世界って素晴らしく、戦う価値がある、圭はその意見に……

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 色紙にはクラスの全員から書き込まれたメッセージが埋め尽くされている。
 さようなら圭君
 あなたのおかげで人をいじめる愉しさを覚えましたありがとう、感謝しています
 いなくなって良かった、ばんざーーい
 安らかに死んでね!
 一度いじめという構造が出来上がると、その輪から抜け出すのは担任教師であってもむずかしいのか、はたまたどういった心境でこんなことを考え出したのか発案者は担任の教師柴山であった。
 これで死んだらウケル(笑)
 好きでした、圭君
 バイバイ!
 極めつけはそこに担任教師柴山のサインがあり、ご丁寧に落款まで押されていることだろうか、動かぬ証拠である。
 この色紙をプレゼントされた圭はこの日を境に登校拒否となり、その性格を変え、はるかはとある異能に目覚めた。
 圭は男の子にありがちな、馬鹿をやることがエライという、ひょうきん者でおっちょこちょい、それでいて成績は優秀、小学校卒業の半年前のことだ。
 事件発端の陰の首謀者は、圭の家の真隣に住む幼馴染古都竹はるか、そばかすがかわいい女の子だ。
 はるかが圭をいじめだした理由は
「圭君ことが好きです」
 と告白した女子が現れたことだった。
 もしはるかが圭のことが好きで、この女子のことを攻撃するなら結果は違っていたのだろうが……はるかの嗜虐心は圭にその矛先を向ける。そのいじめの仕方はクラスを巻きこんで行われる集団的なもので、はるかが描き、教室崩壊させかかっていた柴山の選択したシロモノであった。
 ある日はるかが圭に「葬式やるよ圭君手伝って」と誘い、クラス中を巻き込んで葬式ゴッコを始めるが果たしてその死んだ人とは……圭のことであった。
 このいじめの副産物はクラスが、圭を除いて纏まるという効果を生み出したのが特徴的で、圭無き後もクラスは一致団結し、大層芝山を喜ばせたという。
 しかし圭が登校拒否に陥り、この色紙のことが圭の親バレに至り、圭は隣の小学校に転校と相成り、柴山は刑事告訴された。
「圭、あんたのこと心配して言っているんだよ、一体誰があんたにちょっかい出したんだい」
「もうしゃべっても大丈夫なんだぞ、お父さんお母さんがもう全部守ってあげるんだから……」
 原因究明の為に親は圭を一生懸命説得し、一体誰が原因なのか12時間以上にも渡って攻め続けた。
 だが圭は頑としてその口を割ることは無く、のどの奥底に温かいものを溜め込み、その夜余りの苦しさ、孤独感から自殺を敢行する。
 圭の家の真隣のはるかを圭はかばう、余りの惨めさは親にも知られたくない、殺されるほどの悔しさは自分の弱さ惨めさだ。絶対にその原因は秘匿にしておきたいものだ。

