舞い散る花のように |
Rev.01 枚数: 16 枚( 6,348 文字) |
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部 |
線香花火の輝きの中に君の命がはじけて広がる。 夜空に広がる花火の中にボクは君の煌(きら)めきをさがす。 ** 冬の出会い ** ボクが君に出会ったのは冬のある日の公園だった。 君が座ったベンチの前をボクは通り過ぎようとしてた。 君はベンチに前かがみにすわり手袋を脱ごうと焦っていた。 君が着るのはベージュのコート。厚いマフラーを幾重にもまき、ずいぶん着ぶくれしてるのに、君はとても寒そうだった。 赤茶けた地面に茶色のベンチ、公園の木々は葉を落としこげ茶の幹がむき出しだった。 午後の陽射しは少し傾き、ほのかに黄昏の色をおびて遠くのビルを照らしていた。 君の幼い顔立ちがボクの心に焼きついた。 そのとき君の横顔に真紅のしずくが輝いて見えた。 ボクはポケットに手をいれた。白い木綿のハンカチがボクの手の中にすべりこんだ。 ボクは真っ白なハンカチを君の前に差しだした。 君は受け取り顔に当てた。 真新しい純白のハンカチが鮮やかな紅に染まってゆく。 君の顔が白さを増した。 君は手袋を脱ぎすてて白いハンカチをポケットから出した。厚手のタオルハンカチだった。 君はボクのハンカチを包んでしばらく顔に当てていた。 「ありがとう」 君はボクを上目づかいに見つめて恥ずかしそうにつぶやいた。 「ごめんなさい。鼻血で汚してしまって」 君は透明なビニール袋に紅く染まったハンカチを入れた。 ボクは君に急いで告げた。 「ちょっと待っててね」 ボクは公園の隅に走った。 赤い椿の花を集める。 「これを一緒に入れたら、目立たなくて済むと思うよ」 君と一緒にビニール袋に紅い椿の花を詰めた。 赤い椿の花のなかでも紅いハンカチは美しかった。 「ごめんなさい、洗って返すから。家はすぐそこなの。いらしてくださる?」 君は立ち上がって少しよろめく。ボクは君の手をとった。 君のあゆみはゆっくりだった。ボクは君に速さを合わせた。 君のあゆむ速さに合わせ、君の目指すその先へ、ボクは君とならんで進んだ。 イチョウの街路樹は葉を落とし枝を切られて春を待ってる。ツツジの葉は黒ずんで冬の寒さを耐えている。 交差点を渡るとき太陽の光が射しこんだ。すべてが黄金の輝きをおびる 君の顔の白さがきわだつ。唇の白さが痛々しい。 枯れた芝生の路を進む。花のない花壇を横目で眺める。 君の住むマンションにたどり着いた。 君はロックを解除する。ドアが自動で左右に開いた。玄関のなかに入ってゆく。エレベーターで階上にのぼる。 君の自宅の入り口に着いた。暗証番号でドアをあける。広い豪華な玄関をあがる。応接室に案内された。 君は洗面所にこもった。水の流れる音が続いた。 「ごめんなさい。どうしても落ちないの」 シワになったハンカチには茶色い跡が残ってた。ツバキの花のように見えた。 君は濡れたハンカチを透明なビニールの袋に入れた。せつなそうな表情でボクに向かって頭をさげる。 「親切にしていただいたのに、本当にごめんなさい」 ボクは無理に笑顔を浮かべた。 「気にしないで、大したことじゃないから」 ボクは思った。ほんとうに大したことじゃない。たまたま持ってたハンカチを渡しただけだ。 君は玄関までボクを送ってくれた。なおも付いてこようとする。 「無理しないで。休んでいてね」 ボクは君を後に残して君の住まいを後にした。姿が見えなくなったあとにも君があやまる声が聞こえた。 君の寂しそうな表情がボクの心に深く残った。 ボクと君との思い出はツバキ模様の茶色のハンカチ。 ボクはそれから「しまった」と思った。 君とメルアドを交換すればよかった。 ** つかの間の春 ** 結ばれた縁(えにし)は切れないと言う。 新学期が始まってボクと君は同級生になった。 ふたたび君に出会った日には桜の花はもう散っていた。 始業式の登校の途中でボクは君に気がついた。君が着ている制服は、君には少し大きく見えた。 