〇・三ミリの透視能力と、心をどこまでも見透かす力 |
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「さあ、お前を含めた日本中の高校三年生が眼前に迫ったセンター試験に精神疾患を発病しかけている今日この頃、一つ報告があるぞマイ従妹よ」 「死ね」 イラッとくる従兄の顔とセリフに、問題集との格闘を中断して玄関に出た私の口から、ごく自然にそんな言葉が出てきた。 扉を閉めて、「死ね」ともう一度、極寒の中たたずんでいるであろう従兄に言い放ってから、私はさっさと自分の部屋に戻った。 近所で一人暮らしをしているクソ従兄が先ほど言った通り、私は今年で十八歳になり、聞くも忌々しいセンター試験を目前に控えている。 有名な大学や、学びたいことがある大学に行きたいわけではない。ただ周りの大人達から頑張らなきゃ大変なことになる、言われ続けて生まれた不安と恐怖から、この一年というもの、強迫的に問題集と参考書に噛り付いていた。 あの従兄がやってきたのは、どうしてこんな辛い想いをしなきゃならないのかという疑問と、それでも頑張らなきゃ、という思いとのジレンマに、身を擦り潰されながら問題集と格闘していた時だった。 私がこうして苦労しているセンター試験を、あいつは去年終えている。 その偏差値は私のそれを十も上回り、現在は都内の某有名公立大学へ通っている。 今の私の神経を逆撫でするのに、ここまで適当な人材はいるだろうか、いやいない(反語)。 それにしてもあいつはこの時期になんでやって来たのか、と考えながら部屋のドアを開けようとしたとき、ピンポーンとチャイムが悲し気に鳴った。 それを無視して机に座って問題集を開いた私の背中に、さらにチャイムが追い打ちをかけた。 普段は私と小学生の妹、両親の四人が暮らすマンションには、今私一人しかいない。騒がしい妹がいなくなった3LDKマンションに、チャイムの音は一際響く。 数学の公式を頭から引っ張り出そうとする度に、狙いすましたように鳴るチャイムの音。 集中できる者がいるだろうか、いやいない(反語その二)。 チェーンをかけたままドアを開けると、従兄はガチガチと歯を鳴らしながらにんまりと笑ってきた。 「ふふふ、さすがにチャイムの波状攻撃は無視出来なかったようだなマイ・ラブリー・従妹よ」 「きもい、失せろ、死ね」 「ふっ、愛しいお従兄(にい)ちゃんだからこそ憎まれ口しか叩けんとは、なんと愛い奴よ」 ガチャ 「ごめん、言い過ぎました。もう言いません。だから中に入れて下さい。そろそろガチで凍死します」 「実は超能力に目覚めた」 家に上がるや否や、恥知らずにもココアをねだってきた従兄は、そんなことを言った。 ちょっとだけ目を丸くして、次の瞬間に私は大きなため息をついた。そんな私を見て、従兄はムっとした顔でココアをすする。 「お前、俺が冗談を言っていると思ってるだろ」 「それ以外に何考えろっていうのよ」 「愛しのお従兄ちゃんが超能力に目覚めた! 素敵っ! とか」 殺してえ。 「はっはっは、心の声が聞こえてくるような顔をしているぞ我が従妹よ」 「なんて言ってると思う?」 「…………抱いて?」 「死ね」 私とこいつはいつもこんな感じだ。 父の兄貴の子供であるこいつとは、子供の頃からよく遊んだ。馬鹿なことを言って人を喜ばせることが好きなこいつと、冷たい言葉で人をいじるのが得意だった私は、初対面の時から良いコンビだった。 自分でも気付かずに人を傷つけることを言ってしまう、私だったが、我慢しているんだかそれとも最初から気にしないのか、こいつはずっと同じ調子で付き合ってくれていた。思春期を経て、それなりの年齢になった、今でもだ。 大学への通学にちょうど良いというのでこいつが近くに引っ越してきたのが一年前で、それから大体一月に一度か二度、こうして話すことはあって、最後にこいつが家に来たのは調度ひと月前。