投げつけられた夏の想い |
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あるマンションの前でふと思い出した。 小五のとき、タイムカプセルを埋めようと空き地に穴を掘っていると、蝉の幼虫が出てきた。それを空き缶の上にそっと置いて一緒に埋めたのだ。 翌月にこのマンションが建ったんだよな……あの時の想いはもう陽の目を見ることはないのだろう、一緒に埋めた蝉とともに。 夏は大嫌いだ。 センチメントに浸りながら、心の穴を癒そうと思っていたのに、心踊り、開放的な気分にさせる夏の図々しさが僕は嫌いだ。 無慈悲な日差しを避けて、バイト先に転がり込む。 湿気に満ちた梅雨は本に満ち満ちた棚を重くしならせて、さながら海の底のヒトデの気分に陥いらせたが、熱気が押し寄せる乾ききった外気は古びた扇風機を物ともせずに他愛のない学生バイトである私の心を無理矢理にこじ開けていく。 「合コン、空きないか?」 友人にメッセージを送ると、今夜開かれる合コンの予定と一言が返信されてきた。 ちょうど一人足りなかった、こちらの事情を聞いたのかと。 それはこちらの台詞である。遠慮なくこちらの無駄な高揚感を処理させていただこう。 合コンは好きではない。 でも、気を紛らわせるには悪くない。 話は合う、趣味は合う、見た目は好み、様々な折り合いがつかず、作り笑顔だけが交わされ、浪費していく日々、それも悪くない。 ただ、その予想は大きく覆されることになる。 「悪い、時間ギリギリだったな」 「女子は先に入ったけど大丈夫。本当に助かったよ。先輩に頼まれたのにメンツが集まらなかったら立場ないからな。来てくれて本当に助かった」 たまに利用する居酒屋チェーン店。 ちょっとした合コンに毎回おしゃれな店という訳にはいかない。のれんをくぐり、店内を見回す。 「……今日は帰っていいか?」 見たくないものを見た気がする。 「いやぁ、本当に助かったよ」 さすがは元ゴールキーパー、掴んだ球は離さない。これ以上抵抗したら地獄を見せられそうだ。 「……しかたない。その代わり席に融通を利かせてもらってもいいか?」 正面に座るのだけは避けたい。 「はいはーい、では今日の合コンをスタートさせていただきますよ。適当に自己紹介して貰ったら、あとは適当に席替えとかして、運命の恋人をー。ゲットしちゃって下さーい」 自己紹介が始まり、綺麗系の女子の順番が回ってきた。 「中村です。大学生で、夏でこちらに戻ってます」 「あ、こっちにも中村がいますよ。偶然だなぁ」 偶然にもほどがある。 今日まで、合コンで最悪なことは、合コンに失恋した彼女が来ることだと思っていた。 でも、違った。 最悪なのは、姉の登場である。 体育会系で友人の多い姉はこちらに戻ってからも毎晩飲み歩いていたため、連日バイトと合コンに明け暮れていた私とはすれ違いがちで、ほとんど会話も交わせていなかったが、その報いをこのような形で受けることになるとは。 居酒屋の個室というには開放的な空間の反対側に座る開放的な姉の姿を見て、私は前世でどんな罪を犯したのだろうとあらゆる神を恨んだが、悪魔のような目で睨みつけてくる姉と合コンのメンバーから全てを把握した。 こちらの主客である先輩は私と同じサッカー部の元エースでインターハイ出場、男子の羨望の対象で、女子の憧れの的。姉とは同級生。姉にしてみれば、想い人と再会できる絶好の機会を得たといったところだろう。 とりあえず今日は兄弟とバレないように静かに飲み食いして帰ろう。 ……と思ったのだが、姉からの視線が痛い。 全く気が進まないが、今日は姉の往年の恋が叶うように手助けしてやらねばならない。さもなくば五体満足で家の敷居をまたぐことはできないだろう。 姉のスペックは……そう悪くない。もともと綺麗系な顔だちで、陸上をやっていたのでスタイルも良い上に、高校時代とは違ってかなり身綺麗にしている。大学デビューと陰口を叩かれているだろうが、男どもにとってはそれほど問題ではない、むしろ大歓迎だ。 