 それから三年とちょっとの月日が過ぎ、圭とはるかは偶然にも同じ高校に進学し、同じクラスで再会する。

「はるかも変だよね~」そういうのははるかと親友の心愛だ。
「変も変すぎだろ、歴史の飯田に何論戦吹っかけて授業とめてんだっつー」そういうのははるかががさつと認定する今日子ことタゴだ。
「エー別にー」
 歴史の飯田は典型的な歴史オタクで、授業中よく話を脱線させ時に生徒の論戦をすることのある先生だ。
 この日も授業中、いったい南北朝時代の話から旧ユーゴスラビアに話が飛び、そこで圭に民族問題とは一体どういうものなのかなどど話を飛ばす、そうやってこんこんと圭と飯田の話が続いたところで割って入ったのがはるかだった。
「民族問題を歴史の先生が話すことはどうかと思いますよー、集団に対しての帰属意識をあれこれ言うのって扱う学問は社会心理学の分野の問題で、大体先生ってミリグラム実験とかって知ってます~!? かの実験から人は何故服従してしまうのかとか……」
 圭の次にははるかと議論が続き、最後に根を上げたのは飯田の方であった。
「まあちょっと気持ち良かったけどな~ だろ? 心愛」
 バシバシッはるかの背中を叩きながら快活に笑う今日子だ。こういうところがガサツで、はるかからみて田舎者の田吾作なのだ、だから彼女は今日子をタゴさんと呼ぶ。
「でも~どうしてはるかちゃん、あんなに詳しいんですか」
 それは偶然クラスが一緒になった圭が読んでいた本、その本が旧ユーゴを扱った本で彼女は興味を引かれたからだ。その周辺は片っ端から調べまくった、だからその論戦は彼女にとってもとってもすばらしく楽しかった、圭の驚いたような視線がうれしかったから。
「別に~たまたま、よ」
 一体神様はそんなこと知ってか知らずかは分からない、
 意味深な微笑をつくり笑うはるかだ
 でも久しぶりに一緒のクラスになってはるかは自分に正直になってみることにした
「「たまたま、ね」」
 あの時目覚めた異能を使ってみることに決めたのだ。
どうして? いつまでも遠くから見つめているだけでは、失ってしまってからでは遅いと今更ながら気が付いたのだ、だから彼女から行動を起こした。
 小学校時代の壮絶ないじめから六年生にして自殺を図った圭はその性格を暗い物に変え、本とPCが友達の無口な少年になっていた。
 その出来事がショックだったのか、遺伝的にそうなのかは分からない。圭の面影はその六年生のまま止まってしまったかのようにはるかには映る。背丈ははるかとほとんど一緒で少年のあどけなさはそのままであり、肌など青いくらいに白く、うなじに浮かぶ青い静脈など女の子のそれより魅惑的、ひどく体毛も薄い、肩幅もまるで女の子のそれのようであり、声など変声期を迎えても一向に変わらなかった。。
 異能を使うには慎重を期する必要があるだろう、一度使ったきり、もう三年以上使っていないしその性格上身体は無防備に曝させる。
 だからはるかは、仮病を装い保健室でその身体を横たえた。
 はるかの意識はしっかりとしている、その身体はピクリとも動かせないが、心臓や呼吸は止まっていない。それを天井付近から眺めるのはほかならぬはるかである。
 はるかの異能は幽体離脱、しかもその能力には続きがある。
「うふふ、三年ぶりだけどすんなり身体から離れられたね、さあ行ってみよう」
 天井をすり抜け、壁をすり抜け、大空を舞うはるかだ。風というものは感じられないが、素晴らしい浮遊感だった。このまま空の散歩を続けたいが、はるかには目的がある。
 学校上空から教室に戻り、本を読んでいる男子の体に、憑依した。これこそが幽体離脱の異能の続きなのだ。
 一瞬圭の肌が粟立ち、射精後の虚脱感にも似た悪寒を感じる。
〈うふふふ……〉
 なにか奇妙な忍び笑いの聞こえる圭だ。
〈……ボクだよ、圭君〉
 聞いたことのある声に顎をあげ、辺りをきょろきょろ見渡す圭。
 さっきまで近くにいた幼馴染のはるかが居ない、だがこの声には聞き覚えがある。圭の苦手なあの子の声だ。
〈分からないかなあ、今、君の中にいるんだよ〉
「?」ポンポンと耳をたたき、教室をきょろつく圭、空耳にしてはやけにはっきり聞こえる声だ。
〈やだなあ圭君、ボクのコト分からないの、はるかだよ〉
「なんか変だな、耳鳴りか?」
〈もー違うよ、あんまり声に出さないでくれるかい、周りに変に思われちゃうじゃん、心の中で会話してくれればいいんだからさ〉
「頭ン中がうるさいな」
 ガシガシ髪をかき上げる圭だ。
〈もうしょうがないなあ、これ以上は気が違ってしまったと思われると困るから、君の身体のっとるからね〉
 聞きようによっては恐ろしいことを言い、彼女は自我を増大させ圭の意識から主導権を奪い……脳へアクセスするはるかだ。
〈えっえっえっ? なにコレ、か、身体が動かないんですけど、えっ〉
 意識はある、目も見える、音も聞こえる、だが肌感覚は乏しく、嗅覚と味覚はほぼ奪われた。身体は動かせないが、勝手に身体が動くのだ。はるかが動かしている、いや動かされている。音と映像を強制的に見せられている夢の中の様な感覚に陥る圭だ。
 はるかは手を握ったり、開いたりして身体を掌握したコトを確認する。二度目となるとその身体のなじみが早いのか、違和感を感じない程だ。
〈ふーん、三年ぶりだね、圭君久しぶり〉
 微笑を湛え顔の輪郭をチェックしながら乗っ取った圭の意識に語りかけるはるかだ。
〈えっこの声って、なにコレ、いったい俺どうしちゃったの、頭おかしくなったのー〉
〈ふーん中々いいトコ突いてくるじゃん圭君、そうだね~言うなれば思考化声って言葉がよく似合うかな〉
 思考化声とは統合失調症のよくある症状で、自分の考えが声になって振ってくると感じる幻聴の一種である。だが圭はけっして精神を患ったわけではなかった。
〈な、なんだよそれ、あ、アンタ一体誰だよ〉
〈ひっどーい圭君幼馴染のボクのこと忘れちゃったの~、ふふーん、は、る、か、だよ〉
 昼休み時間、教室の窓際にある圭の机で脚を組み、頬杖をつく彼は教室全体を見るともなしに眺めていた。
〈えっ古都竹……はるか、なの〉
 ぞくりとする圭だ。
 教室の喧騒の中、圭は(注、この圭君ははるかに乗っ取られています)そっと自分の左腕の手首を見る。
 自殺の時、圭の記憶は途中で飛び、そして病院で目を覚ました時のことを思い出した。
 そして愛おしそうにはるかはその真一文字に結ばれた創傷をそっと舐める。

 三年前と少し前クラス中から葬式ゴッコというイジメに耐えられなくなった圭は、風呂場において自らの左手首を切り自殺を図ったのだ。
 時を同じくしてこの時はるかは圭の中で目覚めた。圭の意識が失われることがトリガーとなり、はるかの異能が開花したのだ。
 女子というものは一般に信じられるより強いもの、特に出血に対し男より強く出来ている。
 はるかが圭の身体に宿り、目を覚ました時には危険なほど其の血がバスタブを真っ赤に染めていた。風呂に漬かっているというのにひどく寒く、身体に力が入らない。このまま目をつむってしまえば眠るように逝くこともできるだろう、その死の直前の苦痛を味わうためにはるかはこの異能に目覚めさせられたのかも知れない。
 だが彼女は痙攣する身体を、渾身の力を振り絞り、バスタブから立ち上がる。
 上腕の動脈部を手で押え、ガタガタ身体を痙攣させ、家族のもとに必死に這いつくばる。
 一歩一歩が途轍もなく重い。
 声など上げることもできない。
 最後には悪寒すら感じることもできず、景色が白く見えた。
 ここで意識を失ったら圭が死んでしまう、その思いだけがはるかを突き動かす。
 そして居間にいた母親の顔を見た瞬間、ついに圭はぶっ倒れたのだった。