それほど長いインターバルではなかったのに、なぜかホッとしている自分に気付いて、私は軽い驚きを覚えた。 ここ最近の私がそれだけ追い詰められていたということなのだろうか。 「話は戻すが、俺はガチで超能力を身に付けたのだ」 「聞かないと余計面倒くさくなりそうだから聞くけど、一体どんな能力を身に付けたのよ?」 「従妹よ、トランプはあるか? 一応断っとくが不動産王のことではないぞ」 つまらない従兄の冗談は無視して、私は机の引き出しからディズニーキャラのトランプを取り出した。それを受け取った従兄はサッサとトランプの山をシャッフルすると、その一番上の一枚を引き、裏面を上にして床に置いた。 「ハートの六」 そう言ってからカードを表にするとそれは確かにハートの六だった。 「手品じゃん」 「そうではない、今度はお前がシャッフルするがいい」 言われるままにトランプをシャッフルして、その一番上のカードを床に置く。 「スペードのキング」 間髪入れずに従兄が言った通り、表にしたそれには、王様の恰好をしたミッキーマウスがプリントしてあった。 どういうことか。私は手に持ったトランプをしげしげと眺めてみる。買って間もないカードは傷もほとんど付いておらず、傷や癖の付き具合からカードの絵柄を言い当てるのは難しそうだった。 それに、このカードでこいつとトランプ遊びをしたこともなく、絵柄と裏面をこいつが記憶するには、(想像するのは結構気持ち悪いが)私の部屋に忍び込むぐらいしか手がない。 「従妹よ、今度はノートを取ってもらっていいか」 さらに従兄は、そう言って私にノートを要求してきた。ついさっきまで問題集の解答を書いていたA4版のノートを出すと、従兄はまっさらなページを開き、ボールペンを私に渡した。 「そのページに何でもいい、今思いついたことを書け。書いたら、そうだな……三ページめくってから俺に渡せ」 思わず息を呑んで私はノートに今気になったことを書く。書いたページから三ページめくって渡すと、従兄はじっと白紙に目を凝らした。まるでその下の、私の書いたメッセージを読んでいるかのように。 「なになにえー、今気づいたんだけど、鼻毛が出てるよ、だと? はっはっは、鼻毛くらいでこの俺の魅力が削がれるとでも思ったか」 とか言いつつ、鼻に手をやってブチっと毛を抜いた従兄に、私はおそらく、珍獣か何かを見る視線を向けていたと思う。 「あんた、まさか――」 「その通り。俺がついさきほど自宅で週刊誌の袋とじを開けようとして目覚めたのは、透視能力だったのだ!」 ばばーん、と効果音を付けるような感じで従兄は両手を掲げた。 「いやあ、ハサミを入れる前から佐倉まなのお〇ぱいが見えた時はマジで驚いたぞ」 はっはっは、と笑う従兄だったが、私は何も言えず、やっぱり珍獣と化した彼を見るだけだった。 「なんだーリアクション薄いぞー。もっと俺を崇め奉っても良いんだぞー?」 ふんふん、と鼻を鳴らしながら近づいてくる従兄に、私はハッと気付いたことがあって、さっと身を引いた。 「どうした急に?」 「うるさい変態。透視能力ってことは何でも透けて見えるってことよね? だったら私の服とかも――」 イエース! お前の下着もその下も見放題デース! と言うかと思えば、従兄は、ため息を小さくついて「それだよ」と呻くように言った。 「俺の透視能力は、かなり限定されているようでな、せいぜいトランプ一枚、紙数枚しか見透かせんのだ。その厚さ、なんとたったの〇.三ミリ。それ故にお前の発育具合の確認も出来んのだ」 「じゃあ出来たら確認するつもりだったのかな?」 「これでは年末のこの時期、出来ることといえば忘年会の隠し芸大会で活躍するか、ダウトと神経衰弱で無双するぐらいだ」 「無視すんなやコラ」 「だが、だがしかし――」 従兄はぐっと拳を握ると視線をどこか遠くへ向けた。 「夏場なら――!」 「死ね」 そんな風に、微妙な特殊能力を開眼した従兄はその後も少しだけ私の部屋にいた。 「俺はこの力を…………“三粍眼”≪サンミリガン≫。