俺のパンチで大地が揺れる |
Rev.01 枚数: 17 枚( 6,423 文字) |
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部 |
クセというものは、何歳になろうが、新たに生まれるものだ。 「ヌアッ!」 俺の右拳が床を突く。時を同じくして、本棚や机にテレビ、家そのものが地震にあったように震えだす。 激しい揺れ、震度で表すと五くらいだろうか。しかし、この揺れは三秒ほどですぐに治まる。 ……またやってしまった。 女性で興奮すると地面を右腕で殴ってしまう――これが中二になって始まった、俺の新しいクセだ。 最初は恥ずかしかったり手が痛かったりで頭を悩ませていた。今はとりあえず厚手の手袋を買い、人前では出来るだけ無心でいることでなんとかやり過ごしている。 そうこうして二週間が経ち、ようやくこのクセを持った生活に落ち着いた頃、俺は気付いてしまった。地面を殴ると周囲十メートル程度が揺れることに。 普通に地面を殴っても揺れないので、最初は偶然だと思っていた。だけど、クセが十回二十回と続いていく内に、この地震はクセによる俺のパンチが原因だと認めざるをえなかった。 本当に意味が分からない。ここ最近の大きな悩みのタネだ。どうやら俺の興奮の度合いで、揺れの大きさが変わるらしい。範囲も治まるまでの時間も同じなのだが威力だけ―― 「ヌアッ!」 再び俺の拳は地面を破壊せんと動き出す。そして僅かに揺れる家。 ……テレビはダメだ。消しておこう。自分だけが困るクセだったらともかく、人に迷惑が掛かるクセなので、気をつけなくちゃいけない。 今は夏休み、遊びに行きたいのを我慢しておとなしくニュース番組を見ていたのだが、まさか海のインタビューで水着のお姉さんが出てくるとは思わなかった。 つい最近まで、女になんてまるで興味が無かった俺には刺激が強い。これが思春期というやつなのか…… そう、俺は女なんてどうでも良かった――三週間前、夏休み前の変な時期に来た転校生を見るまでは。 本城さゆりちゃん。それが彼女の名前だ。あんなに可愛い子を見るのは生まれて初めてだった。クリクリした大きくパッチリした目、ツンとした小さくてスッキリした鼻。肩にかかる綺麗な黒い髪が可愛らしく、少し短いスカートがまたよく似合って―― 「ヌアッ!」 手袋越しから拳に伝わる、フローリングの感触。勢いよく震えだす床の大地。 しまった。今日だけで六回、我が家だけに局地地震が起きている。 ……やはりダメだ。しばらくは家に一人だからと、油断してしまっている。 親は今日から結婚記念日の旅行と銘打って、子供を置き去りに遊びに行った。まあ元々うちの親は放任主義だし、ピザとか食えるから嬉しいんだが。 とにかく、さゆりちゃんが転校してきてから、俺の人生は変わってしまった。今の俺を一言で説明すると、引きこもりの色白少年だ。 そりゃそうだろ。今は夏、誰しもが少し無防備に肌をさらけ出す魔の季節だ。誰がこんな体で外に出ようと思うのだろうか? 最初はクセを出さないようにすれば良いと気楽に考えていたさ。でも、クセというものはそんな簡単なものじゃなかったんだ。 改めてネットで調べてみる。癖――無意識のうちに起こす行動―― そうなんだ。俺のこの行為は間違いなくクセ。気を抜けばすぐにやってしま―― 「ヌアッ!」 安定性を売りにしているらしいタンスが小刻みに震える。本日七度目の床との格闘。手袋をしていてもいい加減手が痛い。 まさか、広告であんなものが出るとは……ネットもなるべく控えようとしていたのに、つい忘れてしまっていた。 ……そんなわけで、俺のこのクセは一朝一夕で直るものではないらしい。 だから、夏休みが終わっても、俺はもう学校に行く気はない。 さゆりちゃんが転校してきた日はなんとか冗談で通したが、長い二学期を誤魔化し続けるのは絶対に無理だと判断しからだ。 正直、こんな変なクセがあるのは恐い。でも親に言えば病院にでも連れて行かれそうでもっと恐い。