拾われ執事とマスカレード

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0.

震える手で拳銃を握り、その仮面の男に向かって一斉射撃。
しかし弾は一発も当たらなかった。
「やめろ……来るな……来るなぁぁッ……!」
 がたいのいいマフィアが十三人、たった一人近づいてくるその仮面の男に、手も足も出ずにいた。逃げようにも、全員ナイフで足をやられていて動けない。仮面の男は歩きながら近づいてくる。
「頼む! 悪かった、悪かったから……命だけは助けてくださ――

 その瞬間、十三人全員の心臓を、仮面の男のナイフが貫通していた。
「平和を乱す人間は、私が仕留める」
殺人犯を殺す殺人犯、彼は自らをマスカレードと名乗った。


1.
 イタリアの小さな都市、ヴェネチア。水路をゴンドラで進んだ先には煉瓦造りの大きな屋敷がある。政治界に名を馳せる、アリエッティ家の屋敷だ。
私、フランコはこの屋敷に仕えている執事である。そして私の主人にあたるのが、絶世の美少女(ちょっとバカ)、アリーチェお嬢様だ。
年は私より5つ下の14歳。落ち着いた色の金髪に白い肌、輝く緑色の瞳……文字通りの美少女だ。政治家の娘でもあり、実質大臣クラスの権力も握っている。今の時点で他の大物政治家から結婚のお願いも来ているという、将来を約束されたパーフェクトな美少女だ。

 今日、この国のどこかでそんな彼女の暗殺計画が立ち上がったという。

「アリーチェお嬢様。今日から絶対に外出をしないで下さい」
「え、なんでー? あたし今日はお散歩いきたかったのに!」
 アリーチェお嬢様が自室のベッドから飛び起きる。
「危険だからです。本日、お嬢様の暗殺計画が立ち上がったという情報がお父様のもとに流れてきました」
「そうなんだぁー…。で! お散歩はいついく!?」
「馬鹿なんですか? 死にたいんですか?」
 アリーチェお嬢様は透き通った碧眼を輝かせている。イラッとしたので、これからモノローグでは彼女をアリーチェと呼び捨てにすることにする。
「……いいですかお嬢様。私は立場上、あなたの命を絶対に守らなければなりません。ですが、外となればいつ誰が銃で狙ってくるか分からない。私がお嬢様を守れず、お嬢様が死んでしまう可能性だってあるのですよ?」
「私、弾は見て避けられる!」
「いつもお嬢様がやってる弾幕ゲーじゃないんですよ現実は。……とにかく、外出は絶対に禁じます!!」
「いやだ!! それじゃあ、いつまで経っても『マスカレード』に会えないじゃん!!」
「……だめです」
「……けち。フランコ嫌い」
アリーチェは再び布団に潜って出てこなくなった。
 ――『マスカレード』。
現在イタリアで名を知らぬものはいないという凶悪な連続殺人犯。黒いシルクハットにマント、舞踏用の仮面を着用し、その正体はいまだ明らかになっていない。
彼は襲う対象に、必ず”殺人犯”を選んでいる。つまりは殺人犯のみを襲う殺人犯だった。
国民も最初は彼を恐れていたものの、次第に一般市民には手を出さないと分かると、恐怖心は薄れていった。それどころか、殺人犯を殺してくれるんだからむしろヒーローなのではないか? ――それが今の国民の見解だ。
今日マスカレードは漫画化を果たしており、漫画大好きアリーチェ様もそれを機にマスカレードのとりこになってしまった。実は彼女の暗殺計画は過去何回か立ち上がっては阻止を繰り返している。その度にアリーチェはこう言った。
――私の命を狙ってるのは、マスカレードかもしれない。マスカレードとお話しできて、マスカレードの正体を教えてもらえるなら、私狙われたっていい。よし、マスカレードに見つかりに、散歩でもしようではないか――。と。
「……おそらく今回の暗殺計画も、どこかのマフィアか暴力団の仕業ですよ」
「ちがうもん。マスカレードだもん」
 布団からくぐもった声が聞こえてきた。
「お嬢様はいい子ですから。マスカレードはいい子の命を狙いません」
「じゃあ私、悪い子になる……」
 私は思わずため息を吐いた。私が守らなければいけない人が、他の誰かに自分を殺してと頼んでいる。少し複雑な気分になった。
 その時、後ろで部屋の扉が開いた音がした。
「失礼するぞ」
「――ベルティーニ様」
 ベルティーニ=アリエッティ。明るくて恰幅のよい、イタリアの政治界ではその名を知らぬ者がいないお嬢様の父親だ。
「おお、フランコではないか。久しぶりだな。アリーチェに手を出してはいないか?」
「え!? いえ、決してそんなことは……」
「はは、ならばよい。さて、このあとまたすぐにアリーチェの防衛のことで自衛軍の庁舎に行かねばならんのだが、その前に急ぎでフランコに頼みごとがある」
「頼みごと、と言いますと…?」
「今回の暗殺計画が、南イタリアにある有名なマフィアの大規模計画であることが分かった。国の軍の力だけで娘が100パーセント守れるかが不安でな……そんな時、一人の男から依頼があったのだ。おい、入ってきてくれ」
 扉の奥から、黒服のSPに囲まれる形で一人の別の男が入ってきた。