メガネもコンタクトにして、服装もお姉系……姉がお姉系とか全く笑えない。髪は……おかしい昨夜見たときは黒髪だったはずだ。その明るくなった髪色に込められた姉の愛に圧死させられそうだ。 姉に彼氏がいた記憶はないが、それなりに無難にやりとりをしている。 道端で死にかけた蝉を見つけては弟に投げつけていた姉はそこにはいなかった。そこにいるのは……例えるなら地上での一週間を謳歌する絶頂期の蝉だ。 さて、五対五の蝉時雨、ではなく自己紹介が鳴り止むと、それぞれ話したり食べたりと和やかな空気が支配し始める……水面下はどうなっているかしれないが。 最悪の状況だが、メンバーは悪くない。 こちらはメインである先輩、悪友の幹事と進行役、一人は可愛い系が好きで姉を狙いには来なさそう、もう一人は夏前に失恋したばかりで付き合う気のない数合わせ。 上座に座った先輩の正面には姉。良い位置に付けたと言える。 ……まずいな、先輩の目当ては隣に座った姉の友人らしい。 姉の友人は昔から天然ゆるふわ、私とも何度も顔を合わしているはずなのに全く気付いた様子がない。よく遊んでいたのは小学生の頃、さすがに気付いて貰えないのかもしれない。 さて、姉である。三人で話しているものの、先輩の目は友人のゆるふわにロックオンされている状態。意外と周りの空気を読める姉が、この調和を打破できるだろうか? ゆるふわからの援護射撃も見込めそうにない。普通に先輩と盛り上がってるものな……やむを得ない、参戦するか。 まずはこちらの下座で話を盛り上げ、上座に邪魔が入らないようにせねば。 可愛い系女子と可愛い系好き男子を上手く盛り上げる。 「先輩はちゃんとフォローしとくから、二人を頼むな」 幹事には二人の面倒をまかせる。 話を振りつつも、決して自分は目立たず、女子三人の意識を上手くそらす……そうして上手く奥の四人とこちらの六人とを分断……そして奥の一人がトイレに立った。 「どーもー、シクヨロでーす」 「あー、はじめまして。司会の子だよね、面白いー」とゆるふわ。 「どもでーす」 「ハジメマシテ」これは姉。 「先輩、美人二人を独占したら、独占禁止法で逮捕っすよー」 「チャラ男は相変わらずだな」 ちなみにこのチャラ男が私だ。 ……私だ。 ……日本国憲法にも書いてある、心の中は自由だと。どちらも私には違いない。 さて、奥の三人に合流することができた。ここからが本番だ。 ゆるふわと先輩の話を上手く姉にも振りつつ、場を盛り上げる。姉の緊張をほぐしつつ、先輩との共通の話題を提供する。姉も徐々に先輩と会話を交わせるようになってきた。よしよし。 「なんか、二人って趣味合ってない?」 おい、ゆるふわ、やめろ。 そうなのだ。 私がちょっとした話題を振るたびに、姉が話をするたびにお互いに良い反応をしてしまっていたことには気付いていた。 ほとんど一緒に過ごしてきたのだ、趣味も合うに決まっている。細かいネタもついつい拾ってしまうし、いつもの調子でボケたりツッコんだりもしてしまう。 いいじゃないか、姉弟だもの。 ゆるふわ、何も見てないような振りをして、よく見てるな……そういや蝉を投げてくる姉の後ろで次の蝉を手渡していたのがこのゆるふわだった。連れてる彼氏もサーファー系のイケメンらしいしな。 意外と腹黒いのかもしれない……そう思うことにした。 「飲み物追加、お願いしまーす」 とりあえず仕切り直そう。流れを断ち切るため、追加の注文を取り始めた。 唐揚げ追加、チューハイお代わり、日本酒お願い、などという声が飛び始めると空気も変わる……少し席を離れて様子を見てみよう。 トイレに行けば姉が打ち合わせにくるかもしれない……と思ったが、出てきたのはゆるふわの方だった。笑顔で手を振ってくるので、なぜかウインクで返した。 自分自身に問いたい……なんのキャラなんだと。 個室に戻ると、状況は悪い方に転がっていた。 姉が酔っ払っていた。 そういや、さっき誰かが日本酒を注文してたけど、それ飲んだな。 姉はうわばみなのだが、日本酒だけには滅法弱い。