全裸万象

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 夏だ! 全裸だ!
 暑い暑いこの季節は、真っ裸で過ごすのが一番!
 そもそも、衣服というのは人間を無駄に縛りつけるものであり、本来必要ないものなのだ。学校の制服なんてのは、その最たる例。みんなに同じ服を着せて個性を奪うという、げに恐ろしき人格支配。私服は私服で、やれ『今年の夏コーデはこれだ』とか、作られた流行にみんな乗せられてるだけ。
 そんなんだったら、もう服なんて着る必要ないじゃん!
 もちろん、防寒という重要な役割はあるよ。だからこそ夏なのさ。気温があがる夏なら全裸でもオッケーだよね。
 でも、さすがに全裸で外に出るわけにはいかない。わたしとて花も恥じらう女子高生、裸を人に見られたら、そりゃあ恥ずかしい。なにより、警察に捕まっちゃうしね。
 んなわけで、全裸は家の中に限る。さいわいにして、思う存分家の中にいられる、学生にとって非常にありがたいシステムが夏には存在するのだ。
 そう、夏休みである。

 七月二十一日、待望の夏休み初日。
 午後十時、わたしは起床するやいなや、着ていたパジャマと下着をすぽぽーんと脱ぎ捨て、さっそく全裸になった!
 両親はすでに仕事に出ていて、いま家にいるのはわたしだけだから、思う存分に全裸生活を堪能することができるのだ。
 まずは二階の自室から出て一階に降りる。洗面所に向かい、顔を洗って歯をみがいた。
 洗面台の鏡の前で、頭と腰に手を当てたセクシーポーズを決めてみる。自慢のDカップに、くびれた腰、それに形の整ったヒップと長い脚。うむ、われながら素晴らしいプロポーションだ。
 それからリビングダイニングキッチンになっている部屋に入り、冷蔵庫から牛乳を取りだしてマグカップに注ぐ。その牛乳を、腰に手を当てながら一気に飲み干した。
「ぷはぁっ!」
 マグカップをテーブルに置いて、テレビの前にあるソファに身体を沈める。背中とお尻にあたる合皮がひんやりとして、なんとも心地よい。
 おっと、忘れちゃいけないよ。ちょうどソファの上にあったリモコンを手に取り、扇風機を作動させた。あえてエアコンは使わないのがミソ。
 首をふる扇風機の風が右から左、そして左から右へと、わたしの素肌を撫でるように吹く。この感触が気持ちいいのだ。
 ソファの上にはリモコンがもうひとつある。テレビのやつだ。今度はそれを手に取り、電源ボタンを押すと四十二インチの画面に映像が映しだされる。ワイドショーで、不倫が発覚した女優の話題をやっていた。ちょうど興味がある内容だったので、そのまま見ることにする。
 ああ、なんて快適なんだろう。生まれたままの姿で、だらだらとした時間を過ごす。
 その解放感たるや!
 人は全裸になることで、初めて本当のリラックスを知るのだ。衣類を捨てることで、勉強や集団生活というしがらみから解き放たれ、ありのままの自分になることができる。
 わたしは学級委員長を務めるなど、学校では優等生として通っている。そんなわたしが、こうして全裸で行動しているなんて、だれが想像しようか!
 ああ、ひとの目がないプライベート空間ってのは、本当にいいものだ。どんなことでもできちゃうよ。大股を開いてソファにふんぞり返っても、鼻をほじほじしても、だれも見てないから問題なし。わはははは。
 さてと、これからどうしようかね。しばらくはこのままテレビを見て、お昼近くになったらご飯を作ろうかな。全裸で料理をするというのも、なかなかオツなものなのだ。といっても、袋入りパスタを調理する程度だけどね。
 ワイドショーは女優の不倫問題を終えて、政治関係の話を始めた。チャンネルを変えようとかなと思った、そのときだった。
 ピンポーン。
 インターホンの音。来客だ。
 オーケーオーケー。緊急事態だけど、あわてちゃいけないよ。夏休みの全裸生活も、今年ですでに四回目。こういう事態にもなれているのだ。
 まずはモニターで相手を確認して、対応する必要があれば、急いで服を着て対応、そうでなければ居留守を決めこむ。それが常套手段だ。
 でも、今日の来客には思い当たる節があった。
 この前、ネットショップで漫画本を頼んでいたのだ。それが届いたんだろう。うん、まちがいない!
 テンションがあがった。漫画を読める楽しみがひとつ。もうひとつは、宅配のお兄さんがなかなかのイケメンで、わたしのお気に入りなのだ。お兄さんに会いたいがために、ついついネットショップを多用しちゃうくらい。
 わたしはモニターの確認もせず、階段を駆けあがって二階の自室に入った。タンスから水色のワンピースを出して、着用する。もちろん、下着はつけてない。つまりノーブラノーパンの状態。でも傍から見ればわからないし、お兄さんを待たせたら悪いから、そのまま行くことにした。
 ピンポーンと、もう一回音が鳴った。「はいはーい!」とわたしは大声で応えながら、急いで階段を降りて玄関に向かう。
 サンダルをつっかけ、勢いよくドアを開いた。その先いた人物を視界にとらえる。

