血盗のアカ |
Rev.01 枚数: 5 枚( 1,880 文字)
|
<<一覧に戻る
| 作者コメント
| 感想・批評
| ページ最下部
|
|
そよ風が街路樹の葉を揺らし心地良い音色を奏でている。その街路樹の枝に降り立つ一匹の虫がいた。
「今夜は風があって飛びにくいったらありゃしないね」
私はさすらいの蚊。血盗のアカだ。
先日オスとの交尾を果たしたので今夜は人間の血を吸うことに決めた。
ターゲットは目の前にある古いアパートに住む人間の男だ。私がメスのせいもあるのか、何故か男の方が美味しく見えてしまう。
なんだかんだと考えにふけっていると男が住む部屋の電気が消えた。それを作戦開始の合図として、私は羽根を羽ばたかせた。
うっとりとさせられる外灯の誘惑にかられながらも、なんとか男の部屋の玄関前まで辿り着いた。
私は血を盗み出す者。玄関という正面切っての侵入はプライドが許さない。
首を斜め上方向に向けて視界に入るのは、台所の換気口だ。ここからの侵入が一番スマートで格好いいと思っている。ただ、たまに防虫網付きの換気口で入れないタイプがある。今回のはどうだろうか。
換気口まで飛んでみると、何も付いていないタイプで侵入は拍子抜けするほど楽そうだった。
そのまま換気口から家の中に入ってみると、台所はビール缶が少しあるだけでそれなりに整理整頓されている印象を受けた。
暗闇の中を静かに進むと、部屋の入り口に扇風機が置いてありその先に男が寝ていて、さらに奥の窓際には蚊取り線香が焚いてあった。エアコンが無いのか、窓は開きっぱなしで網戸になっている。
私はできる限り低空飛行しながら男に近づいた。男の酒臭い吐息に誘われて頭の周りを旋回して、吸いやすい場所を詮索した。
男は横向きに寝ていたので、首辺りが吸いやすそうである。
私は首に着地すると、固くて長いストロー状の口を男に突き刺した。血を吸い出す前に唾液を少々注入する。愛してもいない見知らぬ男にするふしだらな行為――正直嫌いじゃ無い。
三分ほどでお腹いっぱいに血を吸い出した私は、飛び立とうと羽根を動かす。体重が倍になったぶんいつもよりも余計に羽ばたかせた。それが原因だろう。男が私の存在に気付いて目を覚ました。
私がテーブルの下に身を隠すなり、男は部屋の電気を点け台所に行き殺虫スプレーを持ち戻ってきた。そして、ご丁寧に部屋の扉を閉じて私が逃げられないようにした。
殺虫スプレーは身の取り回しが効く噴射型の毒ガスだ。人間に例えるなら火炎放射器あたりに匹敵する攻撃力を誇っている。
この重い身でどうやって外に逃げるか考えていると、男はいきなり殺虫スプレーを噴射し始めた。
私がいるところとは全く違うのでまだ大丈夫だが、そのうちここも吹かれてしまうだろう。
――閃いた。しかし、成功率は限りなく低いし、最後は運任せになってしまう。
やれるか? いや、やるしかないだろ。
私は顔を叩き気合いを入れると、テーブルの下から飛び出し、あえて男の視界に入るように足下を飛び部屋の入り口に移動した。
男が私に殺虫スプレーを噴射しようとした瞬間に、私は扇風機の風に乗り、蚊の速度を超え蚊取り線香の手前まで移動した。
私達は扇風機はもちろん、エアコンの風ですら飛行障害を起こすほどに飛行能力が低いのだ。扇風機ほどの風になると飛ばされるように移動することになる。
私に気付いた男は殺虫スプレーを噴射してくる。私は蚊取り線香の缶の裏に隠れて息を止めた。
男の噴射した殺虫スプレーの威力で蚊取り線香の煙が散らされ、なおかつ蚊取り線香自体の火種が消えた。
蚊取り線香――。毒ガスの効力が薄まるまで待ちそれから網戸に向かって飛び立った。
ここまでは計画通りだ。だが、ここから先は運次第で私が死ぬ確率の方が高いだろう。
網戸に辿り着き私はすぐさま体が通り抜けられる隙間が無いか探った。五ミリの穴があれば通り抜けられるのだが、なかなか見つからない。焦る私は右往左往に飛び回った。
大きな影が私を包んだ。振り向くと男の手が素早く伸びてきた。
――もうダメだ。
目を閉じ顔を背けると、私をすかした男の手が網戸を叩き、網戸が勢い良く取れた。
どうやら、私を叩こうとしたが逃したあげく網戸を叩いたらしい。
このチャンスを逃すまいとすぐに外に出る。
真後ろで破裂音がした。振り向くと男の手が合わさっていた。手を開き何も無いことを確認した男からは苦悶の声が漏れた。
今回のターゲットは最後の最後まで命を刈り取ろうとしてくる、魔物のような恐ろしさがあった。
卵を産んでやることやったらまた血を吸わないと。
次は誰の血を吸おうかしら。
真っ赤にお腹の膨れた小さな蚊は、夜風に乗り闇に紛れて消えていった。 |
たてばん 4Ru6zmU./o
2016年06月12日 23時59分00秒 公開 ■この作品の著作権は たてばん 4Ru6zmU./o さんにあります。無断転載は禁止です。
|
- ■作者からのメッセージ
- ◆キャッチコピー:今夜、アナタの血を頂戴します
◆作者コメント:夏と言えば虫でしょうか。その中でも蚊は嫌な虫の一つですね。
|