そう、名付けることにしたよ」 「……三ミリも見えなくね?」 「いや千里眼≪センリガン≫とちょっと似てるし、零・三粍眼≪レイテンサンミリガン≫じゃあ語呂悪いじゃん? ……いや、零が付くとちょっとカッコよくなるか? ゼロ・サンミリガンとかどうよ? なんかアメリカ人の名前っぽくね?」 「なんでも良いだろ、そんなしょっぱい能力」 「いやいや、しかしこの力、夏の海やプールではもう大活躍ですよ」 「その前に私が目を潰す」 「はっはっは、俺が他人の裸を見るのがそんなに嫌か」 ブス 「ギャース!」 目潰しで床の上をごろごろ転げまわる従兄に「もう帰れよ」と言いながら、内心で少しだけ感謝する。 こいつとの漫才みたいな掛け合いで、心は大分軽くなったような気がした。 受験勉強と、それ以外のちょっとしたことで、最近の私は大分まいっていた。こんなことが続くなら、人生はなんて酷いものなんだろう、って思うくらいに。 それを知らない内に、かなり微妙な力を手に入れた従兄は、助けてくれたのだ。 そんなこいつに、何かお礼をしたい。そう想っても、どうすると良いのか思いつかず、とりあえず私は、従兄の尻を踏んでみた。 「Oh! Step on me my lady!」 喜んでくれたみたいだ。 「……まあ、息抜きにはなったわ。もう遅いし帰ったら?」 私としては、精一杯のお礼の言葉を言うと、従兄は「いや、まだ本題がまだ残っている」とか言い出した。 「……まだなんかあるの」 今度は何か? 消しゴムを触れずに三ミリだけ動かす念動力か? とか考えていると、従兄はじっと私の眼を見てきた。 「なんか、悩み事はないか?」 透視能力の次は、読心術か、と思った。 「受験勉強のこと?」 「いや、それだけじゃなくて、何か別のことでも悩んでないか」 ぴたり、と擬音がつくような正確さで、従兄は私の心を読んできた。 「なんで?」 「いや、なんかお前の様子がおかしい感じがしたから」 思い返してみれば、こいつはいつもへらへらしている癖に誰かが苦しんでいたり、悩んでいたりすることにはすぐに気が付いた。それはさっきの透視力なんかよりも、よっぽど超能力じみていた。 「別に、悩んでなんかないよ」 「本当かぁ?」 「本当、本当だよ」 そう言って、私は従兄の眼から逃げるように視線を逸らした。 私はこいつがおそらく、大嫌いだ。人と難なく打ち解けて、思いやることも出来るからだ。それはどちらも、私にはとても難しいことだった。 私の持っていないものを持っているこいつには、絶対弱みは見せたくない。 だから私の口から出たのは、本音と強がりが入り混じった、こんな台詞だった。 「悩むようなことでもないの。ただこの前、友達だと思ってた連中が、私を除いて集まってるのを、たまたま見たの。その時は連絡し忘れただけなんだろう、って思ったんだけど、その後も何度か、そいつらが私を除いて会っているのを見たの。それで、どうしても気になって、そのメンバーの一人に、最近集まってないね、って聞いてみたの。そしたらそいつ、なんて言ったと思う? そうだね、だよ。 その後、隙を見つけてそいつのスマホを覗いてみたの。スワイプロックだったから、横で見てたら覚えるのは簡単だった。最悪なことしてるのは分かっていたけど、どうしても気になったの。 自分が友達だと思っている奴らから、どう思われてるか。心が破けるかと思うくらい気になったの。 で、ラインを開いてみたら、案の定、私以外のメンバーでグループが作られてた。私の悪口とか、私が私以外のメンバーで集まっていることに気付いたらしいとか、やべーとか、キモイとか、色々書いてあった。あいつうぜーんだよな、とかも書いてあった。 やっぱり、とだけ思ったわ。後は何事もなかったかのように、そいつのスマホを戻して、そいつらとは関係を一切断って、それでおしまい。それなりに楽しくやってるつもりだったのも、高校卒業した後も会えるかなぁ、なんて考えてたのも、現実がよく見えない私の独りよがりだったってことがはっきりしただけの話。 