 そして三年後、再び圭ははるかにその身体を乗っ取られたのだ。
〈ふーん圭君ってガガガ文庫なんて読むんだ 面白いのこの本〉
〈い、いいだろ俺が何読んだって、お前にはカンケーないだろ〉
 一人の身体に二人の心、この状態の面白い所は二人の意識、記憶、感情に隠し事が出来ないことにある。
〈ああ、なるほどそういう話なのね〉
 はるかは圭の記憶の図書室を覗き、本の感想を引っ張り出してくる。圭の記憶はせいぜい町の図書館レベルといった広さである。だが物理的にその広さを持っているという意味とはチョット違う。
〈ちょっと待てよはるか、なに? 人の頭の中覗けるの、今の意味〉
〈お察しの通りですよー、ボクの意識の宮殿を覗いてみる? 圭君だったら許しちゃうよ〉
 覗くというはるかの言い方よりは、接続するという言い方の方が正しいかもしれない。仮想空間にある情報にアクセスするようなものだ。
 はるかの意識の、心の宮殿は巨大だった。複数階に分れ、時にその深淵は迷宮の様に入り組み、圭を迷わせる。彼女の子供の頃叔父から買ってもらったというウサギの人形トトゥが案内してくれた。
 宮殿中央に広がる広場はその先が見渡せない程広い。極彩色のピンクに彩られ、ずっと奥には観覧車が光り、お城が鎮座する。
 すぐ近くの電光掲示板にはいま日本で恋に落ちた女性の数が物凄い早さでカウントされ続けているとトトゥが教えてくれた。
 想像を絶する世界に目眩を覚えた圭は、ピンクのお花畑の広場に倒れ込み、その頭を抑えた。
 その広場に等身大のはるかがどこからともなく現れ、圭の顔をのぞき込む。
〈これはボクの意識の形を成したものだよ、カワイイと思わないかい〉
〈よ、よくわからないや……〉
〈ふーん、だけどぼくは君のコト、少しは理解しているつもりなんだけど〉
 その時現実世界では昼休みの終了の鐘がなり、現国の教科書を引っ張り出す圭だった。
 授業中ノートに板書を取りながら、はるかは圭とコミュニケーションをとっている。
〈例えば圭君、君がどれくらいエロ画像を収集しているかとか、どんな性癖で何をオカズにしているとかさっきチェックさせてもらったんだ、君ってサイテーだね〉
 目を両手で抑えお花畑に寝転ぶ圭は、その聞き捨てならない言葉を聞きガバリッと起き上がる。
〈な、なにー、んなことまで見れるのかよ!〉
〈圭君さぁ記憶をアイウエオ順に整理整頓するのはよくないなー、これじゃ見てくれと言わんばかりじゃない~ふふーん〉
 等身大の彼女はニヤニヤしながら圭に顔を寄せる。
〈お、男なんだから……し、仕方ないだろ〉
 最後の方は声が消え入りそうに小さくなってしまう。
〈仕方がないって、虐められて自殺したけど、世をスネたって、やっぱり女の子には興味があるのは仕方がないって意味?〉
〈……………………〉余りに意地の悪い言い方に無言となる圭だった。
〈無視するのは良くないよ圭君、ボクは他にも色々知っているんだからね〉
 ドキリッとさせられる圭。
〈圭君って作詞とか、小説も書くんだね〉
〈あ、いや、それはなんとも……〉
〈残念ながらそこは記憶の中で内容はあいまいだったけど……だけど〉
 何か嫌な汗が出てくるような気にさせられる圭、きっと彼女は圭の承認欲求までも把握しているのだと、ここに至って理解する。
〈内容が超の付くくらい厨二成分で溢れているでしょー、きゃ~~~!〉
 もうそこまで言わただけで恥辱感から真っ赤な顔の圭で、一周回って逆に〈だ、だからどうしたんだよ~〉と強がって見せた。
〈……雪の担い手よ、迸る情熱を以て、己が信念を貫け!“リザレクション・ヒーラー”……だっけ? なんか覚えあるでしょ、くーーヤヴァイ位オタ臭全開って感じ~、キモいキモイ!〉
〈~~~~~~~~~~〉
 最早言葉に出来ない圭であった、とてもじゃないが口では彼女に勝てはしない。
 しかしサディスティックな彼女はそれくらいで満足するわけがなかった。
〈ボクはね~圭君に興味があるの、興味が尽きないんだ、例えば圭君の身体とか……〉
 やおらお花畑に宙から鉄策が落ちてきて二人を閉じ込める。
〈んだこりゃ、俺を閉じ込める気かよ〉
〈圭君に見て欲しんだ~〉
 其の鉄柵に囲まれた閉鎖空間で、はるかが想像したものは自身のアラレモナイ姿である。靴から脱ぎだし、靴下、ブレザー、ネクタイと脱いでいく。
〈お、おい、はるか、何してんだっつーの、ここどこか分かってるのか、教室ん中だぞ〉
 圭に見えている景色は教室の授業景色であり、心象風景はピンクの檻なのだ。
〈バカはるか、一体何がしたいんだ、なにやってるかわかってんの~~〉
 そこまで脱いだ後はるかはゆっくりとシャツのボタンをゆっくりゆっくりと外してゆく、見せつけるように、嬲るように、ゆっくりとゆっくりと……。
 教師に命令され教科書を読んでいる圭の下半身に血液が集まるのがはるかにもよくわかった、女の子だからよっぽどわかるものだ。
〈えへ、圭君ボクに興奮しているんだね変態、みんなから見られているのに立ってきてんじゃないの?〉
〈わ、わかった、その通りだ、いや俺が悪かった、いや何が悪いのかわからんけど、取り敢えず俺が悪かった、頼む勘弁してくれ、ちょっとまずいだろ? 教室でテントはってるってさ、いやそんなおっかない顔しないで、タイムタイム、無しナシ、ごめん、ホントごめん、お願いだから、た、タスケテ~!?〉
 この時の圭の異変に気が付いたのははるかの友達心愛であった、何か変な雰囲気だと。
〈ふふーん、圭君ってカワイイネ、いじめがいがあるって愉しいよ〉
〈どうして、どうして俺のことをそんなにいじめようとするんだよ……〉
 圭の昔からの疑問、どうしてこの女子はこうまで執拗にイジメて来るのだろう。自殺未遂に追い込んだくらいじゃ満足できないのだろうか、あの時どれだけ苦しかったと思っているんだ。
〈はぁ~~もう圭君ってば……いいよ、ヒント。ボクの心〉
 呆れながらはるかがお花畑に手を突っ込みズボッっと引っこ抜く様に取り出したものは(この世界ははるかの妄想世界です、彼女がルールなのです)血と錆びで汚れた椅子、それも医療用を想像させる拘束椅子だ。
〈さあ圭君、この椅子に腰掛けて、ボクの更なる心象風景にいざなうよ〉
 どう見ても恐ろしげなその椅子は、座ろうとするものにこれからの拷問を予想させるようなオーラを放っている。だが圭はもういじめっ子独特のはるかに逆らうという発想が出来なくなるところまで追いつめられていた。はるかという絶対権威には一度でも服従させられるともはや何にも逆らう事が出来なくさせる力がある。
 言われるままにどんより思考能力を停止させ、その椅子に腰掛け、はるかにゴーグルとヘッドホンを装着させられる。
 そこに映し出され、耳に流れる音すべてははるかの圭に対する思い出のアルバム、記憶その一部始終だ。幼稚園から今に至るまでの殆どすべて、その時のはるかの想いが怒涛の様に頭に流れ込んでくる。
 そして最後は圭が女の子に告白され、はるかの全身の血が黒く染まる様な嫉妬に焼かれる場面や、自殺まであわやというところまでの生々しい集団のいじめの中心にいるはるかの歓喜の感情、自分等生まれてきてすみませんという圭の惨めさ、悲しさ、孤独感も同時にはるかに伝わる。隠し事は一切叶わず、すべてのヒミツが共有された。
 その時圭は知る、圭が風呂場で死ねなかった理由も、誰が助けたのかも、その時の苦しみを味わった彼女の気持ちも。どうしてそんなにもはるかが圭を想い、その反動から圭を苛烈にイジメるのかの理由も。
 それは壮絶なはるかの告白だったのだ。
〈さあ圭君、どう?〉
 余裕たっぷりの振りをしたはるかが聞いてくる、返事はどうなのと。だが彼女には覚悟があった、フラれた場合にはこのまま圭の人格を圭の中で抹殺するつもりだ。恐るべき異能である、この能力を使えば、肉体を次々に乗っ取り、永遠に生きながらえ権力をほしいままに出来るだろう……だが彼女はそんなことはどうでもよかった。
〈どうして、どうして俺のこと助けたの〉
〈えーー意地悪なコト聞かないでよ、君のコト好きだからでしょ〉
〈いじめられた俺の気持ちさ、今さっき共有したじゃん、そん時どう思った? 自殺する前、凄く悲しくて寂しかったんだぜ、そうゆうの理解できるのかよ〉
〈……悪いとは、思っているよ、だからほっとけなくてさ〉
〈ほっとけないって……何をだよ〉
〈ほら君の身長とか成長が止まっちゃったみたいじゃないか、ほんと性格も暗くなっちゃってさ、つまり心配なんだよボクは〉
 圭をいじめぬいたのがはるかなら、
〈誰のせいだと思っているんだよ!? 勝手ばっか抜かすなよな、俺の人生滅茶苦茶にしておいて〉
 圭の命を助けたのもまたはるかなのだ、
〈ああ確かに俺を助けたのははるかだし、感謝もしている、だけど〉
 圭は自分の気持ちに折り合いを見出すことにする。
〈……許す……だけど、だけど絶対に忘れないからな!!〉
 圭の本心はまだはるかを許す気落ちになっていないことは、彼女にも分かっていた。なにしろこの二人には気持ちに隠し事が出来ないから。でもはるかは圭のこの言葉がうれしかった、許そうとしてくれる努力がうれしかった、気持ちがうれしかった。
〈ありがとう圭君、うんボクも努力する圭君とのお付き合いを楽しくする努力をするよ、約束しようきっと楽しくしちゃうって〉
 そういってから背中に隠した【存在消滅銃】をどこかに投げ捨て、〈圭君どうせなら今からボクの体が保健室にあるから見に行こう〉といいだす。この今までの話を夢幻ではないと証明したいのだ。
 もうすぐ授業の中盤に差し掛かろうとしていたとき窓際に居た少年が立ち上がる。
「あのー先生すみません、気分悪くなってきちゃって……保健室、いってもいいすか」
「………………」
 突然立ち上がるスクールカースト下位の陰キャラに名前が出てこないのだろう、反応できない先生だった。それを見かねたのか手倉森心愛が手を挙げ「私が保健室まで連れて行きます」と珍しくフォローしてくれたのだ。
 心愛は今まで圭とは直接話した事の無いアレな関係でしかなかったが、何か言葉で表せないような変な雰囲気を嗅ぎ取り、ついと言ってはなんだが一緒に保健室まで付いてきてしまった。
 保険の先生は不在だったため、記録ノートにクラスと名前だけ記入し、心愛は保健室を後にした。
〈保険の先生も居ないなんて理想のシチュエーションじゃないか〉
 少しうれしそうに口角を上げるはるか。
〈なにが理想なんだよ〉
 ちょっととぼけた様に眉根をよせ、口をすぼませる圭だ。
〈ほらそのすぐカーテンの向こうを見てごらん、ボクが横になっているから〉
 まさかと思う気持ち5割、でも居るはずだという思い4割、好奇心1割の彼は少し躊躇いながら、ゆっくりとカーテンを開けていき、彼女の顔を確認すると、……ゆっくりとそのベッド脇に引き寄せられたのである。
 肩くちまで伸びた髪はマッシュショートボブで、活動的な彼女らしく、少し丸みを帯びた彼女の輪郭と相性がいい。そこにそばかすの浮いた彼女はとても可愛らしさを表現していた。
 幼馴染が古都竹はるかに間違いない。彼女は今ここに存在し、彼の頭にも存在している、不可思議な現象だ。
 丸顔にして通った鼻梁と色素の薄い唇にドキリとさせられる彼だ。
 その一瞬を逃さず彼女は言うのだ。
〈チュー位だったら、しちゃってもいいよ〉
 二度ドキリッ 心拍数が上がるのが隠せない、頬が上気し吐息が暖かくなってしまう。
〈な、なにいってるんだってゆー〉
〈身体の主導権は君に返そう、ボクの唇を奪ってくれ〉
 そういって彼女は背筋にゾクゾクする痺れのようなモノを感じる、寒気ではない、もっともっと暖かいものだ。それは彼のときめきであり、彼の身体の中に居て自分にチューするという状況からくる背徳感にも似た感覚である。
〈ああなんて表現したらいいんだろう、圭君にチューしてもらうのを圭君の中で見ることが出来るなんて、こんな経験することが出来るのは僕達以外ありえないんだ、これって奇跡だよ~圭君〉
 彼は彼女から思われ、その想いが直接心に流れ込んでくるのを感じ、彼の心はますますときめいていく。そのときめきも直接彼女の心に響き、さらに彼女の心を熱く震わせるのだ。
 ベットの上に乗り上げ彼は彼女の頬を両手でやさしく包み、そっと目を閉じ……まさに唇と唇が触れ合わんとしたそのとき。
 ガチャリッ扉を蹴飛ばす勢いで入ってくる人の陰があった。
 一部始終を扉の陰から見ていた心愛だ、彼女は矢も盾もかまわず枕で圭の頭を横からなぎ払ったのだ。
「この変態さん、心愛の友達に乱暴しないで」
 ベットから圭は転げ落ち、その瞬間はるかは目を覚ました。

