おっぱい♪いっぱい♡夢いっぱい☆彡 |
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田んぼにはまっていたら、キャトられた。 キャトられるというのはキャトルミューティレーションされるという言葉の略で、簡単に言えば宇宙人による地球人の誘拐事件のことを言う。その厳密な意味を考えればキャトられているのとはちょっと違うのかもしれないが、謎の光に包まれてふよんふよん音を立ててお空のかなたへ回収されている僕の現状は、キャトルミューティレーションされているといっても過言ではないと思う。 事の始まりは中学校からの帰り道。おっぱいがいっぱい載っている幸せの書がなぜか田んぼのど真ん中に落ちていたのを僕が発見したことが原因だった。 それがよそ様の田んぼであり、また薄汚いどこぞの誰かの使用済みのおっぱいの書だったのならば、僕とて一直線に田んぼの中を邁進することはなかっただろう。 問題はそれがうちの田んぼのど真ん中であり、しかもそのおっぱいの書が僕の隠し持っていたはずの至高のおっぱいがいっぱいで夢いっぱいな書だということだった。 なぜ? なぜ僕が隠し持っていたはずのおっぱいの書が田んぼに投げ捨てられているんだ? なぜ僕の秘宝であり、つまるところ断固として秘さなければならないものであり、ぶっちゃけ世間様にとっては猥褻物でしかないおっぱいの書が平然と投げ捨てられて公開されているんだ? それは謎だった。謎だったが、とにかく回収しなくてはという使命感に駆られて田んぼに突っ込んでいったという行為自体は、ありとあらゆる男性諸君の賛同を得られることで正当化されるはずだ。 そうして僕は腰まで田んぼに沈んでいた。 どっぷりと、腰まで。 なぜ田んぼにここまでの深みがあるのか。農家生まれの三男の僕ですら思わず茫然としてしまうほどの完全完璧のトラップ。底なし沼のように足を取られてずぶずぶと沈みながらもいそいそと胎児を抱える慈母のようにおっぱいの書をお腹とズボンの間に隠してしまった僕は途方に暮れていた。 これは、どうすればいいのか? 身動きが取れなくなってから、遅まきながら、僕はこれが、たぶん高校生にもなって小学生並みの行動原理で生きている兄二人が故意に仕組んだ悪戯だと気が付いていた。 つまり僕はこのままだと親切ごかした兄二人に救助され、おっぱいの書で意図的に作られたぬかるみにはまったという事実をあざ笑われることになるのだ。 冗談ではなかった。 そんな恥は断固として拒否したかった。だから僕は祈った。 助けて、ヘルプ、ヘルプ神様、ヘルプミー! すがる藁すら落ちていなかったので、天高く祈りをささげたら、きらきらと光り落ちてきた。 「え?」 なんで? なんで今日という日はこんなにおかしいの? 神様どうした。そんな疑問とともに僕は光に包まれ、フゥヨンフゥヨンという擬音を立てながらお空に回収された。 お空のかなたで僕を回収したのは宇宙人ではなく、十一次元生命体を名乗った。 その十一次元生命体は明らかに超越者っぽい姿をしており、たとえるならばブラックホールと銀河系とミジンコを凝縮しつくしたような想像を絶する見た目をしていた。 その彼が言うには、何でも辺境惑星地球では、低能なる人類はここ最近では個人での解脱、つまりは肉体という三次元生命体から脱して四次元生命体への道を歩むことがめっきり減っているらしいという。 十一次元生命体の存在Xはその現象に好奇心を駆られ、調査を開始。それによって、どうやら現在人類という肉体的には三次元、しかし意識的には四次元を持つ生命体は、個人としてではなく群体として総合的に四次元生命体への道を目指して歩んでいるという。最終的には人類は一つの群体として四次元に至るか、あるいは自らが作り上げた仮想世界でもって四次元生命として生きることになると推察される。その結果にご満悦した存在Xはそれを張本人である人類に話してみたくてたまらず、そこで偶然目に付いたのが田んぼにはまって神に祈りをささげていた僕だったらしい。 意味が分からなかった。 最初の一言目からまるで意味不明で、通学路に田んぼがあるような田舎の学校の中学二年生の僕には、ちょっとばかし難しいお話だった。