でも、こんなことも考えたの。 私には、時々、こういうことがあった。自分はごく普通に過ごしているつもりでも、周りの人は気まずい思いをしていて、それでいつの間にか、避けられるようになることが。今回のことが、そんな私の気質が導いたことなら、もしかしたら一生、同じようなことが起こり続けるんじゃないか。私は一生、心を許せる友達が出来ずに終わるんじゃないか。 そんなこと考えながら、今まで受験勉強してた。でも受験勉強に追われてると、不思議と考えを少し忘れることが出来たの。だから、私は大丈夫。悩みって言うほどのこともなく、なんとか生きていけます。おしまい」 後半はどうしようもない悩みの告白になっていた私の長い言葉を、従兄はじっと聞いていた。 「それは違う。それはとても辛いことだ」 「いや、けど、自分なりに決着はついてるから大丈夫だよ、ホントに」 「そんな簡単に、片付く問題じゃないだろ」 「うるさいな、大丈夫だって言ってるでしょ!」 そう叫んだ私の肩を、従兄は黙って抱きしめた。 「離せクソ野郎!」 〇・三ミリの透視能力と、心をどこまでも見透かす力を持った従兄は、いくら私が暴れても抱きしめる力を緩めなかった。 私は泣いた。従兄も泣いていた。 従兄の腕を振りほどこうとしていた私の手は、いつの間にかその背中に回されていて、そのままわんわんと、泣き続けたのだった。 何時間にも感じられる間泣き続けて、ようやく私が落ち着くと、従兄は部屋の外へ出て行った。 帰ってきた従兄の両手には、淹れなおした温かいココアの入ったマグカップがあった。 「俺の学校に来い」 ずっ、と鼻をすすりながらココアを受け取った私は、彼のセリフに思わず苦笑いした。 「私の今の偏差値で行けると思う?」 「元気があれば何でもできる、と先人も言っていた。とにかく根性でかじりついてこい。それが無理ならせめて隣の学校にしろ。かなりバカだからあんまりおススメはしないが」 「そのセリフ言ってる人はまだ生きてるし、なんであんたと一緒の学校に行かなきゃなんないのよ」 「俺の友達を紹介する」 ふん、と私は思わず鼻を鳴らした。 「幻滅させるだけかもよ」 「そんなことはない。どいつもこいつも、良い奴だ。そしてお前も、口は悪いし人は平気で傷つけるしついでに貧乳だが、良い奴だ」 「……あんまり良い奴に聞こえないし、最後は人格に全く関係ないんだけど」 「うるさい。だがとにかく、俺の学校に来い」 ぐいっとマグカップを空けると、従兄はすくっと立ち上がった。 「お前はたまたま、出会った人が合ってなかっただけだ。この世は意外と広い。お前の友達になる人は、たくさんいる」 従兄は床に座ったままの私の頭を掴んで髪をぐっしゃぐしゃにしながら首をぐいぐい回してきた。 「まずは俺の友達から、友達にしてみるといいのだあああ」 「あんたの友達っていう時点で安心出来ないんだけどおおお」 「ふははは、そう言いながらお前がお従兄ちゃんラブなのは知ってるぞおおお、小学生の頃俺のお嫁さんになるとか言ってただろおおお」 「子供の頃の話でしょおおお」 はっはっは、と一しきり笑ってから、従兄はとうとう、私の部屋から出て行った。 「お前なら、大丈夫さ」 玄関から出ていくとき、そう笑って言ってくれた従兄に、私はもう一度泣きそうになる。 それをなんとかこらえて、部屋に戻った私は鼻水をすすりながら机に向かう。 センターまで残り二週間。それまでに偏差値を十上げなければならないのだから。 私なら、大丈夫だ。 |
赤城コーフィ 4wVvV75QNw 2016年12月31日 20時13分44秒 公開 ■この作品の著作権は 赤城コーフィ 4wVvV75QNw さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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