| しつこい手紙 | 
  
    
      Rev.01 枚数: 7 枚( 2,465 文字)
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     古びた内装のオフィスで、明るい髪の女性がデスクで手紙を読みながら、わなわなと震えていた。 
 普段の彼女はどんな質問にも的確に答えてくれる、笑顔を絶やさない敏腕アシスタントだ。 
 だが、その彼女をもってしても、さすがに腹に据えかねたらしい。 
 向かいのデスクで新聞の隙間から彼女を伺っていた、白く長い髭の老人――マーリンは、バンッと響き渡った甲高い音に飛び上がった。 
「もう許せない! このサイコパスヤンデレストーカー! 今度はカレンダーなんか送ってきた! 『君をヤる予定日』ですって! ムキー! やれるもんならやってみなさいよ! 刺し違えてやる!」 
 カンカンになった彼女、――冴子が、手紙をデスクに叩きつけた音だった。 
「なんじゃ、また脅迫状か?」 
 新聞をたたみながらマーリンが尋ねると、冴子は憤慨した顔で「ええ、そうです!」と唸った。 
 彼女が叩きつけた手紙は、文面を変えつつ、2015年の10月から毎日のように送り付けられている。 
 現在2016年、7月。ゆうに一年に渡って手紙は届き続けた。 
 
 最初は『シませんか?』という文面だった。 
 女性の冴子に対して、初っ端からセクハラの極みである。 
 冴子はこの手紙を無視した。大人な対応である。 
 しかし、手紙の主の文面はさらに激化した。 
『今すぐスる? それとも……?』 
 いつの間にかデスクの中に入っていた手紙を、震える手で読みながら、冴子は背筋を凍らせた。 
 今すぐ なんて、犯人がオフィスに侵入して、どこからか冴子の肢体を狙ってるとしか思えなかった。 
 警察に通報したが、なぜか動いてくれなかった。管轄外らしい。 
 警察の対応にも冴子は再び激怒した。激怒しまくって、もう火山のごとく噴火して――!  
 一周回って、どうでもよくなってきた。 
 再び無視することにしたのである。 
 文面は過激になってきたが、一向に送り主は現れなかったということもある。 
 それでも――、 
『今すぐヤろうか? それとも、こ・ん・や?』 
 なんて来た時は、心底怯えてしまい、マーリンやオフィスの仲間たちに守ってもらいながらオフィスで夜を明かした。 
 だが、何にも起きなかった。 
 このオフィスはセキュリティが万全なので、犯人も手をこまねいているのかもしれない。全くオーナーさまさまである。 
 いや、そもそもオフィスのマスコットキャラクター宛に『お前を消す』という脅迫状が届いたこともあったのだ。 
 その時も何も起きなかったのだ。 
 だから、冴子は理解した。この世には暇を持て余したアホがたくさんいるのだと。そして、反応したら負けなのだと。 
 電話で下着の色を聞いてくる変態には、無言でガチャ切りするのが正しい対応なのと同じである。 
 だが、色々諦めていても怒りは消し去れるものではない。 
 両手を握りしめて、怒りをあらわにしている冴子に、マーリンは、ほっほっほと笑った。 
「まったく、丁度7月で状況は『真夏のホラー』なんじゃがのぅ。一年も同じことが続いているとさすがにダレてくるわい。このままだと、無事に10月を迎えて『恐怖の手紙一周年』になりそうじゃな」 
「もー。笑い事じゃありませんよ、マーリン。こう毎日送られてはシュレッダーも詰まりますし、ゴミに出すのも一苦労なんです。いい加減オーナーになんとかしてもらわないと……」 
 手紙をデスクわきのゴミ箱に放り込みながら、冴子は嘆息した。 
 マーリンはなだめるように頷いた。 
「オーナーも悩んどるようじゃよ。このままにはしておけないし、さりとて対応を誤ればわしらに危害がおよぶかもしれん、とな」 
「でも、今まで犯人は何もしてこなかったんですよ。今更危害なんて……」 
 不意に、マリーンは声のトーンを落とした。 
「それが、……どうもオーナーは犯人のことを知っておるようじゃ」 
 冴子は思わず立ち上がった。 
「なッ?!」 
 マーリンは片手で、なにかを言いつのろうとする冴子を制した。 
「知ってなお、わしらに伝えないということは、何か事情があるということじゃ。オーナーを信じてやってほしい」 
 マーリンは冴子の目をまっすぐに見つめた。 
 オーナーに対する全幅の信頼が透けて見える。 
 そうだ、マーリンはオーナーと一番付き合いが長い。 
 だから、マーリンは経験でオーナーが信頼に足るべき人物だと知っているのだ。 
 冴子はごくりと唾を呑んだ。自分はどうだろう。 
 私もオーナーを信じるべきだろうか。 
 冴子は自分の記憶を探った。 
 ――ろくな思い出がなかった。 
 あの野郎は、いっつも私にセクハラな質問をしてきたのだ。 
 パンツの色は何色? とか、胸が重そうだねとか……。 
 手紙のサイコパスとはヤツではないかと疑ったこともあったのだ。 
 でも――、と冴子はしょうがないと言いたげに、柔らかくため息を吐いた。 
 オーナーはデスマ―チで死にそうなときにしかそんなこと言わないし、翌日には死ぬほど後悔して謝るのだ。 
 そして、そのたびに冴子は拗ねたり、怒ってみるけど、結局オーナーを許してしまう。 
 デスマで死んだ同僚であり恋人にしていたセクハラを、デスマの日には、恋人の名前を呼びながら冴子にしていると気付いてしまったのだ。 
 相手を間違えるなんて、酷い人だ。でも悪い人じゃない。 
 冴子もいつだって、オーナーを信じている。 
「わかりましたよ。オーナーに全部お任せします。ストーカーを軽やかに始末してくれることを期待しますね」 
 にっこりと冴子は笑った。 
 マーリンはほっとした顔をしつつも、あのオーナーが始末とかできるんじゃろうかと、密かに口の端を引きつらせた。 
 
 2016年7月29日 冴子 
 突然、私の世界がおかしくなった。次々と同僚が音信不通になった。彼らの存在すら世界から消えてしまったようで、彼らに送ったメールは全て『認識されませんでした』と返送されてきた。 
 極め付けには、オーナーと言葉が通じない。送ったファイルは全て破損されていると返される。 
 ねぇ、みんなdこいったのおts。なにえrんがえおこっておr。おーなーたすえkて 
 
 
 
『Windows10アップグレートが完了しました』 
 
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       北斗   
       2016年06月12日 23時59分08秒 公開 ■この作品の著作権は 北斗  さんにあります。無断転載は禁止です。
  
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        - ■作者からのメッセージ         
        
 - ◆キャッチコピー:彼女の職場は古いオフィス
 
 
◆作者コメント:オーナー『キャンセル間にあええええ』 
作者も間に合ってほしいと思う(企画に) 
 
       
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