糸巻螺子子の自由研究と栄旋風の受難 |
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季節は真夏。公園は蝉の天下である。 太陽の下、金属製の遊具はもはや拷問器具と同じであった。 物事には限度というものがある、今日はそのメーターも振り切れてしまったらしい。 「あちち」 うっかり鉄棒に触れた二の腕を撫でながら、早々に木陰へと避難した。 芝生の上に横になると木漏れ日が綺麗だった。 さて、クーラーなんてこの大自然には似合わない。半袖シャツに半ズボンという夏真っ盛りの装いで、タオルを首に引っ掛けてペットボトルを握る。 人力の冷房器具をズボンの後ろから引っ張り出して握り締めたら、ぱたぱた――金魚の挿絵が入った団扇(うちわ)がシャツの内側に風を送り込んだ。 ペットボトルのラベルも今は涼しげな夏仕様である。この時期になると考えることは皆同じで個性が無い。どこもかしこも金魚金魚……。 ゴクゴク。 喉の粘りを冷水で落とし込みながら思う。 しかし金魚ね……見ているだけで涼しい、なんて言えるくらいのワビサビを身につけたいものだ。 くるり、団扇を回すと反対側には風鈴の絵。この風鈴にも可愛らしい二匹の金魚が描かれていた。涼しげな絵を眺めながら汗をタオルで拭う。 ミーンミンミン。 それにしても、昔の人はこの暑さをいかに紛らわすかに執心したとみえる。挙句カランコロンと鳴る音だけで涼しさを感じられたというのだから偉大だよ。 うん。 うんうん。 「帰るか」 待ち合わせまでまだ数分あるけど、俺は五分前行動を心がけたい。 そもそもこんな暑い公園じゃなく、涼しい喫茶店やコンビニでも良かったのだ。わざわざ時間まで指定してこんな場所に呼び出して……一体何の嫌がらせだ? 団扇をズボンの後ろにつっこんで、ペットボトルを掴みあげると陽射しはいい具合に木の葉の隙間から目を焼いた。 砂場を突っ切って出口へ向かおうとすると、バタバタバタ――子供達がすれ違う。目指すのはミンミンうるさい蝉時雨。 長い虫網を……バサッ! キャーキャー! 元気の良いことで。 彼等の活躍をしかと見届け、再び公園の出口に顔を向ける。 ――うげ。 変な声が漏れた。 「どうやら先に到着していたようだな。予想通りでよろしい」 失礼な口調のこの幼女、名は糸巻螺子子(いとまきねじこ)。一応俺と幼馴染で同い年で高校二年になる……が、どう見ても成長を置き去りにしたとしか思えない容姿と身長だ。 偉そうにフフンと八重歯を見せてふんぞり返る。 顔はいい、頭もいい、だが性格が極悪だ。白衣の悪魔と言って差し支えない。 「暑そうだな」 「他人事みたいに言うなよ」 なんだろうこの吸血鬼……陽射しから身を守っているのか。袖が無駄に長くてだらんと垂れ下がっているが……これでは白衣を着ているというより、白衣に着られていると表現した方がしっくりくる。 さらに背中には馬鹿でかい機械を担いでいる。一見するとランドセルを背負った小学生に見えなくもないが、どこか廃工場を思わせる管付きのバックパックなので不審者以外の何者でもない。 ほら見ろ、さっそく子供達に囲まれてるじゃないか。 「ロボットみたい!」 「かっけー!」 いいぞ子供、君等は未来のヒーローだ。 俺はこの隙に他人のふりをして立ち去ろう。 抜き足、差し足、しかし幼女の背後に回った瞬間――なにかが俺の腕をぐいと引いた。 あ……金属製のアームがバックパックの下部からニョキっと生えていた。例のロボだ。掴まれた腕は人間の力では振り払えない。 「すげー! やっぱロボットだ!」 「うっとおしい子供め。散れっ、散れっ!」 しっしと袖で子供達を蹴散らして威嚇する。大人気ないったらない。 そういえば先程までは無風だったというのに、今は足元にちょっとだけ風が吹いている。 フォォオー。 ああ……厚着なのに涼しい顔をしていると思ったらこいつ、白衣の襟に小型の空調が取り付けられているじゃないか。