 ぱんっ
 頭を深々と下げ、その頭上で両手で大きく手を打ち謝罪するのは先ほどの心愛だ。
「だから、ごめんてば~~」
 話の一部始終を聞き、胡乱な目で二人を見ているのは今日子である。
「まさかそんなことになっているなんて、夢にも思わないじゃないのよ」
 ひたすら頭を下げる心愛であったが、頬を膨らましご立腹なのがはるかで、「まあまあ二人とも」と諌めるのは事なかれ主義者の圭だ。
「ボクがどれくらい怒っているのか分かっているの心愛、圭君」
 はるかの怒気に二人してしゅんと落ち込む二人だ。
「問題はそこよりも、はるかが幽体離脱できるかということだろ?」
 腕を組みながら話を聞いていた今日子が首を傾げながらはるかに聞く。
「じゃ、じゃあ試しさに、今日子の中にはるかが入ってあげればいいんじゃない、本人にとって一番分かりやすいと思うし」
 心愛の提案するその方法は一番分かりやすい方法だが、
「理には適っているように聞こえるけど……ボクが今日子の中には入るのちょっとね……好きでもない子の中に入るなんて想像しただけで気持ち悪くなっちゃいそう」
 今日子とはるかは喧嘩友達だ、早々意見の一致することなど無い二人なのに、
「珍しく意見が一致したぜはるか上等だよ……といつものオレだったらなってるかもなあ、でもなんか面白そうじゃねえ? そうだな、例えばはるかが入った圭がはるかしか出来ないことして見せてくれると納得しやすいんだけどね」
 奇妙な意見の一致を見たのだった。
「きゃあ何かいやらしいですわ~男の方の中に女の子の意識が宿るなんて~」
 いやらしいという言葉の所を強調し、意図的に頬を膨らませ片目を閉じる仕草を見逃さない今日子。
「お、オレの前でブリブリすんなって言ってあんだろ」
「……………………男と女…………ぶりっ子……男がぶりっ子はないか……でも」
 ぶつぶつ独り言をつぶやくはるかは、ちらりと圭に目をやりニヤリと悪戯に笑ったのだ。