 全裸のおっさんだった。

 ぎゃああああああああっ! と叫びたかったけど、声が出ない。それに身体も動かなかった。わたしは口をぱくぱくさせたまま、ただ目の前のおっさんを見つめていた。
 お兄さんに会えるという希望が木っ端微塵に砕かれたうえ、玄関先にいたのは一糸まとわぬ姿の中年男だったのである。一ミクロンたりとも想定していなかった衝撃事態に、脳みそが対応しきれず身体がフリーズしてしまったのだ。
 おっさんはたぶん五十歳くらいで、頭はバーコード型のハゲ。体形はお腹がふくらんだ見事な中年太り。おまけに胸元から、腕、脚、あそこにいたるまで全身毛むくじゃらだった。
 って、なに隈なく観察してるんだよわたしいいいいいいいいっ!
 と脳内で自分にツッコんだけど、相変わらず目玉以外は動かせない。
 おっさんは笑みをうかべた。にたぁ、とゲスっぽい笑みを。
 うわぁ、これってアレだよ。変態だよ。いわゆる変態という名の紳士ってやつだよ。
 よくよく見ると、おっさんの足元にはコートらしきものが落ちていた。つまりコート一枚でここまでやって来て、玄関前でコートを脱ぎ全裸になったところでインターホンを押したんだろう。だれでもよかったのだろうか、それともわたしを狙っていたのだろうか。
「どうも、お疲れさまです」
 おっさんは笑顔でいった。なにがお疲れなんだよ! 意味不明だよ!
 妙に暑くて、背中にだらだら汗が流れていた。夏だから暑いのはあたり前なんだけど、そんなんじゃなくて、身体が火照っていた。どうすればいいのかわからなくて、頭の中はパニック状態。
 驚愕、困惑、羞恥、憤慨、さまざまな感情が胸の中で複雑に混ざり合い、そして爆発した!
「だあああああああああっ!」
 ようやく声が出て、身体も動くようになった。
 ここでわたしがとった行動は、水色のワンピースを脱ぎ捨てることだった!