なるほどさすがは十一次元生命体。そもそも十一次元生命立ってなに? そこから疑問を覚えるのだが、とらえきれない見た目が絶えず変化し、その幅が銀河からミトコンドリアまで多種多様な彼を見れば、僕の理解の範疇にはないんだろうなということだけは理解できた。 「えっと、つまり、あなたは神様ですか?」 「否。ぬしらが神と呼ぶ存在は五次元に存在する知性集合体であり、あるいはぬしらが天使や悪魔と呼ぶ存在、あるいは仏や仙人まで至るものが個人の修練によって四次元まで至った存在である」 「ははー」 やはり何を言っているのか全然わからなかったので、なんとなく祈って拝んでおいた。 とりあえず、目の前にいる何とも形容しがたい現在では時空のひずみにしか見えない存在Xが大いなる存在だということは一目で理解したが、だから何だという話でもある。 「なんだかよくわからない十一次元生命体様。とりあえず、僕を家に帰してもらってもいいですか?」 気まぐれであっても、僕を兄たちの罠から救ってくれたのは確かである。そこには感謝するが、とにかく僕は無事に帰りたかった。 「うむ。ぬしを返すのは構わないが、しかしその前に問題が一つ。ぬしら人類は三次元と四次元のはざまにいる生命体だと思っていたが、我が想定していたよりもぬしらは二次元的思考しか持たない微生物に近い生命体であった。ゆえに、今回の我との接触によって、ぬしの意識に不具合が生じた。ごく小さな不具合ではあるが、我の不始末である。なんぞ、望みはあればかなえてやろう」 何やら人類に対してものすごい罵詈雑言を浴びせられた気がするが、そんなことはどうでもいい。つまり、次元を超えられるような大いなる存在が僕のお願い事を聞いてくれるというのだ。 「望み……?」 「しかり。矮小なる人間の器に耐えきれる望みならば享受せしめん」 「なら、一つお願いします!」 これは千載一遇の好機。僕は必死になってお願いした。 だって僕には夢があった。いままで多くの人間が願って、しかしことごとくかなわなかった大いなる夢を、僕は抱いていたのだ。 「お願いですっ。二次元へ、二次元へ行く方法を教えてください! 二次元のおっぱいをいっぱい夢いっぱいしたいんです!!」 「……」 十一次元から三次元へと現出せしめるのならば、三次元の僕が二次元に行くなど楽勝に違いない。そう確信してのお願いだというのに、大いなる存在Xともあろうものが、なぜか黙り込んだ。 しばしの沈黙を挟んだのち、存在Xが言葉を紡ぐ。 「聞くが良い。意識とは継続して発生する連続性の集大成で、常に過去にあり未来に行くことができる四次元的な存在である。ぬしら人類は肉体的には三次元に存在するものの、意識的には四次元にある。そもそも四次元である意識を発生させるには三次元の要素が不可欠であり、ゆえに自己意識を持ったまま二次元に行くことは人の身には過ぎたる所業」 難しくて何を言っているのかさっぱりだった。 「つまり、どういうことですか!?」 「ぬしという一個を保ったままの二次元への退化は不可能である。それは人の身に過ぎた所業。諦めろ」 「そんな!?」 絶望した。 期待を裏切られて膝をついた僕に対し、存在Xは容赦がなかった。 「二次元への退化を望むなど、ほとほとあきれた個人である。意識を研鑽せよ。肉体の縛りを超越することこそが三次元生命体である人類が四次元生命体へと駆け上がる唯一の方法である。……うむ。そうであるのならば、不具合によってぬしの得る異能に条件を付けよう」 「……異能?」 不具合っていうからにはなんか悪いことが起きると思ったのだが、どうやら話が違ったようだ。 「しかり。我との接触によってぬしの意識には普通の人類にはない器官が形成された。それによってぬしは、他の人類を『洗脳』する異能を得た。それによって生ずるぬしの障害を補てんしようと申し出たが、いささか考えなおすべきか」 「せ、洗脳……!」 自分の得たすさまじい異能を聞いて、僕は戦慄した。 そんな、そんな、おっぱいを触るためだけにあるような夢の異能が僕の手に!? 「ま、まさか……僕はこの手に、多くのおっぱいを収める力を手にしたのか……!」 