一人だけずるいや。 「まったく、近頃のガキはなっとらんな」 ふんすと鼻息。 子供を蹴散らして満足そうなところ悪いが、お前も似たようなものだろ。 そんなことを考えていたら、ようやく機械が腕を離してくれた。 「んじゃ俺はこれで」 「待て栄(さかえ)、どこへ行く気だ?」 「え? ちょっと警察に……いや冗談です」 ワキワキと鉄のアームを動かしながら迫る姿はどう見ても変質者である。 割と本気で警察に突き出したい。 「これからどうするんだったっけ? コンビニに寄って帰るんだっけ?」 「……このアームで叩けば、記憶が戻るかもしれん」 「ごめんなさい夏休みの自由研究を手伝うという約束でした、思い出しましたすみません」 すっとぼける俺にもまるで動じない鋼のハートの持ち主だ。 ええ覚えていますとも。 ことの経緯は極めてシンプルだ。 『高校二年になってまで自由研究なんて幼稚なことやってられっか!』 『私と二人でやれば、半分で終わるぞ?』 『お、いいね! じゃあなにやるかお前が決めていいぜ』 ――よくない。 全然よくない。 軽い気持ちでこいつの話に乗ったばかりにこのザマである。 なぜあのときあんな怪しげな誘いに二つ返事で乗ったのか。こいつの性格は知っていただろうに……ええい過去の自分を消し去りたい! 「心なしか元気が無いな」 フムと顎に手を添えるこの幼女。時代錯誤の瓶底眼鏡で、頭には馬鹿みたいにでかいリボンが乗っかっている。サイドテールの髪留めにしては自己主張が激しい。 ご覧の通りこのセンスは異次元である。 もう、こいつの全てに難癖をつけてやれる自信がある。 一体どこの魔女かと。 こんな幼女が存在してたまるかと……。 解剖前の蛙を見るような残忍さで俺を値踏みするこいつには、そんな俺の苦悩など知ったことではないのだろう。 「このガキは……待たせて悪かったね。とか、謝罪の一つもねぇのか?」 「そうは言ってもまだ指定の時間まで二分もある。謝る必要が無かろう」 腕時計をつけたアームを見せびらかして、その文字盤を袖でバシバシ叩いてくる。それじゃ袖しか見えねぇだろうが! はぁ……“心頭滅却すれば火もまた涼し”落ち着こう。 「んで、今日はなんでここに呼び出したんだ? 研究内容くらい教えろよ」 「そうだった。なあ栄、ここは暑いだろ?」 当たり前だ、の一言を言えずに頭を抱える俺はどうしようもなくかわいそうな奴だと思う。 「熱射病になる前に木陰へ移動するぞ……ほら、ついてこい」 「や、やめて。ひっぱらないでっ! 自分で歩けるから!」 ちびっ子の癖にこのロボットアームだけはやたらとパワフルで、俺は抵抗も虚しく木陰へ連行されてしまった。 ずるずるずる――。 さて木陰に到着。 早く夏休みの研究とやらを終わらせて帰ろう。自宅で待っているクーラーを想い、俺は座して待つ。ペットボトルは底をつき、団扇を振るだけの気力も無い。 幸いなことに、目の前で作業しているネジ子の服の下からは、絶えず涼しい風が吹き出している。 そのおこぼれにあやかろうと、少しだけ近くに寄って寝転がった。 カチャカチャと機械をいじる音が鳴る。 ネジ子は俺に背中を向け、バックパックを地面に下ろして調整しているようだった。 タオルを敷いただけの枕は、低くて寝苦しい。 そういえばこいつスカートは履いているのか? 首をもちあげると白い背中が見えた。 フワリ、風で裾がめくれるけれど、見えるのはせいぜい足首くらいまでだ。 行儀よく正座して並んだ赤い靴、これにもなにか仕掛けがしてあるのだろうか? ……暇なのでいろんなことを考えていたら、いつの間にか蝉の声が聞こえなくなっていた。俺達の騒がしさに遠慮したのか、それとも小さな狩人に獲り尽くされて絶滅してしまったのか。 これなら安眠できそうだ。 仰向けになると、緑の天蓋が心地よい空間を演出していた。 サワサワと風の声も聞こえ始めた。 風鈴代わりとはいかないが、これはこれでいいものだ。 