 もちろん圭は大反対だった、だけど今日子が「じゃあオレのウィッグとか貸してやんよ」といったことが決定打になり、今こうして今日子の実家に拉致られてしまっていた。
「いやー奇遇だよな、キグウ~」
「今日子さんってこんな女の子らしいとこありましたのね」
 今日子の友達心愛は意外そうだ。
「そんなことよりはるか、さっさと憑依ってやつやって見せろよ」
 話のあらましはこうだ、「男子の圭はぜぇったいにメイクのことなんか知らないから、はるかが憑依して彼のことメイクしてみせるよ」といったら心愛が大興奮して賛成し、興味本位で今日子が協力を申し出たのだ。
 そして圭は三面鏡の前に座らされていた、はるかに【存在消滅銃】で脅しつけられて。
「?」今日子がいぶかしげに圭の顔を覗き込み、心愛が人差し指で傾げた頬を支え、不思議そうに見ている。
 洗顔がまず入念だった、スクラブ入りの洗顔を短時間に済ませ皮膚の皮脂を取り除く。短時間であることにも理由がある、潤いまで損ねないためだった。
 化粧水を付ける所作が女性的、決して爪を立てず、おでこから左は左手、右は右手で指・手のひら全体を使って、肌に優しく押し当て”染み込ませる”ようあくまで優しく潤いを与えていく。それを二度三度と繰り返し、最後に乳液を極々薄く塗る。
 彼の肌はきわめて白く、決め細やかで産毛など女性のそれよりも薄いくらいだ。しかしてコンシーラーの部分的に「隠し」をいれることなく肌色にあわせた自然なファンデを入れていくことが出来る、これは強力なアドバンテージだ。
 ファンデはパウダーでラメ入りを選び(塗り方を盗もうとガン見してくる今日子が怖い圭)塗り方は顔の中心から外側に向かってのセオリー通り。もちろんチークを入れるのも忘れない。そこから眉毛を切り、抜き、ぐっと細い眉に整える。
 イジられていて圭がちょっと怖いと思ったのは瞼を二重にするための方法だ。アイプチをする古都竹だが、その時に圭の眼球を指で抓む様に持ち、動かさないようにするのだ。おかげで明らかに目がぱっちりとした印象に変わる。そこまで描いたところで圭は少し驚く。

〈どう圭君? かなーり印象が変わって来たんじゃない、そうだね~何か男性でも女性でもないような、あえて言えば中性的とでも言ったところかな~♪〉
「うーんこりゃ確かに男には出来ない芸当だな……」まじまじと一部始終を観察し、その職人的メイクに圧倒される今日子と、
「だいぶ化けられましたね、女は化けるものだと言われますが、男の娘も大したものですわ」同調する心愛である。彼女は自他ともに認める学校一の美少女で、時折雑誌のモデルにもなる程だ。
 圭は何か妙な気持になってきていた、恥ずかしさもあるがそれが気持ちいいのだ。今まで味わったことのない不思議なくすぐったさを彼は今味わっている、自分が変わっていきそれが認められるという満足感、背徳感、達成感を。高嶺の花の心愛ちゃんからも認める発言に天にも昇る様な嬉しさがこみ上げる。
 更に取り出されたものに、圭は見覚えがあった。たまに風呂場で見かけるゲジゲジである。ただ生きたゲジゲジではなく、付け睫毛だ。その付け睫毛をさらにマスカラで強調させる古都竹。
 この辺りから中性からかなり女性寄りに変わるのを体感する圭で、心が益々くすぐったかった。
「オイオイ、マジかよ、お前ホントに男か!?」
「なんだか……ちょっと悔しいですわ」