「その異能ゆえに、人類が堕落する可能性も見過ごせぬ。ゆえに、ぬしの内にある最も大きな原動力、性欲よりぬしの異能に枷を成す。それを解除せしめれば、ぬしという存在は今よりもわずかに昇華されるであろう。励め、二次元を望む矮小なる三次元生命体よ」 「え?」 枷ってなに? その疑問を問う前に、大いなる存在Xは僕を地上へと送還した。 そうして僕は他人を洗脳できる異能を得た。 使い方は簡単。僕という意識の隅っこに、小さなでっぱりがある。これは今までなかったでっぱりだ。意識の隅っこにあるそのでっぱりを、頭の中でぐにっと握ってすぽんと押し込む。そうすることで、僕の異能『洗脳』は発現する。 だがそこで障害として発生するのが、存在Xの課した枷だ。 僕はそこで相手に「おっぱいを触ってもいい?」と聞いて、相手に合意を得られなければ相手を洗脳することができない。 その条件を知って、僕は泣いた。 おっぱいを触るために洗脳をかけるのに、洗脳をかけるためにはおっぱいを触ることへの同意が必要なのだ。 大いなる矛盾だった。 大いなる矛盾ではあるが、しかし解決不可能な命題でもない。 僕は存在Xより課された大いなる試練へ果敢に挑戦した。それが僕という存在を押し上げるための試練、何よりも、いっぱいのおっぱいを得られるかもしれない可能性へと至る道なのだ。だから僕は考えて考えて考えた。 そうして出た結論は、会話の流れで、あくまで冗談で言えば、あるいは同意が得られることもあるのでは、というものだった。 なかなかに達成確立の高い仮説である。僕は解決手段を模索し、そう結論を出した。目標が決まれば後はひたすら考え、行動するのみ。僕は全力で「おっぱい承認計画」を練り上げた。 そして決行の日は、身体検査の前日だった。 なにせごく自然の会話で身体的特徴の話題が並ぶ日だ。僕は友達グループで和やかに会話をしていく。会話の相手は、男が三人女の子が四人。体重がどうだの身長がどうだの、そこから女子同士でちょっとした身体的特徴のからかいに発展していったところで、よし、と心を決めた。 この流れならいける。そう確信した僕は、友達の女子からおっぱいの大きさをからかわれていた彼女に言った。 「ねえ」 「うん、どうしたの?」 さわやかに、あくまで何でもない風に、後ろめたいことなんてなに一つありませんよという心で彼女の目をまっすぐ見て 「僕もさ、そのおっぱい、さわってもいいかな?」 「「「あ゛あん?」」」」 あの時に発生した彼女たちの蔑みの視線を、僕は一生忘れないだろう。 *** 高校に進学する際、僕は男子校を選んだ。 なぜならば、女の子が怖かったからだ。おっぱいを触ってもいいか、と聞いた時に返されたあの時の視線が忘れられなかった。あれ以降僕は女子から毛虫がごとく嫌われて、男子からは勇者のごとくたたえられた。すげえな、お前。俺にはまねできねえよ。そういって肩を叩いてくれる友人はたくさんいたが、だからと言って僕と女子との橋頭堡になってくれる奴はいなかった。 のみならず、僕はあろうことかおっぱい恐怖症の病に罹患した。 おっぱい、という言葉を口にすると、あの時の女子の目を思い出すという恐ろしい病だ。これによって僕は、おっぱいと口にすることができなくなっていた。おっぱいとあの時の彼女の目を思い出して吐き気がした。重症だった。 だから僕は、男子校に進学した。いっそおっぱいを目にする機会がなくなる男子甲ならば、僕のおっぱい恐怖症も緩やかに直ってくれるのではないかと思ったのだ。 だが僕は進学した男子校で重大な問題に直面した。 おっぱい、と口にできない男子高校生に、果たして友達ができるだろうか。 答えは簡単で、できないのだ。 何せ男子高校生である。あの男子高校生なのだ。朝、おはようと挨拶した二言目にはもうおっぱいの話題で盛り上がらなければいけないような生命体が男子高校生であり、そんな生命体が集合して群体を成しているのが男子校なのだ。その中にあって、おっぱいの一言も口にできない奴は仲間にするに値しないと切り捨てられても文句が言えなかった。 おっぱいと口にできない奴はホモじゃないのかと疑われるような空間。