 黒いシルクハットにマント、そして仮面。間違いなかった。

「……マスカ、レード……!?」
「マスカレードだ!!!!!!!」
 びっくり箱を開けたように、ベッドの中からアリーチェお嬢様が飛び出した。
 同時に、私は胸の内ポケットから小型拳銃を取り出し彼に向けた。マスカレードのもとに走って行こうとするアリーチェを右腕の中に抱き、守るようにして仮面の男を睨んだ。当然だ、この場でアリーチェを突然殺してもおかしくない男だったからだ。
「……突然の訪問申し訳ございません。わたくし、マスカレードと申します」
 そんなもの見れば分かる。
 マスカレードは手錠にかけられた両手を上にあげた。腰や服の中、武器を隠しているような気配はなかった。腕の中に抱いているアリーチェの呼吸が、緊張からかひどく浅く早くなっているのが分かった。
「この度、アリーチェお嬢様の命を狙う不届きものがいると聞き、私の方からアリーチェお嬢様の護衛任務をさせていただきたいという申し出を致しました」
 私はベルティーニ様の眼を見た。そうだ、と彼は頷いた。
「私の調べた情報によると、今回アリーチェお嬢様を狙うマフィアは組織犯行が得意なグループです。お嬢様の命も、単独ではなく複数で狙ってくる可能性が高い」
「……で?」
「これは私にとってもビッグチャンスなんですよ。複数で来るということは、逆に言えばマフィアたちをこちらが一斉に殺せるということですからね! ウィンウィンではありませんか?」
「お嬢様を守ってやるから襲ってきたマフィアを殺す権利をくれ、といいたいのか?」
「その通りです」
私は再びベルティーニ様に視線を送り、質問をした。
「……確かにマスカレードは、殺人犯しか狙わない殺人犯です。しかし、本当にこいつを信用して大丈夫なのですか? こいつがお嬢様を殺さないという保証は?」
「そこがフランコに頼みたい部分だよ」
 ベルティーニ様は柔らかい表情で続けた。
「マスカレードは確かにまだ信用が置けない。しかし本当に娘を守ってくれるならば、これほど戦力になる存在はいない。そこで、フランコにはマスカレードの見張り役をお願いしたい」
「え、見張りとは……?」
「マスカレードには今一切の武器を与えていない。シルクハットとマントと仮面だけは返して欲しいというから返したがな。そこで、もしこいつが娘に何かしようとしたらその場で殺して欲しい」
「…………」
 以下、こういうことだ。
マスカレードが信頼に足る人物かどうかを私が観察する。お嬢様への殺意はないと判断したら、私がマスカレードにお嬢様を守るための武器を与える。
 もしその武器で何かをしでかそうものならその場で殺して構わないし、その際私が殺したという罪も一切問わない。
 同じように、マスカレードがいくら攻めてきたマフィアを殺そうが、マスカレードにも一切の罪を問わない。アリーチェを守ってさえくれればあとはどんな罪でももみ消してやろうということだった。