 全体像を確かめ、アイシャドウの色を決め、ご丁寧に涙袋に涙ホクロまでえがいてみせ、グロス入りの薄紅のルージュを最後に、顔が決まった。
〈どうだい圭君? リアルJKが同級生を男の娘のしてみたよ。ボクが言うのもなんだけど……圭君めっちゃカワイイよ!!! 〉
「げぇマジかよコレ? なんかオレの目から見てもはるかどころか、心愛より可愛い位だぜ」普段から化粧っ気のない今日子が冷静に分析する。
「カワイイ、カワイイですわ、ちょっと嫉妬しちゃうくらい、色気すら感じます……」イロモノが出来上がるのではと内心小馬鹿にしていた心愛が正直心の底から驚嘆している。
〈うわぁぁぁ、これホントに俺なの……〉圭から見てもまるで自分ではないかのような浮遊感というような、変な満足感だ。自分という概念を捨てるなら、間違いなくかわいいとしか……それ以上は考えたくない圭だ。
 だが圭の苦手意識とは裏腹に、その表情はきらきら輝いたもので、三人、いや四人一緒になってはしゃいでいた。
 髪の毛はネットできつく覆い、頬の輪郭を隠すタイプのウィッグを被らせると、まったく元が男子高校生であったとは誰が思うであろうか? Aカップのブラを付け、はるかの制服を着れば、心愛に負けず劣らずの美少女が完成したのだ。
〈圭君ヤバイヤバイ! チョー可愛いって、 マジちゅーしたい位だよ! あー身体が自分のだったら最高なのに~、あでも今圭君の中にいるんだっけ、これはやばいから写メ取っとかないと……〉
「こりゃはるかが圭の中に憑依しているって認めないわけにはいかないよ」
 今日子ははるかの異能を認めるしかない、ベットに横たわる彼女をみてごくりと固唾を飲み込んだ。
「圭君と一緒にツーショット取りたいですわ、ううん、全員で写真撮りましょうよ」
 圭の男の娘としての可愛さを認めないわけにはいかない心愛だ、彼女にとってカワイイは正義、絶対に正義なのだから。
 それでも圭は複雑だった。鏡に映る姿ははるかの制服とも相まって、下手をすると誰もが二度見するほどの美少女JKに仕上がっている。もう正直に言うなら、間違いなく圭はカワイイ男の娘である。くすぐったい、甘酸っぱく、感じたことないもどかしさとえも言われぬ快感。変身願望を完全に満足させればきっとこんな気持ちになるはずであると確信する。と同時にぞくぞくするような羞恥心が交互交互に波のように押しては引くのである。またそれをはるかと共有することの感覚、いや快感はとても言葉に表せない幸福だ。そしてそのことはそのまま古都竹にも言えるのである。もはやここまでくると、快感快楽を超え圭とはるかは心から一体化し始めていると言っても過言ではなかった。
 その後はるかは自分の身体に戻り、圭と念願のファーストキスをせがむが、心愛と今日子から「「見せつけるな!」」とたしなめられとりあえずは我慢をする。

 今日子の家でかなりの遅くなる時間まで化粧がどうとかファッションがどうとか、男と女の中とかどのコンビニスイーツが今熱いだとかのガーリートークを繰り広げ、最後に圭はそのままのカッコで普段から高校に来た方が面白いよとサラリとはるかが言うのだ。
「わたくしも賛成ですわ、圭君といるととっても楽しいですもの」
「まあオレも賛成かな」
 圭は脅しつけられて女装したに過ぎず、とてもではないが納得し難い。当然といえば当然だ、女装する趣味のある人間は数多あれど、それを極私生活にまで続けるというのは少なくとも高校生で聞いたことなど無い。彼は男、性の対象も無論男である。
「ふざけないでよね、そんなことしたらいったいどんな目で皆から、家族から、教師から、生徒から、近所から見られると思っているの……」
「くっだらねえ、他人は他人自分は自分だろう。ナニ人の目なんて気にしてんだって」
 一際背の高いことをコンプレックスにしている今日子は鼻で笑う。
「衣装とかそういうんでしたらわたくしが援助いたしますわ」
 比較的裕福な、いやかなーり裕福な家柄の心愛が申し出てくれる。
「ほらー圭君みんながこういってるんだし、変わるチャンスだよ~、また暗い苛められっ子気質に戻りたいーなんてこと無いでしょ、ボクももちろん応援するよ、圭君のためだもの」
「変わるって一体ナニになるって言うんだ、ふざけないでよねはるかちゃんそれに二人も、君はもう一度俺の人生無っ茶苦茶にするつもりなのいい加減にしてよ」
 少し目を赤く腫らし、若干泣き声に近い声で彼は叫び、今まで遭ったはるかのいじめの一部始終を責めたのだ。
「うわ~~結っ構壮絶な体験でしたのね~、はるかちゃん凄い怖い」
 話の一部始終から少し血の気が引いたような心愛に対し、
「はっテメエ男の癖になにいつまで過去引きずってんだ? クソミテェな被害者意識のまま部屋の片隅で息してりゃそれで満足か? さっきの生き生きした圭は好きだか、今みてえなテメェみてっと吐き気がしてくるぁ」
 が今日子だった。
「ボクは圭君の味方さ、圭君が変わる所を特等席で一緒に見たいの。圭君の心の図書館の片隅の朗読室で、其の実変わりたい、強くなりたいって朗読する人が居たじゃない?、あの人は聴衆は誰も居ないのに一生懸命必死に朗読していたよ、ボクはそれが君の心の中で忘れられない場面だったんだ」
 こんなにも皆が力を合わせてくれるのはもしかしたら不思議な力、圭の男の娘としての涙がそうさせたのかも知れない。


 その夜圭の部屋にはるかの意識が訪れ、二人は圭の頭の中で抱擁し、抱き合い、接吻を交わす。二人の意識は人類有史以来たどり着けない領域にまで深く深くお互いに混じりあい溶け合い渾然一体となった。圭ははるかに、はるかは圭に、男にも女にも変身しあい、愛し合う。愛を確認しあうことが大事とどこかの誰かが言ったそうだが、この二人の所業はそれを超越する。心の底で愛し愛されるということを共有することなど本当の意味でこの二人以外ありえない、なぜなら圭の意識の中にはるかの意識が入り込んでいるのだから。

