小さな異能:近未来のヒラ社員の場合 |
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俺は玄関のドアを開けた。表札には「平山良夫(ひらやま よしお)」と書かれてる。文字は色あせ汚れてる。 「ようやく我が家にたどり着いた」 思わず声がでた。 「あ~ァ、疲れたぜ!」 企業競争はますます熾烈になっている。最近では企業秘密の違法なさぐりあいが公然と行われていた。 だから防衛のためにヒラ社員の俺までもが過酷な対抗訓練を受けさせられる。 仕事だけでも大変なのになァ~。 訓練には残業もつかない。それどころか自主的な能力開発だからと指導料を取られる。 「ひどいよなァ」 おもわず声にでてた。 今日は侵入したロボットを制圧する訓練だった。 「ロボット対策よりも、彼女との付き合い方を教えて欲しいよ」 俺は水野紗妃(みずのサキ)にフラれたばかりだ。ようやくデートにこぎつけた。そう思ったら速攻でフラれた。 まあ、サキの言いたいことも分かるけどさ。 でも、俺をフルのが早すぎだろ。 こたえたよ。 俺は今までフラれた経験がない。 というか、フラれるところまでいったのは今度が初めてだった。 フルなら、俺がどんな人間か分かってからにしてくれよ! 俺はそう叫びたかった。 本日の企業研修は指導教官がサキだった。サキは俺には目もくれずに訓練を実施した。的確な指導と凛とした態度は参加した社員たちの眼を引きつけてた。 デートできたのがデキ過ぎだった。 そう思おうとしても、ツライ、ツラ過ぎだよ。 フラれた相手に指導されるのは本当にキツイ。 体が重い。 早くベットに倒れこみたい。 俺は疲れた体を引きずって居間に向かおうとした。 すると来客を告げるチャイムが鳴った。 「誰だよ、こんな時に。休ませてくれよ~」 俺はそうつぶやいて玄関の扉を開けた。 ロボット宅配便だった。 俺はロボットの指示どおりにパネルに手をあてて指紋照合をうけ、レンズをのぞいて網膜パターンの確認をすませた。 目がチカチカした。意識が飛びかけた。 疲れてるんだなァ。 ロボットは梱包を居間に運び込むとあわただしく去っていった。 梱包の中身は美少女アンドロイド、そう書いてあった。 「俺は頼んでないぞ。いや、頼んだっけ」 なんだか記憶があやふやだった。 でも、俺が受取人で間違いなかった。 梱包を開くと注意書きがあった。 「重要な注意:最初に目にした動く相手に恋をするモードに設定されています。いったん相手を決めると基盤を交換しても変更はできません。テレビやビデオ、ビュアー(高性能携帯電話機)などの映像をすべて停止してください。ペットなどは室外に出してください。お掃除ロボットなどの動くものはすべてスイッチを切ってください。他の人が入室しない状況を確認してから、次の梱包を開けてください。」 説明を読んで俺は思った。 最初に見た動くものに恋をするのか。 最初に見たのがゴキブリだったら、ゴキブリに恋をするのかよ。 美少女に、あなたよりゴキブリの方がずっといいわ、と言われたらマジで傷つくなァ。 俺は玄関の扉をロックし居間の扉を閉めた。窓もすべてロックする。 「これで誰も入れないぞ」 部屋のあちこちに殺虫剤をまいた。 思わず映画「スターウォーズ」のダースベーダのテーマを口ずさむ。 プシュー、プシュー。 部屋の中を十分に確認してから次の梱包を開く。 美少女がクリスタルの卵の中に収まっていた。 胎児のような姿勢だった。身体を長い黒髪がドレスのようにおおっている。 ひょっとして服を着てない? 何を着せたらいい。俺の服では大きすぎるぞ、きっと。 でも俺が女の子の下着や服を買いに行ったら絶対にヘンタイと思われるだろうな。 俺は、とりとめのない妄想をつぎつぎに思い浮かべながら、クリスタルの卵についた「開」のボタンをゆっくりと押した。 クリスタルに縦の裂け目が現れた。裂け目がひろがる。卵が開いてゆく。 卵を満たした液体のなかで、美少女は目を開いた。