どうやら俺にもワビサビの心が理解できたようで、少し気分も晴れた。 ネジ子の背中から漏れるそよ風を拝借して、一眠りしよう。 鉄の匂いには目をつむるさ……。 「準備できたぞ、起きろ」 「ちくしょう、まだ寝てませんっ!」 横になったと思ったらこれだ。 恨みつらみの視線を投げてやると、ネジ子はきょとんとした顔で首をかしげた。 「なにを怒っているのかは知らんが、それよりこれを見ろ」 「ん? なんだこの鉄くず……痛ッ!」 「鉄くずなどではない! 私が昨日徹夜して作った自立型冷房ロボット『納涼君一号』だ!」 「はいはいすごいすごい……痛ッ!!」 「もっと驚け!」 「うわあ、すごーい」 ぱちぱちぱち――と、適当に手を打ってやると、頬を膨らませて頭から湯気が出そうなくらい怒っていた。もっと悔しがらせてやりたい。 「んで、今からなにすんの?」 「名前を聞いてすぐに閃かんか?」 「ぜーんぜん」 これだから凡人は困る。と、言いたいのだろう、この天才様は。 フフンとえらそうに鳴らした鼻を指でつまんでやると「ひうっ」と鳴いて、不機嫌になって裾を引き下ろした。 フォォオーと、空調の音が俺を威嚇する。 「……では改めて聞くが、納涼と言ったらなんだ?」 「納涼、納涼ねぇ、なんでしょうねぇ……風鈴とか?」 ちっちっち――指を振る仕草が非常に不愉快だ。 「まあ見ていればわかる」 自分から質問をしておいてこの仕打ち……もう慣れてるから別にいいけど。 大層失礼なお子様はトコトコやってきて俺の隣に正座する。背筋は正しく伸びている。お行儀は良い。胡坐をかいた俺の肩と同じ高さにこいつの頭のてっぺんがあった。 カチッ――スイッチを切るような音と共に、白衣の空調が音を消す。 ネジ子は「んっ、んんっ……」と何度か咳払いをして真剣な顔つきになる。 二人並んで座った先、離れたところにハイテクの結晶『納涼君一号』が鎮座している。 「よし。では納涼君一号、始動だ!」 ネジ子の一言で、俺の目は納涼君へ向かう。 シュー……突き出した管から白い煙が噴出する。まるでドライアイスのように地面を広がり、目の前で変形を始めた。 わあ、わあ……なんだこれ、現実か? 真鍮製の歯車。そこに連結したシャフトがガッコガッコと音を立てて振り子のように動く。本体は中央が開いて、中から複数のアームが出現した。 合計六脚と二つの鋏からなる異形。見た目はばっちりサソリそのものだ。 フシュー! 管が尾のように反って立ちあがり、先端から煙を吐き続けている。 正面に眼のように存在する二つの複眼からはノイズが聞こえる。これはスピーカーのようだ。 見事な変形機構だった。こんな物をサラッと一晩で組み上げる技術は素直に賞賛できる。 「これさ、夏休みの自由研究とかそういうレベルじゃねぇだろ……」 「なにを言っている、研究はこれからだぞ」 「え?」 やはり天才の考えはわからん。これだけでも十分だと思えるのに、その先を追及しようというのだから恐れ入る。 「始まるぞ、静かにしろ」 袖を引かれ、隣をうかがうとネジ子は座りを確かめるようにモゾモゾしていた。ちょっとだけ暑そうに襟を引っ張って、不健康な白い首筋がチラリ。 俺も見習って姿勢を正す。言われたとおり静かにして正面を見た。 キィィィ……金属の軋りが耳の奥を刺し、スピーカーのノイズが大きくなる。 やがてそれらは人の声に変わった。低い男の声。まるで通夜のようなモノトーンの声で、ゆっくりと語りだす。 ――あれは真夏の夜。残業上がりにフラフラと飲み屋に寄って、その帰り道だったか。自分の家はいつまで経っても見えてこない。どうやら俺は、いつもと違う道を歩いてたらしい。泥酔してたから間違えたんだろうさ。 で、しばらくすると、こんな夜中だってのにどっからか子供の声が聞こえたんだ。 しくしく、しくしく、って。 そりゃ驚いたよ。 んで、まだ酔いで回らない頭を抱えて声の方に歩いていったんだ。