しばらく並んで歩くうちに君は僕に気がついた。 「こんにちは、この前はありがとう」 君はボクのことを覚えてた。 ボクは君の輝く微笑をひそかに深く心に刻んだ。 やわらかな太陽の光をあびてツツジの花が咲いていた。 白いツツジに赤いツツジ、白の中心が紅いツツジ。 ボクは君に向かって語りかける。 「このツツジが好きだな」 ボクは白さのなかに紅のあるツツジを指さす。 君がボクに同意する。 「ええ、とても綺麗ね」 「まるで君みたいだね」 君のホホが紅く染まった。 「いじわるね」 寄り添うように近づく君は嬉しそうに笑っていた。君は何を思ったのだろう。 紅く染まったハンカチのこと? 真っ白な横顔に見えた紅いしずく? 新しい教室に入ると、君はボクに軽くうなずき微笑みながら席を探した。こううして新学期が始まった。 同じ教室で授業を受ける。同じグランドで体育をする。 君はいつも見学してた。二人、三人で見学することもあった。一人だけの見学もあった。 体育の授業を受けながら君の視線をいつも感じた。 ボクを見つめてくれている。ボクだけを見つめてくれている。本当にそうならいいなと思った。 放課後になるとボクと君はいつも一緒に帰宅した。 君は途中でどこにも寄らない。いつも真っ直ぐに自宅に帰った。 ボクは君と一緒にあゆむ。でも、それは玄関までだ。 緑の芝生が生えた路、そこでいつも君と別れる。 ボクは上がらせて欲しいと言わない。 君は上がって欲しいと言わない。 それが二人だけのルールになっていた。 梅雨の晴れ間の六月のある日に君はボクを散歩に誘った。土曜日の放課後だった。 ボクは横目で君を見た。君は少し困ったようにボクを上目づかいに見上げた。 ボクは君に向き合った。できるだけ優しく君にたずねた。 「どうしたの?」 すると君は唇を強くかみしめた。君のホホが桃色に、ほんのかすかに染まったみたいだ。君の伏し目がちの瞳がうるんだようにボクには思えた。 君はボクをまっすぐ見上げた。とても大切な事を告げる、そんな風にボクに言った。。 「明日、河川敷にゆかない? お花がきれいよ」 ボクの心は喜びに満ちた。言葉が口からこぼれ出る。 「うん、行こう。明日はヒマだから、ちょうど良かった」 君の顔が輝いた。飛び跳ねそうに体が伸びる。 そのまま抱きついてくるかと思えた。 もちろん、ボクの妄想だった。 君の体からスッと力が抜ける。 「じゃあ、明日ね。お弁当はサンドイッチよ」 君はスキップするように玄関に入っていった。 ボクは思った。まるで告白するみたいだったな。 翌朝、わりと早い時間にボクは君の家へと向かった。 君は玄関でボクを待ってた。 「ごめん、待たせちゃった?」 君は伏し目がちにボクを見る。それからゆっくり微笑んだ。 「私も今ここに来たところよ」 君は広いツバの帽子をかぶって白いゆったりとしたワンピースを着てた。 白い帽子に巻かれたリボンと、口唇にさされた紅の色が、とても印象的だった。 君は少し前かがみになって白いポーチを肩から掛けてた。いつもよりなんだか大人に見えた。 白いロングソックスに白い華奢なサンダルを履いてた。 まるで、「それほど長くは歩けない」と、言ってるようにボクには思えた。 君はボクを河川敷に誘った。河原にコスモスが無数に咲いてた。遠くからだとピンクの霧のようにも幻影のようにも見えた。 君が瞳を輝かせて言った。 「コスモスは春にも咲くのね。秋の桜という名前なのに」 河原にはいくつも花壇が作られ、いろんな花が咲いていた。 「春の花から夏の花まで、ここにはいろんな季節の花が咲いてるの。不思議ね」 君は花の名前と花言葉を教えてくれた。 ボクは君の言葉を心に炎で刻みつけた。 「白いバラの花言葉は純潔、赤いバラは情熱、黄色いバラは嫉妬よ」 君はうなずくボクに語りかける。 「あら、珍しい、トリトマよ」 君の前に小さな赤い花が咲いてる。 たくさんの筒状の花が集まって小さなシャンデリアのように穂の下から咲きあがってる。 君は寂しそうに続ける。 「トリトマの花言葉は恋のつらさ。