それからゆっくりと体をおこし顔をあげる。 美少女は何かをさがすように不思議そうにあたりを見渡した。 俺は固まったまま美少女に見とれていることに気づいた。あわてて前に進み出る。顔の前で手を振ってみる。 美少女の瞳が大きく見開かれた。 美少女は驚いたような表情をうかべて俺を見つめた。 それから、ゆっくりとうつむくと、かすかに頬を染めた。 「あァァ!」 そして切なげにため息をもらした。 美少女の胸の中に想いがあふれ、はち切れそうになるのが感じ取れる。ドキドキが伝わってくる。 とびっきりの美少女は少し首をかたむけると、恥じらうように上目づかいに俺を見つめた。 瞳がきらめいてる。 また目がチカチカした。意識が飛びかける。 美少女は形のよい胸のまえで祈るように両手を組んだ。 俺の目はやわらかな胸のふくらみに引き寄せられた。 それから美少女は俺に寄りそうような姿勢で優雅に立ち上がった。 流れるような黒髪が巻き上がって複雑に組み上げられる。 クリスタルの卵を満たしていた透明な液体が美少女の体を流れ、やわらかな腰のラインにそって広がる。液体が黒く染まりフリルの多いドレスに変化する。 立ち上がった少女は漆黒のドレスでその身を着飾っていた。 美少女はほほ笑み、俺を迎え入れるように両腕をひろげた。何かを語りかけようとする。 その時、俺の小さな異能が発動した。 サキに速攻でフラれた理由だ。 最近の企業研修は社員の潜在意識すらも開発し利用する。そんな時代に、ありえない特技だった。 「デートの最中に信じられない。そんなの、ちょっとした異能よ!」 ごめんなさい。俺もそう思います。 でも、そんなささやかな異能が今回は俺を救った。 こんな高性能の美少女アンドロイドが俺の手に入るはずがない。 ハニー・トラップ。 心に浮かび上がった言葉が引き金になった。 訓練の成果が発揮される。 反射レベルに刷り込まれた一連の行動が即座に起動する。俺の口から言葉が飛び出した。 「ハルトゥ(止まれ)!」 俺の体は床に投げ出された。一瞬遅れて頭上を黒髪が通り過ぎる。黒髪に仕込まれた針がきらめき、残像を残した。 床をころがり、居間の扉を開けて廊下に飛びだす。 扉を閉めて非常ボタンを押し、短縮コマンドを叫ぶ。 「バルス(閉じよ)!」 居間の扉の輪郭にそって蒼白い光が走る。扉や窓は固着されたはずだ。 確認せずに廊下をはしる。玄関のロックを開けて外に飛び出す。玄関をロックしながらビュアー(携帯)の非常通報ボタンを押す。 「C3A2(単体のアンドロイドによる襲撃をうけた。武装鎮圧が可能な救援を要請する)!」 短縮コマンドを本社に送る。 「了解!」 即座に返事があった。 ン? 今の声はサキか? 宅配便のトラックはマンション前の通路にまだ止まってた。 たぶん返品される梱包、中身が俺にすり替わった荷物を受け取るように指示されてるのだろう。 ビュアーから本社に宅配便の映像を送る。訓練されたとおりに行動する。 マンションの壁にそってロープが垂れ下がってきた。黒っぽい戦闘服を着た小柄な人影が降りてくる。もう一人、さらに一人。 上空に大型のステルス・ドローンがいるようだった。でもエンジン音は聞こえない。 「玄関を開けて、ヨシオ!」 サキの声がした。バイザーに覆われて顔は見えない。 俺はあわてて玄関のロックを解除した。 三人は何やら物騒な武器を構えた。そして一気に玄関に突入した。 「居間の扉は固着したぜ」 俺のささやきを聞いてサキはうなずき、男たちに指令を出した。 「ペレットを」 黒服の男の一人が粘着テープを四角く扉に張りつける。ドリルですばやく扉に持ち手をつける。 「目をつぶって!」 眩しい光が目を焼いた。 ズン! と空気が震えた。 ペレットの指向性爆薬は粘着テープの張られた部分だけ扉を粉砕していた。 扉が外れる。男は持ち手をつかんで扉を支えた。 男は扉を盾のように構えて部屋に突入する。俺たちはその後を追った。 