 存外まじめな顔をしてはるかが肯定する。
「昨日は凄かった! アレこそ相思相愛だよ」
「「相思相愛!!」」
 今日子と心愛の大きな声がピタリと重なる。
「ちょオメ、言葉の意味わかってんのか!?」
「そんなに深く二人の仲は進行しているのですか……ああまだファーストキスすら済ませていないというのに」
「はるか朝っぱらから止めてよ、心愛ちゃんも周りの人! 人がいっぱい聞いてるでしょ」
 顔を赤らめて三人をたしなめるのは同じ高校の制服を着た女子高生、もとい男の娘圭だ。
 ここは駅前マグロナルド、4人の女子高生が集まり作戦会議を練っている。
「もう凄いゾ! あんなことや、こんなこと、そんなことまで、ねえ圭君」
 両頬に手を当て絶叫するはるかに周りのお客さんも一同そちらを見る。
「え、ってことはお前ら昨日やったの? ちょっと話し聞かせろよ」
 今日子がかぶりつきで聞いてくる。
「圭君のアレを×××××で●●●●!」(注 昨晩二人は直接肉体的に接触はしていません)
「えーはるか早いよ~~」
 ポテトパイを齧りながらしゃべる心愛。
「わ~~~~、わ~~~~、やめろやめろ! ストップストップ! なし、なし、それは無し、喋るなバカ!」圭は必死に止めるが皆聞く耳持たない。
「ボクが男の娘になって圭君が●●●●で◇◇◇◇◇◇!! おまけに▽▽▽▽して、×××××、更に……」
「マジ!? はるかがバリタチやんのかよ! ってすっげーなあ、なんでもありじゃん」
 男のような乱暴な口ぶりだというのに吐息がピンク色に変わっている今日子さんだ。
「あることないコト言いふらさないでよね! いやホントはある事ばかりなんだけど……じゃないじゃない! んなこと喋んないで、バラさないで、遊ばないでよ~~~」
 圭も必死だ、女子同士というものはこんなにもあけすけに行為だろうがナンだろうがしゃべるものなのかと、楽しいこともつまらないことも全て共有して愉しむとは思わなかったのだ。
 見た目が女の子だったなら、みんな女の子として扱うものなんだよ。そういうはるかの言葉の真意が少しずつ分かりかけてくる圭だった。
「それにしてもよく男の娘のカッコで来たよな、見直したぜ。こーゆーことはやり過ぎな位やって、それでも堂々としてねえとな」
 今日子は素直に感心するが、聞いている彼からすると複雑である。
「ある意味男らしいですわ、タマが座っていらっしゃるというか、あらあら、はしたない言葉を」
「けっカマトトかましやがって……」
 つい最近まで、挨拶すらろくすっぽ交わさなかった心愛と今日子が本当に気さくに話し合えることに男の娘圭は不思議で、妙に腑に落ちるものがある、これが女子の世界なんだと。
「それにしても、女の子ってよくこんなスカートのようなスースーするものははけるよね? すっごい抵抗あるんだけど」
 そういう圭に三人は笑って、ダイジョーブだよ私たちが色々これから教えていってあげるからと異口同音に励ましてくれるのだ。
「じゃあボクは一足先に保健室に行って隠れているから二人ともよろしくね」
「ウ~~ッス、後でな」
「お任せください」
「……おねがいね、はるか……」

 圭君男の娘デビューのあらましは次の通り、まずはるかが安全な保健室に身体を預ける。幽体離脱した彼女が彼の身体に意識に憑依し、心愛と今日子がそんな彼(?)をガードし学校まで連れて行く。三人から見て圭は今や危なっかしいほどの可憐な美少女である。しばらくは女子の保護が必要であった。
 びくりっと圭の体が震え、はるかが憑依したのが分かると、三人うなずき合い行動開始だ。
 三人の心配は店を出た時から的中する。
「おおすっげー可愛い子じゃないですかー、君名前なんていうの?」
 早速マグドを出たところで黒服の三人に目を付けられた、
「こんな娘いたんだ! 江戸蔵高校レベルたっけー、てか君素質あるよ」
 スカウト崩れで顔色の悪い男がぎらついた目で圭を値踏みし、圭はその恐怖から身動きがとれなくなってしまう。。
「いいアルバイトがあるんだけどさ、ぶっちゃけモデルやる気ある? 稼げるよ~」
 学校から注意されていたが、その意味を身をもって知らされる、男が女を見る目というのはこんなにも怖いものなのだと。
 心愛が生真面目に前に出ようとするのを今日子が止め、
「あーサーセン、この娘オレのオンナなもんで、モデルとか、タイテン(体験入店のことです)とかなしにしてもらえないっすかねえ」
 左手の小指を立て、二人を庇う今日子の身長は180を超え、スカウト三人より随分と高い。もっともそれこそが彼女の悩みでもあるのだが、
「あ? んだてめぇ……」
 そう強がって見せたものの、見上げる大女今日子だ、自然声が縮んでしまっている。
「サーセンッス、自分の後輩でもあるっすから、やっぱ後輩可愛いじゃないっすか」
 そういって後ろ指で男の娘圭を指す。
「後輩をオンナにしてんのかよ、ちっしゃーねーな」
 顔色の悪い男が呆れ顔で肩をすくめ、侮蔑の目で今日子を見る。。
「ウスッ、わかってくれっすか! あざーす!」
 柄にも無く深くお辞儀する今日子だった。
「後輩だったら大事にしてやれよ、まあいい今回は」
「ちっ、他いこうぜ」
 三人は無事危機を乗り越えたのだった。
「むー納得いかない!」ご立腹は心愛だ。
「どうせ心愛の考えていることって『声かけるのなんでわたくしじゃないの』とか思ってるんだろ、図星だろ? 冗談は性格だけにしておけよな」
 上手いことスカウトを躱した今日子は首を傾げ、手のひらをやれやれと空に挙げる。
 ぷりぷり怒っている心愛の陰で圭は震えていた、獲物を女を見る目で見られたのが初めてだから。男の視線が、その態度、言葉が正直怖かった。
「今日子の事だから長い得物もって暴れだすかと心配してたのよ」
 そう言うのははるかだ。
「おま、時と場合によるだろ、オレをナンだとおもっているってゆー」
〈どう圭君? 女の子の周りにはああゆうヤカラがいっぱい居るんだヨ、今回の今日子の対応なんかヤルーって思っちゃったもん、これからいっぱい教えていくから、付いてきて〉
 駅前のマグドから学校に行くまでも、圭から見て大変な行程だ。ちらちら見てくる陰のある男子高校生共、ガン見してくる大学生、愛想笑いで手を振ってくるオジサン、〈みんな男共視姦してくるけど気にしないでね〉とはるかや心愛が助言してくれる通りだ。
〈特等席で見せてあげる〉の言葉通りだ。
 かつて自分がしてきた事なのに、される側に立つとこんなにも世界が立場が違って見えるものなのに……たじろぎ困惑する。
「びびんなコラ」
「女の子って意識から入らないとダメなんですよ、意識から入れば演じることが自然身につくの、そのうち演技と自分との違いなんて分からなくなります、ぶりっ子になりきるのだって大変ですのよ」
〈心愛のいってるのはね~、カワイイ女の子って無限の資源、使いつくさないと勿体ないよ~って言ってるの、どう振舞えば分からないときは取り合えず圭君ニコニコしてれば乗り切れるからね、あとボクがして見せているように女の子としての仕草、ちゃんと見ていてよ? 歩き方から指の先まで、話しかた、女の子としての表情に至るまで、一挙手一投足抜かりなくね……〉
 学校での視線は凄かった、一体何処のどいつが現れやがったのかと学年中興味津々だ、当然だろう? 急に芸能人アイドルトップ級の女の子(これでも中身は男の娘)が現れたのだから。もちろん女子と男子の視線の質の違いも如実に違う。完全男の見る目は性的な色を帯び、辛うじて話せた仲の男子ですら(圭はイジメ以来人間不信になっている)視線の先は顔と太ももを行き来しているのが圭にも意識される。先生が来るまで絶対に一言もしゃべるなと三人からの厳命を護る圭だ。女子の視線の痛さはグループごとによって違う、何処のグループが先に話しかけようとしているのか牽制し合っているように圭には見え、正直怖い彼だ。女子同士のひそひそ話の中身は彼が中心にほかならない。
 しかし以外にも圭は久しぶりにクラスの中に居場所を見いだせたような気がしてきていた、いじめにあって以来初めて居場所を見いだせたような気がしてきていたのだ。
 担任の先生が来、点呼を取るときの視線は圭の方ばかりを向き、ちらちら見やる視線がはるかには面白くて仕方がない。
 あまりの面白さに男性担任の言葉を待たずはるかの方から声を掛けるのは彼女にとっても想定外だ。圭の意識を押しのけはるかが圭に成り代わり、すっとその細い腕を上げ立ち上がる。その声は成長が止まった少年のままの中性的ヴォイスだ。

