かるけど、でもウソじゃないの! ホントにホントの魔王家の21代目なの!」 最早やけくそ、といった感じで一気呵成に話切った。 エリーは混乱する美佳が話を飲み込めるまで、10分ほどその場で説明しまくった。 「はあ、はあ、はあ。と、とにかくそういうわけで、私が魔王の子孫だってことは分かってもらえたわね」 「まあ、ね」 喋りすぎて舌と顎が痛くなったエリーに、いまひとつ信じ切ってはいないが親友がこんなに真剣にいうのだからちゃんと聞いてやろう、という顔で美佳が頷く。 「でもそれで、なんでエリーが試験を受けられないのよ? そこが分かんないわ。初級魔法学なんて一年次の必修よ、仮にも魔王の子孫なら楽勝でしょ!?」 「それはね、初代の演説でも言ってたけど、つまりは「我の力は滅びの力なり」なのよ。私、みんなが使うような普通の魔法一切が使えなくて、魔法を使おうとすると全部が全部、滅びに導いてしまうの……」 「は、は、はっくしょい!!」 大きなくしゃみの音で自分の体がなんだかとても冷えていることに気付く。 もう七月だというのに、どういう天気なんだろう。 エリーは大学院生になっていた。親友の美佳は学部卒業時に某有名化粧品メーカーに就職し、忙しい日々を過ごしているという。こうして二人で食事、というのも数ヶ月ぶりだ。 夏なのに冬のような気候のせいで、人々もどこか精彩を欠いている。ターミナル駅のビル内にある喫茶店では暖房がかかっていた。 エリーが入るとすでに美佳は来ていて、奥の席で手を挙げてぶんぶんと降っていた。 「見るからに元気ね」 「ひっさしぶりね、エリー。あんたは変わらずモグラっぽいわ」 化粧品メーカーに勤めているだけあって、彼女はとても綺麗だった。前から美人だったが、彼女の元気さ、エネルギッシュさをさらに際立たせるようなメイクをしている。 「どう? 仕事のほうは?」 「順調ね。面白いわ。新製品の開発ってあたしに合ってる見たい」 とても楽しかった。 おだやかで、落ち着いていて、学生時代に戻ったみたいに空気がキラキラしている気がしていた。後から思い出して、思わず微笑んでしまうたぐいの思い出に、きっとなるだろう。 そう、思っていた――――あの瞬間までは。 それは店内のラジオから急に流れてきた。 「みなさま。番組の途中ですが、政府からの緊急速報をお届けします。先頃よりの異常気象について、国際天文台の発表では、ある彗星の存在が原因であるとの報告があり……」 それは、世界を終わりへと導く…… 「その彗星の名を、古代の災厄からとって魔王星と名付けることとします。繰り返しお伝えします。魔王星の影響により、惑星全体で寒冷化が促進、このままでは数年の内に人類は滅亡を迎える見込みであると……」 日曜の午後であるにもかかわらず、喫茶店の店内では誰一人口を開く者はなかった。 三年が経った。 この数年、エリーは魔法学博士号を修め、国際宇宙センターへの招待を受けてそこで働き、魔王星の災厄を打ち破るための研究をしていた。奇しくも彼女の研究テーマが星と魔法の関係性について、であることが幸いし、今や彼女は時の人。世界を救う救世主と言われるチームの一員として、宇宙に飛び立とうとしていた。 国際宇宙センターでの訓練機関を終え、明日、エリーは飛び立つ。 宿舎の部屋で一人本を読んでいるところへ、電話が掛かってきた。相手は美佳だった。彼女は前に喫茶店で会った時からすぐに結婚し、子どもをもうけて今は夫の実家で生活していた。 「…………やあ、モグラ」 「……うん」 「とうとう明日ね」 「……うん」 「絶対、帰ってくるのよ」 「……うん」 口止めされているために美佳には言っていないが、エリーは今度の飛行がほとんど意味のない物であることを知っていた。魔王星はその昔の魔王と同じ質の魔力に満ちている天体で、触れるもの近づくもの一切を滅びへと導く性質を持っている。 それに気付いたのはエリーで、自分の魔力の波動と星の波動がとてもよく似た波形を示したことから分かった。そしてその時、エリーは特効とも言える今回の飛行に志願した。 彼女の計算では、魔王星は同質の魔力を引き寄せているようである。つまり、エリーの現代に於いてはなんの役にも立たない力が、魔王星を釣るための餌として役に立つ可能性があるということである。 魔王星を引き連れて、美佳達がすんでいるこの星から少しでも遠くへ、別の軌道へ。 それがエリーの覚悟だった。 同時にエリーは、惑星規模の移民計画を推進してもいた。今のところ準備が間に合うかはギリギリだが、全人口の三分の一程度の人間を宇宙へと打ち上げる計画があった。プランBってやつだ。 「美佳ちゃん」 「ん?」 「…………ごめんね」 そのまま電話を切った。 そしてエリーは飛び立った。人生最大の賭けをして。 エリーは、負けてしまった。 惑星はエリー達の宇宙船を追い掛け、だがしかしすぐに追いつかれて飲み込まれた。周りのすべてが溶け、消える中で、エリーだけが残った。 気付いたエリーが見たものは、惑星の空を飲み込む黒い闇の姿。古の魔王の邪悪な牙にかみ砕かれる故郷だった。都市は一瞬で焼き尽くされ、大地は白い灰となり、大気は消えた。 かつての故郷に降り立ったエリーは、自らの「死」そのものを滅びの魔力によって破壊され、永遠に生き続けながら、時折降ってくる救命ポッドを追いかけて、墓標を建てていた。 自らの無力を呪いながら。 永遠に。 |
とおせんぼ係 2016年12月31日 23時59分43秒 公開 ■この作品の著作権は とおせんぼ係 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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