話の流れで先輩に少し飲んでみたらとでも言われたのだろう、遠目に見てもだいぶ顔が赤くなっている。 急いで席に戻ると、事情はだいぶ違っていた。 姉はクダを巻いていた。 先輩は思いっきり捕まってた。 逃げて、先輩逃げて。 このまま姉を気絶させ、連れ帰ろうかとも思ったが、奴は酔拳の使い手、飲めば飲むほど強くなる。勝てるとは思えないし、誰も勝てない。 とはいえ、姉はすぐに酔いつぶれた。汝の敵は内にあり。 日本酒ありがとう、お前のせいだけど。 酔いつぶれた姉をゆるふわが送っていこうとして、先輩が女子二人を帰すのはとか言い出し、先輩に送らせるのは気が引けた弟が付いていくことになり、奥の四人は早めに帰ることになった。 「大丈夫、彼女を家まで送っていくよ」先輩から意外な一言。 先輩はゆるふわ狙いだと思ってたのに。 「てかお前の姉ちゃんだろ?」 知ってたんですか? 「俺の中ではクラスメイトの弟のチャラ男だからな」 そう言えばそうだった。 「はじめは気づかなくて、二人のやりとりで気づいたときには……さすがに引いたけど」 気遣わせてしまって、申し訳ないです。 「まぁ……送っていくから、安心してくれ」 結果から言えば、姉と先輩は付き合うことになった。なんてことはない、片想いだった二人がお互いの気持ちに気付いた、ただそれだけのことだった。 「タダオくんもよく頑張ったよね」 ゆるふわを送っていくことになった。 「ありがとうございます……って、分かってたんですか? いつから?」 「最初から分かってたよ。最近チャラいなーって思ってたもの」 狭い世間だからな。 「ところでさ、タダオくんは今、付き合えたりするの?」 ……は? 「付き合える……とは?」 「彼女いるのかなって」 そういう意味デスヨネ。 「見ての通りの独り身ですが……なにゆえ?」 「どうして急に戦国武将みたいな話し方になったの? ウケるんだけど」 「だって、こないだ彼氏と歩いてたって……いや、噂で」 「ん? ……それはタケシかな?」 タケちゃんかよ。昔よく遊んだ、ゆるふわの弟である。 力が抜けて、なんとなく座り込んでしまった。 「なんだ……はは、落ち込んで損した」 「幼馴染だし、なんか面白いし、付き合ったら楽しそうかなーって」 頭をポンポンされてなんだか恥ずかしい気持ちになってると、頭上でカシャカシャ言い始めて、ジワジワ言い始めた。 「だから、なんで蝉を頭に乗せてるんですか……」 「蝉嫌い?」 「頭に乗せるの好きな人がいるとは思えない……」 「蝉って実は地上に出てから一ヶ月くらい生きてるんだって。人が育てると長生きできないから、一週間くらいしか生きないだろうって思われてたんだって」 セミ博士かよ。 「幼虫時代を含めると十三年くらい生きるのもいるんだって。それって虫にしてはすごく長生きなんだよ? だから、チャラく見えても、頑張ってるタダオくん見てたら、なんか愛おしくなっちゃって……セミ博士としては」 本当にセミ博士だったわ。 「ジワジワー」 そういって木に……ではなく私に抱きついてきた。 どんな攻め方やねん。 「蝉が好きだったんじゃなくて、タダオくんと追いかけっこしてるのが楽しかったんだよ。その思い出があったから、蝉が好きなのかもね」 ゆるふわどころか、とんだ肉食系女子だったという話。 入道雲とにわか雨。 蝉の声はにわかに止み、繊細なピアノのような静かな時間が流れていく。 アスファルトの隙間、柔らかくなった土が小さく盛り上がり、蝉の幼虫が顔を出した。 打ち付ける大粒の雨だれは地こそ固めなかったが、混沌とした世界を静かに冷やしていくのであった。 |
魚住 p8HfIT7pnU 2016年06月10日 06時48分36秒 公開 ■この作品の著作権は 魚住 p8HfIT7pnU さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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