 わたしはノーパンノーブラだったから、ワンピースを脱げばもちろん全裸である。
 結果、わたしとおっさんはお互い全裸で向き合うことになった。
 おっさんは、ぽかんと口を開けて硬直していた。うん、そりゃそうだよね。おどろくよね。相手までもがいきなり全裸になったらさ。
 わたしのほうも、服を抜いたポーズのまま固まった。あれ、わたしなんでこんなことをしたんだろう、と思っていた。
 正直いって自分でも意味不明だったんだよ。いや、なに脱いでるんだよわたし。
 頭が混乱しすぎて、なぜか、おっさんに対抗しなくちゃと考えてしまったのだ。
 目には目を、歯には歯を、全裸には全裸を! って感じなんだと思う。
 静寂がおとずれた。わたしとおっさんは言葉を発さず、見つめ合っていた。
 どれくらい、そうしていただろうか。ずいぶんと長い時間が流れたように感じたけど、実際にはせいぜい一分くらいかもしれない。
 やがて、わたしの脳裏にある映像が映しだされた。
 どこかの会社のオフィスみたいな場所。そこでせっせと働くひとたち。
 その中のひとりがクローズアップされる。中年太りをしたバーコードハゲ。これは、おっさん?
 もしかしてこれは、おっさんの日常がわたしの頭に伝わってきてるのだろうか。
 おっさんは申し訳なさそうな顔をして、上司らしきひとに頭をさげていた。きっと仕事でミスをして怒られているんだろう。
 その後もいろんな映像が脳裏にうかんで、だんだん事情がつかめてきた。おっさんは、五十歳にして未だ係長止まり。上司には毎日怒られ、部下には舐められている、そんな立場だった。
 それでも、がんばって働かなくちゃならない理由がおっさんにはあったんだ。
 それは、家族。結婚が遅かったおっさんには、小学校三年生になる息子がいる。ノボルという名前のその子は、おっさんのことが大好き。それに、奥さんとの関係も良好だった。おっさんは、家ではいいお父さんだったんだ。
 そんな家族を養うために、おっさんは日々奮闘していた。
 でも、会社ではストレスがたまる一方。
 優しいおっさんは、家族に暴力をふるったりはしない。家では、ストレスを発散させることができなかったんだ。心身ともに疲れ果てたおっさんは、ついに臨界点を越えてしまった。
 それで、今回の奇行に走ってしまったのだった。
 いつしか、わたしのほほを涙が伝っていた。
 おっさんの心境が、痛いほどに伝わってきたからだ。
 変態行為は許せるものじゃない。でも、変態にも三分の理。おっさんにも事情があったんだね。
 気がつくと、おっさんも涙を流していた。わたしの心境が、おっさんに伝わったのかもしれない。
 わたしは優等生であるがゆえに、先生や親から常に期待されていた。そんなプレッシャーや、高校受験からくるストレスを解消するため、夏休みの全裸生活を始めたのだ。それがいまから三年前、中学二年のときだった。
 高校に入ってからも相変わらずプレッシャーは強いし、大学受験も控えている。学級院長として、クラスをまとめる役割だってある。ストレスは中学時代よりも増大していて、全裸生活は止められそうにもない。
 わたしとおっさんは、似た者同士だった。
 そんなふたりが全裸で向き合うことで、心を通わせることができたのだろう。
 それは、全裸によって生まれた奇跡だった!

 おっさんが動いた。足元のコートを拾いあげ、羽織る。真夏にコートを着ている時点で怪しさ満点だけど、とりあえず全裸ではなくなった。
「すまなかった」
 泣きながら、おっさんはいう。
「出来心だったんだ。二度とこんなことはしない」
 そして深く頭をさげる。
 長い間、おっさんは頭をさげていた。やがて顔をあげると、晴れやかな表情でいった。
「これから、警察に行って自首するよ。本当にバカなことをした。申し訳なかった」
 そして、玄関のドアを閉めておっさんは去った。
 閉じられたドアを見つめながら、わたしはしばらく突っ立っていた。
 そして、さっきの出来事を反芻した。わたしとおっさんは、全裸で向き合うことで、まるでテレパシーのように心を通わせ、お互いの事情を分かち合った。その結果、変態行為に走ったおっさんは改心し、二度とこのようなことをしないと誓った。
 うん、いい話だ。本当にいい話だよ。
 これでおっさんはまた、家族のために働くいいお父さんに戻るだろう。仕事はつらいだろうけど、がんばってねおっさん。この先、きっといいことがあるから。
 あ、ちょっと待てよ!
 わたしは足元に落ちていたワンピースをつかみ、急いで着る。そして、玄関を開いて外に飛び出した。
 左右の道を見回す。おっさんの姿はなかった。おっさんを探さなきゃ。おっさんに、どうしても伝えなくちゃならないことがあるんだ。
 おっさんはさっき、自首するっていっていた。でも、そんなのだめだよ。
 おっさんは警察署に向かったはず。そっちの方面に行けばいいんだ。左の方角へ、わたしは走った。しばらく進むと交差点がある。そこを右折した。
 その先に、おっさんの姿はあった!
「待って!」
 わたしが叫ぶと、おっさんがふり返った。わたしはおっさんに駆け寄って、言葉をつなぐ。
「自首なんかしないでください! あなたが犯罪者になったら、ノボルくんが悲しむよ! ノボルくんにとって、あなたは大好きなお父さんなんだから、それを壊しちゃだめです。あなたの行為、わたしは気にしてません。だから警察になんか行かないで、家に帰ってください。ノボルくんが待ってますよ」
 わたしの説得を聞くと、おっさんは声をあげて泣きだした。
「おおぉ、ゆ、許してくれるのか、こんな私を」
「もちろんですよ。だってわたしたちは、全裸によって分かち合えた仲間じゃないですか」
 わたしたちは手を取り合った。素晴らしき友情が誕生した瞬間だった。