 すべてを話し終えて、ベルティーニ様は部屋をあとにした。残っているのは、扉のすぐ近くに黒服のSPが二人、そしてその前で手錠をかけて床に座るマスカレード、そしてアリーチェと私。アリーチェは私の背中の後ろに隠れて、そのダークヒーローに話しかけてよいのかどうか恐る恐る様子を見ていた。
「……立て」
 私がマスカレードに言葉をかけると、彼は素直に立ち上がった。
マスカレードの背丈は、私のそれほど変わらなかった。さっき聞いた少し高めの声の感じからも、私とそれほど年齢の差は感じさせない。
「もう一度聞く。お前は、アリーチェお嬢様を狙って来たわけではないんだな?」
「その通りです。私はお嬢様の命を守り、お嬢様を狙うマフィアたちを殺しに来ました。私の目的は、殺人を働くマフィアたちを殺し、この国を平和にすることです」
「……分かった」
 手錠の鍵は私に渡されていた。一応筋は通っている、そう考えた私は、彼の手錠を外すことにした。
 信頼したからではない。手錠なんかなくとも、銃と隠しナイフをもった自分がこの距離で負けることは絶対にないと踏んだからだ。
「一つ提言しておく。もしもお嬢様に手を出すことがあったら、俺はお前を殺す。いいな」
「もちろんですとも」
「あと寝泊りは俺の部屋でしてもらう。つねに俺と行動を共にし、お嬢様と話してよいのも俺と一緒にお嬢様の部屋を訪ねてきた時だけだ。いいな」
 マスカレードは仮面をつけたまま深く頷いた。
「……ねえ、フランコ?」
 アリーチェが私を見上げて言った。
「私、マスカレードとお話ししてもいい……?」
 悩んだが、肯定することにした。何かしそうであれば、撃ち殺す準備は万端だった。
「…………何かされたら私にすぐに言ってください」
「……わかった!」
 彼女はマスカレードのもとに駆け寄って、楽しそうに話しを始めた。
気持ちは少し複雑だ。別に私がアリーチェのことが好きということは無いし立場上あってはならないのだが、長年寄り添ってきた彼女が守る私ではなく殺しにかかってくるかもしれない殺人犯のもとにかけよっていくのは、何か負けたような気分があった。