僕はそこに積極的に踏み入れることができず、ボッチ街道をまっしぐらに突き進んでいった。 その結果、僕はズブズブとネットゲームにハマった。他人の目を見なくても会話を交わせる世界が最高だった。言葉を出さなくても文字で対話ができるコミュニケーションツールは至上だった。おっぱいおっぱいととチャットで文字を打ちまくっても何の問題もなかった。そう。僕のおっぱい恐怖症は、あくまでも口に出してはいけないという限定的な症状だった。 そうして学校に帰ってはネットに拘泥する中で、僕は理想の女の子に出会った。 彼女は素晴らしい女の子だった。僕のくだらない会話を聞いてくれて、僕に優しい言葉をかけてくれて、何より二次元のおっぱいがキュートだった。 僕はネトゲで出会った彼女に貢いだ。貢ぐためだけにバイトを始めた。僕に可能な限りの援助を彼女に惜しまなかった。彼女はつつましくもその援助を遠慮したりしたが、僕は押し付けるようにして彼女に貢いで貢いで貢ぎまくった。 僕は、現実で彼女に会ってみたかった。二次元のおっぱいですら僕に癒しを与えてれるおっぱいを彼女はしているのだ。ならば現実で出会ったのならば、彼女は僕のおっぱい恐怖症を吹っ飛ばしてくれるようなおっぱいを僕に提供してくれるんじゃないだろうか。 僕がそう思ったのは、ごく自然な帰結だった。 しかし、彼女はなかなか僕とリアルで顔を合わせたなくなかった。理由はわかっていた。何気ない会話の中で、彼女は一言ぽつりと漏らしたことがある。……前に、オフ会で襲われかけたことがあるの、と。 なにせ画面越しですら素晴らしく魅力的な彼女である。不埒なことを考えた奴がいたのだろう。最低だ。僕は義憤した。だから、彼女の信頼を得るためにとにかく貢いだ。 けれどなかなか彼女は僕とリアルでは顔を合わせてくれない。どうしてだ……と消沈していた僕は、一つ思いついてしまった。 僕の意識の隅にあるでっぱり。つまりは洗脳能力を、彼女に使えないかということだ。 不安だった。僕の能力が果たしてネットを介しても通用するのか。いや、そもそも洗脳なんてこと、していいのだろうか。中学生の頃よりほんのちょっとだけ倫理観が芽生えていた僕はそう思ったが、やはりおっぱいには勝てなかった。 いつも通りの会話の途中。僕は冗談交じりで『おっぱいに触ってもいい?』と問いかけて『あははー、もういいよいいよ、こんなので良ければいくらでも!』という回答を得ることに成功した。 彼女が了承すると同時に、僕は意識の隅にあるでっぱりをぐにっと逃げってすぽんと押し込む。そうすると何か曖昧模糊な、おそらくは十一次元にあるよくわからない大いなる存在に僕の意識が接続され、欲望の海が抽出される。そうして多次元をまたいで僕の欲望がどこかへとつながっていった。 洗脳が成功したのだ。 明日の十時、欧灰駅前で待ち合わせ。つながった欲望を通して思念を送る。それが受信されたのを感じた。 僕は明日を思い、大いなる十一次元生命体に祈りをささげてそわそわしながらベッドに潜った。 後日、僕はドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。 欧灰駅は僕の家の最寄りの駅で、ぶっちゃっけ田舎の閑散とした駅だ。だから待ち合わせをすればすぐにわかるだろうと、僕は理想のおっぱいを期待して時間通り意気揚々と駅に到着した。 おっさんが待っていた。 ネカマだった。僕が理想のおっぱいだとおもっていたおっぱいは、偽物だった。 僕は泣いた。泣いて洗脳を解除した。おっさんのおっぱいには欠片も興味がなく、むしろ反吐が出る想いだった。よくも騙したな! そう罵ってやりたかったが、洗脳なんてした僕の方が最低だという自覚はあったのでかろうじてこらえた。 洗脳を解かれたおっさんの瞳に光が戻る。 きょとんとあたりを見渡し、自分がなぜここにいるのかわからなそうにしていたおっさんは、ふと腕時計を見て血の気を引かせた。 「し、仕事が!」 絞め殺されたニワトリのように悲痛な声だった。 一声叫んで、彼は走り出した。 胸がいっぱいになった僕は、涙をこらえるためにゆっくりと空を見あげた。