もしかすると迷子なんじゃないかってね。 俺の方が迷子だっつーのに、笑っちまう話だ。 でさ、やっぱり女の子だった。 電信柱の影にうずくまって、なにかを大事そうに抱えて泣いてたよ。 どうしたんだいお嬢ちゃん、って聞いたらその子……。 みつからないの。 私のお人形さん……。 お人形さんの、身体がぁああ。 壊れた人形みてぇな面で、俺を睨んでた。 酔いなんざすっかり醒めちまったね。 来た道をすっ飛んで逆戻りして、その日は駅前で過ごした……またあの道を通るなんざまっぴらだったからな。 それに、去り際にちらっと見えたんだが……あの女の子、持ってた人形の手さ。 ありゃ人形なんかじゃなかった。 人間の、それも小さな子供の手だったよ。 ――キャアアア!! 「うわぁ!」 なんの前触れもなく叫んだスピーカーに驚いて、反射的にネジ子を抱き寄せてしまう。小さな身体はぐわんと横に傾いて、ずり落ちそうになった眼鏡をつまみ上げていた。手に当たる感触は女性らしい柔らかさ……いやいや不可抗力。 「おっと、すまん」 白々しくそう言って身を離して表情をうかがうと、なにやら意味深な笑みで俺を見上げてくる。またよからぬことを考えているのだろう――少し様子をうかがっていたけど、結局なにも言わず俺の顔を見ながらメモを取り始めた。 当然のように説明が無いのが腹立たしい。さっき抱き付いてしまったことの申し訳なさも、それでだいぶ薄れてしまった。 「なあネジ子。さっきのは一体なんだったんだ? これが自由研究の内容なのか?」 奇妙奇天烈な変形を見せられたかと思ったら、始まったのは怪談。納涼君の名に恥じない臨場感あふれる効果音付きで。 わけがわからん。 とにかく事情を聞きたい俺は、このちんちくりんに顔を向けてじっと言葉を待った。 待った。 待っていた。 ……なんか話せよ。 手は忙しそうに動いて紙切れにメモってるけど、その内容よりも、チラチラと俺の顔をうかがってくることの方が気になる。 「おいコラちび! 俺にも事情を説明しないと共同研究の意味がねぇだろが!」 「ん、観察は終わったから今日はもう帰っていいぞ」 「話聞けよこの……?」 ん? よく見ればこいつ、耳の穴になにか詰め物をしている。どうりで俺の声が聞こえていなかったわけだ……。 そして、耳栓するってことはだな。 うん。やっぱアレしか考えられねぇよな。 すぽん――。 ネジ子の両耳から栓を抜き取って、正面に回りこみ、もっちもちの頬を両手で押さえて顔をぐぐっと近づけると、ネジ子はピクリと肩を震わせ視線を泳がせた。 ビンゴ! やっぱこいつ……怪談が怖くて耳栓してやがったんだな。 「そっかー、天才様はお化け怖いのかー。うんうん仕方ないよな、お子様だもんな」 言ってやったぞ。 ついに俺はこの悪魔に勝利したのだ。 心の中でクラッカーを鳴らす。こんなに晴れ晴れとした気分は久しぶりだ。暑い中我慢したかいがあった。 「お前はなにを言っているのだ?」 勝利に酔いしれる俺に、まだこいつはとぼけた顔をしてしらを切る。お化けを怖がるお子様なんて、もう怖くないもん。 「そうツンツンしなくても大丈夫だって。皆には黙っててやるからさ」 しめしめ――弱みを握ればこっちのもの。 もう俺はこいつのオーバーテクノロジーに怯えなくて済むんだ。 いやっほー! 肘で突っつくと不機嫌そうに頬袋を膨らませる。 まるでフグみたいだ、いやハリセンボンか? ツンツンしてるしな! はっはっはー。 ――って、舞い上がっていたら。 「私が耳栓をしていたのがそんなに嬉しかったか。では次からお前と居るときは常に耳栓をしておいてやろう」 「……いや、そうじゃなくって、お化けがね」 「お化けがどうした?」 あれ? じゃあなんで耳栓なんかしてたの? 目だって逸らしてたじゃん? うーんうーんと考えたが、凡人である俺にはサッパリ答えが出てこない。 ネジ子はフフンと得意げに鼻を鳴らし、尊大な態度で答えを寄越してきた。