反対側の壁を破って黒い戦闘服の三人が部屋に入りこんだところだった。 美少女アンドロイドは動きを止めていた。 顔が割れて内側から男性の顔がのぞいてる。 男性の顔はなんとも間抜けな表情をしてた。 サキがつぶやく。 「ヨシオの顔ね。本物より凛々しいわね」 そんなことはない。絶対に違う! 男たちはアンドロイドを床に押し倒した。うつぶせにして拘束する。手足と首の結合が外される。 アンドロイドが制圧されたのを確認してから、サキはアンドロイドの首にあるコネクタにコードを挿入した。 「ビンゴォー!」 すぐにサキは小さく腕を振りあげた。 「ハルト(全機能停止命令)が効いてるわね。敵の命令セットは私の予想したとおり。社員研修は大成功ね」 サキは上機嫌だった。 「うふふ、制御プログラムを無傷で手に入れたわ」 それからサキは俺にやや大型のビュアーを押し付けた。 「宅配便を追跡して!」 地図の上に宅配便が記号で表示されている。 「接触する車をさがして!」 俺はビュアーを見つめた。宅配便が移動してゆく。逆走してるようだ。 「何だよ、この画面は?」 画面の動きは、まるでゲームを逆再生してるようだった。 俺は疑問をそのまま口にした。 「時間をさかのぼるなんて無理なはずだろ?」 サキが面倒くさそうに答える。 「メガデータ(膨大な断片的な情報)から輸送経路を割り出してるの。我が社のオートモビル(自動走行車両)に搭載されたAI(人工知能)の裏機能で周辺車両の情報が分かるのよ」 すみませんでしたァ! 質問した俺が悪かったデス。 サキは俺のビュアーをのぞいた。 「あら、乗用車から何か受け取ってるみたいね。マークしといて」 俺は乗用車に追跡マーカーをつけた。 サキは自分のビュアーに向かって叫んだ。 「宅配便を追跡して。対象はS3T1M(単身で自宅にすむ中間管理職の被雇用者)を優先!」 ビュアーの画面では俺がマークした乗用車と、別の宅配便が高速で追跡されてた。移動経路が表示されてる。 サキがビュアーにむかって叫ぶ。 「販売部長と開発部の職員宅を押さえて!」 サキは黒い戦闘服の男たちにも命令をくだす。 「あなたたちも応援に行ってちょうだい」 男たちは扉と窓へダッシュした。 「速い!」 俺の感想に戦乙女は肉食獣の笑みを浮かべた。 「我が社のアンドロイド部隊ですもの。優秀ですわよ、うふふ」 「おしとやかな言い方はサキには似合わないぜ」 俺は精いっぱい格好をつけてみた。しかしサキに無視された。サキはビュアーに命令する。 「鎮圧部隊の到着時間にあわせ緊急会議を開く連絡を!」 「何が始まるんだい」 俺の疑問にサキが答えた。 「捕獲する相手を誘い出すの。部長、緊急会議です。本社にいらしてください、と言ってね」 サキが続ける。 「鎮圧部隊は出口で待ちかまえて敵アンドロイドを電磁網で確保する計画よ」 サキが画面を見て叫んだ。 「よし、捕獲成功! そしたら会議に出席する偽情報を流しこんで!」 「なぜ?」 サキは俺の疑問に小声で答えた。 「任務を続けてると思いこませ、偽装した違法プログラムをつかませるの。相手が使えば窮地に追い込めるわ」 「ライバル企業を罠にはめるのか」 「当然の社会的制裁よ。こんな違法行為をしたのだから」 それからサキは次々と命令をくだした。 改めて思う。サキは凄い。あこがれるなあ。 サキの真剣な横顔を見てると胸が高鳴る。自分の顔がほてるのが分かる。フラれたばかりなのに。 俺の心に「最初に目にした相手に恋をする」という言葉が浮かんだ…… 部長や開発部門の職員はすでに連れ去られてた。でもライバル企業をあざむくために救出しないそうだ。 他人事じゃない。俺も危なかった。 「敵アンドロイドのプログラムを解析できたわ」 サキは微笑んだ。 「制御プログラムにオリジナルなアイデアがいくつも使われてるそうよ。本社がライバル企業より先に特許の手続きをとったわ」 「プログラムで特許が取れるのかい?」 「ええ、できるの。これで相手は我が社に特許料を支払うことが確定よ。