良く晴れた日、あたりには家族連れが歩いている。 今日は、日曜だった。 それでも仕事、あるんだなぁ。なんだか、すごく悲しくなって、何よりも申し訳なかった。 あの時の悲しさとむなしさ、そして罪の意識を、僕は一生忘れない。 *** それから僕は洗脳を封じた。 同時にネトゲも卒業した。 二次元はしょせん二次元であり、触れないから二次元だと気が付いた。これからは三次元に生きよう。そう思った僕は、存在Xの意図通り、少しずつ成長しているのだろう。彼の与えた試練は厳しかったが、僕はそれを乗り越えて三次元を直視することを可能とした。 途中から真面目に交流を図ったおかげで、何とか新しく友達もできた。みんながおっぱいおっぱい言っていると思っていたのは大きな間違えで、僕がおっぱいおっぱいいうからみんながおっぱいの話をするんだと気が付いた。そうして僕が何とか頑張っておっぱい以外の話をひねり出せば意外とみんな聞いてくれて、なるほど世の中の趣味嗜好は広いんだなあと感心しつつ、やっぱりおっぱいだよなと口には出さないが確信した。 そうして大学に無事進学した僕は、サークル入る、適度に単位を落としつつもぎりぎり留年しない成績を収め、何よりそこで初めて僕は『彼女』というパートナーを得た。 美人ではないけど明るい子で、背がちっちゃめでみんなにからかわれるいじられキャラで、何よりおっぱいが大きな子だった。そんな彼女と僕が付き合えたのはまぎれもない奇跡と僕の不屈の努力のたまものであり、その精神力を鍛える試練をくれた存在Xに、僕は感謝の祈りをささげた。 そして三度目のデートの夜、僕は決め顔でこういった。 「ねえ」 「な、なに……?」 「おっぱい、さわってもいいかな」 「……うん、いいよ」 意識の隅っこにあるでっぱり。僕はそれをぐにっと掴むことはしなかった。 そんなことはせずとも、彼女は僕の言葉に応えて頬を染めて服をたくし上げてくれた。 一杯のおっぱいが二杯ならんでいた。 献身的な彼女の愛を受け取って、僕は悟った。 洗脳なんてものはクズが行う所業であり、人間の尊厳を踏みにじる能力だった。 なろうほど、そんな能力を植え付けてしまった存在Xがお詫びを考えるわけだと初めて理解できた。別に洗脳なんてしなくても女の子に触ることはできる。しかし洗脳しては、彼女の愛を得ることはできないのだ。 その日の夜、僕は世界一幸福な男だった。 *** 僕は大学を卒業し、僕は社会人となった。 昔にネトゲにどっぷりつかって卒業した経験からゲーム会社に入社。新卒ではゴミだカスだと自分の存在の矮小さに絶望しつつも、何とか生き抜き三年目を超えることができた。正直、大学から付き合っている彼女との週一デートがなければ発狂していた。だがそれ以降は順調に仕事を進めていき、二十七歳で彼女と結婚。三十を超える頃になって、僕はソーシャルゲームの企画をいくつか任されるようになった。 そうして僕が主導となったゲームの一つ、その名も「おっぱいっぱいファンタジー」。もちろん全年齢対象ゲームだ。よくこの企画が通ったなと、我ながら不思議だった。 何にせよ、企画が通ってしまったらやらねばと仕事を手配しまとめ上げ、そうして配信の三日後。 「おっぱいっぱいファンタジー」は炎上していた。 タイトルのひどさもだが、何よりも内容がパクりだと燃え上がったらしい。ネットの掲示板や通販サイトのレビューは軒並み酷評。噂では任〇堂とソ〇ーが提訴するのではとまことしやかにささやかれていた。 僕は日に日に憔悴していった。例えそれが真実でも言っちゃいけないことがあった。確かに僕は企画したゲームはF〇5とド〇クエ8を足したものをカードゲームRPGに焼き直しただけのものだ。キャラのビジュアルだって似たようなものである。世界観だって同じだ。モンスターなんて色だけ変えたと言って過言ではない。オリジナルと言えばおっぱい要素だけである。でもオリジナル要素のおっぱいがあるならもう別物だろう? そもそもこれ、突貫で腹案として出したやつでさ、まさか本命が却下されてこっちが通るなんて夢にも思ってなかったんだよ。だから上司にも言えなかったんだよと泣いた。 