 マスカレードが来て3日目。彼は特に不審な行動を起こさなかった。
アリーチェがマスカレードに夢中なことだけが“ひどく”気に入らなかったが、それ以外特段問題は起こっていない。
暗殺計画は明日から8日後にかけての一週間のどこかで行われることがベルティーニ様の情報網から分かっていた。この期間はベネツィアの観光客が増える時期でもあり、確かにそれに乗じて潜入……ということは十分に考えられた。
 屋敷の回りには100人を超える護衛兵が見張りについている。そしてカフェの店員に扮した自衛官、ゴンドラ漕ぎのフリをして水路を移動する傭兵……。更にヴェネチアは地理的に道も水路も細く入り組んでいるため、ここまで固められると潜入はおろか脱出すら厳しい。今この街は完全な要塞と化していた。
夜12時、昼はしゃぎまくっていたお嬢様は部屋で眠り、私とマスカレードは部屋の扉を出た所で床に腰掛けて見張りをしていた。
「貴方は執事なんですよね? そんな若くして、どうして執事に?」
「お前だってそこそこ若いだろう」
 不意にマスカレードが話しかけてきた。この3日で少し馴れ馴れしくなってきているのが気になったが、素直に答えることにした。
「拾ってもらったんだ。この家に。お嬢様に」
「……拾われた?」
「そう。捨て犬や捨て猫と同じだ」
俺は10年前、ヴェネチア内の小道から更にそれた狭いゴミ置き場に捨てられた。
元々親はいなかったので遠い親戚で育てられていたが、その親戚のもとでもご飯をまともにもらえてなかったので、この地にそっと置いて行かれていった時点でほぼ飢えていた。
当時9歳、その日は雨の日でひどく冷え込んでおり、自力で動くこともできずにいた。そして色々諦めかけていた時、一人の女の子が指をさして私に言った。
――「私、こいつ飼う!」
彼女、つまりアリーチェは、ずぶぬれの自分にそういった。
その後一緒にいた父親により私はこの屋敷に運ばれ、応急処置を受けた。この時私は命を拾われ、そして飼われ始めた。
「……つまりはペット始まりだったってことですか」
「今だってペットみたいなもんだ。色々いじられるし、よく叩かれる」
「……なるほど。しかし、それで彼女に忠犬として忠誠を誓ったと?」
「忠誠……ではないな。私は、彼女にとってのエンターテイナーになろうと思った」
「エンターテイナー? 芸とか手品とかですか?」
「あ、そう。たまたま物真似とか変装が得意だったんだ。例えば犬の鳴きまねとかも」
 小さく犬の遠吠えの声を出す。似ていたのか、マスカレードは「おお」と声を出した。
「手品も簡単なのなら。これをやると、お嬢様はよく喜ぶ」
 そういって、私は握った左手の拳の中からパッとミニチュアサイズの花のブーケを出した。マスカレードはくすくすと笑った。
「……それ、常に仕込んでいるのですか?」
「バネの折り畳みでいつでも袖の中に仕込んでおけるからな。これでお嬢様の笑顔一つ買えるなら安いもんだ」
 たまたまその他にも、自分にはいくつかエンターテイナーとしての才能があった。小さな異能っていうやつかもしれない。
「……当時、なんであんなにも汚い俺をお嬢様が拾ってくれたのかよく分からなかった。でも考えてみれば、理由は至極簡単だった」
 そう、単純に、ひとりぼっちで寂しかったのだ。
富と権力が集中した美少女。常に誰かから命は狙われていたし、学校は通えなかったから、勉強は全部家庭教師に教わっていた。外に遊びにいくにも後ろにデカいSPなんかがいて、同年代の友達は一人もできない。実際、最初に会った頃アリーチェお嬢様はほとんど笑わない女の子だった。
「……だから、あなたは彼女の”道化師(エンターテイナー)”になろうと誓った、そういうことですか」
「そう。私の使命は、彼女の人生を心から楽しませること。生きることに飽きさせないこと。そして、彼女の命を彼女が死ぬまで守り続けること。俺は彼女にすべてを捧げると決めたんだ」
「……なるほど。かっこいいですね」
「あんたに言われるほどじゃないさ。それにお嬢様はあんたの方が好きだ。ダークヒーロー・マスカレードさん」
「はは、嫉妬ですか?」
「うん」
 その即答に、マスカレードは少し驚いた。仮面で表情は見えないが、明らかにかける言葉を選べず動揺しているように見えた。
「さて、一度仮眠でも取るか。今日から一週間が勝負だ。マスカレードも、マフィアを殺して回りたいなら休んでおいた方がいいだろう?」
「……そうですね」
 私はマスカレードを連れて自室に戻り、しばらくの間休むことにした。