ずいぶんな金額になるらしいわ」 サキは満足そうに笑った。 「これでボーナス確定ね、うふふ」 俺たちはおしゃべりに夢中でアンドロイドから注意がそれていた。 アンドロイドが立ち上がる。頭は無い。首から目玉だけが飛び出してる。頭は床に転がっていた。 気づいたサキが状況を冷静に分析する。 「頭部からの制御が切れて補助脳が動き出したのね」 アンドロイドの関節は再びつながり、外装がはずれて男性の体形になってた。 足が短く、腹がでてる。不格好だった。 サキは身構えて言った。 「こいつの物理攻撃なら私でも対応できそうね」 それからサキは俺をちらりとながめた。さらにアンドロイドを冷静に観察してから言った。 「見事にヨシオに成りすましてるわね」 ち・が・うゥゥゥ! サキの動きが止まった。 アンドロイドの眼が異様に輝いてる。 目がチカチカする。意識が飛びかけてる。 俺はマブタを少し閉じてその眼を見ないようにした。 さらに異能を発動させる。俺は「うわの空」になって現実を無視した。 アンドロイドは両腕をひろげてサキに向かって進んでゆく。鋭い爪から透明な液体がしたたる。 俺は身動きしない。アンドロイドが俺の前を通り過ぎる。 その先でサキは目を見開いていた。唇を噛み歯を食いしばってる。サキは腕をあげて抵抗しようとするが腕は動かない。体も動かせない。サキの顔が絶望の色に染まってゆく。 アンドロイドが腕を振りあげる。 俺は飛び出した。後ろからアンドロイドの体に抱きつく。そのまま切り取られた扉に突進する。 アンドロイドは扉と激突した。俺はすぐに強化鋼線でアンドロイドを拘束した。爪の攻撃を避けて訓練どおりにやれた。こんどは動けないだろう。 ふり返ると、サキは恐怖の表情を浮かべて固まったままだった。白目を剥いてる。 どうすれば良いかなあ…… 「お姫様を目覚めさせるのはこれが一番だよな」 俺は自分にそう言い聞かせて、サキの唇におそるおそる口づけをした。 サキの裏返ってた目玉がクルンと戻る。 「何よ、コイツは」 サキは目を覚ました。 「ヒュプノス(催眠暗示型ロボット)じゃないの。うちの社員研修がまだヒュプノス対策まで進んでないことを突き止めて送り込んできたのね」 サキは一瞬で目覚めたようだ。我ながらすごい効果だな。 サキは俺の顔をまじまじと見ていった。 「ヨシオはよくヒュプノスの呪縛から逃れられたわね」 サキの顔には俺を尊敬するような表情が浮かんでいた。 「催眠状態で、あんな美少女に言い寄られて、よく耐えたわね」 「君のおかげだよ。君の方がずっと素敵だからね」 我ながらクサイセリフと思った。でもサキは耳まで真っ赤になった。 サキは少しためらい、それから言った。 「よかったら、今晩は私の家に来ない?」 これって、お泊りのお誘い……なのかな? 「急いでたから外壁を壊しちゃった。居間の扉も切り取ったし、部屋をメチャメチャにしてごめんなさい」 サキはそう言って、はにかんだような表情で目をふせた。頬が赤い。 「いや、かまわないさ。ありがとう、助けに来てくれて」 俺はぎこちなく彼女に近づき、こわごわと小柄な体に腕をまわした。 サキはしずかに俺を抱きしめてきた。華奢な両腕が俺の背中にまわされる。柔らかな胸のふくらみが俺に押し付けられる。 俺は内心の動揺を抑えて言った。 「ありがとう。何から何まで本当にありがとう」 そう言いながら、俺は心の中で叫んでいた。 おおい、お泊りに誘われたらどうすればいいか、誰か教えてくれェェ! |
朱鷺(とき) 2016年12月31日 16時25分51秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺(とき) さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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