それを同僚に訴えたら呆れられた。 それから同僚はとつとつと語った。 パクるのは悪くねえよ。いや、悪いんだけどさ、やり方ってもんがあるだろ? もうちょっとさ、要素を散らしてジャンルも散らしてパクろうぜ。わかるだろ。新しいゲームを作るときはさ、まずストーリーは流行りの小説から、設定は昔のアニメから、デザインは古いゲームから借りるんだよ。俺たちに必要とされてるのは、新しいものを作ることじゃなくて、組み合わせてまとめ挙げる能力なんだ。そうするとな、それがオリジナルって言いだすバカがいるんだぜ、わっはっは! クズだと思った。新しさが一部も見当たらないのに新しいものを作ってるみたいな口ぶりが最低だった。でも、僕の方がもっとクズだった。 家に帰った僕は「おかえりなさい」と優しく出迎えてくれる妻に、何とか笑い返した。持ち帰りの仕事が残ってるから、先に寝ていてくれ。そういうと、妻は不安そうにしながらも、まだ三歳の息子と一緒に寝室に向かった。 そうして持ち帰った仕事の息抜きで、僕は、我が子を抱えて寝息を立てる妻をそっと見た。 それは、絶対に守らなければならない聖域だった。 僕には守るものがあった。 洗脳なんてものはクズが行う所業であり、人間の尊厳を踏みにじる能力だ。 迷わなかった。僕は能力を発動させた。 ソーシャルゲームには利用規約がある。 それを精読している人間が、どれだけいるだろうか。八割がた、あるいはもっと多くは読み流していると断言できる。『おっぱいっぱいファンタジー』の利用規約には、途中でジョークの類として「おっぱいをさわってもいいですか?」と記載してある。もちろんそれをねじ込んだ当時は冗談のつもりだったが……いやそもそも法規の問題でねじ込んでよかったのか……? それは知らない。どうでもいい。そもそも今となっては、僕自身にすらその文言を組み込めた意図はわからない。あるいは存在Xの介入があったのかもしれない。 だがなんにせよ、それに同意したプレイヤー達は僕の意のままだった。 僕は洗脳が完了した彼らの生活には触れなかった。ただ『おっぱいっぱいファンタジー』を批判させるのをやめさせた。絶賛のレビューのみを書き込ませた。友人に、このゲームを勧めるようにさせた。僕がしたのは、それだけだった。 効果は甚大だった。 世紀のクソゲーのはずの『おっぱいっぱいファンタジー』は、いつの間にか会社の救世主となっていた。騒動初期は親の仇でも見るかのように僕へと殺意をたたきつけていた上長は、にこにこ顔で僕に接していた。 それ以降の僕は次々に大ヒットのゲームを打ち出した。もちろん利用規約の最後に「おっぱいを触ってもいいですか?」という一文は忘れなかった。それさえあれば、確実に儲けが出た。 内容なんてどうでもいいのだ。 話題性と広告性。それさえあれば売れる。内容の面白いつまらないなんて、計上される売上にとっては些細なことだ。人に知られることこそが販売戦略の肝であり、内容の良し悪しなんてそこに含まれる一部でしかない。人の目につけば、購買意欲を煽る要素さえあれば、それがクソゲーでも売れてしまうのだ。そうして僕の洗脳は、口コミという点では恐ろしく優秀だった。 僕は売り上げをたたき出した。 そして一つの真理をさとった。 売れればいいのだ。金を儲けることができればいいのだ。売れたゲームが良いゲームなのだ。その理念のもと、僕はクソゲーを作っては洗脳して流行らせる作業を続けた。 そうして、ある日。 「親父の作るゲームってさ」 十三になる息子が、食卓でつぶやく。 「クソみたいにつまんねーよ。何であんなクソゲー作ってんだよ、恥ずかしい」 なんとでもいえ。 僕は、反抗期の息子の言葉を鼻で笑った。こらっ、と妻が息子を叱っていたが、それすら気にならなかった。まだ真理を知らない息子には社会の概念はまだ難しいかな。そんな憐憫の情すら感じていた。 僕はまぎれもなく、社会の勝者だった。 だからこそ、無知を鼻で笑うことができた。僕に洗脳という、社会のルールに抵触しない最強の武器をくれた存在には感謝してもし足りなかった。 なにせ、広域な洗脳は僕の目のつくところではない。洗脳された人間を見て罪悪感にかられることもない。