咲いた花は次々に身をよじらせながら枯れてゆくの」 君はとても辛そうだった。 ボクは思わず君に告げた。 「今、この瞬間にボクと君は一緒にいるよ」 君はボクに悲しげに言った。 「でも、いつまでも一緒にはいられないわ」 ボクは君に語りかける。 「だけど、今は一緒にいるよ。そしてボクらには今しかない」 君は小さくうなずいた。ボクは君に思いを告げた。 「そうだよ、ボクラには今がすべてなんだ」 うつむいていた君の口唇が少しだけ開いた。 君が「好き」と言ったようにボクには思えた。 「大好き」と言ったようにも思えた。 二人で遊びに出たのはこれが最後になった。そして別れの夏がやってきた。 ** 別れの夏 ** 毎日、暑い日が続く。ボクは君を待って登校する。強い日差しを受けてあゆむ。 放課後になると君と一緒に家路をたどる。そんな日々がつづいていた。 しゃべりかけるのはいつもボクだった。 君はあいまいに返事する。どっちつかずの相槌をうつ。 ますます白くなる顔でボクを見上げてささやくように言う。 「ええ、そうね」「ほんとうね」「そうなの?」 そして静かに目を伏せる。 だけど玄関で別れるときは、君はいつも笑顔を見せる。 「楽しかった」と、言ってくれる。 そんな毎日がこれからも続く。ボクはそう信じてた。 体育の授業は水泳だった。真っ白な入道雲が青空に広がる。肌を焼くような光が降りそそぐ。 君は用具置き場の陰で膝を抱えて見学してる。今日は他に見学者はいない。 君に手を振り、飛び込もうとする。違和感を感じた。 返事がない。 君の所に駆けつける。君は力なくうなだれてる。 触れた手がひどく熱い。額も熱くなっている。ボクは担任の先生を急いで呼んだ。 先生が君を運ぶ。保健室に皆が集まる。保健室の先生が電話する。校庭に救急車がやってきた。 君は水着のまま運ばれていった。 悲しげなサイレンの音が遠ざかってゆく。 先生に言われて保健委員が君の衣類を集めた。勉強道具をカバンにいれた。 先生が皆に言った。君は遠くの病院に緊急入院したそうだ。 君の荷物はボクが預かり君の自宅に届けにいった。 知らない人が家にいた。頼まれて来た親類と名乗った。 荷物を預けて家に帰った。 次の日、先生が朝礼で言った。君はしばらく面会謝絶、集中治療が必要になったと。 でも、君のいない毎日は、まだ始まったばかりだった。 君のいない日々が続いた。 ある日、帰ると携帯に着信があった。君からのメールだった。 「心配かけて、ごめんなさい」 文面はとても簡素だった。君は疲れているのだろう。 「気にしないでいいよ、きっと大したことじゃないから。早く元気になってね」 短い返信があった。 「命が抜けてゆく気がするの」 舞い散る花のように流れでる君の命、それが生々しく感じ取れた。 ボクはすこし考えてメールした。 「抜けた命はどこにゆくの?」 君からすぐに返信があった。 「分からない、でも怖いの」 ボクはすぐに返信をする。 「ほかの命に形をかえて咲いて栄えて続いてゆくよ」 君からしばらく返信がなかった。 「ありがとう。私はあなたと通話してる。私は今を生きている。この今は永遠なのよね」 ボクはすぐ返信する。 「ああ、ボクたちは今しか生きられないから」 君からすぐに返信があった。 「ありがとう。すこし怖くなくなった。あなたに会えて本当に良かった」 それが最後のメールになった。 クラスみんなでお葬式にいった。先生がお別れの言葉を述べた。 ボクは火葬場にはいかなかった。でも、もう一度あいさつに行った。 線香をあげて合掌をすますと、君のお母さんが壺の中を見せてくれた。 君の命の抜け殻は真っ白になって固まっていた。 ** 思い出を探す秋 ** 君の命はどこにあるのか。ボクは君を求めてあゆむ。 君はボクに言っていた。曼珠沙華(ひがんばな)は好きじゃない。リコリスの花言葉は「悲しい思い出」だから。 河川敷の堤防には一面に彼岸花が咲いていた。君の命の紅さを宿して風にゆるやかに揺れている。 ボクは堤防に横たわり君の命の隣でくつろぐ。 太陽が君の命に染まってゆく。