一人で抱え込むのも辛いので、仲の良い奴らには話しても良いかなとは思ってるけど、先生や他の奴らにバレるのだけはごめんだ。 ――ピンポーン。 家に誰かが来た嫌な音がする。来客にはちゃんと対応しろと、母さんからうるさく言われている。 とはいえやはり面倒だ。念のため誰かだけ確認して、居留守を使おう。 インターホンに付いているモニタを確認してみる。 ――おっ! 慌てて俺は玄関のドアを開けに行く。 「シュウイチとミカじゃねえか。お前らどうしたんだ?」 インターホンを鳴らしたのはよく見知った顔だった。 「どうしたんだ、じゃないでしょ? 何回あんたを遊びに誘ったと思ってんのよ」 「いつもタケオから誘ってくるのに、急に何も言わなくなったからね。僕らも心配してたんだよ」 いつも通りの勝ち気な感じのミカ。ちょっと心配そうなシュウイチ。二人とも俺の大事な親友だ。 「おう、ちょっといろいろあってな。すまん」 「いろいろって何よ? どうせくだらない事なんでしょ。どう見てもヒマそうにしてるじゃない」 「う、うるせえなあ。大事な用があったんだよ」 「まあいいわ。今は空いてるんでしょ? ちょっと外に行くわよ」 言い終わらない内に、俺の腕を引っ張って外に連れ出そうとする。 「おい、なんなんだよ急に。落ち着けって」 「いいから行こうよ。タケオがビックリすることがあるからさ」 なんでこんなに強引なんだよこいつら。 「わかったから離せって。戸締りするからちょっと待ってろ」 「早くしなさいよね。あんまり待たせちゃったら可哀想なんだから」 「ミカ」 しまった、という顔をしてミカは口を押さえた。 「なんだ、誰か待たせてるのか?」 「うるさいわね! 早く戸締りしてきなさいよ!」 なんで俺が怒られなくちゃいけないんだ? いろいろと言いたい事はあるが、これ以上こいつを怒らせると間違いなく面倒だ。足早に戸締りをして出掛ける準備を済ます。 ……クセが出ないかと多少の不安はある。でもまあ、あいつらとだったらそんな場面も多分ないだろう。むしろこの悩みを打ち明けるいい機会かもしれない。 「おう、待たせたな」 「いいわ。じゃあ早く行きましょ……ところであんた、その変な手袋なんなの? 暑苦しいし、正直かなりダサいわよ」 腕が骨折するよりはマシなんだよ。 「……事情があるんだよ。今は何も言わないでくれ……オラ、行くぞ」 「あっ、ちょっと待ちなさいよ! 先に行かないで――」 「――ヌアッ!」 部屋の中とは違う、硬い地面の感触。そして、今日一番の揺れが俺達を襲う。俺と、ミカと、シュウイチと――さゆりちゃんを。 「キャッ! 何!?」 「うわっ! みんなしゃがんで! 地震だ……あれ? 治まったね」 「そうみたいね。なんだったんだろ。あっ、さゆり大丈夫!?」 「うん。私は大丈夫。それよりタケオ君どうしたんだろう?」 地面に拳を突き立てながら、俺は微動だに出来ずにいた。 ……マズイ。不味すぎる。 なんなんだこの状況は? なんでさゆりちゃんがここに? シュウイチか? きっとシュウイチだな? あいつは妙に勘が鋭い。日頃から俺がさゆりちゃんに接する態度を見て察したのだろう。それで、ミカに頼んでわざわざ俺の家に連れてきたんだ。きっとそうに違いない。 この変なクセさえなければ、落ちた消しゴムをさりげなく拾ってあげたり、タイミングを見計らって、移動教室の場所を教えてあげたりしたのが功を奏したと喜ぶんだが…… どうする? どうやってこの場を凌げば良いんだ? 「あんた何やってんのよ? っていうか、あんたがその変な事したら揺れたみたいだけど、まさかあんた何かやったの?……ってそんなわけないか」 チャンスだ! こいつら俺がやったとは思っていない。誤魔化すんだ。何とかして誤魔化すんだ! 「大丈夫タケオ君? どうしたの?」 「ヌアッ!」 誓いも虚しく、地面に拳を置いたそのままの姿勢から、ダメ押しのパンチを打ち込む。 「キャッ! また地震!? なんなのよ――って治まったわね」 「ええと、この揺れは君のその……地面を殴る行為に関係があるのかい? タケオ」 ……もうダメだ。