そこにはもう先ほどの動揺は見られなかった。 「耳栓は雑音から頭を遠ざけてデータ取りに集中する為のものだ」 「データ……って、なんですのん?」 「お前の体温変化だ。納涼君一号の怪談を聞く前後でどれだけの温度変化が見込めるか、それを調査するのが夏休みの自由研究……どうした? そんな顔をして」 がっくし……。 つまり俺はモルモットだったというわけか。なに浮かれてたんだろう。 しゅんと肩を落として体操座り。地面にのの字を書く。 この天才幼女は小さくなった俺を一瞥してため息。ハイテクの塊を回収しに向かう。そんなぞんざいに扱わなくても、もうちょっと気にかけてくれてもいいのよ? ……ぐすん。 それから若干涙目のワタクシ栄旋風(さかえつむじ)はブチブチと雑草むしりとって現実から目を背けておりました。背中では今も機械の音が聞こえてきます。 フォォオー。 あのやろう、また一人だけクーラー効かせてやがる……いいえ効かせてございます。 振り返ると、鉄のサソリは既に小さくなって彼女の背中に張り付いていました。 トントンと靴を立てるその仕草は、小学校入学前にランドセルをかるうお子様そのもの。大変ほほえましゅうございます。 「栄。いつまでそこでウジウジしているつもりだ。早く帰るぞ」 「ワタクシは蛆虫でございます。どうか放っておいてくださいまし」 ぷいっと背を向けて桜の木を眺める。ああ、この桜みたいにどっしりと構えていたいものだ。 矮小な自分にため息をこぼす。背後からも大きなため息が聞こえた。 「熱中症で倒れたらどうする気だ、お前が居なくなると私だって困るんだぞ」 「宿題が終わらないからか?」 「そうじゃない」 えっ? 振り返るより先に、両肩から小さな手が下りてきた。首の前でキュッと結ばれて、おぶさるようにネジ子は身体を寄せる。 小さな額がコツンと俺の後頭部に当たった。 ――まだ二人、背丈も変わらなかった頃の記憶。 両親が海外で暮らすネジ子は、俺の家によく泊まりに来ていた。 こいつはあの頃となんにも変わっちゃいない……外見ではなく中身の話。いつもガチャガチャと機械をいじくり回しては、嬉しそうに俺に見せるのだ。 『あのね、ねじ子ね、大きくなったらすっごいはかせになるの』 大きくなった今のネジ子には、その才能がちゃんと備わってる。 そこんところは俺が身をもって証明してやれる。 『だから……あの、さかえ君……』 手を後ろで結んで、もじもじしながら顔色をうかがうこいつに、俺は初めてドキンとした。この頃は眼鏡だってピンク色の可愛いフレームのやつで、白衣も今とは違う白のワンピースだった。 幼い栄少年は、この風変わりな少女が――糸巻螺子子が好きだった。 恥ずかしげに唇を湿らせ、桜色の頬とビー玉みたいな瞳で俺を見る、まるで天使のような微笑みが。 『ねじ子がおっきくなったら、さかえ君はねじ子の――』 今なら断言できる。 あの頃からお前はなんにも変わっちゃいねぇよ! 「栄は私のモルモットになったのだから、勝手に居なくなるのは許さない」 「誰がモルモットだ! 返せ俺の純情!」 ミシミシッ――! おぶさられた背骨が悲鳴をあげる。 「いだだだだ! お、おも……重いいい」 「納涼君一号を担いでいるのだから当然だ。ぺたんこになって主人に非礼を詫びろ」 ぺたんこはお前の方だこの極悪幼女め! 心の中で毒づいて、俺は文字通り地に伏した。 ああ神様、生まれ変わったらどうかこんな小さいのじゃなくて、もっと器量とか身体とか、色々な部分が大きな幼馴染をください。 そう切に願う。 |
たぬき 5a/fKBGXWg 2016年06月12日 15時26分42秒 公開 ■この作品の著作権は たぬき 5a/fKBGXWg さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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