お嬢様を守る長い緊張した時間と少しの仮眠を繰り返し、一週間。
結果的に、マフィアは現れなかった。
 
3.
「あれから一週間!! ヴェネチアの観光客ピークが過ぎたからか屋敷の護衛が固すぎるからか、暗殺計画は一度見送るというマフィア内での情報が入った!!」
 その日の昼、ベルティーニ様はすこぶる機嫌が良さそうに言った。
 屋敷の外の護衛は既に解散を始めていた。カフェの店員も、ゴンドラ漕ぎもいつの間にか本物に戻っていた。
「当然いままで通り最低限の護衛はつけ続けるが、これでしばらく娘も安心して毎日が過ごせるはずだ。フランコ、そしてマスカレード、本当にありがとう」
「マスカレード、ありがとう!! 楽しかった!! ね、最後にその仮面とってもいい!?」
「だめです、アリーチェお嬢様。執事のフランコ様より、仮面は絶対とるなという命を受けています」
「え!? なんで!? なんでだめなのフランコ!!」
「マスカレードが超絶キモメンの可能性があるからです、お嬢様。あまりにキモ過ぎて、お嬢様が見た瞬間死んでしまうかもしれない」
「言い過ぎではありませんか?」
 マスカレードが悲しそうに述べる。そんなことないよねーと、アリーチェはマスカレードに寄って楽しげに話しかける。
「さて、ではマスカレード、そろそろ行こうか」
ベルティーニ様がマスカレードに部屋を出るよう呼びかけた。
「……ええ」
 部屋を出ようとするマスカレードに、アリーチェが名残惜しそうについていこうとした。
その時だった。マスカレードが振り返った。
「そうだ、最後に一つ忘れ物をしていました。アリーチェお嬢様に、お渡ししたいものがあったんです」
 マスカレードはポケットに手を入れると、手のひらに収まるくらいの小さなボールを取り出した。
「最後に、これを差し上げなければ、ここまでがんばった意味がありませんから」
 そのボールは、マスカレードの手をふっと離れて、そのまま床に落ちて行った。
 
 いやな予感がした。ボールは床に当たり、一瞬卵の殻に亀裂が入ったような音がした。いやな予感は的中した。
刹那、ボールは爆ぜた。一瞬で部屋一面を覆う白い煙、――催眠ガスだ。
「なに…? やだ…!! ……っ」
「なんだこれ……は……」
 立て続けにアリーチェ、ベルティーニ様と意識を失い倒れ込む。扉の向こうからも、SPが倒れ込む音が聞こえた。
「お穣様!!」
 アリーチェのもとに走り彼女を庇おうとする瞬間、投げナイフが右腕に刺さった。明らかに、お嬢様を狙った攻撃だった。
 白煙の向こうから、マスカレードのくぐもった声が聞こえてきた。彼はマスクを着用していた。
「……結構きつかったですよ。こんな生娘殺すために、8日も辛抱してなきゃいけなかったんですからね…」
「お前……やっぱり、それが目的か……」
 こちらにコツコツと歩いてくるのは、明らかに先ほどとまでは纏う雰囲気が違うマスカレードの姿。優しげなオーラは消え、明確な殺す意志が滾っている。
 マスカレードは、アリーチェを抱きしゃがみこんだ私の目の前に立つと、ゆっくりと述べた。
「死ぬ前に教えてやる。俺はマスカレードじゃない。あるマフィアお抱えの殺し屋さ。ま、どこの組織とは言わねえがな」
 部屋の煙が濃くなる。先ほどのボールは恐らく潜入時等に用いる催眠ガス噴出弾だったのだろう。その男はいつの間にか厚いマスクを着用しており、声はひどくくぐもって聞こえた。
「……待ってたんだよ。偽物の暗殺計画の、偽物のとん挫の情報が流れて警備がうすくなる瞬間を。マスカレードがアリエッティ家令嬢の護衛協力って話は今やヴェネチア中で噂になってるからな……今なら屋敷から堂々と仮面の野郎が出て行っても誰も何も思わねえ。更に警備が薄くなった今、ここでお嬢様の殺人が起こっても気付かれるのはよくて1,2時間後……! その頃俺は逃走を終えて警察はマスカレードを血眼になって捕まえようとする!! 真の犯人がマスカレードと全く関係ない俺とも知らずにな!! ……完璧だろ?」
「……一つ頼みがある」
「あ?」
「私を殺してくれ。そしてその代わりにアリーチェを見逃してやってくれ」
「……分かったわ。お前、馬鹿だ」
 瞬間、左足に2本目の投げナイフが刺されたのを理解した。刺されたというより思い切り私の足に向かって投げられたという刺さり方だった。マスカレードはひどくイラついていた。
「お前の、そういうお嬢様お嬢様…ってところ、本当に犬みたいでムカついてたんだ……そうだ。じゃあこういうのはどうだ? このお嬢様と一緒にお前も殺してやる。そうすればあの世で二人仲良く過ごせるだろ?」
「……頼む、考え直してくれ」
「というわけで、まずお前から死ねや。拾われ執事」
 3本目のナイフが私の心臓を一閃した。
意識が遠のき、私はゆっくりと目を閉じた。