いつもだったら多少は我慢できるのに、急にさゆりちゃんが来た嬉しいサプライズのせいで、自制が効かなくなってしまっている。 「ああ! その、なんというか、ほら! あれだよ、ちょっとしたクセというか、女の子で興奮するとついやってしまってそれで何故か近くで一瞬だけ地震が起きるというかそんな感じなんだわうん!」 無理やり笑顔を作り、立ち上がりながら適当な言い訳を捲し立てる。 「…………」 地面が揺れてないのに固まる俺以外の三人。あれ? 勢いで余計なことまで言ってしまった気が…… 静寂が辺りを包む。誰も言葉を発しようとしない。作った笑顔がちょっとずつ引きつっていくのが分かる。 沈黙を破ってくれたのは、やはり一番騒がしいミカだった。 「……はあっ!? あんたそれホントに言ってるの?」 「お、おう……お前らには言おうと思ってたんだけど、ちょっとタイミングがさ……すまん」 クソ! もうやぶれかぶれだ! このまま気まずく終わるくらいなら――! 俺はさゆりちゃんの顔を見据え、半ば自暴自棄ながらも覚悟を決めた。 「さゆりちゃん! 実は転校してきたときにさゆりちゃんを見てからずっと好きだったんだ! 付き合ってください!」 「えっ、わたし? ええと、その……」 ――不意に、辺りが激しく揺れ出す。今日感じた揺れの中で一番大きい。 なんだ? 俺は何もしていないぞ? まさか、本物の――!? 「危ない! 本当の地震だ!」 「キャアッ!」 「痛っ!」 「さゆりちゃん!」 急な揺れでさゆりちゃんが転んでしまった。 た、助けないと! こういう時ってどうするんだ!? 確かこの前に学校の避難訓練で―― 「タケオ、こんな時に言うのもあれなんだけどさ」 「なんだ!?」 唐突に耳打ちをしてくれるシュウイチ。なんでこいつはこんなに悠長なんだ。お前はさゆりちゃんが心配じゃないのか! 「実はさ、今日ここに来たのはさゆりちゃんが来たいって言ったからなんだよ」 ……ハッ!? 「ハッ!?」 思った事がそのまま口に出た。 「つまりさ、さゆりちゃんも君が好きだったんだよ。さっきのタケオへの返事はきっとOKだよ」 「ヌアーッ! ヌアッ! ヌアッ!」 かつてない力で揺れる大地をぶん殴り続ける――するとどうしたことだろう。いつもとは逆に、俺の猛打で揺れが治まっていく。 「……治まったの?」 「ど、どういうことだシュウイチ?」 完全に地震は治まった。俺とミカは半ば放心状態で地面に座り込んでいる。 「ふう、女の子で興奮すると地震が起きるって言ってたからね。地震が起きてるときだったら、逆に治まるんじゃないかと思ってね。いやあ、本当に良かったよ。あっ、さっき言ったことは本当だからね」 シュウイチは安堵したように笑っている。 ん? 待てよ…… 「……おい。それってもしかして、もっと揺れ出す可能性もあったんじゃないか?」 「……タケオ。そんなことよりさゆりちゃんを助けないと」 「あっ、そうだ! さゆりちゃん!」 誤魔化された気がするが、終わったことをあれこれ言っても仕方がないのは確かだ。それより転んでしまったさゆりちゃんだ―― 俺がさゆりちゃんの方へ視線を向けると、そこに見えたのは捲れ上がったスカート。そして目に入ってしまう黒いパ―― 「ヌアーーーッ!!」 限界を超えた一撃が地面に向かって放たれる。先ほどの地震に匹敵しかねない揺れが起こり――即座に収束していく。 俺は右腕を激痛に襲われながら、意識が遠のいていくのを感じていた。 ……………… ………… …… 俺のクセが友達にバレてから一週間が経った。 俺が意識を失う前に繰り出したパンチの震動は、幸いみんながケガをすることは無かったけど、玄関のドアが歪んでしまい、旅行から帰ってきた両親にかなり怒られるハメになってしまった。 本当に散々な目に遭ったけど、良かったことが二つある。 まず一つ目は、ミカとシュウイチに俺のクセが受け入れられたことだろう。 「アハハハッ! あんたそれ本当にバカみたいな格好よ!」 俺のベッドだということなど構わずに、転がりながら笑いまくるミカ。