夏祭りのチャレンジャー

Rev.01 枚数: 6 枚( 2,061 文字)

<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
「あーーっ!!」
 少年の叫びと共に金魚が和紙を破って水槽の中に戻っていった。
「残念だったねー。はい、これ持っていきな」
 言いながら、適当に水槽から二匹の金魚を掬い上げて、ポリ袋につめて少年に渡すと、少年は喜んで祭りで賑わう人ごみに消えていった。
 少年が使っていた和紙の無くなったポイをぼんやりと眺めた。
 種類にもよるが水槽の中の金魚は一匹7円~50円、一回300円の金魚すくいだと10匹は掬わないと元は取れない。
 水槽の目玉である頭にこぶ付きの大物は一匹で500円くらいだが、コイツは普通にやったんじゃまず掬えない。大きすぎるからだ。
 事実、この水槽の目玉はもう3年も金魚すくいを生き延びた猛者だった。つい情が移って「こぶ丸」なんて名前までつけてしまった。
 そんな事を考えてると、祭りで賑わう人ごみの中から、浴衣を着た一人の少女が嬉しそうにこっちに走ってやってきた。
 さて、お客さんだ。
「おじさん、金魚すくいやります」
「はいよ、一回300円だよ」
 少女が握り締めてた小銭を受け取り、三枚あるのを確認してから新しいポイと、金魚を入れるための茶碗を渡した。
 年のころ9~10歳くらいだろうか?
 この年頃の少女では、オレの経験上まず掬えまいと思い、サービスでのお持ち帰り用の金魚を数匹目星をつけた。
「えい」
 オレが少女から眼を離した間に、音も無く一匹掬い上げていた。
「おめでとう」
 内心驚きながら、そう言ってやる。
「まだまだこれから!」
 少女は不敵に、そして挑戦的にオレに笑いかけてきた。
 さっきは目を離していたが、今度はお手並みを拝見しようと少女の仕草を観察する。
 そしてすぐに気付いた。
 こいつは・・・・・・素人じゃない!
 ポイを操るのは少女の小さな手ではあるが、ポイの持ち方。水に対する角度。集中力。全てにおいて子供の仕草ではなかった。
「えい」
 可愛い掛け声と共に、ポイを水を切るように操り、水面近くを泳いでいた金魚をあっという間に掬い上げた。
 しかも、金魚はポイのフチに乗せられ、そのまま流れるような動作で茶碗に落とし込んでいる。
 この少女の手並みは、まさにプロというにふさわしいものだった。
 見る見るうちに水槽の金魚が掬われていく。
 そのあまりに見事な手並みにオレの屋台にはギャラリーが群がりだしていた。
 一匹、また一匹と水槽から金魚が減るたびに歓声がおこっていく。
 瞬く間に金魚が少女に駆逐されていき、とうとう水槽の中に残ったのはこぶ丸だけになった。
 くそ、こんな小娘に、オレと3年を歩んだこぶ丸が負けるものか。
 しかしギャラリーは「最後の一匹」「がんばれお譲ちゃん」などと応援を送っている。
 少女はにこやかにギャラリーに手を振ると、こぶ丸に向かいなおす。
 少女の目が据わる。その集中力がこちらにも伝わってきた。
 こぶ丸は水槽の一番深い所の隅っこだ。隅は捕りやすそうに思えるが、ポイを横に動かせないために、こぶ丸の体重と水の圧力がポイの和紙を直接襲う位置でもある。
 少女が水面でポイを待機させてこぶ丸の動向を伺う。
 耐えろ、ここが正念場だぞ、耐えろこぶ丸! 掬われても和紙なんか突き破れ!
 だが、少女の気迫が水面を通して伝わるのか、こぶ丸がわずかに身じろぎをした。その瞬間を見逃さず。
「ふっ!」
 惚れるような鮮やかさで少女はポイで水を切り裂いた。
 しかし掬い上げられる瞬間に、こぶ丸が大きく暴れた事で和紙は粉々に破れ散る。
「せい!」
 それを見越していたかのように、残ったポのワクにこぶ丸を引っ掛けて水から弾き飛ばした。
 そして、宙を舞うこぶ丸は少女の茶碗へと吸い込まれるように落ちていった。
 ギャラリーから歓声が沸きあがる。
 負けた。完全に負けた。
「たいしたもんだ、お譲ちゃん」
 掬われた全ての金魚を袋に詰める。
 袋の数は30個にも及んだ。
 最後の袋に、こぶ丸を入れる。
 あばよ、相棒。3年間ご苦労様だったな。
「お母さん手伝って」
 少女はお母さんと一緒に、大量の金魚を持って帰る。しかし、あれだけの金魚をどうするのだろうか?
 ちゃんと飼えるのかだけが心配だった。
「お母さん、沢山捕れたよ!」
 と少女は自慢げに戦果を報告している。
「そうね、これでしばらくは食べ物にこまらないわ。今夜は佃煮にしようかしら?」
 なんだと? 喰うのか? 金魚を? マジで!??
「この大きいのは?」
「それは塩焼きにしようかしら? 食べがいがありそうね」
 なんてこった! こぶ丸、オマエの事は忘れない! そして覚えておけ、そこの親子よ。
 来年には第二、第三のこぶ丸を用意して待っててやる! 次こそは必ず返り討ちにしてやるからな!
 そう心に誓った。
 だが、それはそれ。
 まだ祭りは終わっていないので、軽トラの荷台から補充の金魚を引きずり出して、水槽に放流した。
 今度の目玉は、出目王(デメキング)。4年間金魚すくいを生き抜いたオマエだ!
「おっちゃーん、一回やらせてー」
 そして新たなチャレンジャーがやって来る。
 オレの夏は、まだまだ終わらない!
 
デルティック dzjuuOIc5w

2016年06月12日 23時08分56秒 公開
■この作品の著作権は デルティック dzjuuOIc5w さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:
この夏、一回300円の死闘。来たれチャレンジャー!

◆作者コメント:
なんとか間に合いました。

2016年06月29日 05時48分22秒
+30点
2016年06月26日 23時38分28秒
+20点
2016年06月26日 21時35分52秒
+10点
2016年06月26日 19時42分47秒
+20点
2016年06月26日 18時42分57秒
+10点
2016年06月26日 08時20分11秒
+10点
2016年06月25日 22時09分48秒
+30点
2016年06月21日 18時18分22秒
+10点
2016年06月20日 20時29分00秒
+10点
2016年06月18日 23時42分19秒
+20点
2016年06月18日 21時34分50秒
+10点
2016年06月18日 21時27分11秒
+10点
2016年06月16日 18時13分20秒
+10点
2016年06月15日 00時12分11秒
+10点
2016年06月14日 21時19分30秒
+20点
2016年06月14日 19時37分49秒
+10点
2016年06月13日 22時06分38秒
+10点
合計 17人 250点

お名前(必須) 
E-Mail (必須) 
-- メッセージ --

作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)   トリップ  

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
E-Mail pass