4.
「さて……お前の大好きなマスカレード様が、殺してやるぜ」
 マスカレードを騙っていた男は、ゆっくりとその少女に近づいていった。
「あばよ、お嬢様」
 男は右手に大型ナイフを携え、少女の胸へとその刃を一気に振り下ろした。
ナイフが深く肉に突き刺さる音、血が溢れだす音、その全てが混ざって白煙の中にこだました。
あまりに意外過ぎた痛みに、男は倒れた。
男の右腕には深く別のナイフが刺さり、傷からは血が溢れだしている。少女を狙っていた大型ナイフは、男が握力を失うと大きな音を立てて床に落ちた。
「……本物のマスカレードは、左利きなんです」
「……お前…………どうして……!!」
 男が後ろを振り向く。催眠ガスがまだうっすらと残る中、その向こうに男が見た輪郭。シルクハットにマント、そして舞踏用の仮面。
――マスカレード。
 男がゆっくりと立ち上がった。深く傷の入った右腕をだらりとぶら下げて、マスカレードと名乗るその者を睨んだ。
「……ハッ。そういうことかよ……。マスカレードの正体……まさか、てめえだったとはなアッ!! “拾われ執事”!!」
 男は思い出していた。
 初めて執事と相対した時、その執事が胸の内ポケットから小型拳銃を左手で握り自分に向けたこと。その執事が見せた花のブーケを手品は左手でおこなっていたこと。
「……言っただろ、変装と手品が得意だって」
 すっと左手を仮面の前にかざしただけで、仮面が消えた。その向こうには、男が一週間話していたフランコという執事の顔があった。フランコは悲しそうな顔をしていた。
「あと、仕留める前に武器は確認した方がいい」
 男が使っていたナイフは全てフランコから渡されたものだった。
通常時はナイフとして使えても、遠隔操作で刺さったら刃が引っ込むようになる、手品用のナイフ。
「くそッ……全部最初からバレてたってことかよ……。でも、まぁいい……もう一度お前を殺せば済む話だッ!!」
 男は左拳を強く握りしめ、フランコ――マスカレードに殴りかかった。
 マスカレードは動かなかった。男の拳がマスカレードの左顎骨をとらえようとした刹那、マスカレードの姿はまるで手品のように部屋の白煙の中に揺らいで消えた。
 その瞬間、どこからともなく男の左腕めがけてナイフが宙を裂き、脈を切るように左手首深くに突き刺さった。
「うわぁぁぁぁぁっ………!!!!!!!!」
 暴れれば暴れるほど四肢をナイフが刻んだ。男は、マスカレードの用意した手品の舞台から逃げられなかった。
「なんでだ……たかが執事が、どうしてこんなに強い……」
「それだけ努力したってことだ。お嬢様を守るために」
 気づけば白煙が完全に身の回りを覆い、男は自分がどこにいるのか分からなくなっていた。殺す筈だった少女の姿もいまやどこにあるのか分からない。分かったとしても、自分の身体を動かすための四肢が傷だらけで動かない。
「……マスカレードは、殺人犯を殺す殺人犯と言われているが、正確には違う。私は、“お嬢様を殺そうとしてきた殺人犯”を全員殺してきた。その過程で、人を殺すのにも慣れたんだと思う」
「……はっ……お嬢様を守るために、殺しに来たやつ全員殺してきたってか……!」
「アリーチェという少女を殺そうとした奴は、必ず殺されている――そう噂が立てば、お嬢様を狙うものは今後いなくなるだろう?」
「……ってことは、俺もここで殺すってことか?」
「そうだな。あの時、考え直さなかったからな」
 真のマスカレードが、倒れる男の前に現れた。仮面はしておらず、その表情からは人間の感情のようなものが完全に抜けていた。男にはその顔が、自分自身を失くし、主人のためになら何人だって殺そうという理性の欠けた動物に見えた。
「……いいさ。どうせ暗殺に失敗したら、殺される予定だった身の上だ……。殺せよ!! ……そうだ、最後に聞かせてくれよ。お前、どうして……俺にマスクを取るなって言ったんだ?」
「簡単だよ。マスカレードの正体が最後まで分からない方が、お嬢様の毎日が楽しいからだ」
「なるほどな……。やっとわかったよ。お前、この世のどこの殺人犯よりも狂ってるわ」
「そうか? 私はただ、お嬢様のためにできることをしているだけだ」
 次の瞬間、男の胸をナイフが射抜いた。男は、一瞬で絶命した。