「せんせいボクですよ、圭です。そんなにじろじろ見なくたってカッコが変わっただけでしょ?」
 その言葉に教室中が騒然となる。
「えっ、あの陰キャラの圭……マジ」
「圭君って男……だったよね」
「やっべ~写メとって送っちゃったよ、マジ圭?」
「か、かわいい~、ホントに男の娘になってたんだ」
 ざわざわ、ざわざわざわざわざわざわ……
「お、おう」
 しどろもどろに返事し、目を泳がせる担任にはるかは畳みかける。
「もー信じてないでしょ? だったらボクの胸見ます? 同性だし気にすることないでしょ」
 ゆっくりとネクタイを緩め、先生に近づきそのシャツの下、細い鎖骨と薄い胸板をあらわにする圭に担任の視線は釘付けになり、更にスカートをまくりその白く細い生足を見せ挑発する、ゴクリッと生唾を飲み込まんとしたところ。
「やっだ~先生ったら生々しくつばなんて飲まないでよー、冗談に決まってるでしょ~」
 そういって寸での所でそそくさと薄い胸板を仕舞いおどけてみせるのだ。その時間たっぷり圭は担任の視線、教室中の視線を虜にする筆舌にしがたい快感に酔い、はるかの女子力をまざまざと味わったのだ。

〈見てよ圭君、心愛と今日子のあの顔〉
〈先生の顔もね〉
〈アイツむっつりスケベ丸出しだよねー〉
〈それにしても男子の視線スゲーなー〉
〈もう圭君の色気と可愛さに当てられっぱなしって感じー?、女子のあのあんぐり開けた口〉
〈ちょっとやり過ぎじゃない〉
〈君だって楽しんでたくせによくゆーよ〉
〈まあ男の娘デビューにはこれ位で丁度いいのかな〉
〈どう、自信付けてくれた? これがボクからの圭君をイジメたことに対してのお詫びとボクと付き合うメリットだよ〉
〈もう俺はるかにゾッコンになりそうだよ〉
〈ふふーん、もっともっとこれから特っ等席でいっぱいいろんなもの見ようよ、ボクもたのしみなんだ、楽しみが尽きないよね〉

 了





かもめ

2016年12月29日 15時37分33秒 公開
■この作品の著作権は かもめ さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー: 憎い憎い圭君、ボクは圭君が好きなの、死ぬほど好きなの。ボク色に染めてあげるから、ね
◆作者コメント: えー鍛錬投稿室ではないので、こんなこと書いていいのかわかりませんが、文章の描き方変じゃありませんでしたか? ここははっきりいって欲しいので感想を書いて下さる方にお聞きしたいです。
 今の時代、別段こんな男の娘居ても不思議じゃないので「別に」と思われた方も居るんでは無いでしょうか
 駄菓子菓子、女の子が男の娘の意識に憑依できるとしたら結構話が変質して、あまり見かけない話になるんじゃないですかね。変身、憑依、男の娘のフロンティアつくれたのかなーとか勝手に思っています。
 読んでる方から見てキワドイ表現があったならすみません、この場を借り謝辞を。
 当然この話のベースというかパクリがあるんですが、前に書いたこともあるんでもういいかなとも思いますが面白いのでもう一度。
それは北欧神話です。
 特に巨人スリュムの花嫁探しの話。
 ここからの妄想を広げてのお話です。
 もしかして、もしかしなくても相当変系の話で付いていけなかった、これないという意見でも感想下さると凄くうれしいです。
ここまで読んでくださり真に有難うございました。

2017年01月19日 12時09分29秒
作者レス
2017年01月19日 12時07分43秒
作者レス
2017年01月19日 12時06分43秒
作者レス
2017年01月19日 12時05分31秒
作者レス
2017年01月19日 12時03分41秒
作者レス
2017年01月19日 12時01分42秒
作者レス
2017年01月19日 12時00分43秒
作者レス
2017年01月19日 11時59分19秒
作者レス
2017年01月19日 11時57分16秒
作者レス
2017年01月19日 11時54分16秒
作者レス
2017年01月19日 11時47分02秒
作者レス
2017年01月15日 22時46分05秒
-10点
2017年01月15日 16時51分47秒
0点
2017年01月15日 13時48分28秒
0点
2017年01月15日 11時29分43秒
+10点
2017年01月12日 21時39分30秒
+10点
2017年01月08日 23時44分59秒
-10点
2017年01月07日 12時13分11秒
0点
2017年01月06日 22時11分58秒
+10点
2017年01月06日 00時51分19秒
+10点
2017年01月01日 10時11分24秒
-10点
合計 9人 0点

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