これが抱腹絶倒ってやつか。 結局、最後の一撃に俺の右腕は耐えきれず、骨折した。 病院でギプスを巻いてもらってから、クセがまた出ないように、包帯と三角巾でグルグル巻きというかなり変な格好になっている。 「アハハッ! ヒッ、もう無理! お腹が……っ!」 俺が間抜けな格好なのは認めるが、今のこいつもかなり馬鹿みたいだな。 「うるせえな! 深刻な悩みなんだよ!」 「ふふふ、そうだよミカ。笑っちゃったらタケオが可哀想だよ」 「お前もナチュラルに笑ってんじゃねえよ!」 「まあ良かったじゃないの。それのおかげで、その訳の分からない変なクセも出なくなったんでしょ?」 「……ああ、まあな」 この格好のおかげかは分からないけど、俺の変なクセはあれから出ていない。安心してネットやテレビを見る毎日を送れている。骨折してるけど遊びにも行くつもりだ。今まで無駄にした夏休みを取り戻さないとな。 「それにさ、やっぱりあたし達には感謝するべきよね」 そういいながらミカはチラリと視線を横に向ける。その視線の先にいる人物――さゆりちゃんが優しく微笑む。可愛い。 「うん。打ち明けるには絶好のタイミングだったんじゃないかな。あのとき地震を止めたタケオ君はかっこよかったよ」 「うん、ありがとう。さゆりちゃん」 これがもう一つの良かったことだ。 付き合う事こそ出来なかったものの、さゆりちゃんで興奮したという事実は許してくれた。その上、『お友達から始めましょ?』なんていう言葉まで貰えた。 俺は今、最高に幸せだ。例え腕が治ってクセが再発したとしても、さゆりちゃんの為に俺は学校に通うぞ。 「ねえタケオ」 「ん? なんだよ」 ミカを見ると、なぜか俺に向かってしきりにウィンクを送ってきている。 「何してるのミカ?」 呆れ顔でシュウイチが声をかける。 「いやあ、本当にクセが治ったのか確かめてみようかなって」 「やめろって。ていうか幼馴染みのお前でどうやって興奮するんだよ」 「む、何気に失礼ね。やっぱりこういう可愛い子じゃないとダメなわけ?」 そういいながらミカはさゆりちゃんの髪の毛をサラッと掻き上げる。 「おい、さゆりちゃんに迷惑だろ」 「良いのよ。あたしとさゆりはもう仲良しなんだから。それよりあんた、さゆりのパンツを見た事はちゃんと反省するのよ」 「ヌアッ!」 「キャッ!」 床を突く――俺の左拳。時を同じくして、本棚や机にテレビ、家そのものが地震にあったように震えだす……震え、だしてしまう。 「タケオ……あんた、やっぱり治ってないんじゃない!」 「そ、そんな! 今まで右腕だけだったのに!」 「っていうかあんた、さゆりのパンツでそれが出たって事は全然反省してないでしょ!」 うっ、そりゃあ、あんな事、そう簡単に忘れられるわけがないだろうが。 「……タケオ君」 「は、はい。なんでしょうか。さゆりさん」 ゆっくりと、俺は視線をさゆりちゃんの方へと向ける。さゆりちゃんの表情は、さっきの優しい微笑みのままだ。 だけど―― 「最低よ。私帰るね」 ――俺の耳に届いたのは、非情な現実だけだった。 「うーん、悪かったとは思うけど、自業自得な面もあるしね。諦めも肝心よ」 「じゃあタケオ。僕達も今日は帰るよ。元気出してね」 俺は玄関に向かっていくさゆりちゃんにも、ミカとシュウイチに声をかけることも出来ず、ただただ頭を抱えてうなだれるだけだった。 その後、ショックでずっと家に引きこもっていた俺を見かねてか、夏休みの終わる前日にようやくさゆりちゃんが許してくれた。嬉しかったが、一回限りの大事な中二の夏休みは、一度も遊びに行かず、部屋に閉じこもったまま終わりを告げた。 |
雪海 2016年06月10日 00時01分09秒 公開 ■この作品の著作権は 雪海 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+30点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
合計 | 15人 | 180点 |
作品の編集・削除 |