 おっさんは家に帰っていった。その後ろ姿をわたしは見送った。
 充実した気分に満ちあふれていた。あらためて全裸の素晴らしさを確認することができたのだ。
 全裸とは、人間が本来あるべき姿なのだ。全裸になれば、だれもが素直になれる。全裸で他人と向き合えば、だれとでも友達になることができる。人類みな全裸になったなら、きっと戦争だってなくなることだろう。
 わたしは、これからも全裸で過ごしたい。衣服なんかに縛られず、真っすぐな人生を送りたい。
 いま着ているワンピースもうっとうしく感じてきた。
 わたしはワンピースを脱ぎ捨て、全裸になった!
 道の真ん中だ。だれかに見られる可能性もあった。でも、それでもよかった。仮に警察に捕まっても、辛抱強く話をして理解してもらおう。全裸は決して悪いことじゃない。おかしいのは法律のほうなのだ。
 わたしは両腕を広げて天を仰いだ。見事な晴天、絵の具で塗ったような鮮やかな青空が広がっている。
 真夏の日差しを全身に浴びる。チリチリと焼けつくように肌が痛い。でも、それが気持ちいい。痛みは、生きている証だ。全裸なることで、自然と一体化できたように思える。森羅万象がわたしという存在を受け入れてくれた、そんな気がした。
 全裸は真理だ!
 全裸は宇宙だ!
 全裸はこの世のすべてだ!
 
 といっても、直射日光が降りそそぐ中、全裸でいるのはなかなかつらい。たちまち全身から汗が噴き出してきたので、わたしは家に帰ることにした。
 家までは百メートルくらいの道のりだ。平日の昼間ということもあってか、道ゆくひとの姿は見られない。そんな中を、わたしは全裸のまま歩いた。
 そういえば、おっさんは今日の仕事はどうしたんだろう、休んだのかな? なんて考えながら、家の玄関前までたどり着いたとき、そこにだれかいることに気がついた。

 宅配のお兄さんだった。
 
 お兄さんは全裸のわたしに気がつくと、荷物の段ボールを抱えたまま固まった。そして、みるみる顔が赤くなっていく。それでも、さすがはプロフェッショナル、数秒後には仕事を再開した。荷物を玄関先に置き、伝票とボールペンをわたしに差し出す。
「あ、あの、これに、サ、サインをお願いします」
 わたしは無言のまま伝票を受け取り、すぐにサインをしてお兄さんに渡す。
「あ、ありがとうございましたぁ」
 お兄さんは前かがみになりながら、家の横に停めていた配達車に乗りこむ。配達車は爆音を響かせて発進、すぐに見えなくなってしまった。
 わたしは漫画本が入っていると思われる段ボールを抱えて、家の中に入った。
 玄関のドアを閉め、荷物を廊下に置くと、ひとつ深呼吸をした。
 うん、これでよかったんだよね。だって、全裸は素晴らしいものなのだから。お兄さんにわたしの全裸を見てもらえてうれしいっていうか、今度はぜひお兄さんと全裸で向き合いたいっていうか。いや、決していやらしい意味じゃなくてね。
「ってアホおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 うわーん、お兄さんに見られちゃったよおおおおっ! おっさんのときは妙なテンションになってなにも感じなかったけど、お兄さんが相手だと恥ずかしすぎるううううううううっ!
 これはもう、お兄さんには責任を取ってもらわなくちゃ。ってバカバカ、なに考えてんだよ私いいいいっ! どう考えてもわたしが悪いんだし。ていうか、もうお兄さんと顔を合わせられない! ネットショップで頼めないよおおおおっ!

 結論。全裸になるのは、やっぱり家の中だけにしようね。

いりえミト

2016年06月12日 21時35分41秒 公開
■この作品の著作権は いりえミト さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
◆キャッチコピー:夏だ! 全裸だ!
◆作者コメント:盛り上げの一助になればと思ったんですが、こんなのでごめんなさい。

2016年07月04日 22時35分00秒
作者レス
2016年07月04日 19時21分54秒
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2016年06月18日 23時52分11秒
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+30点
2016年06月14日 06時54分36秒
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2016年06月14日 01時46分53秒
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2016年06月13日 17時09分39秒
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