5.
「んう、おはよう……」
 アリーチェがベッドからにょきっと顔を出す。
「おはようございます。お嬢様、一日近く寝てましたね。一周回ってもう朝ですよ」
「あ、あれ!? マスカレードは!?」
「あのあとかえっていきましたよ。暗殺計画を阻止できたので、私の仕事は終わったって」
「うぁぁぁぁカッコいい!! やっぱりマスカレードはカッコいいなぁぁあ!!」
「はは、そうですね」
 淹れたばかりの紅茶をお嬢様に渡す。
「ねぇフランコ! 次はいつマスカレード来てくれるかな!?」
「分からないですね。また、次のお嬢様の暗殺計画が立ったら来るかもしれないですね」
「やったぁ!!」
「って冗談でいったんですよ! 喜ばないで下さい。自分の暗殺計画を喜ぶ人がどこにいますか」
「えへへ」
お嬢様は喜ぶ一方、私は自分の中でそっとつぶやいた。
 ――本物のマスカレードは、一生お嬢様をお守りし、そして一生正体を明かしません。
 平和を乱す人間は、私が仕留める。……お嬢様の、ね。
壊れかけのRadio体操第一 iCTdsK60r.

2016年12月30日 08時31分49秒 公開
■この作品の著作権は 壊れかけのRadio体操第一 iCTdsK60r. さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:

「お嬢様!可愛過ぎて、暗殺計画の対象になっています!」

◆作者コメント:

どうでもよさそうな情報はなるべく排除したのですが、読みやすかったでしょうか、それとも情報不足過ぎましたでしょうか…?

例えば話のテンポの良さを重視して、各キャラクターの服装や部屋の内装等の説明は全カット、考えてみれば執事なんて性別の説明すら省いてます。

読んでいて違和感があれば教えて頂けると幸いです。
話自体のつまらなさの指摘出しも大歓迎です。
宜しくお願いします。

(キャッチコピー、適当です。すみません。)

2017年01月24日 08時28分08秒
+10点
2017年01月15日 23時22分04秒
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2017年01月15日 22時59分38秒
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2017年01月15日 21時34分36秒
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2017年01月15日 17時00分31秒
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2017年01月15日 15時33分42秒
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2017年01月15日 13時05分48秒
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2017年01月13日 22時44分35秒
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2017年01月12日 20時10分50秒
+10点
2017年01月09日 21時00分26秒
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2017年01月09日 16時51分02秒
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2017年01月07日 17時47分57秒
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2017年01月06日 04時32分26秒
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2017年01月05日 23時30分54秒
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2017年01月05日 16時12分09秒
+20点
2017年01月02日 17時30分03秒
+20点
2017年01月01日 17時37分28秒
+40点
2017年01月01日 11時27分21秒
0点
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