そもそもそんなひどい命令はしていないのだ。ほんのちょっと、一千万人ほどに販売広告を手伝ってもらっているだけなのだから。 まったく、笑いが止まらなかった。 会社から帰宅した夜、息子の部屋の前を通った時、ドアがほんの少し開いていた。 多感な時期なのに、と思いつつもそっと覗いてしまったのは気まぐれだ。 僕の息子が、何かをしていた。パソコンの前に座り、どこかのサイトの画面を操作していた。どこかの? いいや。それはシリーズ十作目まで至ったクソゲー『おっぱいっぱいファンタジー』のレビュー欄だった。 息子は、ハイライトの消えた瞳のままカタカタとキーボードを打ち込み、評価を書き込む。 『このゲームは最高ですっ。シリーズ最高傑作。みんなもやってみるべきです!』 僕に洗脳された僕の息子が、そんなレビューを書いていた。 気が付けば僕は泣いていた。 泣きじゃくって息子に謝っていた。息子に縋り付いて土下座をしていた。 事情を知らない息子は「なんだこいつ」みたいな目で僕を見ていたが、それでも謝り続けた。泣き続けた。土下座をし続けた。 何の騒ぎだと目を丸くした妻がやってくるまで、僕は年甲斐もなくみっともなく泣き続けた。 *** 僕は、今度こそ洗脳を封じた。 それ以降、同僚に言わせれば僕の才能は尽きたらしい。企画を通しても鳴かず飛ばず、まったくパッとしない内容でパッとしない売り上げのものばかり。どうしちまったんだよと困惑交じりに言われた。 「どうしてもないよ」 同僚に誘われた酒の席、心配してくれるお人よしの彼に僕はあっけらかんと答えた。 「とんだ勘違いだよ。僕には最初から才能なかったんだ」 「あのな……お前さ、大丈夫か? 上長、相当お冠だぜ。今までの期待が出かかった分、結果を出せないと辛いだろ。わかるだろ、そういうの」 「大丈夫。何とかなるさ」 才能がないのを、与えられた異能でごまかしてごり推しただけだ。今はそのしっぺ返しを食らっているだけである。 でもいいんだ。 なあ、そうだろう、存在X。 同僚と杯を重ね、どんどん酩酊していく意識で、僕は大いなる十一次元生命体に語り掛ける。 僕は矮小な三次元生命体だ。お前が言うような四次元への発展はありえないような、ちっぽけな人間さ。 「それでいいんだよ」 「いいや、よくねえ。よくねえよ」 「いいんだよぉ」 よっぱらって絡んでくる同僚を押しのける。 息子も無事、高校に入学した。家に帰ったら妻がいて、家庭はそこそこ円満だ。仕事も首をきられるほどじゃない。 なにが悪い。いいや何も悪くない。 「お前さぁ、夢とかあったんじゃねえのかよ。あれだけバリバリやってさぁ、楽しくなかったのかよぉ」 「夢ぇ。あるよぉ?」 だんだんとろれつが回らなくなってきたのをお互いに自覚しつつ、酔い任せて理性を溶かしていく。 「ああ? あんだよ、あるならいってみろよ」 「おっぱい」 「は?」 「おっぱい、おっぱいっ、おっぱい!」 「おま、お前、四十超えて何を、くく、あははははは!」 おっぱいと連呼する僕に同僚はクスクスと、やがてゲラゲラと同僚は笑い転げていた。 なんだか楽しくなってきた。若返った気分だった。あの時、田んぼでキャトられてから三十年近くかかって気が付いた真理がある。そうさ。僕はおっぱいを求め続けた。結局は一対のおっぱいしか手にできなかったけど、それをいっぱいに手にし続けたからこそ生きていけた。人間は、いっぱいのおっぱいで夢いっぱいになれるのだ。 「おっぱい! おっぱーい! おっーぱい!」 「あはははッ、ははは! バカかお前は!」 その通り。僕はバカだから、最初から正しくて、最後まで間違い続けるのだろう。 同僚の笑い声が響く中、僕は掌をわきわきさせながら声高らかに原初の夢を叫んだ。 「おっぱい、いっぱい、夢いっぱい!」 |
とまと 2016年12月31日 21時17分24秒 公開 ■この作品の著作権は とまと さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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