雲が君の命の色できらめく。大空に君の命が満ちてゆく。 河川敷のコスモスはもう枯れていた。 君はボクに言ったよね。 「赤いコスモスの花言葉は、愛情。白いコスモスは優美。桃色のコスモスは純潔。そしてコスモスの花言葉は乙女の真心」 君は顔をあげてボクを見た。伏せた目を開いてボクに語りかけた。君の瞳には美しいきらめきが宿っていた。 「この花をあなたに捧げます。どうか受け取ってください」 ボクはそっけなく答えた。すこし照れてたと思う。 「ありがとう。押し花にして大切にしまっておくよ」 ボクが教科書にコスモスを挟むのを見て、君は憤慨したように言った。 「もう、乙女の真心をいきなり押しつぶさないでよ!」 それから君は楽しそうに笑った。 信号機が君の命の色を宿す。自動車が君の命の色を見せて止まる。 建物が、街路樹が、道路が、人々が、君の命の色に染まる。 太陽は君の命の色を濃くして地平線に沈んでゆく。頭上に広がる雲の下面が君の命の色で輝く。 君の命はこんなにも広く、こんなにも美しく広がっている。 道のわきに植えられたプラタナスの葉は君の命の色を宿して風にあおられて散ってゆく。 君の命は滅びない。ここには君の命が満ちている。 それなのに、なぜ、ボクは涙を流すのだろう。 こんなに君がいてくれるのに。 こんなに君に囲まれてるのに。 ** 冬の訪れ ** ボクは君の命の宿るところを見つける。 君のお墓は小さかった。いまは雪に埋もれてる。 あたりの木々も草も家も、白い雪におおわれている。 ボクは小さな雪ウサギを作った。君が寂しくないように。 ナンテンの実とナンテンの葉でウサギの耳と目を作る。 真っ赤に色づくナンテンの実は雪のウサギに命を与える。 君の命が雪ウサギに宿る。二羽の雪ウサギを並べて作った。 ボクの手が赤くなってる。君の命を宿したようだ。 お墓のそばを流れる小川も今は固く凍りついてる。 透明に凍ったその下に紅葉の葉が降り積もってた。 君の命は凍りついてる。氷の下で春を待ってる。 ボクの心も凍りついてる。溶けるときは来るのだろうか。 街にクリスマスがやってくる。 赤い実をつけたヒイラギが街のあちこちに飾られる。 ヒイラギの緑の葉と赤い実は命のあかし。 ヒイラギには魔除けの効果がある。君の命が皆を守る。 サンタが街にやってくる。商店街でプレゼントを配る。 サンタの赤い服は幸福を運ぶ。 赤鼻のトナカイも幸福を運ぶ。君の命が幸せを運ぶ。 クリスマスケーキに明かりが灯る。 君の命がきらめき輝く。君の命が喜びを運ぶ。 ボクはブッシュドノエルを買った。ケーキを一つ買って帰った。 たった一人のクリスマスイブを、ボクは自宅で過ごすと決めた。 赤いローソクを一本立てる。ローソクに赤い火を点す。 部屋の中が明るくなった。部屋の中に暖かみが満ちた。 たった一人で過ごすイブ、ボクの胸に響く鼓動が変わらず時を刻んでいた。 そのときボクは気が付いた。いつでも君はここにいたんだ。 どこにも探しにゆくことはない。いつでも君はここにいたんだ。 ボクの心の思い出の中に、ボクのハートが刻むビートに。 ボクの体をめぐる血潮に、君の命は宿ってるんだ。 煌(きら)めくローソクの輝きの中に君の命が暖かく広がる。 ゆらめくローソクの影の中にボクは君の面影をさがす。 (舞い散る花のように) |
朱鷺 2016年08月28日 19時49分15秒 公開 ■この作品の著作権は 朱鷺 さんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
|
作者レス | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
0点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
+20点 | |||
---|---|---|---|---|
|
||||
|
+10点 | |||
---|---|---|---|---|
合計 | 11人 | 80点 |
作品の編集・削除 |